106 信者
瑞貴はスマホを取り出して采姫に連絡をした。あずさの家に再び訪問する日を2月3日に指定するためだった。
『……準備は整ったのですか?』
「整ったわけではないですけど、勢いで何とかなるんじゃないかと思ってます」
『あら?……瑞貴さんにしては珍しいですね。勢い任せですか?』
「はい。勢い任せです。ただ、鬼の力も借りられるみたいだし、今回のことはあまり重くしたくないんです」
前回のことで無意味な後悔をしてしまい、自分を追い詰めることになってしまった。それを悪いことだと思ってはいなかったが、今回はあずさの家族が関係していた。そして、送るべき相手は固徹になる。
ただ、向井義昭を『閻魔刀』で斬ることにならなくても、それなりの結末を考えておきたかった。
瑞貴は、そのバランスに悩んでいただけである。
「あまり重くしたくないけど、向井義昭のことも放置してはおけない。……でも、一番肝心なことも忘れてました」
『一番肝心なこととは?』
「俺に他人を裁く権利なんてないんです」
瑞貴が『閻魔刀』を使わなければ『浄玻璃鏡』としての役目を果たすこともなくなる。閻魔大王の力を借りていればこそ、山咲瑠々の母親を裁くことが出来た。
『それでは、向井義昭は見逃すのですか?』
「いいえ。事実を見せて、反省してもらいます」
采姫は、それ以上の質問はしなかった。何も説明されないまま向井義昭の名前を采姫が知っていたことで、采姫たちは全てを承知していることになる。
それでも解決する策は瑞貴に任せていてくれていた。
連絡を終えた瑞貴は鬼を見る。鬼は何も言わずに頷いて、歩き去ってしまった。
鬼にも準備があるだろうし、節分までに鬼と確認するべきことも残っている。すぐにでも会うことになるのだろう。
瑞貴が想像していたよりも忙しい一日となってしまった。
「……また学校を休むことになるのか」
もうすぐ進級することになるが、このままのペースでいけば大学受験にも影響が出そうになっている。
そんなことを考えながら、瑞貴はもう一度写真を見た。
「でも、知らないままでいるよりは、ずっといい」
瑞貴も立ち上がって歩き始めた。
予定よりも長くなってしまった散歩を終えて家に帰り、今度こそ本当にゆっくりしようと考えている。
「……あっ、写真立て買いに行かないと」
結局は新たな予定が加わり休日が終わることになってしまった。
約束をした日までは日常に戻ることになるが、まずは山本絵里のところへ向かうことにした。あの時以降、ちゃんと話をすることが出来ていなかった。
気まずくもあるが、お礼も言いそびれてしまっている。登校してきた山本に声を掛けることにした。
「あっ……」
「おはよう。……えっと、写真受け取ったんだ。ありがとう」
「う、うん」
「それと、年をまたいじゃったけど、あの時はゴメン」
「えっ?……あ、うん。……私も酷いことを言ったからゴメン」
お互い言葉が出ないまま気まずい沈黙が流れた。山本も話すことを迷っている様子だった。
「あのさ、あの子。……瑠々ちゃん」
「ん?……あぁ」
「すごく可愛い子だったんだ」
「……うん」
山本がそれ以上語ることはなかった。山本や周辺に住んでいた人たちも後悔があったのかもしれない。瑞貴はそう感じてしまっていた。
近くにいながら守ってあげられなかった想いがあるとすれば、瑞貴よりも後悔している人がいた可能性もある。
「ありがとう」
瑞貴は再び礼を言って、その場から離れた。いつか山本と瑠々の話をすることもあるのだろうが、今はお互いに遠慮してしまっている。それでも気持ちが軽くなったような気がしていた。
秋月が自分の席に座って、瑞貴が教室に入ってくるのを見ていた。
「おはよう」
「おはよう。……写真のお礼言ってきた」
「うん。見てた」
学校で秋月と会話する時は短かくなってしまう。もっと気の利いた話でも出来れば良いのだが、瑞貴には思いつかない。
節分まで数日に迫った日の朝、瑞貴は廊下で秋月と早川颯太が話をしている場面に遭遇した。
二人が会話している事よりも瑞貴は早川のバッグに付けられたアクセサリーが気になってしまう。木製の棒の先端に人の頭が二つ並んでいる不気味な物だった。
――あれって、もしかして……『人頭杖』?
嫌なタイミングであり、何故か偶然とは思えなかった。それでも一瞬見ただけで全てを結び付けて考えることは出来ない。
本尊を『閻魔大王』としている円応寺があるように、『人頭杖』にまつわる寺院が別にあるとすれば全てを『人頭杖の会』と関連して考えてしまうことは危険だった。
公表されている『人頭杖の会』の信者数は5万人に及ぶらしいが、鬼の話では実際1万程度。
公表数はいい加減で、実態はその程度のものらしい。
――早川が信者?……そんな偶然があるのか?
高校生で寄付金を負担することなど出来るはずもないので、信者であるとすれば早川の親になる。
例え早川の家族が信者であったとしても問題はない。誰が何を信じていたとしても自由であり、それが瑞貴に関わることはないはずだった。
そのまま瑞貴は通り過ぎてしまったが、そんな瑞貴の態度を秋月は不満気に見ていた。別のことに気を取られていた瑞貴は、その表情に気付くことはなかった。