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神媒師  作者: ふみ
第二章 信者獲得
105/114

105 節分

「嘘とは人間の心を守るためのものなんです」

「嘘が心を守ってくれるんですか?」

「ええ。例えば、他の誰かを羨ましいと思っていることを言わずに『平気だよ』と強がりを言ってしまう。これも嘘と違いはありません」

「そうですね。本心とは違うことを言ってるんだから」

「ですが、強がることをせずにいれば、嫉妬が身体も心も疲弊させてしまうんです。……『嘘も方便』とはそういうもの」

「なるほど」

「ただし、人間はその嘘で他者を傷付けたりすることを覚えた。時には、自分の財産や地位を守るために使うことにもなってしまっている」


 瑞貴は鬼の話に聞き入っていたが、鬼が嘘の話をしている意味は理解できていない。この状況で鬼が何を語りたいのかは謎だった。


「……貴方は、その写真にある母娘の姿が真実だと断言することは出来ますか?……母親が周囲からの評価を気にして、良い母親であろうと嘘をついていただけかもしれない」

「えっ?」


 瑞貴はもう一度写真を見た。仲良く歩いている姿だとは思うが、写真だけで真実かどうかを判断することは出来ない。


「もちろん逆も考えられる。山咲瑠々に非道な言葉を投げかけたことが嘘なのかもしれない」

「……人間は神様の前でさえも嘘をつく」

「はい。……ただ一つ確実なことは、山咲瑠々の母親は『浄玻璃鏡の太刀』で斬られてしまう罪を隠し持っていたということだけは間違いない」


 瑞貴は大きなため息をついた。どちらが真実なのかを見極めることは難しすぎると感じてしまう。


「俺の人生経験くらいじゃ、そんなの分かるわけないですね」

「いいえ。瑞貴殿が百歳まで生きていたとしても経験は足りません。そういうものとして諦めるしかない。……貴方は貴方が信じたままに行動するだけです」


 かなり遠回りになっていたが、鬼は瑞貴を慰めてくれていたらしい。写真の中の母娘を見て、瑠々の母親に対する断罪が正しかったのかを省みてしまっていた。


「情けない。……最近は迷ってばかりいます」

「当然のことです。瑞貴殿の年齢で何の迷いもないのであれば、私は立場がありません」

「……鬼って何歳なんです?」

「さぁ、千年以上は経っているのでしょうか?私たちには時間など関係ありませんから、忘れてしまいました」

「自分の年齢は忘れるけど、テレビの話とかは覚えているんですか?」

「インターネットも使います」

「えっ?……どこで?」

「秘密です」


 鬼がネットカフェに出入りしている姿を想像したが、似合わな過ぎて瑞貴は笑いそうになってしまった。ただ、鬼はこんな話をしながら瑞貴が前に進めるようにしてくれている。


――結論が出ないことで思い悩む前に、とにかく進むしかないんだろうな


 過去を振り返っていないで前に進めと言われているのだから、ある意味でスパルタになる。それでも、瑞貴が間違った道に進みそうなときは鬼が教えてくれそうな気がしていた。


「……ところで、鬼って本当に鬼なんですか?」

「もちろんです。最初に名乗ったではありませんか」

「いや。最初は『死神』だって名乗ってたはず」

「そうでしたか?私がそんな無駄なことをするはずがありませんので、瑞貴殿の思い違いではありませんか?」


 こういうところでは、しれっと嘘をつく。意味のない嘘は罪にならないか、鬼であれば嘘も罪にならないのか、そんなことも瑞貴には分からなかった。



「まぁ、いいです。でも、俺が思うままに行動しても構わないんですよね?」

「はい」

「それに鬼は協力してくれる?」

「出来る範囲ではありますが」

「うん。……それなら、『節分』をどう感じてるか教えてもらえませんか」

「『節分』ですか?特に考えたこともありませんね」

「そうなんですか?……鬼って人間に悪さはしていないんですよね?それなのに豆を撒かれて追い払われるんですよ」

「昔は悪さをしていた鬼もいたので仕方のないことです。ただ、私たちにとって豆など痛くも痒くもないのですが、泣き顔の鬼のお面を見てしまうと獄卒としての威厳が失われるので、少し心配になります」

「鬼は泣かない?」

「そんなことはありませんが、お面のように可愛らしい顔ではありません。おそらくは泣いている鬼を見たとしても、恐怖で動けないと思います。豆を投げつけられる人間は存在しないでしょう」

「鬼って見た目だけでも怖いんだ」

「それはもう……。今の私の姿を基準に考えてはいけません」

「今年は『本当の節分』をやってみたいんだけど、手伝ってもらえませんか?」

「……向井義昭を退治でもするのですか?」

「退治なんかしません。前にも言ったように向井義昭って人は、そこまでの悪人ではないと思ってますから」

「それでは、何をされるのですか?」

「もう二度とバカなことをしないように釘を刺しおきたいだけです。それに、これまでのことも償うことが出来るなら償わせたい。……あと、『節分』で豆をぶつけられてばかりの鬼が存在感を示すチャンスになると思います」


 瑞貴は何をしたいのか鬼に説明した。珍しく鬼が驚いているような表情をしていたので、瑞貴の発案が突拍子もないことを自覚させられる。

 向井義昭を追い返すだけであれば簡単なことであるが、同じことを繰り返してしまうことだけは避けたかった。


「……閻魔大王に怒られますか?」

「さぁ、どうなるのか分かりません。前例のないことですから」

「どうします?……やめておきます?」

「いいえ。せっかくの機会なのでやってみましょう。……私も色々と興味がありますので」

「閻魔大王から解雇とかされませんか?」

「主従関係にはあると思いますが、雇用関係ではありませんので問題ないかと考えます。それに…………」

「それに?」

「いえ。何でもありません。お気になさらず」


 この反応も鬼には珍しいことだった。これまで鬼が言葉に詰まることなどはなく、常に迷いなく発言していた。

 閻魔大王の確認もないままに瑞貴の願いを聞き入れてくれてもいるので、今回の件については何か違うと瑞貴は感じていた。

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