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神媒師  作者: ふみ
第二章 信者獲得
102/114

102 完敗

「歩いてる間に少し冷めちゃったかも……」

「ありがとう。いただきます」


 瑞貴はコンビニで買ってきていたカフェラテを秋月にも渡した。子どもたちを送った小さな神社の古いベンチに二人は並んで座る。

 秋月は、この神社に寄りたいと言っていたが特に何かする様子もなかった。


「……この神社に用事があったんじゃないの?」

「えっ?用事なんてないよ。」

「用事、ないの?……でも、寄りたいって言ってたよね?」

「うん。だから寄りたい場所があるって言っただけでしょ?」

「あっ、あぁ、そうか。確かに用事があるとは言ってないのか」

「でしょ?」


 言ってはいないが、寄りたい場所があるのなら用事があると思っても仕方ない。だが、秋月は本当に何もせずにベンチに座って美味しそうにカフェラテを飲んでいるだけだった。


「本当に何もないの?」

「ないよ」


 瑞貴は秋月の無意味とも思える行動に怯えてしまう。何か別な狙いがあるのではと勘繰ってしまっていた。

 不用意な発言は却って危険な状況になりかねないので、黙って隣りに座っていることにした。


「滝川君が女の子に手を振ってるところを見てたら、すごくココに来たくなったの」

「……ふーん、どうしてだろうね?」


 冷静に返事をする瑞貴を横目で見ていた秋月は少し不満気だった。瑞貴も必要以上に誤魔化したりすることが、逆に怪しい態度になってしまうことを理解している。


「それなら、これを見ても落ち着いていられるかな?」


 秋月は持っていたバッグから手帳を出した。そして、その手帳の間に挿んであった封筒を取り出す。


「ん?何?……それがさっき言ってた預かってた物?」

「そうだよ。とある女子生徒から滝川君宛に預かりました」

「同じ学校の子?」

「うん。クラスは違うけど、可愛い女子。……直接手渡すのは気まずいって言ってたんだ」

「だとしても、どうして秋月さんに?」


 瑞貴が戸惑っていると、秋月は意地悪そうな顔を見せて封筒を開け始めてしまった。


「えっ!?……開けるの?俺宛でしょ?」

「開けるよ。封筒に入れたの私だから問題ないでしょ?……あっ!もしかして手紙だと思った?」


 絶対にわざとやっていることは分かった。瑞貴は、どんなことをしても秋月には勝てる気がしなくなっている。


――俺が事実を話さないから機嫌が悪いのかもしれない……


 瑞貴は諦めて現状を受け入れるしかなかった。

 そして、秋月が勿体ぶって封筒から取り出した物は写真であり、制服を着た女の子が写っている。


「……山本、さん?」


 写真に写っている人物は山本絵里だった。ただし着ている制服は高校の物ではなく、写真の中の山本は今より少し幼い感じがしている。

 おそらくは中学生の山本であり、友達と並んで自撮りしている写真だったが構図が変だった。メインの被写体が左に寄り過ぎており、友達の顔は半分見切れてしまっている。


「そう、山本絵里さんが中学校の時に家の前で友達と自撮りした物なんだって……」


 秋月が説明してくれていたが、瑞貴はその写真を秋月から奪い取っていた。重要だったのは山本が写っている部分ではなく、背景として偶然写っていた右半分にある。


「……これ……。これは、どうして……」


 瑞貴は興奮して立ち上がってしまっており、写真を持つ手が振るえている。


「うん。……瑠々ちゃんだよ」


 瑞貴が知っているよりも小さかったが、間違いなく瑠々だった。買い物袋を持った母親に手を引かれて歩いている瑠々の姿が写っていた。


 写真は一枚だけではなかったので、次の写真を見てみたが、瑠々の写っている部分だけを拡大してある物になっていた。


「瑠々ちゃんのところだけ拡大してくれたんだって。……偶然撮れたみたいだけど、消してなかったか探してくれたみたい」

「……あぁ。……うん、瑠々ちゃんだ」


 隣りに座っている秋月の言葉が瑞貴には遠くに聞こえている。瑞貴は写真を凝視していた。


「生きていた時の瑠々ちゃん。……ちゃんと、こんな母娘の時間もあったんだ」


 幸せな時間があったからこそ辛い気持ちもある。それでも幸せに過ごせていた時間があったことは救いでもある。瑞貴が出会うことのなかった生きていた瑠々がいた。

 瑞貴は何とも言えない複雑な心境になっていたが、また瑠々の姿を見ることが出来た喜びも湧き上がっていた。


「良かったね」

「……あっ、あぁ。……うん、良かった」


 瑞貴は気持ちを落ち着けてベンチに座ると、秋月が『どうぞ』と言ってハンカチを差し出してきた。

 我慢していたつもりだったが、涙が溢れてしまっていたらしい。


「ゴメン、大丈夫」

「無理しなくていいよ。……別に恥ずかしいことじゃないんだから」


 秋月が優しく声を掛けてくれて、ハンカチを瑞貴に渡した。

 すると大黒様が吠えて、瑞貴に『見せろ!』と要求する。瑞貴は大黒様を膝の上に乗せて、しばらく二人で写真を眺めていた。


「……山本さんにお礼を言わないと」

「そうだね」


 この時点で、瑞貴は疑問を持たなければならなかったのかもしれない。

 山本が瑠々の写真を瑞貴に渡した理由も、瑠々の写真を見た瑞貴が動揺してしまっている理由も、今の秋月が理解出来ているはずなかった。


「実は、山本さんにお願いして私の分も貰ったんだ」

「そうなんだ。……でも、喜んでくれると思う」


 秋月が瑠々を知っていることに矛盾を感じていない瑞貴を見ていて、秋月は少しだけ笑ってしまった。

 ただし、秋月の記憶は曖昧であり、瑠々のことを正しく覚えているわけではなかった。断片的な記憶と身の回りにある物的な証拠を繋ぎ合わせているに過ぎない。


「きっと忘れちゃいけないことだったんだよね?」

「えっ?……何のこと?」

「ううん、こっちの話」


 秋月は誤魔化した後、瑞貴に寄り添うようにして座り写真を一緒に見た。いつもなら照れてしまうだろう瑞貴も、黙って秋月の行動を受け入れていた。



 しばらく写真を見ていたが、瑞貴は唐突に気付く。


「あれ?……秋月さん、どうし瑠々ちゃんのこと覚えてるの?」

「フフッ、今更?」

「そうだよね。……今更かも」

「それに『覚えてるの?』って聞くってことは、私が瑠々ちゃんのことを知ってたって認めるのと同じだよ?」

「あっ……」

「私と瑠々ちゃんに接点なんてあるはずないのに覚えてるのは偶然なのかな?……それとも私の勘違い?」


 瑞貴は黙ってしまった。秋月が瑞貴と過ごした時間を忘れてしまっても構わないと考えていたが、あの子たちと過ごした時間は違うと考えている。


「偶然や勘違いなら、忘れちゃった方がいい?」

「……忘れないであげてほしい」


 瑞貴が言えたのはそれだけだった。


「うん。分かった。……でも、ちゃんとは思い出せていないの」


 瑞貴は大黒様を膝から下ろして立ち上がった。立ち上がって子どもたちが消え去った場所を見て、秋月に伝える。


「いつか、ちゃんと話す。……やっぱり忘れてほしくないことなんだ」

「うん。しょうがないから少し待ってあげる」

「それにしてもズルな。秋月さんがこんなにも策士だとは思ってなかった」

「えっ?私に勝てると思ってたの?」

「……いや、思ってないです」


 そんなことは最初から分かり切っていたことで、瑞貴は無駄な足掻きを続けていただけでしかなかった。

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