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神媒師  作者: ふみ
第二章 信者獲得
100/114

100 事情

「……当然、俺にも秋月さんに看病された記憶なんてないよ」

「本当に?」

「ここは熱田神宮と言って、神様が祀られてる場所だ」

「うん、知ってる」

「そんな場所で嘘をつくなんて罪深いことはしないよね?」


 横に座っている秋月が、どんな表情で質問しているのか瑞貴から見ることは出来ない。見ることは出来ないが、かなり怪しまれている事だけは伝わってきた。


「嘘だと思ってる?」

「はい。思ってます。……私は罪深くはないので、嘘は言いません」

「俺は罪深いってこと?」


 ここで瑞貴は姫和の顔を思い出してしまっていた。祀られているはずの天照大御神は今もゲームをしているかもしれず、嘘をついても見逃されると思っていた。


「さっき女の子に手を振っている滝川君を見ていたら何かを思い出しそうになってたんだけど、そのことが無関係とも思えないし」

「……いつから見てたの?」

「うーん、お賽銭箱の前で悩んでるところからかな」

「それって、かなり前からじゃない?」

「そうだね。滝川君はジッと誰もいない場所を眺めてたりしてて、声をかけるタイミングが難しかったから仕方なかったの」


 秋月は淡々と瑞貴を追い詰めるように状況説明をしていた。一部分の記憶だけを書き換えることには無理があったのかもしれず、秋月の中で記憶の辻褄が合わない箇所の修正が始まっている。


「頭を休ませたくて、ボーっとしてただけだよ」

「頭を休ませたいほど悩んでることでもあるの?……私で良ければ相談に乗るよ?」

「……相談に乗ってもらうほど悩んでるわけじゃないから大丈夫かな。……ゴメン、ありがとう」

「本当に?……また泣いちゃったりしない?」

()()は忘れて」


 その瞬間、瑞貴は『しまった』と思っていた。秋月に『忘れて』と言わなくても、瑞貴の泣いた姿は『忘れている』はずで覚えているわけがない。


「そっか、私に忘れてほしいんだ。……でも、私には滝川君が泣いてる記憶なんてないんだけどなー」


 瑞貴が秋月を見ると嬉しそうな顔をしている。そして、瑞貴が抱えていた大黒様に『おいで』と言って、自分の膝の上に乗せてしまった。

 ここでも瑞貴は動揺から気付くのが遅れてしまったが、大黒様を人質ならぬ犬質に取られてしまい、立ち去ることを出来なくされていた。


「あっ……」

「どうして、お母さんが『大黒様』って名前を知ってたのかな?私、そんなことをお母さんに教えた記憶はないのに」

「……偶然じゃない?」

「偶然かー。それなら、私の部屋に『大黒様』とそっくりなヌイグルミがあるのも偶然なのかな?」


 秋月は大黒様の顔を見て、『そっくりなんだよ』と話しかけていた。瑞貴は頭の中で閻魔大王に呼びかけてみる。


――俺への罰じゃなかったんですか?


 瑞貴としては秋月に追い詰められたとしても閻魔大王から与えられた罰を最後まで受け入れようと考えていた。

 すると、秋月への返事に悩んでいる瑞貴のスマホが鳴った。


「……ん?……メールだ」


 このタイミングでのメールとなれば期待もするし、多少の時間稼ぎにもなると考えていた。だが、メールが依頼内容であったりすれば、瑞貴にとって別な問題が発生することにもなりかねない。


 秋月に断りを入れてベンチから立ち上がりメールを確認した。スマホを確認してみると差出人は案の定『閻魔大王』であり、本文は短かった。


『事情が変わった』


 瑞貴が頭の中で閻魔大王に問いかけていた答えなのかもしれないが、意味が全く分からない。


「……これって、どういうことなんだ?……何の『事情が変わったんだ』?」


 この展開は全くの予想外で思わず声を上げて読んでしまう。


「どうかしたの?」

「あっ、いや。……ゴメン、何でもない」


 瑞貴の反応を見ていた秋月を驚かしてしまっていた。秋月も瑞貴を逃してはくれないだろうが、閻魔大王の言葉も気になってしまう。


――『事情が変わった』って、どういうことなんだ?……しかも、このタイミングで直接メッセージを送ってきたってことは秋月さんにも関係あるんだよな?


 瑞貴は何度もメールを読み返してみたが、送られてきた短い文章以外に情報はない。スマホをポケットに入れて、瑞貴は再び秋月の隣りに座った。


 秋月の質問にも答えなければならないが、閻魔大王のメールの意味も分からない。


「何か問題でもあったの?」


 こんな状況でも秋月は瑞貴を心配して声をかけた。


「問題と言えば問題なんだけど、意味が分からなくて」


 頭を休めるためにお参りに来ていたはずが、これまで以上に頭をフル稼働させなければならない状況になっている。瑞貴は、鬼の言葉に疑いもせずに従ってしまったことを後悔していた。


――『状況が変わった』と閻魔大王が伝えてきたってことは、秋月さんの記憶を書き換えたことが、俺への罰ではなくなったってことか?


 瑞貴は無意識に秋月をジッと見てしまっていた。


――それなら、『状況が変わった』ことで秋月さんの記憶が戻されてる可能性もあるのか?


 段々と理解出来ないことが増えていった。


――記憶が戻ってるのに俺を質問攻めにしてるとしたら、意地悪過ぎないか?……でも、秋月さんの態度からは、そんな感じにも見えない


 秋月の表情からも変化は見られない。今も、瑞貴から納得できるような答えが返ってくるのを待っている。


「……あのぅ、あまりジッと見られてると恥ずかしいかも」

「えっ、あ、ゴメン。いや、そんなつもりじゃなかったんだ」


 瑞貴は考え事をしながら秋月を見ていたので、ジッと見つめていることを忘れてしまっていた。秋月は視線を膝の上にいる大黒様に向けて静かに撫で始めている。


「ところで、私の質問には答えてもらえない?」


 やはり秋月の記憶が戻されたりしているわけではなさそうだった。


「質問って何だったかな?」

「もう忘れちゃったの?……それじゃぁ繰り返してあげるから、次は誤魔化さずに答えてね」


 そう言って、秋月は質問内容をまとめる。


「まず、私の前で泣いたことがないと言ってるのに、どうして滝川君の泣き顔を思い出しちゃうのか?……どうして大黒様の名前をうちのお母さんが知ってって、大黒様に似たヌイグルミを私が持ってるのか?」


 この状況でも瑞貴は閻魔大王からの連絡が何を意味しているのかも分からず、迂闊に答えるわけにはいかなかった。


「……偶然、ってことはないのかな?……生きてれば、そんなこともあるのかもしれない」


 瑞貴は、かなり思い切って誤魔化してみることにした。これで納得してもらえるとは考えていなかったが、この場は無理やりにでも乗り切るしかない。


――こんな場所で嘘をつくのは不謹慎かもしれないけど、後で姫和さんに謝れば大丈夫


 直接神様に謝罪出来る立場にあることを今回だけは感謝していた。



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