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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【パイロット版】見掛け倒しのガチムチコミュ障門番リストラされる 〜15年間突っ立っているだけの間、ヒマだったので魔力操作していたら魔力9999に。大量モンスター襲撃で街が壊滅状態らしいが、俺は知らん〜

作者: まさキチ

 連載版はこちら

 https://ncode.syosetu.com/n8094hd/

1.ガチムチコミュ障門番クビになる


――カーンカーンカーンカーン。


 夕暮れ時。

 閉門を告げる鐘が響き渡る。


 朝の開門の鐘とともに俺の仕事が始まり、この鐘で一日の仕事が終わる。


 俺の名はロイル。

 ここサラクンの街を守る騎士団の一員だ。

 15年間この街で門番をしている。

 仕事内容はなにもない。突っ立っているだけの仕事だ。


 本来の役目はモンスターが襲ってきた際の門の防衛なのだが、この15年間でモンスターの襲撃なんか一度もない。

 比喩ではなく、本当に15年間ここに立っていただけなのだ。


 最初のうちは苦痛だった。

 プレートアーマーを着て、槍を片手に門の脇に立ち続ける。

 夏は灼熱、冬は極寒。

 どんなに激しい雨や雪でも仕事内容に変わりはない。

 喋ってはならない。動いてもならない。

 ただ、モンスターの襲撃に備えるのみ。


 サラクンの街には東西南北4つの門があり、俺の職場は北門だ。

 北門は一番人通りも少なく、寂れている門だ。

 街の北側には小さな農村が点々とし、広大な森が広がっていて、その先には遠い山々――門からは目視できないが、俺の故郷の村もその山にある。


 俺が騎士団にスカウトされたのは15歳のとき。

 親父と一緒に村の農作物を売りに来て、声をかけられた。

 2メートル20センチ、150キロ。

 その巨体を見込まれたのだ。


 高い給金と名誉ある肩書き。親父は一も二もなく了承し、農民にとっては大金である入団金を持ってホクホク顔で村に帰っていった。

 そうして、俺は晴れて騎士団の一員となったのだ……。


 なったはいいのだが……俺には才能がなかった。

 これっぽっちもなかった。


 剣を振ったらすっぽ抜け。

 槍を突いたら飛んで行き。

 盾を持たせても弾き飛ばされ。


 なにをやらせても呪われているレベルでダメな俺は、「突っ立ってるくらいは出来るだろう」との当時の騎士団長の一声で門番をやることになった。


 四つの門のうち、北門には騎士団から一人門番役を派遣する決まりになっていた。

 北の森で発生したモンスターが溢れると街を襲う可能性がある――という理由だ。


 だけど、ここ数十年、森からモンスターが溢れたことはない。一度もない。

 よって、俺が活躍したことも、一度もない。

 15年間、案山子かかしみたいに突っ立っていただけだ。


 今日も昨日と同じ。

 明日も今日と同じ。


 この生活がずっと続くものだと思っていたある日のことだ。

 昼過ぎに騎士団の従卒が伝令に来た。


「ロイルさん、伝令です。団長がお呼びですので、任務終了後、団長室までお越しください」

「ああ、分かった」


 日が暮れて、門が閉まり、一日の仕事が終わる。

 俺は騎士団本部にある団長室に向かった。


 団長室に呼ばれたのなんて、入団時以来だ。

 だから、迷った。盛大に迷った。

 迷って、人に尋ねて、ようやくたどり着けた。


 団長室に入ると、見知らぬ男が二人いた。

 服装から判断するに一人は団長だ。

 入団時に会った団長とは別人。

 見たこともない男だった。

 俺の知らぬうちに団長が交代したのだろう。

 そんなことすら、俺には伝えられてなかった。


 そして、もう一人は白衣の男だ。

 騎士団員らしからぬことは分かるが、男がどんな肩書きを持つのか想像も出来なかった。


「ロイル。長年ごくろう。きみは今日でクビだ。明日から来なくていい」


 誠意の欠片もない声でクビを告げられた。

 ポカンとしている間に、団長と白衣がつらつらと説明を続ける。

 俺は口を挟むことも出来なかった。


 二人の話を要約すると、俺の後任は魔道具が務めるそうだ。

 白衣は魔道具技師だった。

 この男が開発した魔道具は、モンスターの気配を察知して自動攻撃するものらしい。

 この魔道具があれば、俺は不要。

 これからは魔道具が街を守ってくれるそうだ。


 数年前の魔道具革命以来、人々の仕事は魔道具に取って代わられるようになった。

 魔道具は制作費用こそ高いが、一度設置してしまえば定期的に魔力を供給するだけで動き続ける。

 人間のように文句を言わないし、賃金を払う必要もない。

 雇い主としては、魔道具サマサマだ。


 魔道具はここ数年で、様々な分野で幅を利かせるようになった。

 多くの人が職を失った。

 そのうち、すべての仕事は魔道具がこなすようになるとも言われている。

 その影響が、遂に俺のところに回ってきたのだ。


「分かりました。今までお世話になりました」


 反論がムダであることは承知している。

 俺は頭を下げ、団長室を後にした。

 未来永劫続くと思われた俺の門番生活はあっけなく幕を閉じた。


   ◇◆◇◆◇◆◇


2.旅立ち


 いきなり突き付けられたクビ宣告。

 俺は絶望に囚われ目の前が真っ暗に――なってなかった。


 正直、この生活にうんざりしていたのだ。

 門番を続けていたのは、はっきり言って惰性だ。

 今日こそは、今月こそは、辞めてやると思いながら、ここまでズルズルと続けて15年がたってしまった。


 だが、俺には夢がある。

 15年間思い描いていた夢が。


 なにせ、立っているだけの仕事だ。

 空想する時間だけは、腐るほどあった。

 その間、自分が活躍する空想をイヤというほどしてきた。


 空想するのは楽しかった。

 空想している間は、どんな望みも頭に描くことが出来た。

 そして、空想が終わると、どうしようもない虚しさに囚われた。


 だけど、それも今日で終わりだ。

 明日からは、夢に描いた生活が始まる。


 そう、俺は――冒険者になるのだ!


 夢が実現することに、心を弾ませながら下宿先に足を運んだ。


 下町の一角にある二階建ての家。

 その二階の一室が俺の下宿先だ。

 大家は気のいい老夫婦だ。


 二人に旅立つ事と長年の感謝を伝え、俺は自室に引き上げた。

 なんてことない狭い部屋だが、さすがに15年も住んでいると愛着が湧くものだ。


 感慨に浸りながら、俺は旅支度をしていく。

 必要なものはバックパックに詰め、不要なものは部屋の片隅にまとめる。


 ちなみに、鎧・兜・槍の装備三点セットは譲り受けることが出来た。

 団長いわく「そのサイズはお前しか使えないからいらない」だそうだ。

 そのときは太っ腹なことだと感謝した。

 だけど、本部を出て歩いているうちに、装備の代金は給料から天引きされていた事を思い出して、「感謝した気持ちを返せ」と叫びたくなった。


 ともあれ、準備は整った。

 これで朝起きたらすぐに旅立てる。


 最後に、机に向かって大家さんに言付けを書く。

 部屋に残しているものは、好きに処分して欲しいと。

 そのための処分費として、少し多めのお金も置いておく。


 よし、これでオーケーだ。

 明日の朝は早く出発しよう。

 俺は早めに寝床についた。


 ――翌朝。


 朝日が昇る前に起床した。

 長年の習慣だ。

 片付けと旅の用意は昨晩済ませた。

 愛用のフルプレートアーマーを身につけ、バックパックを背負う。

 兜はバックパックに仕舞ってある。

 重いし、暑苦しいし、視界は狭い。

 旅には不要な一品だ。


 そして、最後に立てかけてある槍を掴む。


 最初は持って行こうかどうか迷った。

 なにせ、俺は槍の才能が皆無だ。

 「ガキンチョに棒きれ持たせた方がマシ」と酷評された腕前だ。

 騎士団採用品でそれなりに良い槍らしいが、俺にとっては長くて重くて持ち運びに面倒な棒に過ぎない。

 要するにジャマなのだ。


 だけど、ハッタリにはなるだろう。

 それに15年間苦楽をともにした相棒だ。

 コイツにも外の世界を見せてやりたい。


 そう思って、槍を持っていくことにしたのだ。


「さて、行くか」


 扉を開いて外に出る。

 俺の冒険の始まりだッ!


   ◇◆◇◆◇◆◇


3.出会い


 目指すは冒険者の街メルキだ。

 メルキの街周辺にはダンジョンやモンスターのたまり場がいくつもあり、それを目当てに冒険者たちが集まっている。

 冒険者生活を始めるなら、メルキの街しかない。


 そう思い、街道を西に歩いて行く。

 メルキの街まで徒歩で一週間。


 馬で行くという選択肢はない。

 俺は馬に乗れない。

 騎士なのに馬に乗れないのだ。

 武器同様、乗馬に関しても何度か挑戦したがてんでダメだった。


 他にも、馬車で行くという選択肢もあるが、俺は徒歩で行くことを選んだ。

 急ぐ旅ではないし、ゆっくりと外の景色を自分の目で楽しみたかったからだ。

 それに馬車にはあまり良い印象がないのだ。


 歩き続けて一週間、特に問題は起こらなかった。

 モンスターも現れなかったし、盗賊に襲われることもなかった。

 街道沿いには宿場町が点々とあり、野宿する必要もなかったので、思っていた以上に快適だった。


 なにより、自由に歩けるというのが素晴らしい。

 15年間同じ場所に立ちっぱなしだった俺にとって、流れ行く風景というのはなによりも新鮮で、目に映る全てが心を震わせた。


 自由だ。

 自由を感じた。


 声を出しても怒られない。

 横を向いても怒られない。

 足を動かしても怒られない。


 俺は全身で自由を感じ、言葉にできない幸せを噛みしめる。

 思わず「俺は自由だああああ」と叫びたくなった。


 叫んでみた。

 喉が痛くなった。


 なにせ、この15年間ほとんどしゃべる事がなかった。

 ましてや、大声を張り上げたことなど一度もない。

 俺の声帯はここまで衰えたのかと、ショックを受けた。


 15年間ずっと自分と対話し続けてきたので、頭の中で語るのは得意だ。

 いくらでも、すらすらと言葉が浮かんでくる。


 だけど、人と話すのは全然ダメだ。

 口と喉がまともに動かない。

 道中、宿を借りるのにも一苦労だった。


 人とちゃんと会話できない。

 この大きすぎるハンディキャップを抱えて、これから大丈夫だろうかと一抹の不安を感じる……。


 ともあれ、旅路も今日で終わりだ。

 宿屋のオヤジが言うには、昼過ぎにはメルキの街に到着するとのこと。

 まだ見ぬ新しい街への期待を胸に、俺は街道を進んで行く――。


 歩いているうちに、前方に人影を見つけた。

 俺が歩くに連れて、徐々に距離が縮まっていく。


 俺の歩みが速いわけではない。

 向こうの歩みが遅いのだ。

 不自然なほど、ゆっくりとした歩みだった。


 やがて距離も近づき、その姿が明らかになる。

 杖を片手に、足を引きずるようにして歩いている。

 小柄な体格だ。女性か子どもだろう。

 服はボロボロで二の腕も太ももも剥き出しだ。

 モンスターか盗賊にでも襲われたのだろうか?


 さて、どうしたものか?


 このまま前の旅人と一定の距離を保ったままついて行くというのも……不審過ぎるな。

 それにこのペースだと今日中にメルキの街にたどり着けなさそうだ。


 かと言って、怪我人を無視して通り過ぎるのもなんだしなあ……。


 よし、声をかけてみるか。

 俺は歩く速度を少し上げた。


 とは決めたものの、急に緊張してきた。

 知らない人と会話するとか、何年ぶりだ?

 ちゃんと喋れるのか?


 ドキドキと鼓動が早くなっていく。

 俺の覚悟が決まらないうちに、前方の旅人が振り向いた。

 若い女の子だ。

 俺より一回りも下の少女だ。


 しかも、薄汚れた姿なのに、それが気にならないくらいカワイイ。

 門番をやってて、いろんな人を見てきたが、その中でも3本の指に入るくらいの美少女だ。


 動悸が激しく、口の中はカラカラに乾いていく。


「だっ、大丈夫?」


 少女と視線が合い、なにか言わないと口を動かした。

 しかし、俺が声をかけると、少女は警戒した素振りを見せる。

 テンパった俺は必死で言葉を続ける。


「あっ、あや、怪し、い……もっ、者ではっ、けっ、怪我……心配……っ」


 うわー、全然口が回らないよ。

 俺の中では「怪しい者ではない。怪我が心配で声をかけさせてもらった」って話しかけたつもりだったのに、これじゃあ、完全に不審者じゃねーか……。


 15年間誰とも口を利かずに突っ立っていた弊害だ。

 頭の中ではスラスラと考えられるのに、実際に口に出してしゃべろうとするとこんなにボロボロになるのか……。

 相手が美少女ってので余計に緊張してしまったのも原因だ。


 それにしても酷すぎる。

 少女は余計に怯えてしまい、両腕を交差させて身体を抱きしめている。

 やばい、なんとかしないと……。


 俺は両手を挙げて害意がないことをアピール。

 ゆっくりと歩いて女の子の近づく。


 10メートル。

 9メートル。

 8メートル。

 7メートル。

 6メートル。


 俺が近づくにつれ、少女の腕に力が入っていく。


 少女まで後5メートルのところで――俺は盛大にコケた。

 両腕を挙げていたせいで、顔面からモロに。

 プレートメイルが立てるガシャーンという音と、俺の顔が地面にぶつかったゴンという鈍い音。

 その音が収まると辺りは静まり返った。


 ――し〜〜〜ん。


 時間が止まったかのような静寂が流れる。

 風で揺れる枝葉の音がうるさく聞こえるほどだ。


 やらかした!

 穴があったら入りたい!

 自分の恥ずかしさに身悶えていると、少女が沈黙を破った。


「ぷっ。あははははは」


 起き上がろうともがく俺の上に少女の笑い声が降り注ぐ。


「警戒して損しちゃったわ。ほら、立てる?」


 少女が俺に向けて細い腕を伸ばしてきた。


「す、すまん……あっ、あり、がとう」


 フルプレートアーマーを着用したまま一人で立ち上がるのは困難なので、本当に助かる。

 俺は女の子の手を握り、立ち上がる。

 女の子は細い腕のわりに力があるようだが――。


「クッ」


 少女が顔をしかめる。

 やはり、足を怪我しているようだ。


「怪我……してる、のか?」

「ええ、ちょっと足をくじいちゃってね」


 少女はなんでもないといった様子で気丈に振る舞う。

 自分が怪我しているのに、俺を助け起こしてくれたのか……。

 少女の優しさに胸を打たれた。


 それと同時に少女の怪我が気になる。

 剥き出しの素足。くるぶしの辺りが腫れて痛々しい。


「診ても……いい、か?」

「……ええ」


 許可を得た俺は少女の足元にかがみ込み、腫れたくるぶしに両手を近づける。

 触れるか触れないかのギリギリのところで手を止め――。


「――【魔力譲渡マナ・トランスファー】」


 俺の手から発せられた魔力の白い光が患部を包み込み、傷を癒していく。


「えっ、ウソッ!」

「もう……大丈夫っ……おっ、どろかせて……ご、めん」

「ううん。ありがとう。助かった。私はディズ。今は持ち合わせがないけど、この恩は絶対に返すよっ!」


 これが、俺とディズという名の少女との出会いだった。

 この時はまさか、彼女と一緒に冒険者として活動することになるとは思ってもいなかった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


4.ディズ


「ロッ、ロイル」

「ん? ああ、ロイルって名前ね。よろしく」


 ディズが名乗ってくれたので、俺も名乗り返したが、やはり口が回らず、ぶっきらぼうになってしまった……。

 自己嫌悪するが、ディズは気にしていないようで、コロコロと笑っている。


「この道を行くってことは、ロイルもメルキの街に行くの?」

「あっ、ああ」

「良かった〜。じゃあ、一緒に行こう」

「うっ、うん」

「よろしくね〜」

「警戒……しない、のか?」

「警戒? あはははは」


 ディズがけらけらと笑う。

 なにかおかしかったかな、と顔が赤くなる。

 やっぱり、人の気持ちは難しい。

 全然、理解できない。


「そりゃあ、最初は警戒したわよ。その格好だものね」

「か、っこう? ……変?」

「別に、変じゃないわよ。でも、その体格でプレートアーマーでしょ? 襲われたら、絶対に勝てないもの」

「襲、う? ……しな、いよ……そん、なこ、と」

「でも、すぐに分かったわ。あなたが悪い人じゃないって。私、こう見えても、人を見る目はあるんだ」

「そ……っか」

「ねえ、ロイルはどこから来たの?」

「サラクン……」

「そっか。私はホーリだよ。聖都ホーリ。知ってる?」

「知……ってる」


 聖都ホーリ。

 聖教会の総本山がある街だ。


 薄汚れビリビリに破けているが、よく見ればディズが身に着けているのは聖教会の修道女が着る服だった。


「それ……どう、した? 襲……われた?」

「えっ、そういう風に見える?」

「うっ、うん」

「もしかして、心配してくれた?」

「うっ、うん」

「ロイルって優しいんだね。でも、これは違うんだ」

「ちが、う?」

「私ね、聖女をクビになったの」

「クビ?」

「何年もツラい修行を続けて来たの。それでも、神聖魔法を覚えられなかった。人を癒やすことが出来ない落ちこぼれ聖女だったの。だから、追い出されちゃった。あはは」


 まるで他人事のように、ディズは語る。

 ディズのことが、自分と重なる。


「それで、腹が立ったから、この服をビリビリに引き裂いて、そのまま後先考えずに飛び出しちゃったんだ。あはは」

「…………」

「他の生き方なんて知らないし、だったら冒険者にでもなるかって、メルキを目指してるとこ。コレには自信があるからね」


 ディズは拳を叩いて見せる。

 腕っ節に自信があるということだろうか?

 細身の彼女からは想像も出来ないが、そういったら見かけだけの図体の俺はなんなんだということになる。


「そういえば、さっきのアレ、なに? 回復魔法じゃないよね?」

「魔力を……渡し、た……だけ」

「魔力? よく分からないけど、凄いわね」


 門番生活に飽き始めた頃、俺は体内の魔力を操って時間を潰す方法を思いついた。

 最初は特に目的があったわけじゃない。

 暇で暇で、どうしようもなかっただけ。

 動いちゃダメ、喋っちゃダメでは、考えることか魔力をいじることくらいしかする事はなかったからだ。


 だけど、やり始めたら、これが意外と面白かった。

 ついつい、ハマってしまった。

 最初は体内の魔力を少し動かすだけでも一苦労だった。


 しかし、繰り返す内にだんだんと魔力を自由に操れるようになり、練り上げることによって体内の魔力量はどんどん増えていった。

 出来ることが増えるとますます楽しくなり、仕事中はずっと魔力で遊んで過ごすようになった。


 数年が経つと、いろいろなことが出来るようになった。

 先ほどディズの傷を癒やした【魔力譲渡マナ・トランスファー】もそのひとつ。

 自分の魔力を他の人に渡すことで、一時的に治癒力を高めることが出来るのだ。


 門番をやってて分かったことだが、旅人というのは怪我をしている者が多い。

 門をくぐる者のうち、10人に1人は多かれ少なかれ怪我をしている。

 旅というのはそれくらい危険なのだ。


 試しに、怪我人に【魔力譲渡マナ・トランスファー】してみたところ、怪我が治ってしまったのだ。

 少しでも楽になればという軽い気持ちだったが、その効果は想像以上だった。


 魔力は目に見えないので、いきなり怪我が治った本人はビックリしていたし、俺の仕業だとバレて「余計なことするな」と怒られることもなかった。

 それ以来、俺はこっそりと旅人の怪我を治し続けてきた。

 だから、魔力で治療するのはお手の物だ。


「あっ、森が見えてきたわね」

「うっ、うん」


 この森を越えれば、メルキはすぐそこ。

 森は1時間もあれば抜けられると宿屋のオヤジが言っていた。。

 一週間に及んだ旅も、いよいよ終盤だ。


   ◇◆◇◆◇◆◇


5.襲撃


 ディズと出会ってからは、時間がたつのが早かった。

 彼女は話上手で、口下手な俺相手でも、次々と話題を提供してくれる。

 おかげで、会話が途切れることがない。

 久しぶりにいっぱい喋ったせいで喉が痛いが、それを忘れるくらい楽しい時間だった。

 そして、気がついた頃には、森に入って半分以上が過ぎていた。


「ロイルのランクは何なの?」

「ランク?」


 馴染みのない単語が出てきて、思わず聞き返す。


「冒険者ランクよ。結構長いんでしょ?」

「い、いや…………」


 ディズはなにか勘違いをしているみたいだ。

 この格好のせいだろう。

 さすがは騎士団で採用しているだけあって、駆け出しの冒険者では買えない装備だからな。


「ん?」

「俺も、……これ、か、ら……冒険者、に……なる」

「えッ!? ホントなの!? 今までなにしてたの?」

「門番、やって……た…………サクランで」

「門番かあ。確かにお似合いね。ロイルみたいな強そうな門番だったら、悪い事する人は減りそうだわ」

「いや……俺、……見かけ……倒し。…………戦う、の……弱い」

「ええ〜、謙遜しちゃってえ〜」

「役立、たず……だから…………門番、やって、た」

「へえ〜、まあ、人それぞれ事情があるのね。でも、どうして冒険者に? 門番だったら安定しているし、お給金もそれなりなんじゃない?」

「クビ……なった」


 ディズは大きく目を見開くと、顔をほころばせる。


「なんだっ、私と一緒じゃないっ! だったら、一緒に冒険者をやろうよっ!」

「一緒……に?」

「ええ、一緒にパーティーを組んで、一緒にダンジョンに潜って、一緒にモンスターを倒して、一緒にお宝を探すの。どうかしら?」

「……………………」


 すぐには返事が出来なかった。

 嫌だったからではない。

 誘ってくれたのは嬉しかった。

 ただ、戸惑いが大きかったからだ。


 俺は一人で冒険者生活を送るつもりだった。

 ご存知の通り、俺のコミュニケーション能力は壊滅的だ。

 宿を取るので精一杯。

 とても、誰かと一緒に行動できるとは思えなかった。


 ディズは凄い。

 途切れ途切れの俺の片言で、しっかりと俺の意を汲みとってくれる。

 ディズと話すのは楽しかった。

 喉の痛みも忘れるくらい、楽しかった。


 ディズなら、誰と組んでも上手くやれるだろう。

 そんな彼女がわざわざ俺を誘ってくれたのだ。

 ここで断るようでは、俺は一生ひとりぼっちだろう。


「うん……ディズが、よかった、ら……よろ、しく」

「じゃあ、これからヨロシクね!」


 ディズが右手を差し出してきたので、俺も右手を伸ばす。

 柔らかい手だった。

 だけど、細腕の少女とは思えない強い力だ。

 腕っぷしに自信があるというのは本当なようだ。


「よしっ。これで私とロイルは同じパーティーね。名前はどうしよっか?」

「…………名前?」


 ――きゃああああああああ。


 考え込んでいると、前方から切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。


「モンスターッ?」

「…………ッ」


 俺とディズは顔を見合わせ、前を向く。

 前方の道は湾曲しており、50メートルほど先までしか見通せない。


 俺は慌てて【魔力探知マナ・サーチ】の有効範囲を広げる。

 見通しの悪いこの森に入ってからは、【魔力探知マナ・サーチ】をずっと発動し、モンスターの気配を探っていた。

 有効範囲は20メートル。

 それだけあれば、不意打ちは避けられる。


 だが、その範囲内にはモンスターの気配がない。

 有効範囲を100メートルまで広げたところで、反応があった。


「100メートル先ッ! オークが3体ッ! 人間が襲われてるッ!」


 情報を正確に伝えるため、ハッキリと大きな声を出した。

 慣れないせいで、怒鳴ったみたいなってしまった。

 喉が焼けるように痛い。

 だが、ディズはにちゃんと伝わったようだ。


「わかったッ!」


 一言残し、ディズは一目散に駈け出した。


 ――疾いッ!


 100メートルを10秒もかからずに駆け抜けそうな速さだった。

 誰かも分からぬ相手を助けるために、危険も顧みずに飛び出したディズ。

 彼女の人柄がちょっと分かった気がする。

 俺は少し嬉しくなった。


 感心してないで、俺も自分の役割を果たそう。

 ディズも速いが、俺の方が速い。


「――【魔弾バレット】」


 俺が魔力を放出すると、目に見えない魔力の弾が飛んで行く。

 その数、3つ――。


 オークに向かって、音より早く飛んで行く魔弾。

 またたく間にディズを追い越し、オークたちに着弾し――。


 【魔力探知マナ・サーチ】から、3つの反応が消えた。


 ――ふう。間に合ったかな?


 【魔力探知マナ・サーチ】から人間の気配は消えていない。

 誰も死んでいないということだ。

 だけど、怪我をしているかもしれない。

 まだ、油断はできない。


 ディズは回復魔法を使えない。

 俺が急がないとッ!


 鈍重な身体を揺すりながら、懸命に走る。

 鎧と槍の重さが嫌になる。

 自分のノロマさにも嫌気がする。


 たっぷりと時間をかけて、現場に到着した頃には、息が上がりきっていた。

 心臓もバクバクと抗議している。


 馬車が一台。

 オークの襲撃を受けてか、凹んでいる。

 それと、見知らぬ人間が何人か。


 そして――ディズが立ち尽くしていた。

 目の前の出来事を受け入れられないように。

 もしかして……間に合わなかったのか?


「ディ、ズ……」


 かすれ声で呼びかけると、ディズはゆっくりと振り向いた。


「ロイル?」

「怪我……人…………だい、じょぶ?」

「怪我人? ええ、ええ、大丈夫よ。誰も怪我していないわ」

「よか……った…………」


 間に合ったか。

 ホッとする。


「ねえ、それより、これ、ロイルがやったの?」

「これ……?」

「オークがいきなり消えたのよ。ロイルがなんかやったんでしょ?」

「うっ、うん……。魔力……とば、した」

「凄いわよ、ロイル。やっぱり、強いじゃない!」


 ディズは俺に飛びつき、ぴょんぴょん跳びはねる。

 彼女の嬉しさが飽和して、俺にまで伝わってくる。


 そうしていると、馬車の方から声をかけられた――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


6.歓待


「騎士殿、この度はお助け頂き感謝致します」


 中年の男だ。

 格好と物腰から判断するに、高貴な方に仕える執事だろう。


 そう思った俺は馬車に視線を向ける。

 見覚えのある紋章だ。

 門番をやっていたおかげで、貴族の紋章には詳しくなった。

 この紋章はメルキの街を領有する伯爵家のものだ。

 となると、馬車に乗っているのは……。


 馬車の中から少女が降りてくる。


「わたくしからも、お礼を述べさせて下さい」


 貴族令嬢に相応しい上品な装いに、優雅な立ち振舞い。

 ディズと同じ年頃の少女だが、彼女は紛れもない貴族だ。

 だが、気丈に振る舞ってはいるが、その細い肩は小さく震えている。

 やはり、怖かったのだろう。


「わたくしの名はフローラ・ディン。この地を治めるディン伯爵家の一人娘です。この度は我々の命をお救いいただきありがとうございます」


 フローラ嬢がゆっくりと、深く頭を下げる。

 その所作は、まるで時間の流れが緩やかになったかと感じられた。


 フローラ嬢に従い、配下一同がそろって頭を下げる。

 御者、執事、メイド、そして、護衛の騎士たち。

 彼らの態度からも、フローラが慕われていることが伝わってくる。


 彼女はまだ若いながらも、立派な貴族だ。

 門番をしていると、いろんな貴族を見る機会がある。

 彼女のように下々を思いやれる素晴らしい貴族もいれば、平民を人とも思わぬ特権意識の固まりのような貴族もいる。


 助けた相手が貴族だと知って、一時は心配もしたが、杞憂に終わって一安心だった。


 フローラ嬢や配下の者たちは頭を下げたままだ。

 俺たちがなにか言うまで、頭を上げないつもりなのだろう。


「あ……う……」


 なにか言わなきゃと口を開いたが、まったく言葉が出てこない。

 焦っていると、隣から助け舟が――。


「頭をお上げ下さい、レディ・フローラ」


 ディズが片膝をついたので、俺も慌てて従う。


「困っている者があらば、それを助けるのは人として当然のことです」


 きっぱりと告げるディズの顔からは強い信念が感じられる。

 さすがは元聖女というべきか。

 その凛々しい顔に見惚れてしまう。


「姿勢を直して下さい。お二人は命の恩人です。礼儀は不要ですので、楽にして下さい」


 そう言われてもどうするべきなのか、俺は知らない。

 うっかり顔を上げて無礼者、とかならないか心配だ。

 そう思ったのでディズの真似をすることにした。


「それでは」とディズが立ち上がったので、俺もそうする。


「貴族として、恩には報いなければなりません。よろしければメルキの屋敷まで、ついて来ていただけますか?」

「ちょうど良かったです。私たちもメルキに向かう途中でした。せっかくなので、ご一緒させて下さい。ねっ、ロイル?」

「あっ、ああ……」

「では、馬車にどうぞ」


 フローラ嬢に勧められ、俺とディズは馬車に乗り込んだ。

 生まれて初めて馬車というものに乗ったが、貴族用の馬車の快適さに衝撃を受けた。


 俺が聞いていた馬車の印象とは正反対だった。

 平民が利用する馬車の乗り心地は最悪。

 尻は痛く、口から内臓が飛び出そうなほど揺れる。

 門をくぐる馬車の乗客は、無事に着いたのと同じくらい、馬車から開放されることを喜んでいた。


 そう聞き及んでいたから、馬車旅でなく徒歩を選んだのだ。

 しかし、伯爵家の馬車はまったく揺れず、その場に止まっているのではないかと錯覚するほどだった。


 馬車は対面の四人がけだった。

 俺とディズが並んで座り、向かいにはフローラ嬢とメイドの女の子。


 ディズのコミュ力のおかげで、ディズとフローラ嬢はすぐに打ち解け、会話が盛り上がっていた。

 どれくらい打ち解けたかというと、メルキの街に着く頃には「ディズちゃん」「フローラちゃん」と敬語なしで話し合うほど。

 フローラ嬢は同年代の友だちがほとんどいないらしく、友人というものに憧れていたそうだ。


 そんなわけで二人は意気投合。

 出会って数十分で貴族令嬢と友人になるとか、ディズのコミュ力の高さに恐れ入るばかりだ。

 俺? 俺はもちろん――まったく会話に入ることが出来ず、置物みたいに愛想笑いを浮かべるだけで精一杯だった。


 伯爵家に到着すると、伯爵と伯爵夫人の両者から盛大なもてなしを受けた。

 見たこともない豪勢な料理やら、俺の年収数年分もしそうな高級ワインやら。

 お二人は一人娘のフローラ嬢を目に入れても痛くないほど溺愛しており、その命を救った御礼の言葉を何度も頂いた。

 ここでもディズのコミュ力が大活躍だった。

 俺一人だったら、目も当てられない結果になっただろう。

 ディズには頭が上がらない。


 伯爵からは褒美として、金貨ジャラジャラな袋を頂いた。

 後で数えたら門番の生涯賃金の何倍もあった。

 俺はビビって「こんなに頂けません」と言おうとしたが、俺の錆びついた口が動く前に、ディズが「それでは頂戴いたします」とあっさりと受け取っていた。


 しかも、それだけではなかった――。


「他にもなにかあるかね? 私たちにできる事があれば最大限の便宜を図らせてもらうが――」


 伯爵の言葉に、ディズは俺の方をチラッと見てから返答する。


「いえ、すでに過分な褒美を頂いておりますので」


 すげー、ディズすげー。

 一瞬見ただけで、俺の考えを理解してるよ。

 というか、俺が顔に出し過ぎなのか……。


「ふむ、そうか。君たちはしばらくこの街に滞在するのであろう?」

「はい。この街を拠点にして、冒険者活動をする予定です」

「なんとっ! オークどもを瞬殺するような君たち凄腕冒険者が留まってくれるのかっ!」

「はい。微力ながらも、この街のために尽くす所存です」

「そうかそうか、いやあ、めでたい。褒美の件はいつでも良い。なにか困ったことがあれば、真っ先に頼ってくれ」

「ありがたきお言葉です」


 結局、その日は「泊まっていってくれ」とのことで、伯爵邸に宿泊。

 俺は貴族疲れもあって、与えられた寝室で早々と眠りについたが、ディズはフローラ嬢と夜遅くまで話し込んでいたそうだ。

 伯爵邸のベッドは柔らかすぎて溺れるかと思ったが、寝心地は最高!

 まさに、天にも昇る気持ちで熟睡できた。


   ◇◆◇◆◇◆◇


7.拠点:いわくつき物件


 翌朝、朝食を頂いた俺とディズは伯爵邸を辞し、市街地へ向かった。

 伯爵邸は街外れの高台にあり、市街地から少し離れているのだ。

 聞いたところによると、歩いて30分ほどだとか。

 フローラ嬢は「馬車を出す」と言ってくれたが、目立ちすぎるのでお断りさせていただいた。


 俺たちの目的地はというと――。


「まずは――」

「ギルド?」

「――拠点の確保ね」

「拠点?」

「ええ、これは私のわがままなんだけど……」


 俺としては宿屋ぐらしのつもりだったから、ディズの提案は意外だった。


「ここに来るまで宿屋でなにかとトラブルが多くてね。だから、宿屋は避けたいの。それに、しばらくはメルキから離れない予定でしょ? だったら、家を借りた方が得なのよ」

「そっか」


 ディズみたいなカワイイ女の子が一人旅をしていれば、変な男に絡まれることも多いだろう。


「いいかな?」


 そんな上目遣いで頼まれたら、断れるわけがない。

 それに伯爵からもらったお金で、懐は温かい。


「うぅ、うん。……いいよ」

「よーし、じゃあ、拠点確保しに行きましょ!」


 ということで、俺たちは不動産屋に向かう。

 のんびりと街中を眺めながら、歩いて行く。


 ここメルキの街は俺が15年過ごしたサラクンの街とはだいぶ様子が違った。

 一番目立つのは冒険者の数だ。

 メルキは冒険者の数がとても多い。

 歩いている者の半分、は言い過ぎにしても、それくらい多い。

 そして、そのせいか、街中は悪く言えば猥雑、良く言えば、活気にあふれていた。


「なっ、なあ……大丈夫、か?」

「ん? なにが?」

「不動、産屋。……相手……商人」


 相手は百戦錬磨の商売人だ。

 上手く言いくるめられたり、ボッタクられたりしないか心配だ。

 と伝えたかったのだが、口が回らない。


 伯爵から推薦してもらった店なので、変なことにはならないと思うが、少し不安だ。


「大丈夫よ。私に任せといてっ!」


 ディズが頼もしげに胸を叩く。

 その衝撃で揺れる胸に思わず目を奪われる。


 いけない、いけない。


 ひと回りも年下の女の子になんて視線を向けてるんだ。

 自己嫌悪している俺に構わず、ディズが続ける。


「ロイルは後ろでどーんと突っ立っていればいいのよ」

「そっ、そうか」

「後は符丁を決めておきましょう?」

「符丁?」

「ええ。私が右耳に触ったら『うむ』。左耳に触ったら『なにッ!』。短く重々しい調子で言ってちょうだい。分かった?」

「ああ」


 人見知りの俺でも、それくらいならできるだろう。


「じゃあ、試しね」とディズが右耳を触る。

「うむ」と返す。

「そうね、もうちょっと低い声で」と今度は左耳。

「なにッ!」

「そうそう、その調子よ」


 その後何度か、ディズは右耳と左耳を交互に触り、それに合わせて俺は口を開いたり閉じたりした。


「これなら大丈夫ね」


 ようやくディズの合格がもらえた頃、俺たちは目当ての不動産屋にたどり着いた。


 出迎えたのは嘘くさい笑顔をたたえた、若い男だった。

 俺たちはカウンターに座らされ、「ご用件は?」と尋ねられる。


「これ、伯爵の紹介状よ」


 いぶかしげな視線を向けていた男は、急に態度を改める。


「しっ、失礼致しました。本日はどういったご用件でしょうか? 最大限の努力を持って、ご希望にお応えさせていただきます」

「見ての通り冒険者よ。ダンジョン探索のためにこの街へ来たの。拠点となる家を借りたいわ」

「承知いたしました。それでしたら――」


 店員がファイルに手を伸ばそうとしたところを、ディズが遮る。


「いわくつき物件よ。あるでしょ? いわくつき物件」

「……いわくつき物件ですか? それはもちろん、ございますが……」


 店員の渋る態度を見て、ディズが右耳を触る。


「うむ」


 店員の視線が俺を向く。


「問題ないわ」


 再度右耳の合図。


「うむ」

「大変危険です。当方では安全を保証しかねます。伯爵の紹介を受けられるお方でしたら、もっと良い物件がいくらでもございますが?」

「問題ないわ」

「うむ」

「承知いたしました。こちら、冒険者ギルド近くの好立地の物件なのですが――」


 店員は物件情報が書かれた一枚の紙を差し出す。


「もともと月20万の物件なのですが、最近ゴーストが住み着いて……。除霊していただけるなら、月10万で構わないとのことです」

「なにッ!」

「ヒッ!」


 ディズの合図で俺が声を発すると、店員は怯えた声を上げた。

 そして、再度の合図。


「なにッ!」

「ヒエッ……」


 怯えた店員は助けを求めるようにディズに視線を向ける。

 獲物を前にした猛獣のような笑みでディズが口を開く。


「ゴーストの除霊なら200万くらいかしら。それで月10万はぼったくりよね。月5万で」

「……月8万でどうでしょうか?」

「なにッ!」


 俺がディズの合図に従うと、店員がピクリと震える。


「はっ? 寝ぼけてない? 月6万」

「…………月7万。これでなんとか、ご勘弁いただけないでしょうか?」

「…………まあ、いいでしょ。それで手を打つわ」

「なにッ!」


 あっ、間違えた。

 右耳だった。


「ひっ。でっ、では月6万でっ、どうか、ご勘弁をっ……」


 冷や汗を垂らしながら頭をぺこぺこと下げる店員に、ディズが勝ち誇ったように告げる。


「勉強してくれてありがとね。その分、伯爵にはよろしく伝えておくから」

「はっ、はい。ありがとうございます」


 店員はさっきよりも深く長く頭を下げた――。


 店員の案内で俺たちは目的の物件に向かう。


「すごい……交渉術」

「聖職者の世界は魑魅魍魎の世界だからね。みんな、笑顔の下で刃物を研ぎ澄ませているの。そんなところで暮らしていれば、これくらいの交渉術は勝手に身につくわよ。それよりさっきの最後のアレ、やるじゃない。あのアドリブは期待以上だったわよ」

「えっ、……い、いや……間違えた……だけ」

「またまた、謙遜しちゃって〜」


 最後のアレは本当に右耳と左耳を間違えただけだ。

 だけど、それが功を奏して1万安くなったんだから、不思議なもんだ。


「こちらでございます」


 二人で暮らすには大きすぎる一軒家だ。

 裕福な商人が住むような立派な建物。

 想像を遥かに上回る物件だった。

 これが月6万で借りれるのか……。


 いや、まだ早い。

 ディズが除霊に成功してからだ。

 彼女の腕次第だが、ディズは交渉前から自信満々だった。

 ゴーストといえば中級悪霊だったはずだが、彼女にとってはどうってことがないのだろう。

 さて、お手並み拝見だ。


「私は敷地に入りませんので、あとはよろしくお願いします」


 店員が言う通り、敷地全体を邪悪な魔力が覆っている。

 一歩足を踏み入れれば、ゴーストが襲い掛かってくるのだろう。


 横を見れば余裕綽々(しゃくしゃく)のディズ。

 しかし、彼女はなにかをする様子もない。


「どう、した?」

「ん?」

「やら……な、いのか?」

「えっ?」

「いや…………除霊……」

「あっ? もしかして、私が除霊すると勘違いしてた?」

「……違う、のか?」

「違うよー。だって、私、除霊できないもん」

「はっ、はい?」

「言ったでしょ、神聖魔法、使えないって」

「…………そう……だった……」


 ディズは神聖魔法を使えなくて破門になったんだった……。


「じゃ、あ……どう、して?」

「ロイルならできるでしょ?」

「俺?」

「うん」


 俺に……出来るのか?


 試したことはないが……。


 まあ、ゴーストもモンスターの一種だ。

 いつもと同じようにやれば……出来るかも?


 全身の魔力を活性化させ、敷地を囲う邪悪な魔力を打ち払うように、魔力を――放つッ。


「――【魔力放出マナ・リリース】」


――ギャアアアアアア


 建物の中から断末魔のような叫び声が響いてくる。


「すごッ!?」

「…………」


 ディズは驚いて目を見開き、店員はポカンと口を開けている。


「これで……良かった?」

「ロイル、すごいよ〜〜〜。司祭クラスだよ〜〜〜」

「そうなの?」


 喜びをあらわにディズが飛びついて来る。

 自分では分からないが、彼女の言い方からすると、俺の能力は思ってた以上に優秀らしい。


 こうして、俺たちは拠点を格安で借りることが出来た――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


8.冒険者登録


 拠点を手に入れた翌日。

 昨日は部屋を掃除したり、必要品を買い揃えたりで日が暮れてしまった。

 その後も、「新居お祝いパーティー」とディズが言い出し、夜遅くまで二人で宴会することになった。


 二晩続けて誰かと一緒に飲むなんてこと、俺の人生で初めての経験だ。

 誰かと飲むお酒は一人で飲む場合の百倍美味しいということを俺は学んだ。

 そのせいで、起きたとき少しお酒が残っていたが、【魔力循環】で酒精を払ったので、今は快調だ。


 朝食を終えた俺とディズは家を出た。


「さて、今日の最初の目的地は――」

「ギルド?」


 早くギルドで冒険者登録を済ませて、ダンジョンへ潜りたい。

 昨日、おあずけを食ったから、今日こそはとワクワクしているのだ。

 一刻も早くダンジョンに潜りたい。


「まずは、買い物ね」

「買い物?」

「ええ、ダンジョンに潜るには、いろいろと必要なのよ。それに、こんな姿だしね」


 ディズが着ているのは、伯爵から頂いた立派な服だが、防具としての性能は皆無。

 かといって、さすがに、以前のボロボロ聖衣を着るわけにも行かない。


 確かに、ディズの装備を整える必要があるし、他にも色々な道具が必要なんだろう。

 俺はまったく知識がないので、ディズに任せるしかないな。

 とはいえ、やっぱり、残念なものは残念だ……。


「そんなしょぼくれた顔しないでよ」

「顔……出てた?」

「ええ、思いっきり出てたわよ」

「そっ、そう……」


 どうやら、俺は顔に出やすいようだ。

 もしかして、門番時代も一人でニヤニヤしてたのとか、周りにはバレバレだったのか?

 恥ずかしい……。


「あはは。ロイルってホント面白いわね」

「…………ぅぅ」

「でも、安心して、買い物と冒険者登録くらいなら午前中に終わるわよ。午後から軽くダンジョンに潜ってみよ?」

「ほん、と……?」

「ええ、だから、さっさと済ましちゃいましょう」

「うっ、うん!」


 武器屋や道具屋など、冒険者向けの店々は、冒険者ギルド近くの一角に固まっていた。


「まずは私の武器と防具ね。ロイルはどうする?」

「いら……ない」

「おっけー」


 伯爵様から頂いた大金があるので、贅沢に装備を整えることが出来る。

 だが、俺には使い慣れた鎧があるし、どんな武器を持っても使いこなせない。

 だから、新しい装備は不要だ。

 その分、ディズの装備にお金をかけたい。


「――よし、こんなところね」


 ディズが購入したのは軽装の皮鎧と武骨なガントレットだ。

 見た目はシンプルだが、高級な素材を用いた一級品で、伯爵資金の半分を費やすことになった。


 最初は遠慮してグレードの低い装備を選ぼうとしていたが、


「遠慮しないで一番良い物を買って欲しい。ディズが強くなるのは、俺にとっても嬉しいことだから」


 的なことを噛み噛みで伝えたら、


「また、借りが増えちゃったね」


 と微笑みながら、俺の提案を受け入れてくれたのだ。


 装備が整った後、俺たちはダンジョン探索に必要な物を取り扱っている道具屋に向かった。


 最初に購入したのはマジック・バッグという名の魔道具を2つ。

 魔法の力でいっぱい物が入って、しかも、重くないという便利アイテムだ。

 俺の蓄えではとても買えない高価なものだが、伯爵様資金のおかげで、余裕で二人分購入できた。


「ずっと欲しかったんだよね〜。人助けはするものね」


 とディズは嬉しそう。

 クビになった原因なので、魔道具には恨めしい気持ちがあったが、ディズの笑顔を見ていると、その気持ちも少し薄れていく。


 その後、道具屋を何件かハシゴしたが、もちろん、ここでも俺はまったくの役立たず。

 なにが必要なのかも、相場がどれくらいなのかも、知らないのだ。


 対するディズは手慣れた様子で、テキパキと必要なものを買い揃えていく。

 どんどんとマジック・バッグに放り込まれていく道具類。

 だけど、重さは少ししか感じない。

 ホント、凄いな。


 結局、買い物は午前中いっぱいかかってしまい、近くの店で昼食をとることになった。


 食事も終わり――。


「じゃあ、ギルドへ向かいましょう」


 冒険者ギルドにはすぐにたどり着いた。

 堅牢な石造りの3階建て。

 周囲を威圧するような建物だ。


 俺は少し怖気づいたが、ディズに「早く行こっ」と手を引かれ、ギルド内に足を踏み入れた。


 むわっとする熱気と喧騒。

 ギルドの一階にあるのはカウンターと酒場。

 熱気と喧騒の原因は酒場に集まった冒険者たちだった。50人近い数だ。

 それだけの人間が酒を飲みながら騒いでいる。

 とても行儀がいいとは言えない飲み方だ。


 慣れていない俺は戸惑いを覚えたが、またもや、ディズに手を引かれ、受付カウンターへ向かう。

 ディズは場慣れしているようだ。頼りになる。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルド、メルキ支部へ。受付担当のモカと申します。本日はどういったご用件でしょうか」

「冒険者登録お願い。私とこっちのロイル。二人ね」

「かしこまりました――」


 受付嬢は説明しながら、手続きを進めていく。

 ランクやら、クエストやら、ギルド貢献度やら、俺には難しい話が続いて、途中から聞き流していた。

 ディズはしっかりと理解しているようなので、分からない事は後で彼女に聞けばいいだろう。


「――では、こちらがお二人の冒険者タグになります」


 受付嬢は首から下げるネックレスのような物を渡してくれた。

 金属のチェーンに金属プレートのタグがついているものだ。


「紛失した場合は、再発行に手数料がかかりますので、くれぐれも失くさないようご注意下さい」


 受け取った冒険者タグを首から下げる。

 これで俺たちも冒険者になったわけだ。

 死ぬまで一生門番だと思っていたのに、気がついたら別の道を歩き出してるとは、まったく想像していなかったな……。


 不思議な気持ちになりながら、俺とディズはカウンターを離れる。


 ――さあ、いよいよダンジョンだッ!


   ◇◆◇◆◇◆◇


9 冒険者の洗礼


 冒険者登録を行っているロイルとディズ。

 彼らは気付いていなかったが、酒場中の視線が二人に集まっていた。


 昼間っから酒場で飲んだくれているのは、今日が休日の冒険者たち。

 酒を飲んでリフレッシュするのが主目的だが、彼らにはもうひとつ酒場でたむろしている理由があった。


「よお、ミゲル。今回はハズレだな」

「わはは。ご愁傷さま」

「ツイてねえな。ははは」


 ミゲルという名の男に、周囲から同情半分、からかい半分の声がかけられる。

 ミゲルは冷や汗を垂らしながら、受付カウンターの二人を見つめていた。


 少女の方は高貴な顔立ちに、トップクラス冒険者が身に付ける最高級装備。しかも、下ろしたばかりの新品だ。

 そして、男の方は、見たこともない巨体を年季の入ったフルプレートアーマーで包み、その手には冒険者には不向きの長槍。


 どう見ても、貴族の令嬢に護衛の騎士だ。


「可愛いお嬢ちゃんはともかく、あのデカいのはヤバいだろ……」


 冷や汗が止まらない。


「ビビってんのか?」

「ああ……悔しいが、認めるよ。ちっ、ツイてねえ……」

「やめとくか?」

「ああ、アレなら逃げても誰も文句言わねえよ」

「そういうわけにもいかんだろ…………ハア」


 責任感の強いミゲルは逃げ出したくなる気持ちを抑えて立ち上がり――ロイルたちの下へ足を運んだ。


 そんな中、酒場の奥で一人の魔法使いの女がロイルを見て震えていた。


「なに、あの魔力量。信じられない……」


 彼女はこの街一番の魔法使い。

 魔力と魔法に関しては、この街で彼女の右に出る者はいない。

 そんな彼女より、そして、彼女の師匠よりも何十倍も多い魔力量を持つ男。

 そんなバケモノの出現に、彼女は震え上がっていたのだ。


   ◇◆◇◆◇◆◇


「よお、お二人さん」


 俺とディズが冒険者登録を済ませたところ、男に声をかけられた。

 年は俺と同じくらい。

 歴戦の冒険者だろう。

 使い込まれた皮鎧に腰には長剣を差している。


「今、登録したばかりだろ?」

「うん。 なにか用?」


 喋れずにいる俺の代わりにディズが応じる。

 本当なら、俺がやらなきゃいけないのに……。

 ディズには頼りっぱなしだ。

 情けない思いだが、口は動いてくれない。


「俺はミゲルっつーモンだ。二人に用がある。新人への洗礼ってヤツだ。ちょっと顔貸してくれ」

「うん、いいよ!」


 ミゲルは少し声が震えている。

 怒っているのか?

 なにか、マズいことしたのか?


 そんな俺の疑問をよそに、ディズは誘いを快諾する。

 どうやら、ダンジョン行きは少し遅れそうだ……。


 どこかへ向かうミゲルについて行く。

 俺たちだけでなく、酒場にいた冒険者たちも全員ついて来た。

 楽しい見世物が始まりそうだ。


 たどり着いたのはギルド建物の裏手だった。

 そこは開けた場所で、冒険者たちが剣を振ったり、魔法を飛ばしたりしていた。訓練場だろうか?


「おーい、例のヤツだ。開けてくれ」


 ミゲルの呼びかけで、冒険者たちは動きを止め、訓練場の端に移動する。

 中央にぽっかりと空白が出来た。

 空白を取り囲むのは数十人の冒険者たち。

 すっかりギャラリー気取りだ。


 ミゲルが空白に歩み出て、俺たちに声をかける。


「軽い腕試しだ。どっちでも良いからかかって来いッ」

「うん、じゃあ、私が――」


 やる気満々で前に出ようとしたディズを手で制する。


 フローラ嬢や伯爵たちへの応対。

 不動産屋での交渉。

 装備品の買い物。

 冒険者登録。


 全部ディズに任せきりだった。

 ここでもディズに頼るようだったら、俺はただのオマケの足手まといだ。

 それじゃあ、情けなさ過ぎる……。


「おれ、が……」


 ディズは俺のことを見上げ、「うん、任せたっ!」と笑顔を見せる。

 その笑顔に勇気づけられ、前に出た俺はミゲルと対峙する。


「おっ、おまえか……」

「…………」


 無言で槍を構え、戦意を示す。

 ハッタリなのだが、ミゲルは半歩下がった。


「いく……」


 俺の言葉に、ミゲルも剣を構える。


「始めっ!」


 誰かが開始の合図を出した。

 俺もミゲルも武器を前に構えたまま動かない。


 勢いでこの場に出てしまったが――正直、俺は困っていた。

 打つ手がないのだ。


 なぜだか理由は分からないが、俺は武器の扱いが致命的だ。

 俺が槍を振るえば、槍は俺の手を離れ、あらぬ方向へ飛んでいってしまうだろう。


 かといって、魔力で攻撃するわけにもいかない。

 オークを倒したように魔力を飛ばせば、勝つことはできる。


 だけど、俺の魔力攻撃は手加減が出来ない。

 俺が攻撃した次の瞬間、ミゲルの身体はきれいさっぱり消失してしまう。

 ただの腕試しで人を殺すわけにはいかない。


 ハッタリで向こうが下りてくれることを期待したのだが、さすがは何度も死線をくぐり抜けてきた冒険者はそんなに甘くなかった。


 さて、どうしたものか?


 俺も動かず、ミゲルも動かない。

 そんな時間がしばらく続き――。


「早くしろ〜!」


 無責任なヤジが飛ぶ。


「チッ――」


 ミゲルが吐き捨て、突進してきた。

 俺は急いで鎧に魔力を流すッ――。


 ミゲルは勢いそのまま、鎧の関節部を狙って連続で突きを放ってくる。


 だが、本来プレートアーマーの弱点である関節部であっても、魔力で覆ってあるのでノーダメージ。


 ミゲルの刺突はキィンと高い音で弾かれる。


「クソッ――」


 しびれを切らしたミゲルは、上段に振りかぶり――大きく振り下ろすッ。


 狙いはむき出しの頭部。


 鋭い一撃ではあったが――。


 俺は左腕を上げて防御。


 ――キィィィィン。


 弾かれた長剣はミゲルの手を離れ――宙高く舞った。


「……まだ……やる?」

「……………………降参だ」


 ミゲルは負けを認め、うなだれた。


「ロイル、やったね!」


 駆けてきたディズに抱きつかれる。


 次の瞬間――。


 わああああ、と歓声が上がる。

 その次には、俺とディズは先輩冒険者たちに揉みくちゃにされていた。


「期待の大物ルーキーに祝杯だッ!」


 そのままギルド酒場に連行され、歓迎会の名のもとひたすら酒を飲まされた。

 俺は相変わらず、まともに喋れなかったが、ディズは持ち前のコミュ力で先輩方と打ち解けていた。


 上手く輪には入れなかったけど、楽しい時間だった。

 騎士団時代は同期が盛り上がっていても、俺は輪の外でポツンと疎外感を感じるばかりだった。

 だけど、冒険者たちは俺を仲間と認めてくれた。


 同僚騎士からは「ちゃんと喋れよ」とバカにされたが、ここではそんな事言われなかった。

 俺が上手く話せず申し訳なく思っていると、「いろんなヤツがいるから気にすることないよ」と笑って受け入れてくれた。

 俺と戦ったミゲルだが、変に逆恨みされたりせず、「強えな、おい」と褒めてくれた。

 俺は、冒険者になって良かったと、心の底から思えた。


 ミゲルからは今回のイベントについても教わった。

 新人冒険者というのは跳ねっ返りで向こう見ずだ。

 そして、その多くが井の中の蛙だ。

 そのままでは、無謀なことをして痛い目を見ることになる。


 それを防ぐため、一度鼻っ柱を折っておく。

 それがこの街の冒険者ギルドに伝わる慣習らしい。

 中級以上の冒険者が回り持ちで担当するらしく、ミゲルは不幸なことに、今日の担当だったそうだ。


 それからもいろんな冒険者に声をかけられ、戸惑いながらも応対して、なんとか打ち解けて――幸せな時間が流れていった。


 そんなこんなで、結局、宴会が終わって開放されたのは、だいぶ夜も更けてからだった。


 今日もダンジョンに行けなかったな……。


   ◇◆◇◆◇◆◇


10.スタンピード


 翌朝、俺とディズは冒険者ギルドへ向かっていた。


「ロイル、嬉しそうだねえ」

「ああ、……やっと、…………ダンジョン」


 伯爵家に招待されたり、拠点を確保したり、ギルドで先輩冒険者たちとイロイロあったりと、中々ダンジョンに入ることが出来なかった。

 俺としては、ここメルキの街に着いたら、すぐにでもダンジョンに潜れるものだと思っていたから、二日間のお預けはずいぶんと長く感じられた。


 しかし、それももう終わりだ。

 今から、俺たちはダンジョンに向かうのだ。


 昨日はワクワクして寝つけなかった。

 自分の中に少年のような熱情があるなんて、思ってもいなかった。


「あはは。やっぱり、ロイルって面白い」

「…………」

「ごめんね。バカにしたわけじゃないの。良い意味で言ったのよ」

「良い……意味?」

「ええ。それだけ、ロイルは魅力的だってこと」


 鮮やかな笑顔を向けられると、なにも言えなくなってしまう。


「ほら、行きましょ。さっさと済ませて、ダンジョンへ潜りましょ」

「うっ、うん……」


 俺たちはダンジョンに潜る前に、冒険者ギルドへ寄り道する。

 そこでどんなモンスターの素材やドロップアイテムの需要があるかをチェックするのだ。

 これをするかしないかで収入は段違い、とディズが言っていた。


 俺は冒険者のことをなにも知らない。

 ディズと出会えて、本当に助かった。

 考えなしで、サクランの街を飛び出したけど、ディズと出会えなかったら、きっと今ごろ途方に暮れていたことだろう。

 ディズには、感謝の気持でいっぱいだ。


 彼女はカワイイし、優しいし、コミュ力高いし、何でも知っている。

 俺はすでに彼女に惹かれている。

 こんなに良い子が俺なんかと一緒でいいんだろうか、と疑問に思うくらいだ。

 どうして彼女が俺と一緒にいてくれるのか分からない。

 でも、今はそれを気にせず、楽しもうと思う。


「着いたわね」

「うっ、うん……」


 素敵な女の子と憧れのダンジョン。

 高鳴る気持ちを押さえつけながら、冒険者ギルドの扉を開いた。


 ディズに付き従って、掲示板へ向かう。

 掲示板にはクエストが貼り出されている。

 これを見て、どのモンスターを重点的に狩るか決めるのだ。


 ただ、俺はまったく知識がないので、ここでもディズ頼りだ。

 俺に出来るのは、掲示物を真剣に読んでいくディズの後ろ姿を眺めているだけ。


 いつまでもディズにおんぶに抱っこというわけにはいかない。

 これから色々勉強していかないとな。


 そう思っていると、入り口から一人の男が駆け込んできた。

 男は息も絶え絶え。

 ここまで走ってきたのだろう。


 男は呼吸を整えると、大声で叫んだ。


「スタンピードだッ!!! オークの大群が襲ってくるッ!!!」


 スタンピード。

 モンスターの大群が一団となり、街に向かって突進する現象だ。


 ここ数年は国内で起こっていないのに、どうしてこのタイミングで……。

 スタンピードが発生した場合、全ての冒険者はその迎撃に当たらねばならない。


 すなわち――。


 ――いったい、いつになったら、俺はダンジョンに潜れるんだ?

 はじめましての方は、はじめまして。

 ご存じの方は、毎度ありがとうございます。

 まさキチと申します。


 最後までお読みいただきありがとうございます。

 お楽しみいただけたでしょうか。


 本作はパイロット版です。評判の良ければ連載化しますので、お楽しみいただけたら、ブクマ・評価よろしくお願いします。


 また、連載化の際に参考にいたしますので、率直な思いを感想欄からお伝えいただけるとありがたいです。

 改善点・問題点、辛口な評価も大歓迎ですので、お気軽にお伝え下さい(人格攻撃はやめてね!)。


 今後の連載化などの情報は、活動報告に載せますので、気になる方はお気に入りユーザー登録をしていただけると、間違いがないかと思います。


   ◇◆◇◆◇◆◇


【宣伝】


【連載中作品】


「貸した魔力は【リボ払い】で強制徴収 〜用済みとパーティー追放された俺は、可愛いサポート妖精と一緒に取り立てた魔力を運用して最強を目指す。限界まで搾り取ってやるから地獄を見やがれ〜」

https://ncode.syosetu.com/n1962hb/


 追放・リボ払い・サポート妖精・魔力運用・ざまぁ。


 可愛いギフト妖精と一緒に、追放したパーティーからリボ払いで取り立てた魔力を運用して最強を目指すお話。

 ヒロインは不遇なポニテ女剣士。

 日間ハイファン最高6位!

 週間ハイファン最高7位!


「勇者パーティーを追放された精霊術士 〜不遇職が精霊王から力を授かり覚醒。俺以外には見えない精霊たちを使役して、五大ダンジョン制覇をいちからやり直し。幼馴染に裏切られた俺は、真の仲間たちと出会う〜」

https://ncode.syosetu.com/n0508gr/


 追放・精霊術・ダンジョン・ざまぁ。

 ヒロインは殴りヒーラー。


 第1部完結。

 総合2万ポイント超え。

 日間ハイファン最高15位。


 ページ下部(広告の下)リンクからまさキチの他作品に飛べます。

 是非読んでみて下さい!

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[良い点] 殴り聖女にポンコツ騎士(魔力バカ) イイですね~ 妄想が膨らみますなぁ 聖女が活躍すると怪我人が増える、騎士が活躍すると死人が増える、とお互い気を付けていてかばい合うというか抑え合うとい…
[良い点] 連載も読みたいですね。 期待してます。 [一言] しゃべり方はヒロインに矯正されヒロイン以外には常に「うむ」と「なに!」 だけにしたほうが強面の勘違い物として良いんじゃないかな?って思いま…
[良い点] とても面白かったです。 是非連載になって欲しいなぁと思いました。 [気になる点] 騎士団に所属していて、上が変わったのに気付かないなんて組織的にどうなのか?と。 変わってすぐに人事見直しと…
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