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エピローグ:帰路の雑談



 -§-



【2223/04/15 PM01:43 T都S区某所】


 やや陰りを帯びた薄水色の空の下、公道上を一台の黄色いワンボックスカーが走る。周囲の流れに合わせた安全運転を徹底するその車内で、裁糸閃奈は微睡んでいた。穏やかな顔つきで目を伏せる彼女の膝上には、あの“箱”が乗っていた。


「……お姫様は、よく眠ってらっしゃる」


 運転席でハンドルを握る若い男が、ルームミラーに写る閃奈の寝顔を眺めて、苦笑交じりに呟く。彼は閃奈の「おしごと」絡みで運転手を務める人員の一人だ。今回、発電所跡地での任を果たした閃奈の送迎を担当し、ようやく彼女の自宅近辺へ辿り着くところである。


「あ、クソ。間に合わなかった」


 交差点に差し掛かったとき、タイミング悪く信号に停められてしまい、運転手は舌打ちを漏らす。途中で何度か休憩は挟んだが、ほとんどぶっ続けで運転してきたこともあって疲労と眠気が強い。できることなら、早々に眠りたかった。


「まあ、これも仕事だしな……」


 暢気にぐうすか眠る閃奈を羨みつつ、運転手はハンドルの上で重ねた手の平に顎を乗せた。正面、至って平和な様子の街並みがある。

 せかせかと歩くサラリーマンや、ベンチの上でギターを掻き鳴らす若者、子供の手を引いて歩く中年女性、やたらクリームの多いコーヒーを片手に連れ立って歩くカップル……。


「あの人ら、俺たちが何やってるかとか、全然知らないんだろうな」


 まあ、知られても困るか。言って、運転手は溜息。


「……だいたい、政府直轄の悪人退治組織なんて、ほとんどアニメや漫画の話だぜ。それに所属してる俺が言うのもなんだけどよ、現実感ねぇなあ」


 そこで思う。一番現実離れしているのは、後部座席の少女だろうな、と。運転手はちらりと振り返り、閃奈を見やった。


「黙ってると可愛らしいんだけどな。これが地球最後の超能力者で、それを犯罪者どもの暗殺に利用してるってんだから、世も末というかなんというか……」

「聞こえてますよ」

「うひっ」


 不意打ち気味の応答に、運転手の肩が跳ねた。


「……閃奈ちゃん、起きてたの?」

「今さっきですけどね、……ふわぁ」


 閃奈は大きく伸びをしてから、まだ眠たそうな目で車外の景色を眺めて「ああ、もう私ん家の近くだ……」などと呟く。


「ありがとうございます、森船さん。いつも長距離運転させちゃってすみません」

「いや、まあ。それが俺の仕事だからね。閃奈ちゃんこそお疲れ様でした」


 運転手、森船はにこやかに応じた。彼は比較的、閃奈と付き合いが長い方の人員であり、ちょっとした雑談程度は遠慮なく交わせる間柄であった。


 故に森船は問う。閃奈が大事そうに膝上に抱えた“箱”について。


「閃奈ちゃん。その“箱”さ、持って帰って来ちゃったけど、良かったの? 木世川さんになんか言われなかった?」

「……別に、なにも。いつもの地の底から響くような声で「好きにするといい」の一言だけでしたよ」


 閃奈は心底どうでもよさそうに言った。


「倉庫の天井を壊したことにはお小言がありましたけどね。事後処理が面倒になったって。あんまり煩いんで、途中で切っちゃいましたけど」

「あのね、あの人相手にそんな態度取れるの、多分君だけだよ……」


 森船は頬を引きつらせた。


「めっちゃくちゃ怖いよ、あの人。俺、まともに顔見て話せないもん」

「まあ、無駄な威圧感はありますよね。だから友達いないんでしょうけど」

「……それ、絶対本人の前で言っちゃダメだからね? ダメだからね?」


 と、そこで信号が青になる。森船は車を発進させた。


「次の角、右だっけ」

「はい。コンビニの先です」

「了解了解、っと」


 流れていく街並みを横目に、森船は再び問うた。


「でも、どうするの、それ?」


 それとは、もちろん“箱”のことだ。


「とんでもない代物だよ、それ。曲がりなりにも絶滅した超能力者の再現に成功したってだけでも問題なのに、使われてる材料が材料だ。機密保持の観点からも、然るべき場所に預けた方がいいと思うんだけどな……」


 一息。


「……だいたい、どうして閃奈ちゃんは、そいつを連れ帰ったんだ?」


 森船の言葉は、あくまでも純粋な親切心に基づく心配から発せられたものだ。それを理解しているのだろう、閃奈は不機嫌になることもなく、笑って言い返す。


「だって、放っておけなかったんで」

「放っておけなかった、か。それは優しさから?」

「それもまあ、ないとは言いませんけど」


 閃奈は苦笑した。彼女は愛おしげに“箱”を撫でながら続ける。


「選択肢を与えてあげたかった、っていう方が正しいですかね。この世界に生まれてきて、訳も分からないまま利用されて、そのまま死ぬなんてのは、ちょっとそれはないだろう、って思っちゃって。だから訊いたんです。まだ生きたいか、って」

「……そしたら、生きたいって言ったの? そいつ」

「はい、そういう感じでピカピカ光ったので」

「そういう感じだったかー」


 森船は「思い込みでは」と言いかけてやめた。無粋であったし、自分が口を挟める領域ではないと感じたために。それに超能力者同士、なにか感じあうものが実際にあったのかもしれない。だから、こういうだけに留めておく。


「……なら、まあ、いいや。可愛がってやりなよ。そいつ単体だと、自分の重量以下の軽い物を浮かび上がらせる程度の力しか発揮できないんだろ?」


 ならば、逃亡もできるまい。そう信じることにした。あとで責任を追及されたくはないので。世の中には知らない方がいいことは多いのだ。


「でも、閃奈ちゃんとしてはどうするんだ? まあ、愉快なオブジェとして飾っておくのも、なんか雰囲気あっていいかもしれないけどさ……」


 故に、それは当たり障りのない、単なる興味本位から出た質問だった。そして閃奈は答える。そうですね、と首を傾げてから、あっけらかんと。


「とりあえず、お茶汲みでも教えてみようかなと思います」


 森船は三秒だけ沈黙し、返答する。


「……上手く淹れられるようになったら、ご馳走してくれ」


 ルームミラーの中で、閃奈は「はい」と朗らかに微笑んだ。



 -§-



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