シーン5:普通の女の子
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【2223/04/15 AM02:08 Y県S市スネズミ発電所跡地】
数発の銃声が不意に鳴り響き、そして唐突に止んだ。
大気を瞬間的に揺らした乾いた破裂音は、すぐに残響となって溶けて消え、後には静寂だけが残される。が、もはやそれはさきほどまでの平穏な静謐とは異なり、ひりついた緊張感に満ちていた。虫の声はいつの間にか絶えている。
「これは……、どういうことだ!?」
和装の老人が声を荒げる。突発的な状況の変化に、倉庫内の面々は狼狽を隠せず右往左往する。ただふたり、黒スーツの男とドスペーヒを除いて。
「ふむ、予想外の事態ですね。まさか、侵入者とは」
「落ち着いている場合かね! ここは安全ではなかったのか!?」
「そのはずでしたがね。あるいは情報が漏れたのかも知れません」
「……私を疑っているのか? 私の不始末だと?」
「いえいえ。まあ、件の“正体不明の連中”とやらの仕業ならそうなるでしょうが、それをいまさら論議したところで建設的ではありません」
「それは答えを言っているも同じことだ……!」
あくまで落ち着き払った姿勢を崩さぬ黒スーツの男に対し、和装の老人は額に冷や汗を浮かべて食ってかかる。対し、黒スーツの男はそちらを向きもせずにこめかみに指を当て、何事かを呟き、頭を振る。
「……今、外の警備兵たちに連絡を試みたのですが、誰ひとり応答がありません。どうやら、全員意識を失っているか、さもなくば殺されてしまったようですね」
その言葉に和装の老人は目を剥き絶句する。
「……馬鹿な。軽量装甲服を装備した一個小隊クラスの兵力だろう? 経歴も大陸戦線を転戦してきた折り紙付きだと、貴方は言っていたではないか。それがたった十分そこらで全滅などと、……有り得ない!」
「彼らの実力は保証しますよ。とはいえ、今となっては意味を成しませんが。つまり、侵入者はそれを上回る手練れということでしょう。いやはや、これは少しばかり困りましたな」
黒スーツの男は苦笑しつつ腕を組んだ。まるで他人事のようなその態度に、和装の老人は思わず「ふざけているのか!」と叫びそうになるが、その寸前に大柄な人影がのっそりと進み出てきたことで口を噤む。
「ご安心ください、貴方はこのドスペーヒがお守りします。大事な取引相手ですからね。とにかく今はここから脱出しましょう。幸い、商品を積み込んだトラックが使えそうです。それに乗って裏口から出ることにしましょう。さあ、お早く」
黒スーツの男に促され、和装の老人は偽装トラックへ向けて駆け出す。そんな主人の後を追いかけようとした男衆たちは「貴様らはここで敵を食い止めろ」と一喝され、致し方なしとばかりに懐から拳銃を抜き出した。
「気の毒なことを。彼らでは数分も保ちませんよ」
「そうだとしても、何の問題がある。こういう状況のために、普段から色々といい思いをさせてやってるんだ。銃弾の一発でも防いでくれれば儲けものよ……」
「なるほど、道理ですな。高い報酬にはそれ相応の労働対価を要するもの。ならば私も倣いましょう、……おい! 諸君らも手を貸して差し上げろ」
黒スーツの男が呼ばわると、彼の引き連れてきた男衆たちも戦列に加わった。その表情に怯えや困惑の色はなく、いわゆる侠気とはかけ離れた無機質な忠誠だけが一様に張り付いていた。
「ほう、よく訓練されていますな」
「ええ、忠実な兵士に我が身可愛さは不要ですから、予め取り除いておきました」
事もなげに返された言葉に、和装の老人は息を呑む。
これまで幾度かの商談を経てよく見知ったはずの相手が、今ではひどく不気味に見えた。その優男風の顔立ちを剥ぎ取った途端、人間の常識が通じないなにか別の生命体が顔を現すのではないかとすら思ったほどだった。
しかし現状において頼れるのは、この男と彼が連れてきたドスペーヒだけなのだ。和装の老人は頭を振って不安を振り払うと、慌ただしく偽装トラックのドアを開け、二人掛けの狭い運転席に無理やり身体を押し込んだ。
「よっと。……窮屈で申し訳ないですが、ご勘弁ください」
続けて黒スーツの男も乗り込んでくる。彼は和装の老人の膝を跨ぎ、なんとも器用に座席と座席の間の狭いスペースに身体を収めた。
運転席に着き、ハンドルを握るのはドスペーヒだ。彼は滑らかな動きでエンジンを始動し、発車の準備を整えていく。甲高い熱素機関の駆動音が鳴り響き、車体が一度かすかに震えた。
「よし、これで……」
逃げられる。和装の老人は安堵の溜息を吐き、ふと窓の外を見やった。
倉庫の正面扉の付近、銃を構えた男衆が外に出ようとしている。彼らの背には悲壮な決意が滲んでいた。装甲服の一個小隊を易々と蹴散らした襲撃者を相手に、果たして何分持ち堪えられることだろうか。
しかし無論、和装の老人に大した感慨はない。男衆に事実上の「捨て駒」を命じておきながら、彼の頭にあるのは己の保身のみ。車が走り出した後には、男衆の顔も名前もすべて忘れてしまうだろう。
「すまんな、頑張ってくれ。香典はたっぷり上げてやる」
それでも一応の義理立てか、口先だけの激励を言葉にすると、和装の老人は背を座席に沈めて出発の時を待つ。
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男衆が全員、床に崩れ落ちたのは、その瞬間だった。
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「……は?」
和装の老人が、呆けた声を漏らす。傍らの黒スーツの男でさえ、目を見張って驚愕を露わにした。いっさいの反応を示さないのはドスペーヒのみだ。
何が起きたのか。正面扉に近付いた男衆は、こちらから見て右から左へと順番に、まるでドミノでも倒すように倒れていった。呻き声ひとつ、血飛沫すら起こすことなく、まったく何の前触れもなしにだ。
「化学兵器か!?」
黒スーツの男が俄かに焦燥を滲ませて言う。対し、ドスペーヒは即座に「薬物反応は検出されません」と断じた。ならばいったい、どのような手段が用いられたのか。なにもかもが不明だった。
混乱する二人と一体が見つめる先、硬く施錠されていたはずの正面扉が、ゆっくりと開き始める。
錆びた鉄を擦る耳障りな音が響き渡り、細く縦一線に裂けた隙間の向こうに重々しい漆黒が覗く。
そこからずるりと、粘質な音を立てて這い出るようにして、その少女は現れた。
「どーも、こんばんわ」
状況に似合わぬ涼やかな声だった。
倉庫内の照明を浴びながら歩み寄ってくる姿は、どこからどう見てもごく普通の少女にしか見えない。唯一、目元を覆い隠す無骨なゴーグルだけが異彩を放っているくらいで、間違っても深夜の発電所跡地に現れていいような存在ではなかった。
「ドスペーヒ、轢き殺せ!」
黒スーツの男が決断的に命令を下す。ドスペーヒは躊躇いなくアクセルを踏み込んだ。偽装トラックは、動かない。
「馬鹿な!?」
今度こそ、黒スーツの男が平静を崩す。
ドスペーヒはそれから数回ほど発進を試みるが、エンジンが動作する気配はない。むしろ足裏に感じる手応えそのものがない。ドスペーヒが身を屈めて確認すれば、アクセルペダルは根元から折れていた。
「木偶の坊の馬鹿力め、加減もできんのか!!」
和装の老人が喚くのを、黒スーツの男は信じられない思いで聞いた。
確かにドスペーヒの膂力は常人を遥かに凌駕するが、アクセルを踏み折るような無様をするはずがない。機械だからこその精密さを彼は持っているのだから。
ならば原因は他にある。黒スーツの男は咄嗟に手を伸ばし、折れたアクセルペダルを拾い上げた。そして表情を凍りつかせる。
アクセルペダルの断裂部は、まるで最初からそう成形されたかのように、滑らかな断面を示していた。
「これ、は」
黒スーツの男の脳裡を、ある確信が電撃めいた激しさで走り抜けた。その確信がもたらした衝撃から彼が立ち直るより早く、助手席でひとつの動きが生じる。和装の老人が座席を立ち、偽装トラックのドアを開けたのだ。
「危ない、外に出ては!」
「五月蠅い!! もう、貴様らには頼らん!!」
連続した異常事態と、その打開を尽く失敗したことで、和装の老人は黒スーツの男に対する信頼を失ったようだった。彼は荒々しく床に降り立つと、返却する間もなかったさきほどの高熱閃光銃を抜き放ち、侵入者の少女へと向ける。
「自分で何とかするともさ、撃ち殺してしまえばいいのだ!!」
その行動はやや思慮に欠けていたものの、けっして間違っていたわけではないだろう。彼は暴力の世界に身を置く者として、最も確実で手早い手段を選択したに過ぎない。が、その結果は――
「……? ぁ、があああああッ!?」
――放心と、一拍遅れて迸った、苦痛の叫びだった。
「ゆ、指!! 私の、ゆ、指がぁ!?」
黒スーツの男は見た。和装の老人の右手から落下した三つの物体を。それは高熱閃光銃であり、細く小さな肉片であり、大量の血液であった。
和装の老人の人差し指は、引き金を弾くより早く、根元から切断されていた。
「……危ないなあ。女の子にそんな物騒な物、向けないでくださいよ。私、嗜虐趣味なんてないのに、おかげで変なところ切っちゃったじゃないですか」
蹲り絶叫する和装の老人へ、いつの間にか至近距離まで接近していた少女が、鬱陶しそうに言う。そして、和装の老人が弾かれたように顔を上げたと同時、
「はい、さよなら」
男衆と同じように、何の前触れもなく床に崩れた。
「……君は、何者だ!?」
黒スーツの男はそう叫びながらも、己の問いがまったく無意味であることを悟っていた。
眼前、ゴーグルの奥からこちらを射抜く少女の視線は冷め切っている。それは生殺与奪の権利を手にした絶対的捕食者が、抵抗の手段を持たない獲物に対して向ける感情だ。ならばこそ、少女が問いに応えることは有り得ない。
それでも、黒スーツの男は理解していた。
この少女は、侵入者だ。今回の取引を狙って、この発電所跡地にやってきた。
この少女は、襲撃者だ。百戦錬磨の警備兵を全員、あっさりと皆殺しにした。
この少女は、暗殺者だ。意図も所属も不明だが、こちらを殺すために現れた。
そして、もうひとつ。これが一番重要な事実だろう。
この少女こそが、正真正銘の、超能力者だ。
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視界内の自由な座標に、直径三センチ厚さ一ミリまでの円形の力場を発生させる。私に与えられた“特別”を言葉にしてみれば、このようになんとも至極単純だ。
補足を幾つか加えるとすれば、
・力場はその硬度や密度に関係なく、物体を押し除けて発生する
・自分と対象の間に遮蔽物があっても、問題なく力場を発生できる
・肉眼による直接視認でなく、機械を介した透視や望遠でも使用は可能
・円形の力場は三六〇度の転回が可能だが、同時には一枚しか発生できない
ことくらいだろうか。
私が常に複合式視覚装置、“アウルⅢ”を身に付けているのはそのためだ。これがなければ大雑把に座標を指定しなければならず、当て推量だとどうにも確実性に欠けてしまう。大事なのは一撃必殺であることなのだから。
そう。私は超能力者。有り得ざる“異常”を抱えた、恐らくは現在の地球上で唯一無二の存在。そしてそれ以外は、ちょっとばかし隠密技術に才能があるだけの、非力で他愛のない十八歳の女の子だ。
だから私は、物を手で触れずに持ち上げられない。
何もない空間に火を起こせない。
遠く離れた場所に瞬間移動ができない。
動物の心を読んだり意思を通わせたりできない。
物体から記憶を読み取ることができない。
弾丸を弾く不可視の障壁を生み出せない。
未来に発生する出来事を予め測れない。
分厚い壁の向こうを透視できない。
考えたことを写真に浮かび上がらせられない。
電撃を撃ったり、竜巻を起こしたり、幻覚を見せたり、人形に命を与えたり、鉄を粘土のように柔らかくしたり、傷を治したり、誰かを呪い殺したり、昆虫を操ったり、人の夢に入り込んだり、爆発を起こしたり、身体の一部を分裂させたり、パラレルワールドに移動したり、時を止めたり巻き戻したり吹き飛ばしたり加速したり、そういったことはなにひとつできない。
そう。なんなら私はスプーンだって曲げられないような、本当に矮小で取るに足らない力しか使えない。与えられた“特別”を無邪気に喜んで、些細な奇跡を時々弄んでは、自分だけの秘密を大事に抱えながら陽の当たる場所で十五年ほどを生きた、どこにでもいる普通の女の子だったのだ。
……だいたい三年前、高校に入学したばかりのある日。とある抜き差しならない事情に巻き込まれた際に、この力が「人殺し」に最適であると知るまでは。
私は「殺し屋」だ。多くの命を断ち切った罪を背負い、それでも平然と生き続けているような、因業塗れの存在である。そのことに大して良心の呵責もなく、新作のスムージーなんかを惜しみながら、のほほんと日々を過ごしている。
きっと、これからもそうなのだろう。私がこの「おしごと」をしくじって死ぬまでは。そしてそれは多分、今日じゃない。
「さよなら」
私は、黒スーツを着込んだ男へ向けて、特に感慨もなく力を使った。
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「ひ、ぃ!!」
「緊急避難を実行します」
主人の危機を察知したドスペーヒに腕を引かれ、黒スーツの男は寸でのところで難を逃れた。代わりに加害範囲に巻き込まれた座席のヘッドレストが切断される。
彼らはそのまま諸共に偽装トラックの運転席から転げ落ち、黒スーツの男は無様な格好で床に這い蹲る。
「ドスペーヒ、……あの少女に対応しろ!」
「了解。特殊戦術ユニットを起動します」
ドスペーヒがそう宣言するや否や、偽装トラックの荷台が開く。合計二十八個のアタッシュケースが敷き詰められたその傍ら、梱包を突き破って飛び出したのは漏斗状の物体群だ。ゆらりと宙を漂うその数は八個。
「はは、こんなこともあろうかと用意してきた、小型圧搾光子砲だ!」
黒スーツの男が、狂気じみた喜色に彩られた声を発する。
空中浮遊する小型圧搾光子砲は、素早い動きで少女を取り囲んだ。その先端部、細まった形状の砲口に淡い燐光が宿り、明らかな脅威を少女に突き付ける。
「すでにエネルギー充填は完了している! つまり私の合図で即時の発射が可能というわけだ、お嬢さん! 流石の君でも、同時に八個もの物体を破壊することはできないだろう! そして私の身は今、ドスペーヒの“バリア”で守られている! 君と同じ、超能力によってね!」
その言葉に少女が身を固めた事実を、黒スーツの男は確認した。
(やはり、同時に複数の対象を攻撃はできないか!)
黒スーツの男は、少女が用いる超能力の性質をある程度見抜いていた。根拠はさきほど男衆が同時にではなく順番に倒れていったことだ。もしも複数対象の同時攻撃が可能ならば、彼らは一斉に倒れていなければおかしい。
果たして、一世一代の賭けは的中した。少女はもう攻撃ができない。実際、彼女はただ絶望したように天を仰いで、無防備に立ち竦んでいるだけだ。
仮に小型圧搾光子砲を一台撃ち落としても、残りが一斉に射撃を開始する。また、ドスペーヒを直接狙うのも不可能だ。彼はすでに“バリア”を展開しており、それが同じ超能力に基づく攻撃を遮断できることは実証済みである。
「いやはや、まったくもって、驚いた!!」
ドスペーヒの背後に隠れながら、黒スーツの男は高らかに喜びの声を上げた。
「まさかこんな極東の島国に、混じりっけなし天然由来の超能力少女が今も生きていたとは!! これまでの生涯で最大級の驚きだよ、そして掛け値なしの素晴らしい奇跡だ!! こんな状況でなければ丁重にお迎えして、最大限の歓待をして差し上げたいところなのだが……!!」
黒スーツの男はひどく残念そうな、それこそ歯軋りするほどの悔しさを全身から発していた。なにせ、彼にとってはとっくに絶滅したはずの天然記念物が、今まさに目の前に現れたも同然の状況である。
「……ああ、しかし!! 君をもう生かしておくわけにはいかない!! 君はきっと、目で見るだけで人を殺せるんだろうな!? そんな存在を連れ帰るのは不可能だ!! 故に非常に哀しいが、生きている君とはここでお別れだ!!」
黒スーツの男は決断した。この少女は今ここで殺す。そうして可能な限り丁重に、その死体を梱包して持ち帰り、本国でじっくりと脳の構造を調べよう、と。
違法薬物の密売など、もうどうでもよかった。金塊の山も知ったことではない。この本物の超能力者を発見できただけで、なにもかもにお釣りがくる。
「まったく、今日は人生最良の日だ!!」
黒スーツの男は歓喜に満ちて、天を見上げる。
「……おや?」
その視界一杯に、降り注ぐ天井の破片が映る。形は奇麗な正方形。分厚く堅そうで、とても重そうだ。結局それが、彼の見た人生最期の光景となった。
凄まじい轟音を響かせ、切り取られた天井の破片が落下する。黒スーツの男と彼からの指示を待ち惚けていた哀れなドスペーヒを下敷きにして。
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「うわっぷ!」
轟、と鼓膜が破れるのではないかと思うほどの爆音が、烈しい風圧を伴って叩き付けてくる。私は蹈鞴を踏みながらもなんとか堪え、もうもうと舞い上がる粉塵を吸い込まないよう、咄嗟に口元をハンカチで覆った。
建物全体を揺るがすような激震は、しかし全体の崩壊を招きはしなかった。そうなるように「切った」のだから当然だが。
落下音の名残りは次第に夜気へと溶け、やがて再び静寂が戻る。私はひどい耳鳴りに顔を歪めながら、ゆっくりと瓦礫の落下地点へと歩み寄る。頭上、ぱらぱらと零れてくる破片は鬱陶しいが、標的の末路をちゃんと確認しておきたかった。
「うわ、グロ……」
結果は期待通りだった。
大小の破片に砕け散った天井に交じって、赤と黒と白と黄色の四色が挽き肉状になっている。直視に堪えない有様で、私は喉奥をせり上がってくる苦く酸っぱい液体の処理に苦慮した。
「うぅ、……普段はこんな風にならないからなあ」
私が生み出す死体は、基本的に奇麗なものばかりだ。力場で脳幹や心臓などの致命部位を切断するだけなのだから当然だが、それがゴア描写への耐性不足という思わぬ副作用を生じさせるのは、どうしたものか。
「いやいや、流石にそこまでは慣れたくないって……」
私は口元を抑えながら、無残な挽き肉から視線を逸らした。
……ちなみに、私がやったことは単純だ。天井の脆い部分を透視して、支えとなっている鉄骨をちまちま削ったのである。
建物自体が老朽化していたうえ、造りが単純だったので作業は簡単だった。トドメは自重に任せればいい。結果は御覧の通りだ。
しかし、黒スーツの男が熱弁に夢中になっていてくれて助かった。
途中で気付かれていたら流石に危なかったし、そのときばかりは私も覚悟を決めなければならなかっただろう。なにせ、あのドスペーヒとかいう自立人形は私の知らない型番だったので、内部構造の弱点が咄嗟には分からなかったのだ。
「どこを切れば一発で止まるか、分からなかったんだもんな……」
そう。実際のところ、私はドスペーヒを直接攻撃することができた。もちろん、傍らの黒スーツの男もだ。
黒スーツの男は私が“バリア”を貫けないと考えたのだろうが、生憎私の力は遮蔽物をまったく問題としないのだ。それが例え、超能力によって生じたものであろうとも、まず例外はない。
それをしなかったのは、
「……まあ、超能力者を相手にするのは初めてだったから、もしかしたら防がれたかも知れないけど」
という危惧のほかに、主人の死がドスペーヒの攻撃を誘発する危険性を考慮したからだ。雑魚に手を出して敵討ちをされてはお話にならない。
それでも多分、ほぼ同時に二人の致命部位に力場を発生させられただろうとは思うが、この土壇場で賭け事をする気にはならなかった。
なので、二人を同時に巻き込める手段を用いたというわけだ。“バリア”の強度がどれだけあるかは知らないが、重量物で圧し潰してしまえば少なくとも動きは封じられると私は考え、実際にそれは上手くいった。
結果、大分荒っぽいやり方になってしまったが、とりあえず勝てたので善しとする。もし次回があるならば、こんな状況にならないよう心がけたいものだ。
「ご用心、ご用心、と……」
さて。自戒を胸に、私は件のドスペーヒを探す。数秒と要さず発見。彼は瓦礫の下敷きになって機能を停止していた。頭部が生卵のように潰れている。天井の落下と同時、あの小型圧搾光子砲が揃って地面に落ちたので、上手く巻き込めたとは分かっていたが。
「…………」
私は力を使い、彼の身体を押し潰す瓦礫を細かく砕いていく。周囲に凄まじい音が響いたせいで長居はしていられない状況だが、どうしても確かめたいことがあった。とはいえ、用があるのは彼の上半身だけだ。瓦礫の排除は数分で済んだ。
「どうかな、生きてるかな」
独り言ちつつ、私はドスペーヒの胸部を開き開ける。そこに収められた“箱”は、まだ淡い光を灯していた。生きている。
どうやら幸運にも無傷で済んだようだ。あるいは瞬間的に自分を守ったのか。自然と笑みが零れる。私は丁寧に“箱”と自立人形を切り分け、彼――もしくは彼女――の集合体を手に取った。
そして、問う。一番大事な問いかけを。通じると信じて。
「ねぇ、そんな姿になっちゃったけどさ。君は、まだ、生きていたい?」
私の言葉に、その“箱”は――
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