シーン3:暗がりに淀む腐臭
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【2223/04/15 AM02:05 Y県S市スネズミ発電所跡地】
草木も眠る丑三つ時。
魑魅魍魎や亡霊の類は、しかし現代社会から駆逐されて久しい。発達した科学技術がその嘘と幻を尽く砕き、夜闇さえも明るく照らし出してしまったために。
が、光が眩ければそれだけ影は濃くなる。
文明という灯りが力強く輝く一方で、その代償として暗がりの側はいっそう淀み穢れ、止め処なく汚泥を積もらせた。それはただ「弱かった」というだけで貪られた誰か、有象無象の折り重なり溶け合った屍が、形を変じた成れの果てだ。
そして屍を喰らって生きる者たちは、陽の当たる場所へは出てこない。彼らは常に影の中を蠢き、欲望に濁った言葉と視線を密やかに交わし合う。今宵もまた、吐き気を催す腐臭を全身に染みつかせた男たちの駆け引きが、この場所で……。
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その一帯を満たす静寂が完全な無音にならないのは、彼方此方で虫の声が控えめに鳴り響いているからだ。
都市部から大分離れた地点に、広大な敷地が存在している。
深い夜闇の中、侘しい月明りによってほのかに照らし出される無機質な構造物のシルエットは、かつて発電所として機能していた施設だ。
地面に敷き詰められたコンクリートは経年劣化によって至る所にひび割れを生じ、その隙間からは雑草が好き放題に顔を出している。目につく機器類は、最後に沈黙してから長い間使われていないことを示すように、埃と錆によってほぼ全体を侵されていた。
この発電所跡にはすでに建て直しの計画があり、取り壊しの日程も決まっているものの、実際の着工はまだまだ先のことで交通の便もあまり良くなく、結果としてこの近辺は誰ひとり人間が寄り付かない空間と化している。
そんな死んだ施設内の中心地に、夜天を目指して聳え立つ、ややくびれた円筒状をした巨大な構造物がある。傍らに置かれた四角い建物は大型の資材倉庫だ。
その内部、かつて使われていた資材や設備類が埃塗れのまま至るところに放置された空間にて、後ろ暗い取り引きは佳境を迎えようとしていた。
「――では、そろそろ世間話も切り上げて、商談に移りましょうか」
向かい合うのは二人の男。金髪を撫でつけた優男と、白髪に窪んだ目つきの年老いた小男だ。それぞれ黒スーツと和装、出で立ちが正反対な両者の背後には、手勢としての男衆が数人ずつ控えている。
「さて……」
黒スーツの男が指を弾いて合図を送ると、彼が引き連れてきた男衆がアタッシュケースを次々に運んでくる。その数は合計して十四個。中身がぎっしりと詰まっていることを示すように、床に置かれた際には鈍い音が響いた。
「中身を、拝見しても?」
「もちろん、どうぞ」
和装の老人は確認を取ってから、差し出されたアタッシュケースのひとつを開封する。そうして内側に収められていた“ブツ”を目と鼻と舌を用いて手早く確認してから、心得たとばかりに大きく頷いた。
「……確かに。分量に誤りはなく、質も上等ですな」
「お褒め頂き恐悦至極、ウチの主力商品ですからね」
和装の老人は口元を歪めると、背後へと顎をしゃくって見せる。意を受けた男衆は足並みを揃え、素早く黒鞄を運んできた。その数は前例と同じく十四個。
「中身を」
「ご随意に、……おい」
さきほどのやり取りに近いものが繰り返される。男衆は一糸乱れぬ動きで黒鞄を開け、内側にぎっしりと詰まった長方形の塊を見せつけた。薄暗がりの中でも変わらぬ眩い黄金色の輝きを見やり、黒スーツの男が相好を崩す。
「気持ちの良い取引ができて、喜ばしいかぎりです」
「いやいや。これからも末永くお付き合いくださるよう」
彼らの仕事は、ひとまずは滞りなく終了した。そうなると後は、お互いの撤収作業が終わるまで暇になる。倉庫内に乗り入れられた偽装トラックに商品の積み込みを始めた男衆を横目に、黒スーツの男と和装の老人は世間話に花を咲かせた。
話題はお互いの近況から社会情勢のことまで多岐にわたる。彼らのような職種にとっては、耳に入る情報すべてが貴重な飯の種であり、また危険を回避するための蜘蛛の糸である。定期的な情報交換は決して欠かせぬものだった。
「……ところで」
そこでふと和装の老人が視線を走らせ、黒スーツの男の脇を見た。
そこにはアタッシュケースを運んだのとは別に、男がひとり佇んでいる。
禿頭に灰色のトレンチコートの大男だ。他の男衆とはかなり異なる風体の彼は、表情を能面のように固定化させたまま、身動ぎひとつせずにいる。まるで影を立ち上がらせたかの如く、徹底的な無音にして不動の姿勢であった。
「そちらの彼は、ご紹介いただけないのですかな?」
和装の老人の誰何に、黒スーツの男は薄く笑った。
「ああ、これはまた失礼を。そうですね、いい機会なのでご紹介差し上げましょう。彼は私の付き添いでしてね、名をドスペーヒと言います」
黒スーツの男に促され、ドスペーヒはぎこちなくお辞儀をした。
「なにぶん不愛想な男で礼儀作法も行き届きませんが、お許しください」
「いやいや、お気になさらず。それに、沈黙は金とも言いますしな」
和装の老人は「くくっ」と、喉奥から粘着いた笑い声を零した。そうしてぎらついた視線をドスペーヒへと注いで言う。
「……少なくとも、彼は軽薄なだけで実力が伴わない三流の類ではなさそうだ。体格に優れ、立ち振る舞いにも隙がない。なによりその目が好い。それは人間を羽虫と区別なく磨り潰せる者の目だ」
「流石は、素晴らしい観察眼を持っていらっしゃる」
「なに、これでも一応は人を使う側ですからな。一目見て、そいつが使えるかどうかを判断できねば、とても我々の稼業は務まりませんよ」
謙遜してみせる和装の老人へ、黒スーツの男は不意に問うた。
「やはりそれは、鉄火場を日常とする男としての自負でしょうか?」
「まあ、抜き差しならぬ状況というのは、常に身の回りで起こるものです」
「ならばこそ、手元には性能のいい武器を置いておきたくなるのが人情というもの。違いますか? 特に最近はなにかと物騒で、油断ならない日々をお過ごしでしょうから……」
畳み掛けた言葉に一瞬だけ和装の老人は片眉を上げたが、黒スーツの男が依然として柔和な笑みを浮かべているのを見て取ると、仕方なしとばかりに吐息した。
「……貴方に隠し事はできませんな。ええ、お察しの通りです。お恥ずかしながら、少しばかり面倒な連中に嗅ぎ回られているようでしてね」
「公安ですか? それとも同業の方々でしょうか?」
和装の老人は頭を振る。
「正直に言って、分かりません。まったく尻尾を掴ませないのですよ」
「ふむ、心当たりはございませんか?」
「いまさら警察が踏み込んでくるとは考え難く、同業者相手にも目立ったいざこざを抱えているわけでもありませんからな。しかし、どこの馬の骨とも知れぬ好奇心旺盛な馬鹿にしては、引き際も含めて立ち回りが上手すぎる」
「なるほど、敵の正体は不明と。それは由々しき事態ですね。さぞかし不愉快なことでしょう、痛み入ります……」
黒スーツの男はわざとらしくならない程度に深い憂慮の表情を作ると、直後に一転して明るい声を上げた。
「であるならば、このドスペーヒがお役に立てるかもしれません。実は本日、私は彼を“特別な商品”としてここへ持ち込んだのですよ」
ほう、と和装の老人が声を漏らした。
「つまり、彼を売る、と?」
「ええ、護衛にどうかと思いましてね。こいつは面白味のない男ですが、身体だけはひどく頑丈でしてね。それこそ“鎧”の名に恥じぬ程度には……」
「ほほう、それは心強いことですな」
和装の老人の目に興味の色が宿る。それを目敏く見つけた黒スーツの男は、言下に「試してみますか」と懐から黒い塊を取り出した。和装の老人が受け取ってみれば携帯式の高熱閃光銃である。
「これは、これは。冗談としては少々過激ですな」
鼻白む和装の老人に、黒スーツの男は首を振った。否定の方向。
「もちろん、冗談ではありませんよ。彼はこの程度では死にません。絶対にね」
「絶対、と来ましたか……」
「不死身、と言い換えてもいいです」
沈黙。和装の老人の戸惑いを受け、黒スーツの男はドスペーヒを倉庫の中央へと立たせた。そのうえで後ろ手を組ませ、無抵抗のポーズを取らせる。
「安心してください、窓は封鎖済みです。閃光が外に漏れることはありませんよ。それに周辺は私どもの手勢が計十六人、完全武装の態勢で警護しております。近付ける者はいません……」
その言葉が後押しとなった。
和装の老人は一度肩を竦めてから、躊躇なくドスペーヒの心臓を目掛けて引き金を弾いた。途端、眩い閃光が奔る。一瞬だけ遅れて響いた「ぢん」という熱された油が弾けるような音は、レーザーが大気を焼き焦がした音だ。
対するドスペーヒは、レーザーの直撃を受けながら小動もせず、両脚で立ち続けていた。本来ならば胴体に大穴が穿たれていなければならないはずのところを、目立った被害としては衣服の胸部が大きく焼失しているのみ。
「これは凄い!」
新しい玩具に感激する子供のような声を和装の老人は上げた。黒スーツの男が我が意を得たとばかりに満面の笑みを浮かべる。
「ドスペーヒは、不死身です。その身体を満たすものは肉でなく鋼、流れるものは血でなく純粋な殺意。これぞまさしく、強靭無比なる最強の兵士です」
その表現に、和装の老人はドスペーヒの正体を悟った。
果たして、白煙を立ち上らせるドスペーヒの胸元、そこに覗いた地肌は鋼の色をしていた。和装の老人は嗄れ声に感嘆をありありと滲ませて言う。
「なるほど、彼は自立人形でしたか。しかし、これだけ人間に近い外見を仕上げるとは、そちらの技術力には驚くばかりですな!」
「いえいえ、まだまだ課題は山積みですよ。予め命令系統をインプットしてやらねば単なる木偶の坊ですし、汎用性の面では生身の人間には及びません」
「いや、それでも十分に過ぎる! 特に驚かされたのは強度だ! まさかレーザーの直撃に耐えるとは、軍用機種でもこれほどではあるまい!」
和装の老人はすっかりドスペーヒを気に入ったらしい。商機を確信した黒スーツの男は、口元に裂けるような笑みを浮かべた。真実を告げるために。
「お気に入りいただけたようでなによりです。……しかしですね、実はドスペーヒの強度には、ある秘密があるのですよ」
「ほほう、秘密とは? 是非ともお聞かせ願いたいものですな」
即座に喰いついた和装の老人に、黒スーツの男は我が意を得たとばかりに頷くと、相変わらず微動だにしないドスペーヒへと歩み寄り、トレンチコートの前を開けてみせた。露わになった鋼色の胸部には、正方形の切れ込みが入っている。
「ところで――」
切れ込みに手を掛けながら、黒スーツの男は呟いた。
「――超能力というものを、貴方はご存じですか?」
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「……なに?」
突拍子もないその単語に、和装の老人は思わず顔をしかめた。
今なにか、悪い冗談にも似た言葉を耳にした気がする。超能力。短い単語だ、聞き間違えようもない。また、当然ながらその意味も理解できている。読んで字の如くだ。が、今この場にはまったくそぐわない言葉でもある。
「……いやはや。貴方がこのような冗談を口にするのは珍しいですな」
和装の老人は乾いた笑いを交えてそう言うが、黒スーツの男は応じることなく黙々と作業を続け、数秒と要さずドスペーヒの胸部を開放する。
晒された内側には、紫と緑の色を混ぜたような不可思議な光を放つ“箱”がひとつ、寸分の隙間もなくぴっちりと収められていた。
「この“箱”が、その力の発生源なのです」
「……なにを言うかと思えば」
和装の老人は、この時点ですでに大きく興味を削がれていた。それでも不快感よりは戸惑いの方が強く、思わずしげしげとドスペーヒの体内にある“箱”を眺める。
なるほど、確かに見たことのない物体だ。放たれる光には奇妙な誘惑があり、不気味だとも奇麗だとも感じられる。玩具としては面白いだろう。だが、それだけだ。ましてや超能力などと……。
「超能力? そんなものは、とっくの昔に滅びた観念でしょう」
和装の老人は鼻を鳴らした。
超能力というものは、かつて実在したと言われている。
それは虚実入り混じる都市伝説や噂話の類ではなく、実際に“本物”が引き起こしたとされる歴史的事件の記録は、政府の管轄する中央情報記録集積所にも少なからず残されている。
例えば、西暦二千年代初頭にとある人工島で勃発した大規模テロ事件だとか、その少し前に都心部で発生した奇怪な連続失踪事件が有名だが、他にも国内外問わず数多くの事例が存在しているのだ。
つまり超能力者はいた。それは疑いようもない。だが、現代においては……、
「確かに、科学では説明のつかない不可解な現象を操るごく一部の者たちがそう呼ばれた時代もありましたが、それは百年以上も前のことです。そんなカビの生えた代物をいまさら持ち出されたところで、まったく眉唾ですな」
「仰ることはごもっとも。実際、時の流れと共に彼らは数を減じ、現代においてその存在は恐竜やドードー鳥やニホンオオカミなどと同一視されています」
黒スーツの男は苦笑。しかし、口調には力を保ったまま、なおも続ける。
「そう、彼らは“滅びた”のです。もはやその存在は文献やフィクションの中にしか見出せず、発達した科学がその残り香さえも上書きしてしまった。故に超能力者は現在、この地球上にはひとりもいないのです。少なくとも、私の知る限り……」
寂しいことだと思いませんか? 黒スーツの男が発した問いに、和装の老人は曖昧に首を振った。この商売相手はここまで夢想主義だったろうか?
ともかく、つまらない妄想を聞きにきたわけではない。和装の老人は咳払いをひとつ、この下らない話題を終わらせるべく、言葉を放った。
「中々興味深いお話でした。しかし超能力者がもういないならば、貴方の言うことは単なる悪ふざけに過ぎんでしょう。ましてやこんな場所で話すようなことではあるまい、酒の肴にするような雑談ならばともかく……」
「ええ。ですから、再現したのですよ。……超能力を」
まさか。そう言いかけた和装の老人に、黒スーツの男は先んじた。
「そして貴方は、その証拠をさきほど、その目でご覧になった」
「……あれはドスペーヒ本体の防御力ではない、と?」
「その通り。念動力場です。平易な言葉で表現すれば“バリア”ですね。ドスペーヒは不可視の障壁を出現させ、己の破壊を防いだのですよ」
告げられた内容に、和装の老人は失笑した。
「馬鹿馬鹿しい。……その“箱”が電磁力を利用した斥力場発生装置であるならば、多少の信憑性はありますがな。あれは米軍がすでに実用段階まで漕ぎつけている。トラック大の巨大な発信器が必要なので、実戦運用はまだ先になりそうですが、貴方がたがその小型化に成功したという話なら信じてもいい」
だいいち、と前置きしてから和装の老人は問う。
「科学技術で説明がつかないものを、どうして新たに作り出すことができるのですかな? それとも超能力の原理を解明したとでも? ならば論文を仕立てて学界にでも持ち込んだ方がよろしいですぞ。喝采を浴びることでしょう」
「残念ながら、原理の完全なる解析まではできておりません」
「だったら……」
「その代わり、材料は調達できました」
和装の老人が何か言う前に、黒スーツの男は一気に告げる。
「それも新鮮で良質なものを大量に。
いいですか、人の脳には未知の領域が存在しています。我々はその部位を特定することに成功しました。いわば超能力の発動を司ると考えられる部位です。そして度重なる実験の結果、その部位は特定の電気信号と薬品投与による刺激で活性化することも判明しました。実際に微弱な念動力場を発生させられることも。
が、それだけです。コインを一枚浮かせただけで大抵の被験者の脳は焼き切れて廃人となり、以後使い物になりません。それではいけない。安定して使えなければ商品にはなりませんからね。よって我々は視点を変えることにしました。
すなわち、質より量。
どのみち、現代において優れた才能をもつ超能力者などいるはずがありません。しかし探してみれば、意外にもある程度の水準を満たす者はそれなりの数に上りました。特に子供がいい。まだ思春期に達する前の幼い子供ほど、超能力を発揮する可能性に富んでいたのです。
幸い、大陸戦線は激化傾向にあり、孤児は履いて捨てるほど生まれてきます。その中から特に優れた才能を厳選し、たった数ミリにも満たない必要な部位のみを切り取って、三桁単位で繋ぎ合わせたのです。するとどうなるか――」
黒スーツの男は指を鳴らし、男衆たちに新しいアタッシュケースを持って来させた。その中から現れたのは直径数センチほどの漏斗状の物体だ。
「――ドスペーヒ、これを浮かべてみろ」
黒スーツの男が発した指示に、ドスペーヒは忠実に応じた。その胸部に収まった“箱”が光を放つと、漏斗状の物体が熱も音も発さずに宙に浮かび上がる。
「こ、これは」
和装の老人は言葉もない。ただ唖然と状況を見守る彼の眼前で、漏斗状の物体は見えない糸で吊られているかのように縦横無尽と宙を飛び回り、やがて静かにまたアタッシュケースの内側へと収められた。
「いかがでしょう」
「トリックでは、……ないのか」
「ご心配ならば、ひとつ解体してみせましょうか」
黒スーツの男はどこからともなく工具を取り出すと、漏斗状の物体を素早く解体する。真っ二つに割られたその内部は空だった。重力制御装置も、電磁斥力場発生装置も、圧縮空気噴射装置ですら存在していない。
「……これは、……なんとも」
白昼夢でも見たような表情で目を瞬かせる和装の老人に、黒スーツの男は意気揚々とした口ぶりでこの“特別な商品”の使い道を語った。
「このスペースには色々な物が仕込めるようになっています。例えば小型カメラや、USBメモリなどの記録媒体。武器も仕込めますよ、ナイフに小型銃に毒薬など。これはあくまでも一例で、他にも様々な使い道があるでしょうね」
和装の老人は生唾を呑み込んだ。
それはつまり、いっさい証拠も痕跡も残さぬ情報収集、暗殺、輸送の手段が手に入るということだ。否、それだけではない。あの“箱”を身に付けていれば、どのような攻撃からでも身を守ることができるだろう。
「……要するに」
和装の老人は、欲望が滴るような笑みを浮かべた。
「貴方が今回用意した“特別な商品”は、ドスペーヒという自立人形などではなくその中身、……超能力を行使可能になる“箱”だったというわけですかな?」
黒スーツの男は静かに頷いた。それからいっそう熱っぽい調子で、立て板に水とばかり商売文句を畳み掛けていく。
「お気に入りいただけたでしょうか。もちろん、この“箱”が起こした現象はペテンやトリックではありません。私どもが再現に成功した、正真正銘の超能力です。
そして私どもは今後、この“箱”を主力商品とする予定なのです。いわば超能力者を人工的に量産化するという目標のため、本日はサンプル品をお見せした次第です。付き合いの長い貴方だけに特別でね……。
今のところは“バリア”と“サイコキネシス”程度しか使えませんが、これから更に汎用性を増して、ゆくゆくはすべての人間が超常を操れる新時代を創り上げることこそが、我々の目指す――」
途中から狂熱を帯び始めたその演説は、しかし途中で中断させられた。ドスペーヒが不意に視線を逸らし、これまで終ぞ開くことのなかった口の奥から、無機質極まりない声色でこう告げたために。
「――警告。屋外で任に当たる警備兵から、異常報告を受信しました」
そのことが指す事実とは、
「侵入者です」
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