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第7話 「家族」


 大学の帰り道、俺は苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう。

 鈴香から返信は来ただろうかとスマホの通知を確認すると、予想外の人物から不在着信が来ていた。


『芥田美乃・不在着信一件』


 美乃とは、俺の母親だ。

 母親と言っても、産み親の方ではなく父親の再婚相手……つまり鈴香の実母に当たる人物だ。


「……はぁ~」

「どうしたのじゃ?飛車でも取られたか?」

「そんなわけあるか。エミルじゃあるまいし」


 別段、苦手という訳では無い。

 むしろ、再婚した当初は俺にもとても良くしてくれたし、母親になろうと努力してくれたのを覚えている。

 しかし、その頃の俺はダメなガキで、そんな新しい母親とコミュニケーションを取ろうとせず、大学から一人暮らしを始めたのもあり、疎遠になってしまった。


「あくたよしの……?お主、鈴香の他にも妹がおったのか?」

「違う違う、鈴香の母親だよ」

「それはつまり……義理の母ってことかの?」

「そういうこと」


 二年以上まともに連絡を取っていない気がするが、今更になって、不在着信だけ来ているのはどうしても気になる。


「なんというか、重なってしまうんだよな。暴力ばっかり振るって、親父と喧嘩ばかりしていたあのろくでなしと……」

「ろくでなしとは、あの写真フォルダの女のことか」


 エミルにじろりと睨まれる。

 今のは失言だった。思わず口に出してしまった。


「気になっていたのじゃが、ご主人は家族と上手くいっておらぬのか?」

「うっ……」


 図星だった。


「妾には家族がおらぬ。故に、家族がどういったものかは知らぬ。じゃが、母親とすらも連絡を取れない状況を続けるのは、あまり良くないのではないか?」

「……あぁ、分かってるよ」


 エミルに言われるまでもないことだ。

 正直、鈴香がいなかったら新年の挨拶すらも危うい絶縁状態になっていた可能性すらある。本当によく出来た妹だ。


「よし、妾がお主に宿題を出すのじゃ」

 ぽんっと手を叩き、くるりとこちらを向く。

「しゅ、宿題?」

「家族としっかり、コミュニケーションを取るのじゃ」

「き、急に何を言い出すんだ……?」

「お主自身、いずれ向き合わねばならぬ問題と思っておるのじゃろう?なんだか分からぬが、家族は大事じゃぞ。なんとなくそう思うのじゃ」


 曖昧なことを自信満々に言うと、ビシッとこちらに人差し指を向け、ドヤ顔を浮かべるエミル。


「まあ、考えとくよ……」


 無論、あまり気は進まないが。


 ☆


 結局、帰宅した後も母親に折り返し電話をかけようとはせず、『お久しぶりです。どうしましたか?』と簡素かつ他人行儀なメッセージを送ると、将棋アプリを開きエミルに手渡す。


「やっと将棋ができるのじゃ。この、べりーはーどもーどとやら!覚悟するのじゃ」


 エミルもエミルで、さっき言ったことなどすっかり忘れたように、子供っぽく飛びついた。

 そんなエミルの白熱した試合を横目に、テレビをつける。

 しばらくニュースを見ていたが、流石に三日連続でこの街で女性が襲われる事件はなかった。

 かと言って、政治に興味のある真面目な大学生ではないので、首相が会談だの雇用制度などの話を始めるとすぐに飽きてチャンネルを回す。


「ん、これは……」


 普段なら、あまり興味を示さない時代劇の番組に気を取られる。

 少し前に話題になっていた『辻斬り家族』という、江戸時代を舞台にした道行く人を斬りまくる物騒な一家のヒューマンドラマだとか……。


「いてててっ!」


 大学で起きた同じ痛みが肩に走る。筋肉痛だろうか?しかし筋トレをした覚えもないし……。


「ご主人、肩を揉んでやろう」

「え、エミル!?将棋はどうした?」

「連敗じゃ。今日はもうよい」


 スマホを返される。珍しいこともあるもんだ。


「ガッコーでもそうじゃったが、肩を痛めておるんじゃな。ほれ、肩の力を抜くのじゃ」

「お、おう」


 エミルは胡座をかいて座る俺の後ろに立ち、肩に手を置くと力を込める。


「むぐぐ~!見た目によらず、結構筋肉がついておるんじゃのぅ、ご主人」

「そ、そうかな……」


 小さな手は俺の肩に収まりきっていないが、力いっぱいに揉みほぐそうとしてくれており優しい感触が伝わってくる。


「ご主人、そのてれびに映っているのは何じゃ?」

「これは時代劇だ」

「じだいげき?……あっ!人が斬られたのじゃ!」

「心配しなくていい。これ全部、演技だから」

「え、演技なのか?本当に大丈夫なのか?血とか飛んでるのじゃ……ぬぉっ!?今度は首が飛んだのじゃ!」

「ははは、あれはCGだよ」

「し、しーじーとはなんじゃ!?というかこれ、ほんとに演技なのかこれ?今の役者は演技で血を出せるのか?」


 いちいちリアクションを取るエミルが面白くて、映画どころではなかった。

 肩揉みどころではなくなったのか、テレビ画面を食い入るように見つめるエミル。

 やがて映画は終幕を迎え、スタッフロールが流れる。

 時代劇なんて滅多に見ないけど、確かに評価されているだけのことはあり面白い内容だった。


「なるほど。時代劇とは、素晴らしいのぅ」


 エミルも満足そうだった。

 スマホで時間を確認すると、いつの間にか夜七時を回っていた。


「そろそろ、鈴香が来る時間か……」


 そういえば、メッセージを送ったはずなのに未だに返信どころか、既読すらついていない。流石に気づいてもおかしくない時間帯なのだが……。


「あ痛っ……!」


 立ち上がると今度は、左足首に痛みが走る。

 肩の時と同じ痛みだ。長時間座っていた時の痺れるような痛みではなく、もっと内部……神経を持っていかれるような痛み。

 症状としては筋肉痛に近い。


「そういえば、比賀先輩も俺と同じようなこと言ってたな」


 この、何気なく発した言葉が俺の脳裏に強烈な違和感を覚えさせた。


「比賀先輩…………まさか!!」

「ご主人、どうしたのじゃ?」

「急用ができた。こうしちゃいられない」

「鈴香がもうすぐ来るのではないのか?」

 いても立ってもいられず、俺は鍵を持って上着を羽織ると家を飛び出す。

「ま、待つのじゃ。ご主人~!」


 杞憂であれば幸いなのだが、この勘が正しければ早く行かないと、取り返しのつかないことになってしまう気がした。

 俺は全力で鈴香がうちに向かう経路を辿りながら走った。

 頼む、間に合ってくれ……!


 ☆


「はぁ~、私ったらドジだなぁ」


 涼真の妹、鈴香はどんよりとした顔つきで夜道を歩きながら静かにため息をつく。


「まさか、川にスマホを落としちゃうなんて……お兄ちゃんのこと悪く言えないよ。はぁ~、私のバカ……」


 兄の涼真に連絡を取ろうとスマホを取り出したのはいいものの、手を滑らせ橋の下に落としてしまったのだ。

 その後、なんとか救出はできたものの、画面はめちゃくちゃで非耐水のため完全に死亡。


「お母さんのケータイ借りて、電話は掛てみたんだけどなぁ……」


 お陰で兄の涼真にも連絡は取れないが、今日の夜は夕飯を作りに行く日なので、向こうもそれは分かっているはず。

 一応スーパーで買い出しを済ませ、いつも通り涼真の家に向かっているところだが、少し違和感を覚える。


「なんだか今日は随分と静かだなぁ……気のせいかな」


 鈴香が歩いている所は元々、人通りの少ない場所だが、今日は特に静まり返っている。


「……あ、あの人は」


 前方に一人、見覚えのある男性が目に入る。


(確か、お兄ちゃんが比賀先輩って呼んでる人だよね?直接話したことは無いけど面識はあるし……一応、挨拶しておこうかな)


 自分の兄の知り合いなら、夜道に歩いているとはいえ危ない人物ではないだろう。

 ……そんな浮ついた気持ちでいたから、不審な動きに気がつけなかったのだろう。


「……ひゃっ!?」

 まさに比賀と鈴香がすれ違う瞬間と言ったところだろうか、彼女の腕が物凄い力によって引き寄せられる。


「くっくっくっく……」

「比賀……さん?」

「ヒガ?ああ、この体はそう呼ばれているのか」


 比賀の顔つきを見た鈴香は、瞬時に彼が異常であることを確信する。


(違う……間違いなくお兄ちゃんの先輩だけど、前見た時の雰囲気とはまるで別人……!?)

「この街にも、まだこんなかわい子ちゃんがいたのか」

「は、離してくださいっ!」


 買い物袋を勢いよく比賀の顔にぶつけ、腕を振りほどくと逃走を図る。


「乱暴な子猫ちゃんだなぁ、逃がさないよ」

「……あっ!?」


 比賀が鈴香に向けて手をかざすと、彼女の体は鎖に縛られたように身動きが取れなくなる。


「あまり僕には逆らわない方がいいよ。前に狙った二人は最後まで抵抗するから、つい重症を負わせてしまったんだよね」


 スタスタと鈴香の前に来ると、ポンっと肩に右手を置き、ニコリと微笑む比賀。


「な、何するんです……むぐっ!?」


 左手で彼女の口を塞ぎ、肩を掴んだ右手の力を強める。


「んん!んーっ!?」

 比賀が右手を引くと、鈴香の服は紙切れのようにビリビリと破け、下着が露になる。


「んんーーっ!!」


 口を塞がれているため、悲鳴すら上げられない。


「いいねぇ、その顔を見たかった。これからたっぷり可愛がってあげるよ」

 比賀はそう言って、鈴香の下着に手を掛ける。


 ーーぐしゃり!


 彼の頭部に手のひらサイズの石が直撃し、鈴香の前から吹き飛ぶ。


「え?え……?」


 突然の出来事に言葉を失う鈴香。


「ぐっ……誰だぁっ!?」


 頭から血を流しながら立ち上がり、怒声をあげる比賀。


「やはり、勘は正しかったようだな」

「お、お兄ちゃん!?」


 そんな彼と対峙するように現れたのは、芥田涼真……鈴香の兄だった。

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