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第6話 「事件」


講義が終わり、俺の出席カードの下に比賀先輩のカードを伏せながら教授の前に提出すると、購買に足を走らせる。

 両手に抱えられるだけのパンを購入し、校舎裏に向かう。


「ちょっと、警戒しすぎたかな」


 例の女生徒が現れてもいいように、エミルは実体化させ校舎裏でスマホを持たせ遊ばせている。

 だが、そんな必要はなかったようで、彼女の姿は見当たらなかった。


「むむ、そう動くか……お!ご主人、待ちくたびれたぞっ!」


 講義中ずっと校舎裏で待たせていたため寂しかったのか、合流した途端にスマホから目を離し、俺に抱きついてくる。


「わっ、よせよせ」


 思わずベンチの上に購入したパンを落としてしまう。


「あっ、すまぬ。つい……」

「包装されているから大丈夫だ。エミルも食うか?」

「このもじゃもじゃしたものは何じゃ?」

 エミルが焼きそばパンを見つめて小首を傾げる。

「ほら、食ってみろよ」


 焼きそばパンの袋を破って彼女に手渡す。


「はぐっ……もぎゅもぎゅ……おぉっ、なんじゃこれは!?」


 目を輝かせるエミル。


「この、ふかふかは上のもじゃもじゃとの相性も抜群じゃのぅ」

「ははは、口元にソースが付いてるぞ」


 指の腹で彼女の頬についたソースを拭う。


「うっ……」


 エミルにジト目で睨まれる。

「やはりご主人……妾のことを子供扱いしておるのじゃ」

「いやいや、そんなことは無いぞ」

「そうよ。悪霊を甘く見て子供扱いしてると痛い目を見るわよ」

「そうじゃぞ。妾は封印されていた期間を含めれば数百歳じゃ……って、わわわっ!?」


 エミルの首根っこが、ぐいっと持ち上げられる。


「こっそりあなたの背後をついて行ってみて正解だったわ。こんなところで昼食を食べていたなんて」

「ゆ、夕凪!?」

「ああっ!お主は昨日の不審者なのじゃ!」

「誰が不審者ですって!?」


 昨日と同様、懐から怪しげな札を取り出す夕凪。

「何をする!?エミルを離せ!」

「何もしないわ。今日は話し合いに来たの」


 一人の少女の前に札をかざしながらそんなことを口にする夕凪の姿は、とてもじゃないが話し合いに来た様子の人間とは思えない。


「確か、芥田くんだったかしら?」

「何故、俺の名前を……?」

「あなたの学籍番号と名前を調べさせてもらったわ」

「お前、何を勝手に……」

「芥田くん。一昨日と先日のニュースは知ってる?」


 強引かつマイペースに話を進める夕凪。

 だが、これ以上突っかかっても話が進展しないので向こうに合わせる。


「もしかして、この街で起きた殺人未遂事件のことか?」

「えぇ、そうよ。おかしいとは思わなかったの?犯人は捕まったのに二日連続で、それも同じ街で女性が狙われるなんて」


 確かに、昨夜のニュースを見た時は違和感を覚えた。


「こんな話が、偶然で済ませられると思う?」

「こ、これ!揺さぶるでない!」


 エミルをゆさゆさと揺さぶる夕凪。それを見た俺はあることに気がつく。


「ま、まさか……!?」

「そのまさかよ。あれは全部、悪霊の仕業なの」


 昨日のニュースで感じた違和感が解消されると同時に、新たな疑問が生まれる。


「つ、つまり、この街にまだ悪霊がいるってわけか?」

「間違いないわ。それも、何の罪もない一般人の体を乗っ取ってね」


 この街で起きているとなると、他人事ではなくなってしまう。


「悪霊は体を乗っ取る際に、半日の潜伏期間を経て、徐々に体の自由を奪っていき、やがて完全に悪霊の物になる。放っておけば被害者は増えるばかり。あなたも、その被害者の一人なのよ」

「被害者だって?」

「えぇ、そうよ。こいつの仲間が体を乗っ取って好き勝手しているのよ。無関係だと思ってるの?」


 むにーっと、エミルの頬を引っ張る彼女。


「にゃ、にゃんの話をしておるのじゃ!」


 抗議の声をあげるエミル。


「こんな外見をしているのだから、ロリコンのあなたならイチコロでしょうね」

「誰がロリコンだ」

「そうやって外見に騙されて、体を乗っ取られた人間は少なくない。完全に体を乗っ取られてから悪霊から引き剥がすと、後遺症が残りやすいの。悪いことは言わないから、この子を私に渡しなさい。それでこの一件は解決するの」

「そ、それは……」


 エミルを裏切り封印させろ、そう言いたいのだろう。


「しっかり考えなさい。この子は……あれっ!?」


 素っ頓狂な声を上げる夕凪の手には、エミルの姿はなかった。


「幽体化してこっそり抜け出したのじゃ」


 いつの間にか、俺の横に移動していたのだ。


「油断したわ!さっさと封印しておけば……うっ!?」


 彼女の動きがぴたりと止まる。


「霊能力だ。これで動けまい」


 夕凪は透明の鎖に縛られたように、完全に動きを封じられる。


「うぅ……これだけ話してもまだ、その悪霊の味方をするの?」


「エミルは悪霊じゃない!それに殺人未遂のニュースに悪霊が絡んでいる話が本当だとしても、エミルには関係ない。言いがかりも大概にしてくれ」

「……驚いた。そこまで感情移入していたなんて」


 夕凪は呆れたようにため息をつくと、動かせないはずの右手を振り下ろす。

 パリィン……!

 小さな何かが割れる音と共に、彼女は自由の身になる。


「霊能力が……解かれた?」

「この程度の拘束で私をどうにかしようなんて甘いわね。芥田くん」


 夕凪はほくそ笑むと、札を持ってこちらに歩み寄る。


「……な、何をする気だ?」

「今日は何もしないと言ったでしょう。はい、これ」


 札をこちらに差し出してくる。


「これを悪霊の額に貼れば、一瞬で札に封印することができるの。これをどうするかは、あなたに委ねるわ」


 俺が札を受け取ったのを確認すると、夕凪は踵を返して歩いていく。


「もし、悪霊に体を取られて悪さをするようなら容赦はしないわ。あなたも無事じゃいられないことを忘れないで」

「分かったよ」


 心無い返事を返しておく。夕凪はそれ以上は何も言わず、校舎裏から姿を消した。

 エミルが悪霊ではないと断言できるのは、エミルを庇う気持ちのみではない。

 例の悪霊が一日足らずで人の体を奪うことができるなら、エミルだってそうしているはずだ。

 もし仮に、エミルが悪霊だとしても俺の体を乗っ取る気じゃないのは明白。いつでも奪えるはずなのに、そうしていない。

 そんな少女を、なぜ裏切ることができようか。


「大丈夫か?エミル」

「う、うむ……」

「あんな奴の言葉を信じる必要はないならな。まったく、こんな余計な物を渡しやがって」


 夕凪から受け取った札をくしゃっと握りしめると、ズボンのポケットにねじ込む。


「さて、今日はもう帰ろう」

「む?がっこーは良いのか?」

「今日は午前中で終わりだ」


 嘘。本当は午後に一コマあるのだが、今は出席する気分ではないので自主休講をキメることにした。


「……っ!いてて」


 購買で買ったパンを鞄に詰めようと屈んだ途端、肩に痛みが走る。

 おそらく霊能力を使用しすぎたか、急に屈んだからだろう。


「だ、大丈夫か!?ご主人」


 エミルに心配される。


「大したことないさ。早く帰ろう」


 パンを鞄に詰め終えると、大学を後にした。

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