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第4話 「悪霊」


「将棋がしたいのじゃ......」

「ダメだ。スマホは家で充電だ」


 まさか、バッテリーがすっからかんになるまで遊ぶとは思わなかった。


「ばってりーなど聞いたこともないのじゃ!はぁ〜、すまほにも休息が必要なのじゃのぅ」


 幽体化した状態で、どんよりとした表情を浮かべながら、フラフラと俺の後を付いてくるエミルの顔つきは、幽霊そのものだった。


「......よう、なーに一人で喋ってんだ?」

「ひ、比賀先輩!?」


 後ろから肩に手を置かれ、振り向くと高校時代の年上の知り合いである、比賀先輩がニヤニヤしながら立っていた。


「これから大学ですか?珍しいですね」

「珍しいとは失礼なヤツだな。お前こそ一昨日はあんなに酔っ払っていたのに、無事に帰宅できたんだな」

「比賀先輩が無理やり飲ませたんじゃないですか……」

「飲み放題なんだから、飲まなきゃ勿体ないだろ?元を取らせてやったと言え」

「おいご主人、こやつは誰じゃ?」


 エミルがこちらの耳元に浮かび上がり、耳打ちしてくる。


「あぁ、エミル。この人は......」

「えみる?寝ぼけてんのか?」

「あっ」


 しまった、比賀先輩にはエミルの姿が見えないんだった。


「すみません、寝ぼけてました」

「いくらゲームが好きだからって、妄想に耽るのも大概にしておけよ」

「鈴香にも同じこと言われましたよ」

「お、お前の妹のことか」


 鈴香の話題になると、露骨に比賀先輩の表情が下心に丸出しになる。確かに鈴香は周囲と見比べても、美少女の部類に入ると思う。


「一人暮らしの兄のために飯を作りに来る妹なんて、羨ましすぎるだろ。芥田の所ばっかりじゃかく、たまにはウチにも来てほしいぜ」

「ダメです。それは先輩のお願いでも却下します」


 比賀先輩に限って間違いは起こらないと思うが、前にアパートに上がった際に目撃したポスターや、オタク感丸出しの可愛らしいフィギュアの数々。あんなものを純粋な鈴香に見せる訳には行かない。


「ちぇっ、兄貴ヅラしやがって」

「一応、兄貴ですからね」


 思わず『一応』などと付け足してしまったのは、鈴香が血の繋がった家族ではないことや、世話になってばかりで兄らしいところを見せられていないことへの引け目を無意識下に感じてしまっているからだろうか。


「どうした?ため息なんかついて」

「いえ、別に……」

「やっぱ、新しい家族と上手くいってないのか?」

「うぐ……」

「はっはっは、図星か」


 どうしてこの先輩は時折、こんな鋭いのだろう。

 彼の言う通り、俺の父親が再婚した相手である、鈴香の母親ともほとんどコミュニケーションを取れていない状態で、何度か鈴香を通じて家族4人でお出かけに誘われたが、全部断わってきた。

 父親や鈴香は新しい家族として進もうとしている中、俺だけがみんなと避けている。

 向き合うべき問題を今もなお放棄して、アイツの兄貴などと豪語して良いものだろうか。


「というか俺、先輩に父親が再婚した話しましたっけ?」


 あまりこういう身の上話は、友達でも話さないようにしているはずだが……。

 そう尋ねると、比賀先輩は失笑する。


「一昨日、飲み屋で散々家族のことを愚痴ってたじゃねーか。記憶が無いのか?」


 俺としたことが……そんな恥ずかしいことを。

 かぁっと顔が熱くなるのが感じられた。

 成人して舞い上がって飲みすぎた影響だろう。今後はなるべくお酒は控えることにしよう。


「それじゃ、オレはこっちだから。鈴香ちゃんとも仲良くやれよー」

「はーい」


 大学に着き、教室の前で比賀先輩と別れる。


「ご主人、比賀という男、なかなか陽気な人間のよう」


 比賀先輩と別れるまで黙っていたエミルが、口を開く。


「ああ見えて、知り合った当初は根暗なオタクだったんだぜ」

「おたく?なんじゃそれは?」

「えーと、簡単に言えばアニメや漫画が好きな……うぉっ!?」


 ぼすんっ!


 クッションのような柔らかい衝撃。ぐらりと体がふらつく。


「ひゃっ!」


 一方、俺にぶつかったと思われる女生徒は尻もちをつき、彼女が持っていたと思われるスマートフォンが床に転がり落ちる。


「すまん、大丈夫か?」

「いえ、こちらこそごめんなさい。前方不注意だったわ」

『ちょっとー!大丈夫なのー?』


 スマートフォンから女性らしき声が発せられる。どうやら通話中だったらしい。

 幸い、液晶にひび割れた傷はなく、大事には至らなかった。


「えぇ、ちょっとぶつかっただけ……え、恋の予感?そういうのじゃないってば」


 端末を拾い上げ、通話を再開する女生徒。

 一瞬、こちらをきろりと睨まれたような気がしたが、そのまま歩いて行った。


「……見られた?」

「ん?どうしたエミル」

「今、妾を見たような気がしたのじゃ」

「そんなはずないだろ。俺以外には見えないんだから」


 むしろ、俺が誰もいないはずの方を見て会話しているのを見た女生徒が違和感を抱いたという方が正しいだろう。

 そうだとしたら、俺は完全に変人扱いだが。





 しまったぁああああああ!!!


 心の中で悲痛の叫びをあげる。


「試験用紙を配ります。学生証と筆記用具を出して待機してください」


 そうだった、今日は試験日。

 前日に頭に詰め込んで挑むつもりでいたが、エミルの一件で完全に頭から抜け落ちていた。

 この講義はテストの成績が六割を占めている。つまりこの試験で好成績を取らないと単位の取得は厳しくなってしまう。

 試験用紙が配られ、開始の合図をする教授。

 威張れたことではないが、普段の講義では適当にノートに内容を写すだけで頭に入れようとしていなかったため、さっぱり分からない。

 昨日勉強しなかったことを後悔し、頭を抱えていると、エミルがそっと耳打ちしてくる。


「一番の答えは、おそらく③じゃぞ」

「えっ?」

「周りの生徒から集計した結果じゃ」


 幽体化したエミルはふわりと浮き上がり、周囲の解答用紙を覗き見る。

 当然、それが他の生徒達に見えるはずもなく俺の真っ白だった用紙はどんどん埋まっていく。

 カンニングなどという最低な行為に走ってしまったが、単位のためだ。

 こうして、エミルの活躍によりなんとか危機を切り抜けると、解答用紙を提出しそそくさと教室を出る。


「幽霊を利用してカンニングなんて、とんだ不良生徒がいたものね」


 教室の前には、先程ぶつかった女生徒が腕を組んで立ち塞がっていた。


「私は霊感が強いの。別に心配しなくても、あなたのカンニングを咎めるつもりも報告するつもりもないわ」

「そ、そうなのか……」

「問題なのは、その幽霊娘よ」


 ビシッとエミルを指さす女生徒。


「そいつは悪霊よ。そのままだと大変な目に遭うわ」

「あ、悪霊だと?」

「誰が悪霊じゃっ!」


 彼女に反論したのはエミルだった。


「せいぜい徹夜で、すまほをしてばってりーを空にしたり、らあめんを何杯もおかわりするくらいじゃ!」

「それだけでも十分悪霊だと思うけど……私が言いたいのはもっと本質的なことよ」


 そう言って女生徒は、懐から怪しげな札を取り出す。


「申し遅れたわ。私は夕凪玲奈ゆうなぎれいな。簡潔に言うとあなたのような取り憑かれた人を助けることを稼業にしているの」

「へ、へぇー」

「何よそのどうでも良さそうな顔は。信じてないでしょ!?」


 霊感の強さでエミルが見えるのは素直に驚きだが、どうにも胡散臭い。ハッキリ言ってちょっと痛い子だ。


「説明は後よ!その悪霊は、時間の経過と共にあなたの精神を蝕んでいくの!」

 夕凪と名乗る女生徒は、エミルの額に怪しげな札を貼り付ける。


「……な、なんじゃこれは!?ううぅ……あぁあああっ!!」

「え、エミル!?」


 突如、シューシューと煙をあげて呻き出すエミル。


「ご、ご主人……!」

「エミル!しっかりしろ!」


 すぐさま、べりっと怪しげな札を剥がす。普段は紙でも障子でもすり抜けるなずなのに……。

 どうやらあの札は、ただの紙切れではないらしい。


「どうして剥がしてしまうのよっ!これはあなたのためなのに」


 この少女が何を企んでいるのかは分からない。だが、一つだけ分かるとすれば……。


「あなたは悪霊の危険さを理解していないから、そうやって守ろうとするのよ。そこを退きなさい」


 ……こいつが、エミルにとっての『敵』となる存在であることだ。

 夕凪は再び懐から数枚の札を取り出すと、エミルに向けて手を伸ばす。


「エミルに近寄るなっ!」

「ふぎゃっ!?」


 ふわっと長いスカートが捲れ上がり、彼女の顔を覆い隠してしまう。

 エミルに教わった霊能力だ。


「逃げるぞ、エミル!」

「相変わらず、すけべなご主人じゃ。でも助かったのじゃ」


 夕凪がスカートに顔を覆われ、フガフガしている間に逃げ出す。


「お、おほええあはーい!(お、覚えてなさーい!)」


 彼女のかなり間抜けな絵面に罪悪感を覚えつつも、エミルと二人で大学から逃げ去った。

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