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第3話 「エミル」


「ううむ、すごいのぅ、すまほというのは」


 少女はスマホを凝視しながら興味津々といった様子でぺたぺたと画面を触る。


「む?この女性は誰じゃ?」

「え?」


 女性の画像......?

 いかがわしい画像はなるべく写真フォルダに残さないようにしているのだが、間違えて保存したままにしてしまったのかもしれない。


「お主、彼女がおったのか?」


 見せつけてきた写真で納得する。


「いや、それは母親だよ......前のね」

「前の?」

「俺が子供の頃に両親が離婚して、親父は再婚したんだ」

「なるほど。それで鈴香とは、血の繋がりがないのじゃな」


 俺が小さい頃の写真はアルバムに残っていたが、母親は写真に映るのが嫌いだったらしく、その一枚しかなかった。

 これを見て俺の彼女だと勘違いしてしまうのは無理もない話で、この写真は母親が赤ん坊の俺を抱き抱えているものだった。

 だが、赤ん坊の自分を見るのはあまりに気恥ずかしく、スマホで写真を撮った後に赤ん坊の部分だけトリミングして保存することにしたのだ。

 俺の母親はハッキリ言って、ロクでもない女だったと思う。

 すぐに暴力を振るうし、親父とは毎晩喧嘩をする。笑顔なんて見たこともない。離婚した親父の大正解だ。

 だが、そう思うからこそ、小さい俺を抱いてこんないい笑顔を見せたことはなかったので、とても貴重な物に思えてならなかった。


「ふーむ、それにしてもいい笑顔をしておる......笑顔......笑み......あっ!」


 ぴんっと少女のアホ毛が立つ。神経でも通っているのだろうか?


「思い出した!エミルじゃ!」

「え、えみる?何が?」

「妾の名前じゃ!何故こんな大事なことを忘れておったのじゃろうか」


 変な名前だ......なんて言ったら怒り出しそうなので口を紡ぐ。


「じゃが、まだ大事なことは何も思い出せぬ」

「大事なことって?」

「......まぁ、いずれ何かしらのキッカケで思い出せるはずじゃ」


 そんな意味深なことを呟きつつ、写真フォルダをスライドするエミル。


「む?なんじゃこの肌を露出したおなごの......」

「もうお前は写真フォルダを見るな!」





「おおっ!?」


 アパートに帰り、テレビを付けるとエミルは分かりやすすぎるほど驚いた。


「おおおー! 人が薄い箱の中で話しておるのじゃ!」


 漫画や小説で、日本とは別の世界からやってきた女の子がテレビに驚くのは、定番中の定番だろう。

 実体化してテレビのスクリーンをぺたぺた触ったり、覗き込んだりする姿は、子供らしくて可愛い。


 《お前なにわろてんねん!》

「あっ!箱に入ってる人が入れ替わったのじゃ!?」

 《どうして浮気なんかしたのよ!信じてたのに!》

「こ、今度は喧嘩が始まったのじゃ!乱暴はいかんのじゃ!」

 《次のニュースです》


 チャンネルを変えるたびにアホ毛がぴょんぴょん飛び跳ねる。テレビより見ていて面白い。


 《昨夜、〇〇町で無職の男性、林田誠容疑者(30)を殺人未遂の疑いで逮捕しました》

「俺の住んでる町じゃないか」


 昨日の夜は酔っ払って散歩していたから、俺も危なかったのかもしれない。


 《被害者の女性は腹部を刺され重症を負いましたが、命に別状はありません》

「女の腹を突き刺すとは、とんでもない輩じゃ」


 身を乗り出し、ニュースキャスターの話を聞くエミル。


 《林田容疑者は「記憶にございません」と供述しており......》


 自分の町で起きた事件だからか、普段なら軽く流してしまうニュースなのに深く見入ってしまった。

 ニュースはあっという間に変わるもので、淡々と事件が流れていく。


「……む?これは、なんじゃ?」


 エミルがぴんっとアホ毛を立ててテレビをまじまじと見つめる。

 画面に映っていたのは、今ブームが巻き起こっている将棋番組だった。

 やはり将棋の天才と呼ばれる藤木四段の影響だろう。

 今でも連勝を続き、段位を上げているのだとか。


「これは……なんじゃ?」

「ああ、これは将棋と言って……」

「将棋......聞いたことあるのぅ」


 うーん、と何かを思い出そうと唸るエミル。


「少しやってみるか?」


 将棋アプリを起動し、スマホをエミルに手渡す。


「この箱は、地図も分かるし将棋もできるのか?ご主人より賢いのじゃ」

「やかましい」


 だが、スマホの技術がここ数年で格段に進歩しており、人間などよりよっぽど賢いのではないだろうか。


「こうやって駒を動かすのじゃな......相手は誰が操作しておるのじゃ?」

「それはコンピューターだよ」

「こんぴゅーた?なんじゃそれは?」

「要するに人じゃなくてそのスマホが考えて操作してるってことだ」


 AIとかプログラムとか小難しいことを話しても、エミルには分かりゃしないだろう。


「ほほう。すまほとやら、勝負じゃ!」


 横目でエミルの将棋を見ていたが、プロとは程遠いものの、どの駒がどう動くかなどといったルールは把握しており、俺なんかよりよっぽど上手かった。


「将棋うまいな」

「よく分からぬが、懐かしい感覚じゃ。大切な誰かに教えて貰ったような気が......あっ!角が取られたのじゃ!むきーっ!」


 その後、エミルは怒ったり笑ったりしながら勝負を繰り返し、俺が風呂に入っている間も寝ている間も将棋を指し続け、それは電源が完全に無くなるまで続いた。

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