第2話 「霊能力」
「いい? ちゃんとした食生活を心がければ、お兄ちゃんにも本物の彼女だってできるんだから、妄想に耽るのも大概にしなよ」
「だから妄想ではないと……」
朝食を食べ終えた後も、鈴香は俺に釘を刺してから帰って行った。
「鈴香と言ったかの......マメでしっかりしておる。夜遅くまで飲み歩く男とはえらい違いじゃ」
「余計なお世話だ。それに鈴香は実の妹じゃねぇよ」
「ほう?どうりで似ておらんわけじゃ」
納得されると逆に腹立たしいが、鈴香と俺の性格は正反対と言っても過言ではない。
鈴香が初めて俺の住むアパートにやってきた時、まずは説教から始まった。
それも無理のない話で、ゴミはゴミ袋に入れたまま放ったらかし、汚れた皿はキッチンで山積み、本やマンガなども部屋中に錯乱。
でも、まさか連絡も入れずにいきなりやってくるなんて想定も出来ないだろう。まさに抜き打ち検査というやつだ。
説教が終わると、ものの一時間で綺麗サッパリ、大人の本から教科書まで全部整理され、同時に兄の尊厳も綺麗になくなったのは言うまでもない。
「それから、久しぶりに外の世界を見てみたいのじゃ。長いこと封印されておったからのぅ」
「長いことって、お前いつの時代の人間なんだよ」
口調といい、服装といい、現代の人間ではないと思うが。
「うーん、いつ頃なんじゃろう。ここら辺まで出ておるのじゃが」
下腹部の辺りをさする少女。
「だいぶ遠いな」
「ま、そんなこと良いではないか。こんないい天気に外に出ないと人生損じゃぞ」
「まさか幽霊にそんなこと言われるとは」
こうして俺は、突如現れた幽霊少女に言われるまま外に出た。
「む、あれは建築物か!?」
「あぁ、ビルだよ」
「びるというのか!すごいのぅ、高いのぅ」
街を出歩くと、少女は立ち並ぶ建造物に目を輝かせる。
こうしている分には、普通の少女となんら変わりないが、道行く人と衝突しそうになっても、すり抜けていく。
「妾の記憶では、建築物とはもっとこう、小さくて屋根には瓦が積んであって、こんなツルツルの素材ではなかった」
ビルのコンクリート部分を撫でる少女。
高層ビルが立ち並び始めたのも、歴史で見れば最近の出来事なので、それだけでは少女がいつの時代から来たのか断定するのは難しい。
「ところでご主人、さっきから何を見つめておるのじゃ?」
少女が俺のスマホに興味を示す。
アプリの地図で付近の食事できる場所を探しているが、ファミレスらしきものはどこにもない。
「スマホのことか?触ってみるか?」
「う、うむ」
差し出したスマホを、恐る恐ると言った様子で手に取る少女。
「硬い素材でできておるのに、軽い。む!?う、動いたのじゃ!?」
人類の技術の結晶を前に、彼女は目を白黒させる。
「はは、こうやって使うんだよ」
目の前でスマホの画面をスライドしてみせると、少女は「おぉっ!」と感嘆の声をあげる。
「これは、地図なのか?」
「おう、こうやって拡小していくと......」
限界まで拡小させていき、やがて日本地図の全体図が現れる。
「......この国は、こんな竜のような形をしておったのか」
その画面を食い入るように見つめる。
「すごいのぅ、このすまほ?というのは、偉いのぅ。偉大なのはいいことじゃ」
スマホを撫でる少女。
「あ、ご主人。あの建物からいい匂いがするのじゃ」
鼻をひくひくさせ、少女の指さした先にあったのは、ラーメン屋だった。
「妾には分かるぞ。あれは間違いなく美味いものじゃ」
「でもお前、幽霊だから食べられないんじゃ……」
「ふふふ、ここで妾の特殊能力を見せてやるのじゃ」
そう言って、少女は得意気な笑みを浮かべた。
「ほー、なんじゃこの細くてにゅるにゅるした物は」
「ラーメンを食うのは初めてか?」
少女は不器用な箸つきでラーメンをすする。
「う、うまいのじゃ!」
幸せそうに、あっという間に平らげてしまう。
「ハハハ!嬢ちゃんよく食べるねぇ!」
少女に笑いかける店員のおじさん。
「……おい、どういうことだ?」
こっそり彼女に耳打ちする。
「む?何がじゃ?」
ラーメンを啜りながら頭を傾げる少女。
「幽霊だから飯は食えないんじゃなかったのか?それに、他の人からも見えているみたいだが……」
「実体化じゃ」
「じったいかぁ?」
「うむ、普段の妾が幽体化した状態で、さっき路地裏に行って実体化の状態になったのじゃ」
「てことは、さっき目線が痛かったのは……」
「その通り、周りの人に見えるようになり、ご主人でなくとも触れるようになったのじゃ。先程は鈴香がおって出来なかったがのぅ」
そう説明しながら彼女が平らげたラーメンは、なんと3杯。幽霊恐るべし!
「らあめんとやらは、実に美味しかったのじゃ。お礼にお主に霊能力を教えよう」
ラーメン屋を満足そうに出た少女は、人差し指を立てる。
「霊能力?」
「うむ、例えば......あの男を見つめて、何か念じてみるのじゃ」
言われたとおりに小太りの中年男性を見つめながら、指先に力を込める。
「む......な、なんだ!?うわわっ!」
すると、中年男性はふわりと浮かび上がる。
「ふふふ、凄いじゃろう。幽霊に取り憑かれた人間のみが扱える力じゃ」
念じるのをやめると、男性はバタッと落ちる。
「な、なんだったんだ......一体」
男性はぶつくさ言いながら去っていった。
「これは凄い......他にどんなことが出来るんだ!?」
「ここは少し霊力が弱い。もっと霊力が強い場所へ行けば、成人男性でも吹き飛ばすことだってできる」
「いやいや、十分だよ。もしかして、これがあれば......!」
目の前に通りかかった女子高生に向かって、先程のように霊能力を使用してみる......スカートに向けて。
「へ?......わわっ!?」
突然、なんの前触れもなくスカートが捲れあがり、悲鳴をあげる女子高生。
「〜〜!〜!」
周囲の視線に晒され、顔を真っ赤にしてスカートを抑えながら逃げるように走っていってしまった。
「......ご主人のすけべ」
そのお陰で、少女には軽蔑をたっぷり含んだ視線を向けられることとなった。




