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第1話 「幽霊少女」

のじゃロリ幽霊少女との同居生活をお楽しみください。

 

「起きるのじゃ! 起きるのじゃ!」


 日曜日の朝。

 ゆさゆさと揺さぶられ、耳元に響く声。


「もう朝じゃぞ。早く起きるのじゃ」

「んん~? なんだよ……まだ七時じゃんか。もう少し寝かせろよ」


 昨日飲みすぎた影響か、まだズキズキと頭が痛む。それに今日は大学も休みなのだから、朝くらいゆっくりさせて欲しいものだ。


「何を言っておる。あんな夜遅くに飲み歩くような生活をしておるからじゃ。朝は起きて夜は寝る生活を心がけねばならん」

「うるさいなぁ~」


 さっきから、小さな女の子が俺の上でもそもそしたり、ぽすぽすと肩を揺さぶってくる。頼むから静かに――、


「……は?」

「お、やっと目を開けおったか。おはようなのじゃ、ご主人」

「ご、ご主人……?」


 俺の上で元気よくビシッと手を挙げる見知らぬ少女。

 腰あたりまで伸びた銀髪ストレートは、透明に光る絹のよう。

 紺色の動きやすそうな和服を纏う小学校低学年くらいだろうか。成長すれば、間違いなく美しい女性に……って、そうじゃない!


「な、なんだお前は!?」


 わなわなと震える手で少女を指さす。

 俺は大学に入学し、一人暮らしをはじめてから一年以上経っている。

 嘆かわしいことに、俺に彼女はいない。ましてやこんな年端もいかない少女と同居なんて断じて有り得ない。


「あ、あはは……俺としたことが、まだ酔いが覚めていないのか」


 こんな幼い少女の幻覚を見てしまうなんて、昨日は飲みすぎたんだな。そうだ、そうに違いない。


「なんだ、俺の幻覚かよ」


 つくづく俺もロリコンだな……などと思いながら彼女の柔らかそうな頬を引っ張る。

 むにーっ。


「むぎゅっ……にゃ、にゃにをするのじゃ、ご主人」


 むにむに。

 少女のひんやりとした手の感触。

 とても二日酔いを理由に誤魔化せるものではなかった。


「ほ、本物……?」

「まさかお主、昨日のことを覚えておらんのか?」

「き、昨日……?」


 昨日は同じ大学の比賀先輩と二人で飲みに行って、それからは記憶がぼんやりとしている。

 まさか、俺が酔っ払った勢いでこんな娘をお持ち帰りに……?

 いやいやいや! いくら俺が酒に弱いとはいえ、そんな犯罪を起こしてしまうほど泥酔していたなんてことは断じてない。

「昨晩、墓場で妾の目を覚まして、そのままここへ連れてきたのではないか。ひょっとして、まだ寝ぼけておるのか?」

 お返しとばかりに少女は俺の頬を引っ張る。

 痛い……つまり、これが幻覚ではないという現実を突きつけられる。そして、意識がはっきりしてくるほど、少女の言葉の意味が分からなくなってくる。


「墓場……封印?」

「やれやれ、もう面倒じゃ……妾の体をよく見ておくのじゃ」


 少女は小さく嘆息すると、壁に向けて小さな右手を伸ばす。彼女の指先と壁は触れ合うことなく、指は壁の中に入っていく。


「すり、抜けた……?」

「むふふ、手だけではないぞ」


 そのまま左手、右足、といった具合で全身がするするとと壁に吸い込まれていく。


「この通り、妾は幽霊なのじゃ」


 少女は壁からひょこっと顔を出し、ドヤ顔を浮かべる。


「ゆ、幽霊ですと?」

「それだけではない。見ておれ。宙に浮くことにもできるぞ」


 唖然とする俺を見て気をよくした少女は、見せびらかすようにふわりと浮き上がる。


「ほ、本当に幽霊なんだな」

 幽霊のイメージなんて、舌が長くて白い布を被ったような、つかみ所のない物体だったが、こんな一緒にいるだけで犯罪者扱いされてしまいそうな外見をしているなんて……。


 ピーンポーン!


「……ん? 何の音じゃ?」


 玄関からのチャイムが鳴り響き、少女は首をかしげる。


「お兄ちゃーん! 起きてるー?」

 扉の奥からそんな声が耳に入り、俺の顔は真っ青になる。


「マズい! 鈴香だ」

「鈴香?」


 鈴香というのは俺の妹だ。

 正確には両親は再婚しており、彼女は俺の父親が連れてきた女性の娘のため、義理の兄妹にあたる。

 新しい家庭に馴染めず、一人暮らしをしている俺の体調を心配してくれて、休日に俺の住むアパートに訪れては、朝食を作ってくれるよくできた妹である。


「よりによって、最悪のタイミングだ……」


 こんな少女と一緒にいる状況を鈴香に見られてしまえば最後、兄の尊厳を完全に失うばかりか、鈴香にゴミを見るような目で通報され、兄妹の仲が引き裂かれること間違いなし。


「鈴香には悪いが、居留守を使おう」


 とりあえず後で「出かけてる」とメールで送っておけば……なんて甘い考えはあっさりと打ち砕かれることとなる。


「寝てるのかなあ? まあいっか、合鍵あるし」


 忘れていた。鈴香は俺がいなくても部屋に入れるように合鍵を作っているんだった。


「やむを得ない。押し入れに隠れろ!」

「えっ? なぜじゃ!?」

「あいつにこの状況を見られるわけにはいかない。早くここに入るんだ」


 押し入れの戸を開け、中に入るように促す。


「い、イヤじゃ! 妾は狭いところが苦手なのじゃ!」

「まてっ!逃げるな!」


 捕まえようとすると、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように逃げ回る少女。


「それ捕まえた!」

「むぎゅぅ! 何するのじゃあ!」


 隙を見て少女を押さえ込む。よし、これで隠してしまえばなんとか誤魔化すことが……。


「あれ? お兄ちゃん起きてたの…………え?」

「あっ……」


 鍵を解除し扉を開ける鈴香。その視線の先には、幼い少女に覆い被さるように取り押さえる成人男性。


「お、お兄ちゃん……?」


 目を見開き、俺を見つめる鈴香。

「ち、ちちち違うんだ鈴香! これは誤解で……」


 お、終わった……。いくら誤魔化しても、この状況を説明できる語彙力など持ち合わせていない。


「……一人で何してるの?」

「え?」


 呆れたようなジト目を向けられる。


「は、離せ!何をするのじゃあ!」


 今も俺の手の下で、じたばたと暴れる和服の少女。


「もしかして、こいつが見えないのか?」

「もう、日曜日の朝は相変わらず寝ぼすけさんだね。すぐに朝ご飯作るから」


 鈴香はくすりと笑うと、リビングで朝食の支度を始める。


「……そろそろ、どいてくれんか?」


 今度は少女ににらまれる。


「お前、他の人には見えないのか?」

「幽霊じゃからの」

「へぇ、こんな触れるのに幽霊なんて、おかしな話だな」


 もう一度ふにふにしてみる。この肉感、間違いなく本物だ。


「ええい、妾の頬を触るでないっ! お主、さっきから妾を子供扱いしておらんか?」


 まんじゅうのように柔らかいほっぺたが、今度は風船のように膨らむ。


「どこからどう見ても、子供だと思うんだけど……」

「ふん。妾は封印されておったから百は越えておる。それに、妾はお前ではない。妾には偉大な方からもらった素敵な名前があるのじゃ」

「へー、幽霊のくせに名前はあるんだな」

「むぅ、バカにしおって。妾の名は…………あれ、なんじゃったかのう」

「おいおい、偉大な方からもらった素敵な名前を忘れるなよ」

「……今日のお兄ちゃん、変だね」

「うぉっ!?」


 すぐ背後にエプロン姿の鈴香が俺を呆れたような顔つきで見つめていた。


「お、おぉ……妹よ。いつからそこにいたんだ?」

「ずっと床に話しかけてるんだもん。不自然に思っちゃうよ」

「そんなことはないぞ。俺はいつでも自然だ」

「私がいないと体に悪いものばっかり食べるから、栄養不足で幻覚を見るようになったんじゃない?」

「見ねぇよ!」


 そんな俺と鈴香のやりとりを、少女はくすくすと笑いながらと見つめていた。





「お兄ちゃん、心配なら一緒に病院行ってあげるからね」

「子供扱いしないでくれよ。一応、お前より年上なんだから」


 鈴香の作ってくれた朝食を摂りながら会話を交わすのは、毎週日曜日に行われる兄妹の恒例行事のようになっている。


「もう俺も大人だ。料理くらい自分でできる。だから鈴香ももっと自分の時間を大切にしてもいいんだぞ?」

「炊飯器で炊いた米を、カップラーメンのスープに入れるのは料理とは言わないよ」


 兄らしいことを言っても、耳に痛い言葉で返されてしまい、威厳のへったくれもない。


「じゅるり……美味しそうじゃのぅ」


 猫のようにテーブルに身を乗り出し、鈴香の手料理を眺める少女。


「はぁ、妾も食べてみたいのぅ」


 指をくわえて眺められると、放っておけないではないか。


「少し食うか?」


 そっと彼女に耳打ちする。


「残念じゃが、この姿ではムリじゃ。しかし、お主の妹は絶対いい奥さんになるぞ」

「俺もそう思うよ」

「お兄ちゃん……」

「うっ……」


 鈴香に可哀想な人を見る目で見つめられている。

 ちょっと油断すると、鈴香の前で少女と言葉を交わしてしまう。


「いくら彼女ができないからって、妄想に手を出すなんて……」

「そ、そんなんじゃねぇやいっ!」

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