イスパノスイザ43小銃ースペインの幻の名銃
作中では明言していませんが、「サムライー日本海兵隊史」の外伝等の一つとなります。
また、ヘミングウェイは言うまでもなく、スペイン三部作等の執筆はしていません。
(なお、第一作は、「誰がために鐘は鳴る」という設定です。)
ノーベル文学賞を受賞した米国の作家、ヘミングウェイのスペイン三部作の第二作、「スペインの青、ヴォルガの青」のラスト近くで、主人公のスペイン兵が、決死のソ連兵多数の突撃を受ける。
その際に、主人公が叫ぶ。
「この銃はな、お前らからの贈り物だ。こんな贈り物を贈ってくるな。これはお返しだ」
そう言って、同僚の将兵と共に自らの銃を乱射し、ソ連兵の突撃を阻止する情景を、ヘミングウェイは描写している。
また、第三作の「銃を置いて、去れ」においても。
第二次世界大戦後、独立紛争が起きている西サハラで、主人公のスペイン兵が酒に酔い過ぎて、バーで泣きながら、
「自分の小銃は、スペインが世界に誇る名銃だ。自分も誇りを持つべきなのだが、スペインの皮肉を象徴するようで、自分はどうにも」
と自分の銃を語っている情景を、ヘミングウェイは描写している。
ヘミングウェイ自身は、作中では単に銃としか書いておらず、記者のインタヴュー等においても、銃の正確な名称については、ヘミングウェイは明言を避けているが、その作中における描写から、イスパノスイザ43小銃なのは間違いない、と愛読者のほとんどは推測している。
では、ここに出てくるイスパノスイザ43小銃とは、どんな銃なのか。
それこそ、「銃を置いて、去れ」の主人公が端的に言うような名銃だった。
そのために、スペインでは結局、大量生産されずに幻の名銃となったのだ。
イスパノスイザ43小銃は、その名が示すように、スペインのイスパノスイザ社で開発、量産され、スペイン軍が1943年に制式採用した小銃である。
だが、突撃銃的なコンセプトで開発された銃であるため、一部の書籍等では、イスパノスイザ43突撃銃と書かれていることもある。
この当時、スペイン軍はスペイン内戦の戦訓等から、新型の自動小銃(突撃銃)の必要性を感じていた。
そして、38式歩兵銃を「白い国際旅団」が使用しており、その銃がそのままスペインに遺されたことから、銃弾の生産をイスパノスイザ社が行っていたこと、また、スペイン内戦の際に、フェドロフM1916自動小銃を入手できたことから、6.5ミリ弾を使う独特の小銃となった。
(なお、イスパノスイザ43小銃用の6.5ミリ弾は改修されており、38式歩兵銃用の小銃弾は、そのままではほぼ使用不能である。
だが、製造工程はほぼ同一のため、イスパノスイザ社としては、イスパノスイザ43小銃用の銃弾の量産化が容易という特質があった)
このため、一部の日本語書籍等では、フェドロフM1916自動小銃のほぼコピーのような記載があるものもあるが、実際には、どこからか入手したドイツのMKb42(H)をコピーして、6.5ミリの銃弾を使用するようにした銃のようである。
これは複雑な事情が絡み合ったものだ、という説が強い。
ドイツのMKb42(H)は、ドイツ陸軍が突撃銃を採用しようとして、ヘーネル社に開発を命じた銃であり、1941年秋に独が降伏した時点では、やっと試作銃が完成した段階だった。
そして、独全土が連合国の分割占領統治下に入る中で、このヘーネル社の試作銃は、フランス政府がヘーネル社ごと確保した。
ここまでは、各種資料を付き合わせる限り、ほぼ間違いないとされる。
だが、その後、スペインのイスパノスイザ社が、この試作銃の資料を入手して、イスパノスイザ43小銃の開発に生かしたのか、という点に関しては、イスパノスイザ社自身が厳重な沈黙を守っており、21世紀になった現在になっても謎めいたままなのである。
そして、イスパノスイザ社は、あくまでもスペイン内戦時に入手したフェドロフM1916自動小銃を参考にして、イスパノスイザ43小銃を開発した、というのを公式見解としている。
そのために全くの憶測でしかないが、フランス政府がフランスのイスパノスイザ社にMKb42(H)の資料を提供し、同系列、母体が同じ会社であることから、スペインのイスパノスイザ社が、その資料を入手して、イスパノスイザ43小銃を開発したのではないか、という疑惑が今でも流れているのである。
ともかく、この公式の出自が、フランコ総統に嫌われたというのは間違いないようだ。
スペイン内戦に介入し、自らに勝利をもたらしてくれたとはいえ、フランコ総統自身にしてみれば、厄介な味方だった日本、更に自らの不倶戴天の仇敵と言えるソ連が絡み合い、イスパノスイザ43小銃は開発されている。
そのために、イスパノスイザ43小銃は、スペイン内戦の不快な記憶を喚起する銃として、フランコ総統に嫌われた、というのだ。
更に、イスパノスイザ43小銃は、小口径ということ等から、有効射程が従来の小銃より低下してしまった(もっとも、これは突撃銃に共通する宿命と言える。連射した場合の命中率を確保するため、どうしても従来の小銃よりも威力を落とさざるを得ず、有効射程は低下してしまうのだ)。
それもあって、射程が落ち、威力も敵に劣っては、敵に撃ち負けるではないか、というフランコ総統(及びその側近)からの非難も、イスパノスイザ43小銃は浴びる、という悲運にあった。
だが、実際に使用する将兵の側から見れば。
「野戦でも、市街戦でも役に立つ銃」
「限定的だが、軽機関銃のように使用することもできる」
等々と高評価を受けており、実際に愛用したスペイン兵からの人気は絶大なものがあった。
そのために、スペイン軍に制式採用されて、細々とだが量産もされ、スペイン軍の将兵は半ば奪い合う様に自らの銃にしようとした。
そして、この人気から。
何と建国当初のイスラエルで、ほぼデッド・コピーされた自動小銃、ローマットが制式採用されている。
(なお、公式にはイスラエル側は否定している。)
この後に述べるが、ハリウッド映画に出てくるイスパノスイザ43小銃は、大抵がローマットだというのが現実である。
それくらい、映画の画面上で見分けるのに難しいくらい、よく似た小銃なのだ。
ともかく、ヘミングウェイが自作の小説で描写したことから、ハリウッド映画等では、1940年代後半から1950年代のスペイン軍の小銃として出てくるのは、大抵がイスパノスイザ43小銃である。
だが、現実の話をすると。
フランコ総統に嫌われたことから、上記のように細々としかスペインでは量産されなかった。
そして、スペイン国内でしか使用されないまま、1950年代半ば、7.62ミリNATO弾を使用する小銃がスペイン軍唯一の公式銃となることが決まると、イスパノスイザ43小銃は退役を余儀なくされた。
そのために、スペイン国外には、イスパノスイザ43小銃はほぼ流通せずに終わり、幻の名銃という仇名が付けられたのである。
ここで冒頭辺りのヘミングウェイの小説の描写に立ち返る。
ここまでの説明から推測できると思うが、そう、あれは全く架空のあり得ない描写なのである。
確かにイスパノスイザ43小銃という名称だが、1943年の東部戦線のスペイン兵に生きわたる程の量産はされなかった銃だし、西サハラに派遣されたスペイン軍の部隊も、イスパノスイザ43小銃は全く装備していなかった。
だが、イスパノスイザ43小銃が、ヘミングウェイにそこまでの描写をさせる程の魅力にあふれた銃なのは間違いない話だし、21世紀になった現在でも人気のある小銃の一つといえる。
本当に歴史に翻弄された幻の名銃といえるだろう。
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