第97話 二重留学
文化祭の喧騒が過ぎ去り落ち着きを取り戻した、六月のある日の休み時間。
教室でくつろいでいたあたし達の前にフェアユング先生が現れ、小さな腕で一生懸命抱えていた封筒の束を置いていった。
秋の大陸の花、アスターの封印が押されている封筒にはそれぞれ宛名が入っている。
各々開封していき中身を読み、一番最初に声を上げたのはリサだった。
「やりました! 留学選考を通過したのです!」
「ぼくも!」
「あたしもー」
「落ちた人はいないみたいだね、良かった」
リールが負けじと合格アピールをし、3人の結果を確認したハルヒがホッと胸を撫でおろした。
一言同意の言葉を発しただけだが、あたしもメチャクチャ安心していた。
皆に比べたら出来が良いとは言えない成績表を提出したり、秋の大陸から先生がやってきて面接をした時も手ごたえが微妙だったりした経緯があり、率直に言えばあたしだけ落ちると思っていた。
それでも皆に置いてけぼりを喰らうのは寂しいし、これを逃したら秋の大陸に行くための別の方法を探さなきゃいけなかったから、合格して本当に良かった。
ステージ発表の話には面接官の反応があったから、そこが決め手になったのかもしれない。文化祭頑張って良かった。
「面接が終わった時のムクの顔は幽霊霧みたいでした」
「リサだってガチガチだったじゃん」
「ちょっと言葉に詰まったりはしましたが、受け答えはバッチリだったのですよ!」
「二人共、リーボフォーレみたいな目だったよ」
リールに「死んだ魚の目」と表現されたので、あたしとリサは『失礼なことを言うんじゃない(のです)よ』と羽の付け根をぐりぐりと押して抗議した。
ツボを押されたリールは「ふにゃあ」と猫みたいな声を出して、机の上に溶けた。そんな声を出しても許さないぞ可愛いやつめ。
「日程は……あれ、月末出発? もっと早く行くと思ってた」
「向こう側の都合でな、そこまで遅らせて欲しいと言われたのじゃ」
「先生まだ居たんですか! 見えなかった」
「準備期間が増えたとはいえ、怠るんじゃないぞ。ギリギリになって何か足りないと言われても知らないからの」
フェアユング先生はとうとうこの手のいじりに反応してくれなくなった。
役目は終わったと言わんばかりに、早足でこの場を立ち去ってしまった。
「留学の準備かー、何すればいいだろうね?」
「とても経験者の発言だとは思えないのです」
「あたしが? 留学なんてしたことあったっけ」
「むーちゃん、今、なうだよ」
Now……あれ? 確かに、あたしは異世界留学中だ。その上別の学校へ留学するのか。二重留学じゃん。
ここへ来る時は自分の大事なものだけ持ってきて、大体はトゥーリーンにやってもらっちゃったからなあ。お金のことすらお世話になってしまった以上、経験なんてあって無いようなものだ。
とにかく、必要な物の確認だ。封筒には留学の準備に関する資料も同封されていたので、皆で目を通す。
留学先は秋の大陸、フルトという街にあるフルト魔法学園。移動日を含めて2週間お世話になる予定だ。
留学先に払う学費は元々納めている分から差し引かれる。交通費や宿泊費も学園負担。
ただし宿泊先以外でかかる食費は自己負担だ。それに予備費(お土産などって明記されてる、先生達も欲しいってことなのかな……)を含めて20万アール用意すると良いようだ。
「お金の問題はなさそうだね」
20万円だと考えたら、普通の高校生には大金。自力で用意出来ないのが普通だ。
でも、あたしには学園長から貰った幻影蛙の討伐報酬がある。今までに獲得していた報酬と合わせて、学園のギルドで一度に動かせる一学生の財産量をとうとう超えてしまった。
「稼ぎすぎ! 一気に引き出せない量のお金扱うなんて初めてだよ!」と、毎度のごとくハフトリープさんに怒られてしまった。
「私はギリギリですね……。飼育係の関係でギルド活動を減らしていましたから。今月だけでも稼ぎに行きましょう」
リサが関わった依頼は常識の範囲内だったので、心元ないようだ。でも、現時点で賄えそうなだけで十分凄い。
飼育係も留学中は誰かに任せないといけないが、そちらは既に交渉済みらしい。元々担当していた人と、一部はファイクちゃんにも頼んだようだ。
ステージ発表の時はちぐはぐな挨拶をしていたけれど、あれから仲は深まってきたらしい。
「これは留学中に必要な部分で、前準備の費用は別ですから、もう少し余裕が欲しい所ですね」
「二週間くらいで用意するの間に合う? 少しなら貸してあげられるよ」
「いえ、気遣いの必要はありません。毎週手伝わせてもらっている花屋の収入が上がったところですから、週に1つずつ増やすだけで十分でしょう」
今この子昇給したって言った? アルバイトが半年たらずで昇給することあるの?
世界の常識の違いかリサが優秀すぎるのか分からないけど、凄すぎて怖い。
「なら手を貸す必要はないか……あ、これを一緒に使うのはどうかな?」
あたしが取り出したのは、ステージ発表の賞品として手に入れた優待券の数々だ。
留学の準備の買い出しに行くのに心強い。一回の会計限りだが人数や値段の制限はないのでまとめて使った方がお得だ。
「私達が逃した商品を見せびらかしてくるとは……」
「これも要らないの?」
「要らないとは言ってないのです! ムクだけで買い出しに行ったら買い忘れがあるので付いていってやるのです!」
買い忘れがあるかも、ではなく「ある」と言い切られた。
やっぱり止めようか、なんて一瞬考えてしまったが、そこまで意地悪してもしょうがないので皆で行くことにした。ライバルだったのは文化祭の時だけだもんね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「留学……まさかシュロムも行くんじゃないよな!?」
「近いですスタープさん。今回のメンバーはこの4人です」
放課後、スタープ魔法用具店で物色をしていたあたし達は、今にも泣きだしそうな表情をしたスタープさんに絡まれていた。
秋の大陸へ留学するのは1年生のみ。2年生は夏、3年生は冬の大陸へいくチームがある。初めは春の大陸と気候が近い所へ、学年が上がるごとに過酷な場所へ行くという順序だ。
1年生で留学志望を出したのは、あたし達以外には2組に数人いたようだが全員落ちたらしい。若干名採用となると、やはり魔法の種の等級差が重要になってくるようだ。
「そうか、文化祭で一緒にいたからてっきりな。あの発表は良かったな、男の声は全部シュロムがやってたんだろう? シュロムがあんなに大きな声で、色んな声を出して会場を興奮の渦に巻き込んでいたことを思い出すと……もう……」
シュロムが遠くへ行かないという安心感とステージ発表の感動を思い出して、スタープさんはおいおいと泣き崩れた。それをいいことに、あたし達は商品の物色を始めた。
あたしがこちらへ来た時と違い、多くの荷物を自力で運ばなければいけないため、まずはその手段を用意する必要がある。
今持っているアイテムポーチに入りきる可能性はあるが、帰りに確実に物が増える事や優待券を持っていることを加味して、ここらで新調しようと考えていた。
「うーん、ここにあるものだとあんまり買い替える意味が……。スタープさん、アイテムポーチのオーダーメイドって時間かかりますか?」
「いや、一週間あればできる。だが、かなり値は張るぞ?」
感動の涙をぬぐいながら、アイテムポーチに付与できる魔法のオプション一覧を提示してくれた。
「中身の拡張は今の3倍もあればいいかな? 重量軽減と、時間遅延は流石に高いから腐敗防止と温度管理だけ付けて……こんな感じでお願いします」
「いやいや、それでも十分高いぞ。お嬢ちゃん達は信頼できるから分割でもいいが、早めに清算してもらう必要が……」
「一括であるんですねこれが」
懐から大量のお金を出して見せると、スタープさんは大きく目を見開いた。
いやあ、金持ちになったら一度はやってみたいよね、現金一括払い。
「おいおい、特級ってのはここまで稼げるものなのか」
「ご縁もありまして、雷光熊やら幻影蛙やらを狩っていたら自然と貯まりました」
「蛙の素材が安く仕入れられたと思っていたがそういう事か。あの日市場に出回ってた量からすると……納得の金遣いだな」
あの大量の幻影蛙は市場に流されたようだ。学園で使うとしても、あんなに沢山はいらないもんね。
スタープさんは引きつった笑みで、広げられたお金を受け取った。




