第95話 後片付け
そんな裏方の活躍もあり、大きなアクシデントも無く文化祭は閉幕した。
5月40日、学生達は祭りの名残を惜しみながら展示物を片付け、教室の復元作業をしていた。
1組の教室の一角では、3匹のポスターを巡って壮絶なバトルが繰り広げられていた。
主に年少組、もちろんゾルくんも加わって片付けそっちのけでポスターを取り合っている。
あたし? 確かにあのポスターは出来も良いし気になるけど、いつも本物のリールと一緒にいるからそれくらい誰かに譲ってあげようかな、という慈悲の精神を発揮してみたよ。
シュロムもヒュプノのポスターが欲しいと言っていたが、争いには加わらずにそっとデコラに近づき「あれってもう一枚作れない?」と相談していた。
知恵の回る奴め。あたしも後で頼もう。
隣のクラスの入り口では、ユングルがあの金ピカ看板を寮に持ち帰ろうとして取り巻きに止められていた。
残しておきたい気持ちも分からなくはないけど、あれ程大きいと絶対邪魔になる上処分にも困るやつだよ。
……いや、もしかして一応貴族だから個人の倉庫とかあるんだろうか。止められてるんだから無いか。
祭りの余韻を感じながらダラダラと片付けをしていたが、途中であたしは教室を抜けてとある場所に赴いた。日中の内に片付けるべき重大な任務があるためだ。
隣にはファイクちゃんがいる。その顔は、ステージ発表直前よりも緊張していた。
「ユングル君が売り上げの権利で揉めていた所から抜け出せたのはありがたいですが、どっちもどっちですね……」
「あいつ、本当に寄付の事知らないままだったんだ」
2組は揉め事に事欠かないな、頑張れビリス先生。
相槌を打ちながらも、あたしも気がそぞろだ。原因は抱えている物にある。茶色い革張りの箱、蓄光器だ。
ステージ発表の後にも起動を試みたが、結局蓄光器が復活することは無かった。
顔が青ざめたあたしとファイクちゃんの様子を見て「僕も謝りに行くよ」とシュロムが言ってくれたが、蓄光器を触っていたのは二人だけだ。どちらかが原因なのは間違いない。
あらゆる罵倒と罰則を覚悟して、二人でカマゼル先生の部屋を訪れていた。
「失礼します……」
「おや、貴方達でしたか」
「はい、えっと、蓄光器の返却に来たんですけど、動かなくなってしまって……ごめんなさい!」
ファイクちゃんも「申し訳ありません!」と頭を下げる。
カマゼル先生が口を開くまでの数秒が、やけに長く感じられた。早く楽にしてくれ……。
「ああ、やはり故障だったのですね。見せてみなさい」
あれ、なんか予想していた反応と違う。
恐る恐る机の上に蓄光器を置くと、カマゼル先生は革を剥がして隠れていた蓋を開き、内部を一目見て大きく頷いた。
「蓄光石が割れてしまっていますね。これでは映像を映し出すほどの光は貯めておけませんし、接続も上手くいかなくて当然です」
「あの、言い訳になってしまいますが、落としたり衝撃を与えたりはしてなくて突然こうなってしまって……」
「でも、強い力は与えていたでしょう? ナカガワくん、貴方の力です」
蓄光器を覗いていたカマゼル先生の顔が突然こちらに向けられた。
うわ、あたしのせいなのか。
「普通は2、3日かけてゆっくり光を込め、大規模な会議などで参加者のイメージのすり合わせを円滑に行うために一度だけ使うものです。優秀な光の魔法の種持ちが必要ですし、その人への報酬と本体の値段を考えると半年に1度程度しか稼働する機会が無い。そういうものに、きっと1日に何度も光を込めていたのでしょう? 焼き切れずに一月持ったのが奇跡ですよ」
時間をかける、というより掛かるというのが正確な表現だ。冷蔵タンクと同じように、本来は時間も人数も必要で、耐久力もそれに合わせた設計になっている。
要するに特級の力でゴリ押ししすぎたらしい。相変わらず力加減が難しい。
「特級の貴方に貸し出す上で、その懸念に気が付かず規約を交わさなかった私の落ち度でもあります。それに、あの発表は素晴らしいものでした。私の倉庫に眠らせておくより、よっぽど有意義だったでしょう」
「カマゼル先生も見て下さったんですか?」
「ええ、フライミヨルのだまし蛙なんて幼少期ぶりでしたが、四神様の戦闘シーンには柄にもなく興奮してしまいましたね」
ファイクちゃんと同じように驚きながらも、ちょっと嬉しくなってしまった。
「ですから、弁償は必要ありませんよ」
「で、でもそういうわけにはいきません! これ、つまらないものですが……」
首を振るカマゼル先生に、ぐいぐいと粗品を差し出すファイクちゃん。
いつ用意したんだ!? 失念していた。
「そうですね、受け取っておきましょうか。相手が必要と言わずとも詫びの品を用意した点は商人、いや大人の対応として合格ですね」
カマゼル先生はそう言ってファイクちゃんに笑顔を見せた後、あたしのことをチラッと見た。
お詫びの品にあたしが関与していないのバレてる……? めちゃくちゃ笑顔で誤魔化しました。
◇◇◇◇◇◇◇◇
大仕事を終えて教室に戻ってくると、殆ど元通りの風景になっていた。
最後に教卓が運び込まれ、いつものようにフェアユング先生が高さを合わせて完成だ。
昨日まであんなに騒いでいたのが夢の様だった。
「これで文化祭は終了じゃな。初めてなのによく頑張った。大成功、と言っても申し分ないじゃろう」
先生に褒められて、ランズが満面の笑顔で「ありがとうございます!」と返した。
こんな大声を出すのはランズくらいだけど、嬉しい気持ちはみんな同じだ。
「褒美……というのは手伝っていない身分で偉そうな響きかも知れんが、受け取りなさい」
フェアユング先生が杖を片手に持ち両手を思い切り上に伸ばす。一瞬遅れて、教室の天井にカラフルな火花が散った。
まだ明るい外の日差しにも負けず、キラキラと輝いている。弾ける音は手持ち花火よりも小さいものだが、教室で花火が見られるなんて思わなかった。
「きれい……」
夏の大陸での大きな花火には驚いていたリールも、目を輝かせて見惚れていた。
しばらく弾けた後、火花は見惚れている生徒一人一人の目の前に落ちてきた。
「危な!? あっつ……くない?」
「今年のステージ発表の大賞に比べれば可愛いものじゃが、気に入ってくれたかの」
フェアユング先生も見ていてくれたんだ。こんなことをされたら照れてしまう。
手元に落ちてきた火花は小さな石になっていた。これは燃えかすだからこれ以上どうしようもないらしいが、大事にとっておこう。どんなものでも大事な思い出だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
文化祭が終わったという事は、もう一つ終わるものがある。
数日後の放課後、アインホルンのブラッシングを終えたあたしは大きく伸びをした。
四神休暇の宿題を忘れたペナルティとしてこなしていた、飼育係の手伝いも今日が最終日だ。
「お疲れさまでした。明日から寂しくなっちゃいます……」
悲し気な顔をするファイクちゃんを見ると心が痛むけど、これ以上続けるかと言われれば答えはノーだ。
そこまで頻度は多くないが、相変わらずアインホルンには蹴られるし竜巻雛にも竜巻で遊ばれたりする。
それに、ファイクちゃんが飼育係をやるのは職業訓練の意味合いもある。楽しかったけれど、将来こういうことをやろうとまでは思えなかったあたしが居たら、邪魔な事もあるだろう。
「クラスは隣同士なんだから、すぐ会えるんだし」
「そうですね、1組にも知り合いが増えましたし、ナカガワさんと仲良くなれて良かったです」
「そう思ってくれてるなら、そろそろ下の名前で呼んでくれないかな? 発表の時には呼んでくれたじゃん」
アクシデントで混乱していたのでその時には突っ込めなかったのだが、あの時確かに「ムクさん」と呼ばれて背筋が伸びたのを覚えていた。
「あああごめんなさい! あの時は時間を無駄に出来なくてつい……」
「謝らなくて良いのに、年上とか気にせず接してくれよー」
と、あたしがもし先輩に言われたら今のファイクちゃんのように躊躇うだろう。
でもあたしは文化祭を通じて仲が深まったと思っているし、ファイクちゃんもそう考えてくれていると信じている。
「そうですね、ムク……さん」
惜しい、「さん」は取れなかったかー。それでもあたしの熱意が伝わってくれて嬉しい。
友達になる時もアクシデントに見舞われたけど、今回もそのおかげで仲良くなることができた。
学園祭編、これにて終了です。次回からは秋の大陸編。最悪でも一カ月以内に再開しますが、もっと早く始めたいと思っています。気持ちは。頑張ります。




