第93話 氷と光のイリュージョン
「ど、どうしよう!? あと1シーンってところなのに!」
2人にミスしても良いとは言ったが、まさか機械が故障するとは思わなかった。練習ではずっと動いていたのに!
叩けば動くかな? いや、8ビットのあいつは叩くんじゃなくて、カセットの端子に息を吹きかけて綺麗にして直してたっけ。
蓄光器の光源との接続部は……いや、内部構造なんて知らないし、無理矢理開けて余計に壊したら目も当てられない。
慌てる心を落ち着かせようと、この後に控えている話を思い出してみる。
四神様との全力のぶつかり合いで消耗しただまし蛙は、爆発に紛れて姿を消してしまう。
四神様は煮え切らない思いをしながらも、フライミヨルの街に平和がもたらされたことを宣言する。
「四神様がわるものを倒し、街は平和になりました」と文言はめでたく締めくくるが、最後に隅からだまし蛙がその様子をじっと見つめ、森の中に消えていき「つづく」。
ちなみに続編ではだまし蛙がとある少女に恋をして……って、現実逃避はここまでにしないと。
「お客さんもざわざわしてきたよ」
さっきまで迫力の演技をしていたシュロムも、小声で心配そうに呟いた。
これだけ長く暗転していたら、観客もトラブルだと気づいてしまう。早くどうにかしないと。
あたしが自力で映像を練り上げて投影する? それが出来なかったから蓄光器を使ったんだよなあ。でも、ラストシーンだけならどうにかなるかも。
こうなったら火事場の馬鹿力に懸けて……
「ムクさん! 待ってください!」
あたしが意を決して杖を振り上げたその時、ファイクちゃんが静かに、力強く引き止めてきた。
「光は私が灯します。ムクさんは、氷像を四神様の後ろ姿に作り直してください。それならすぐに出来ますよね?」
「え? 確かに氷像は直せるけど」
慣れない光魔法を練り続けるより、氷像を手直しする方があたしにとってはよっぽど簡単だ。
でも、あたしでも足りないかも知れないのに、いくら得意魔法でもファイクちゃんの体力が足りるのだろうか……という疑問は、本人の真剣な表情によって封じ込められた。
何か策があるのだろう。今までも何度も助けられたファイクちゃんの知恵、ここまで来たら信じるしかない!
「シュロムくんは音楽を。静かで幻想的な曲をお願いします!」
「わ、分かった」
ファイクちゃんの静かな圧力に、シュロムも驚きながらすぐに音楽プレーヤーをいじりだす。
あたしも、暗闇で見えてないとはいえなるべく気が付かれないように、素早く氷像を手直しした。
その間にファイクちゃんは、懐から何かを取り出し、握り潰して粉にしていた。
「これをホール全体に飛ばしてください」
「よしきた」
謎の粉の正体が気になるが、質問している時間は無い。ファイクちゃんの手の中にある粉を風魔法で飛ばす。それに合わせてファイクちゃんの光魔法も飛び出した。
あれは、紫色の小さな太陽……?
紫の光に照らされた粉は、暗闇の中で星の光のように輝いた。
魔法の光は氷像の元に辿り着くと、下からスポットライトを浴びせるように氷像を照らした。
四神様の後ろ姿が、幻想的に浮かび上がる。
「激しい戦いの末、だまし蛙はどこかへ姿を消しました。フライミヨルの街には平和が戻りましたが、四神様の戦いはまだ続きます……」
ファイクちゃんのアナウンスに合わせて、粉の色が緑色に変わった。
だまし蛙は、この中にいるのかもしれない……そんな雰囲気が作り上げられた。
そしてホールに明かりが戻り……大きな拍手が巻き起こった。
「はあ、なんとか終わりました」
「ファイクちゃんナイス! あたし感動しちゃったよ!」
「うん! 元のアニメとは違うけど、カッコいいラストだった!」
緊張の糸が切れてその場にへたり込むファイクちゃんを、あたしはギュッと抱きしめた。シュロムも隣でジャンプしてはしゃいでいる。
「あれで、良かったでしょうか?」
「良いどころか、最高だったよ! あたしが魔法でアニメを再現できたとしても、ここまで満足できなかったよ」
そもそも、あたしがアニメを再現できるかが賭けだった。あの一瞬で、より確実性のある方法を思いつけるのは本当に凄いことだ。めちゃくちゃ尊敬する。
「あ、ステージに出て礼しなきゃ。行こう!」
いまだ鳴りやまない拍手の中を抜けてステージに上がり、3人で一礼。さらに大きな拍手が沸き上がった。
留学に有利だとか、リール達に負けたくないだとか、そんな理由で参加したステージ発表だったけど、今はただやり切れて嬉しかった。
ファイクちゃんとシュロムと一緒にやりきることができて、本当に良かった。
「ありがとうございました。次の発表まで少々お待ちください」
満たされた気持ちでぼんやりと立っていたところへ、急かすようなアナウンスが耳に入った。しまった、早く片付けないと。
と言っても氷像をバラすだけ……なんだけど、この注目の中四神様の像を壊すってまずくない?
練習の時は草むらに放り込んで溶かしていた。屋内で溶かすと水浸しになるので、リハーサルでは入り口を抜けられる大きさまでバラバラに壊して運んでいた。
生徒の前でやるのも十分背信的な気がしたけれど、更に大勢の前でそれをやるのは無信仰のあたしでも流石に気が引けた。
「しゃーない、リールに頼むか……いや? こっちでいけるか」
リールの『藍玉』を頼もうとして、自分の持っている杖の握りにその一部が宿っていることを思い出した。
『治癒』の力を引き出す方法と同じだろう。杖の握りの部分に集中して魔力を集め、近くに人がいないのを確認してから氷像に向けた。
杖の先からもやもやした藍色の球体が飛んでいき、触れた氷像と共に一瞬にしてかき消えた。
観客も、最早一瞬で物が現れたり消えたりすることに慣れてしまったようで、特に大きな反応は無かった。これで一件落着だ。
「うえ……今ので使い切るのか」
その直後、物凄い倦怠感に襲われた。体がふらつき、すんでのところでファイクちゃんに支えてもらった。
リールの力は特殊だけど、ここまで体力を持っていかれるとは思わなかった。瞬間移動みたいに、これも練習が必要だな……。
「大丈夫ですか!?」
「平気、あたしも緊張が抜けちゃったみたい。そろそろ降りよっか」
ファイクちゃんに軽く支えてもらいながら、壇上を後にする。
「あの粉、片付けなくて大丈夫かな?」
「あれは光茸です。強がりを言いましたが、私の魔法だけで光源が足りるか不安だったので、助けて貰いました。吸い込んでも害はないですし、かなり細かくしたので埃と一緒に掃除してもらえるかな、って思います」
飼育小屋の中で枯れてしまったのを剪定したは良いものの、捨てることができずに持っていたらしい。
「成程、だからムクの風魔法に当てられて緑色に光ったのですね。中々知識があるようなのです」
「ふえ!? あ、ごめんなさい!」
待機場所に戻った所で、急に声をかけられたファイクちゃんは驚いてあたしを支えていた腕を離してしまった。
その場に倒れ込んだあたしをスルーして、声をかけてきたリサはファイクちゃんに詰め寄った。
「飼育係をやっていますよね? 貴方なら専門的な話ができそうなのです。リズエラ・リーンです、よろしくお願いするのです」
「えっと、だまし蛙の色になったのは偶然だったんだけど……ファイク・トレーガーです、よろしくお願いします」
初めて話す相手で緊張しているのか、リサは人見知りモードで少し硬い表情になっている。思い切り手を前に突き出したのは、握手を求めているらしい。
それを見てファイクちゃんもおろおろしていたが、やがてその手を取って握り返した。
どうやら二人は奇妙な繋がりによって友達になったようだ。
うん、それはとても良い事なんだけど、そろそろあたしのこと起こしてくれないかな? シュロムでもいいんだけど……もうリールと遊んでるし。




