第91話 リベンジのリベンジ
「あー負けたー。上手くいかないもんだなー」
文化祭一日目が無事に終了した。簡単に片づけをして解散……をすぐにするはずもなく、生徒のほとんどは教室に残って祭りの余韻を楽しんでいた。
接客担当がランズの元へ集められ、反省会を行っている。混雑によって多少動きが乱れることはあったがおおむね合格だ、と褒められてリールが喜んでいるのが見えた。
「負けたにしては、リールが元気そうで良かったのです」
「悔しがってはいたけど、楽しかったみたい。あたしも落ち込んでる訳じゃないけど……まだまだだなあ」
先程のバトルを思い出し、やるせない気持ちを吐き出した。
テイマーバトル開始直後、あたしとゾルくんは同時に魔法を放った。
あたしは氷の弾幕、メタン抜き。前回と同じ手は喰らわないだろうと考えて牽制の一撃として放ったが、パルトは移動する片手間に爪で氷を弾き落とした。
魔法で作った氷は普通より硬い。なのに氷はたやすく砕かれ、爪を痛めた様子もなくパルトは動き出していた。どうやら以前のバトルで手に入れた首輪で身体能力も強化されていたらしい。
対するゾルくんの魔法は炎の渦。リールを怯ませ閉じ込めておこうと考えたのだろうが、リールはすぐに『藍玉』で炎を吸い込み、迫りくるパルトの体当たりを躱した。
その後もリールは『藍玉』でパルトの炎を吸い込み、カウンターで攻撃を仕掛ける。何度か攻撃を打ち合った後、リールが瞬間移動を仕掛け、パルトの背後を取った。
あたしすら驚く不意の一手。パルトは一瞬遅れて気が付くが、リールの渾身の尻尾攻撃が目前に迫っていた。
「炎よ、爆ぜろ!」
パルトが自力で避けられないと判断して、ゾルくんが素早く杖を振った。
リールが攻撃に意識を向けていても、今は『藍玉』で炎を防ぐように設定しているのでそのままでは当たらない。ゾルくんもそれを理解していたのか、リールに当たる直前で火球を破裂させた。
「うわ!?」
爆発音はそれほどでもない。しかし爆風は予想以上に猛烈に吹き荒れ、リールの体を煽り飛ばしてしまった。
パルトはこうなると分かっていたのか、姿勢を低くして踏ん張っていたので軽く流される程度で済んでいた。だが、もろに吹き飛ばされたリールは場外に転がり落ちた。
「勝者! 火炎狼ううう!」
おお、と会場がどよめく中ゾルくんは特に気にする様子も見せず、杖を軽く振って懐にしまった。
あたしはその光景を信じられないような目で見ていた。
「え、何今の! パクリじゃん! あの時は『そんなの実戦では通用しない』みたいな事言ってたのに!」
「これはそういう戦いだからな。使える作戦は何でも使うさ」
ゾルくんは一瞬口元を緩めて薄く笑った。
「とにかく場外に出す」作戦を考えてくれたのはハルヒだけど、パクられたのはちょっと嬉しい。それはそれとして、まんまと足元をすくわれた気分になった。
────という一連の流れをリサに語って、あたしはもう一度ため息をついた。
「という訳なんだよ」
「敵の使った戦法をアレンジしてくるなんて、侮れないね」
「おわ、ハルヒいつの間に」
リサに向かって話をしていたはずが、気が付くとハルヒも話の輪に加わっていた。
「単純に強いとは思ってたけど、頭も切れるよね。テスト順位も高いし」
「何でもできる完璧男子かよ、惚れ直すわー」
顔だって幼いながら整ってるし、その上メイド服も着てくれちゃう。ニッチな需要までバッチリ満たしてくれる、とんでもない男子だね。
あたしが恍惚のため息をつくと、ハルヒとリサも息を吐いた。なんだか属性は違う気がするけど。
「そうそう、むーちゃんにお仕事だよ。会議室にある余った材料にミストをかけて、明日まで腐らないようにしてくれる? あとリサちゃんとは、明日の打ち合わせをしたくて」
「あっ、それがあったか。オッケー、すぐ終わらせてくる」
ハルヒにそう言われて、あたしはそそくさと立ち上がる。
明日の打ち合わせ、とはもちろんステージ発表の事だ。あたしが聞くわけにはいかないし、内容を知るのは当日の楽しみに残しておきたい。
材料を冷やし終わったら、あたしもファイクちゃんとシュロムと打ち合わせしないとな。いよいよ明日が本番だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
文化祭2日目。
入学式を行った大ホールに、沢山の人が詰めかけていた。備え付けの椅子は、あの時とは違って満席で、壁際で立ち見をする人までいた。
有志の学生が行うステージ発表は、毎年レベルが高く反響を呼んでいる。学園の来客として訪れている、各大陸の魔法学園の教師もこれに一番関心を寄せているらしい。『留学の選考に有利になる』という噂も、賓客席が埋まっているのを見ると頷ける。
テイマーバトルの時の様な歓声はないにしろ、それと同じレベルで観客席がざわついている中、待機場所になっているステージ横であたし達は震えていた。
「観客多くね? え、学生の発表会にこんなに人来るの?」
「だ、大丈夫です、私達は直接ステージに上がる訳ではないですから」
「やっぱりパパも見に来てる。変なヤジ飛ばしてこないか心配だなあ」
通っていた高校の体育館より広いであろう、大ホールを埋め尽くす人の量にめまいがしてきた。ファイクちゃんも、そうは言いながら落ち着きが無くウロウロしている。シュロムは別方向に悩みを抱えているが、総じてあたし達の緊張は最高潮だった。
リハーサルまではバッチリだったのに、このままだと変な失敗をやらかしそうだ。あたしが一番年上なんだから、しっかりしないと。
「よし、一回落ち着こう。あたし達の出番はもう少し先だし、出番まで昼寝してやるくらいの勢いで」
「眠るのはまずくないですか!?」
「リールならやりそうだなー」
ファイクちゃんの的確なツッコミと、シュロムの少しずれた発言。その後二人共笑顔になったので、調子は戻ってきたようだ。
「トップバッターはリール達だったよね。楽器の演奏みたいだけど、どうするんだろう?」
以前練習現場に鉢合わせてしまった時の演奏は、正直まだまだといった状態だった。上達はしているだろうけど、期待が高まっている観客たちを満足させられるのか……。
「────それでは1番、『森と空の音楽隊』です。どうぞ」
ホールにアナウンスが響き渡り、観客の声が小さくなる。
注目が集まるステージ上に突然、一匹の小さなドラゴンが現れた。
「こんにちは! リールです! 音楽をします!」
瞬間移動で観客を驚かせたリールは、背負っていたリコーダーを両手で持ち上げ、楽器を演奏することをアピールした。
「一緒にやってくれるのはこの2人です!」
リールの紹介に合わせて、リサとハルヒも壇上に登場した。
「リール、所属の紹介を忘れているのです。……こほん、シュプリアイゼン魔法学園1年1組、リズエラ・リーンと申します。よろしくお願いします」
「同じく、上崎遙日です。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をした二人は、そこから配置につく。ハルヒはリールの横、リサは二人の前に立って観客に背を向け、杖を取り出した。
指揮者の立ち振る舞いだけど、リサも演奏するって言ってなかったっけ?
観客も同じように思っていたのだろう。二人が楽器を構えるより早くリサが杖を振りだしたのを見てざわめきが起こった。
そしてその声はすぐに驚愕の声色になった。
ステージ上に蔦が生えてきたと思えば、みるみる伸びて複雑に絡み合っていき人の形を作っていく。
モーア湿原で造った時より幾分細身な蔦のゴーレムが完成すると、ゴーレムはバイオリンのような弦楽器を持ち上げ器用に構えた。
「それじゃあ私も……」
それを見届けたハルヒは両手をステージの端へ掲げる。ピアノがどこからともなく現れたことにどよめきが起こるより早く、ハルヒはドラゴンに姿を変え、それを目撃した観客は驚きすぎて言葉を失ってしまった。
「それでは、いきますよ」
リサは杖を構え直し、大きく深呼吸。四拍子のリズムで杖を振ると、それに合わせて演奏が始まった。
しっとりとした音色がホールに響く。3つしか楽器が無いので深みとか、重厚な雰囲気はないもののそれぞれの音が綺麗に合わさっていた。
リサの指揮はゴーレムに命令を出す役割も担っているらしい。基本的な動きにたまに杖先を回すしぐさが加えられている。
ランズと協力した時と同じように、バイオリンの弾き方も覚えてそれを再現しているのだろう。本当に勤勉な子だ。
ハルヒも大きくなった手で器用に鍵盤を押している……と思ったら、よく見ると指先は鍵盤からわずかに浮いていた。指の太さが鍵盤一つより大きくなっているので、弾くフリをして実際の演奏は魔法で行っていた。
ドラゴンに変身する意味があるのか疑問だけど、インパクトは物凄い。
リールは一生懸命に、そして楽しそうにリコーダーを吹いている。時々力み過ぎたのか音が大きくなってしまうことがあったが、音階は外していないようだ。
演奏はつつがなく終了し、大きな拍手が沸き起こる。リールはそれに手を振って応え、リサとハルヒは照れながら頭を下げ、ステージを片付けて降りていった。
「やり遂げた顔……リール、立派になったね……」
「ムクさんがパパみたいな顔で泣いてる」
感動するでしょうが! 産まれた時から面倒見てる子が物事を立派にやり遂げる姿を見せられちゃったら!




