第90話 魔法学園の文化祭、開幕!
5月38日。いつもより装飾が豪華になった正門が開け放たれ、シュプリアイゼン魔法学園の文化祭が始まった。
開門を待っていた街の人々や学生の保護者がなだれ込み、敷地はあっという間に人でいっぱいになる。四神月に各地で行われていた祭りに負けず劣らずの盛り上がりを見せていた。
街の屋台を真似て学生たちが声を張り上げ、いつもそうして物を売っている大人達が商品を買って楽しむ姿があちこちで見られる。
才能があって学園で学んでいようとも子供が手作りした魔法の品なので、たまに爆発したりするのはご愛敬だ。魔法学園の文化祭に防御魔法は必須、入場料を取る代わりにビリス先生が客一人一人にバリアを張っていた。
学生だけだと出店の量が足りないため、一部は街から出張してきた店となっている。
メインの学生達より目立たないように街で売られている定番商品だけを出しているが、安心感を求める客からの一定の支持を得ていた。
……そんな校内の盛り上がりをよそに、あたしは第3会議室で大量のクッキー生地と格闘していた。
「焼き上がりはまだか? 注文が溜まってきたのだ!」
「こればっかりは急げない! 生焼けでも焦げちゃっても困るでしょ!」
部屋の入り口から急かしてくるランズに抗議しながら、こね上げた生地を大雑把に分割して手の空いている調理班メンバーで型抜きをしていく。
可愛い形にしたのが功を奏したのか、クラスで販売しているクッキーは予想以上の売り上げをみせていた。それに伴ってフルーツジュースも数が出ている。
だが絞るだけのジュースと違って、クッキーは一度に作ることが出来る数が限られていた。
試作の経験から型抜きの器具は作っていたのでその工程までは余裕があるが、オーブン係の負担を考えると焼く数は増やせず時間もきっちり15分とらないといけない。
火魔法の練習もみんなでするべきだったなあ。
「ムク、交代の時間なのですよ」
「うおおありがたい、腕が攣りそうになってた」
成型したクッキー生地の数に余裕が出来たところで、シフト交代の時間になった。作業用のエプロンをリサに渡して、会議室を後にする。
朝からずっと作業をしていたので、既に腕がパンパンだ。揉んだり回したりして、疲労感を少しでも取ろうとする。
「はー痛てて……ん? もしかしてこれも杖で治せるのか?」
ふと思い立ったので、両手で杖に触れて魔力を流してみた。『治癒』の力が巡って、筋肉痛が和らいでいくのが感じられた。
ハルヒの力はやっぱり凄い。いつか握りに使われているリールの鱗の力も使ってみたいな。
杖をしまって廊下を進み、自分の教室を覗いてみる。
中はお客さんで賑わっていて、リールがクッキーの包みを運んでいる姿が見えた。
「リールが暇になるのはもうちょっと後か……ファイクちゃんの所、先に見てみよ」
リールと交代するはずのヒュプノの姿がまだ無かったので、時間つぶしに隣の教室を訪ねてみることにした。
入口に掲げられた看板にはゴテゴテした金の飾りが貼り付けられ、『ティランネ商会・シュプリアイゼン魔法学園分店』の文字が無駄に大きく書かれていた。
一見すると入りづらい印象の入り口だが、中はそこそこ賑わっている。特に小さな子供達に囲まれている、入口側の壁に沿って設置されているのがファイクちゃんのブースだ。
「いらっしゃいませ! あ、ナカガワさん!」
ファイクちゃんは営業モードなのか、いつもよりハキハキと喋っている。
売り子として並んでいる子も皆、お揃いの黄緑色のシャツを着て元気に接客をしていた。
「良かった、順調に売れてるみたいだね」
「はい! 先日のデコラさんのアドバイスのおかげで、凄くいいものができました」
机に並べられているペンライトは、この前見せてもらった時より上品な印象に仕上がっていた。
元々子供向けに作成していたため、蓄光石をハート型にして可愛らしさをアピールしていた。
しかし、デコラ曰く「子供はキラキラ光るだけで十分喜ぶわ。大人にも手に取ってもらえるようにしなきゃ」ということで蓄光石の形は楕円形に。角を無くして人にぶつかっても肌を切ったりしない配慮がなされた。
代わりに杖本体の装飾はパワーアップ。握りの部分は滑り止めも兼ねた網模様、先に行くにつれて植物の蔓が伸びていき可愛らしい花が咲いている。美術品と言われても納得してしまうような精巧さだ。
「これ、大量に用意するの大変じゃなかった?」
「デコラさんが納得されるまでは時間がかかりましたが、一つ出来上がってしまえばあとは魔法任せですから」
ファイクちゃんはそんな風に言っているが、他の売り子達は少し複雑そうな表情になった。きっと前提条件が大変だったよね、お疲れ様。
労いも兼ねてペンライトを一本購入する。魔力を込めて起動するのはファイクちゃんにやってもらった。
ぽう、と蓄光石に優しい光が灯る。洞窟で沢山の蓄光石が輝いていた時も綺麗だったけれど、磨かれた状態の1つの石もまた存在感があった。
これならステージ発表にも活かせるに違いない。プロデュースして正解だった。
「いらっしゃいませー! ここでしか買えない限定品が目白押しですよー!」
光に見惚れていたところへ、一際大きな客引きの声が響いた。満面の笑みを浮かべたユングルが、押し寄せる客を捌いていたのだ。
伊達に大商会の息子を名乗っている訳じゃないのか。でもなんか胡散臭い売り文句だな。
「あんなのに負けないでね。大丈夫、ファイクちゃんなら出来る!」
「ちょっと声が大きいです! でも、頑張ります!」
用事が済んだので教室を出ると、丁度リールと鉢合わせた。少し遅れたらしいがヒュプノと交代できたようだ。
慣れない衣装で疲れたのか、リールは眠たげな表情をしていた。回復魔法をかけてやり、頭の上にそっと乗せた。
「さて、どこを回ろうか……」
ステージ発表が2日目にありシフトに入れる時間が短いため、あたし達は1日目のシフトを多めに入れていた。空き時間はそれほどない。
リサとハルヒとはその関係で時間が合わず、今日はリールと二人で回ることになっていた。
「あついから外に出たい」
「そうだね、校内は混んでるし一旦出ようか」
新鮮な空気を求めて人混みを潜り抜け、外に出る。窮屈さは無くなったものの、そこにも大勢の人がいた。
先月からお祭り続きで慣れてきたと思ってたけど、今回は敷地が限られているから余計にごみごみしている感じがする。
適当に食べ物を買って、道の脇に避難してそれらをついばむ。お、この串焼きは甘すぎなくて美味しいな。
さて、ここからどうしたものか……
「あ、ゾルくん発見! おーい!」
ぼんやり人混みを眺めているとゾルくんの姿が見えたので、とりあえず追いかける。
後ろでリールが「またなの……」と呆れ声を上げていたが、これは最優先事項なのだ。
「一緒に周ろ!」
「この人混みの中、大勢で行動するのは気が進まないんだが」
「ふ、2人なんて誤差じゃん!」
どうしても大事な用事があるのなら引き下がるが、そんな言い訳ではあたしは動かないぞ!
という気迫を感じたかどうかは分からないが、ゾルくんはため息の後校舎の向こう側、運動場を指さした。
「……アレなら付き合ってもいいぞ」
運動場にも沢山の出店が並んでいる。休憩スペースも広大に取られていて、ここだけで小さなお祭り会場として成立しそうな程だ。
ゾルくんが指さしたのは、その中でも端に固まって歓声を上げている人の山。そこにあるのは────
「リベンジのリベンジだ。もう負ける気は無いぞ」
「「やる!!」」
あたしとリールは目を輝かせて、人混みの中心へとダッシュした。
テイマーバトル用のリングの中では丁度試合を終えた生徒が礼をしている所だった。
「さあさあ、他に挑戦者は……おや? 君たちは確か」
司会のおじさんがこちらを知っているようなそぶりを見せた。以前街でバトルをした時に進行役を務めていた、あのおじさんか。
「15人抜きの火炎狼じゃないか! あんなに盛り上がったのは初めてだったよ、今日も頼むぜ!」
これ幸いとパルトを持ち上げ、言葉巧みに場を盛り上げていくおじさん。
ゾルくんとパルト、リールに勝った後も試合してたんだ……タフすぎる。
「む……パルトばっかりずるい。ぼくが勝ったらそこ交代だよ!」
「ワ……ワオン」
パルトは注目の的になって恥ずかしいのか、「代わって欲しいのは山々だけど、負けたくはないし……」とでも言いたげな困った表情を見せた。
リングの準備が整ったので、配置につく。あたしが杖を抜くと、ゾルくんも透き通った薄水色の杖を構えた。
初めから手を抜かずに相手をしてくれる証拠に、高揚感が止まらなかった。
「それでは、試合開始い!!!」
合図の瞬間、二匹の咆哮と共に氷と炎がリングを舞い踊った。




