第89話 文化祭前日
文化祭の一週間前からは授業時間が縮小され、更に2日前からは完全に授業が無くなった。
開催が近づくに連れて、学園の装いもどんどん変化していく。
教室の隅に寄せられていた看板は入口に堂々と飾られ、置き場がなく寮で場所を取っていた大道具も次々と運び出されていった。
逆に、文化祭中に使用しない椅子や机が寮の空きスペースへ運び込まれていく。
人の手でやろうとすると一苦労だが、重たくてかさばるものでも魔法で運べばあっという間だ。住む場所が窮屈になってしまったが、秘密基地感が出てこれはこれで楽しい。
いよいよ前日ともなれば、既に祭りが始まっているかのような光景になっていた。
あたし達の所属する1年1組の準備も着々と進んでいた。あらかじめ残しておいた机と椅子を配置し直し、テーブルクロスをかけて客席にする。
教室の中央には丸い台座が置かれた。ここは、クッキーの形のモデルになった三匹と触れ合うスペースだ。今はヒュプノが体を丸めて眠り、準備に疲れたクラスメイトを癒していた。
傍には「エサやり禁止」の立て札を置く。
3匹とも可愛いので餌付けしたくなってしまう気持ちは分かるが、お菓子の食べ過ぎは健康に良くない。概念の化身の2匹にそんな概念は無いかもしれないが、ここは我慢してもらおう。
壁には大きく描かれたリール、ヒュプノ、パルトのポスターが張られ、横にメニュー表も合わせて掲示された。
ティランネ商会から提供を受けていることも忘れずに明記。バルターさんの笑顔が効きました。
店の名前は「クッキーとジュースのお店 パリヒ」。三匹の名前の頭文字から取ったらなんだかパリピな響きになってしまった。
「いいねいいね、お店っぽくなってきた」
「むーちゃん、ここからが大仕事だよ」
入口から全体を眺めて頷いていると、ハルヒに優しく肩を叩かれた。
「あ、そうでしたね……」
クッキーの材料はティランネ商会に運んできてもらったが、ジュースに使う果物はあたしとハルヒで輸送することになっている。その時間がやってきたのだ。
この準備期間で、夏の大陸まで瞬間移動を繰り返す練習はしてきたのだが、これがなかなか大変だった。
まず地図を見比べながら、ハルヒの瞬間移動に乗せてもらって中継地点となる島々に降り立つ。場所を確認したら、帰りはあたしも自力で瞬間移動。体力が怪しくなってきたらハルヒに『治癒』をかけてもらう。これを対岸に辿り着くまで繰り返した。
瀕死の状態から復活して過酷なトレーニングを続ける、金髪の戦闘民族にでもなった気分だった。フラっとし始めたタイミングでしっかり回復してくれたので倒れることは無かったけど、もうちょい早いタイミングで休憩欲しかったなあ。
「休みなしで飛べる距離はかなり伸びたんだから、もっと自信持って」
「ハルヒって意外とスパルタな所あるよね」
「そうかな? うーん、昔はもっと大変なこともしたから感覚がずれてるのかも……?」
封印隊時代は苦労したっぽいもんね。そういうことなのかな。
とやかく言っていてもしょうがないので、運搬の準備に取り掛かるとしよう。
一度寮へ戻り、空にしておいたアイテムポーチを肩にかける。一つでも間に合いそうな量ではあるが、念のため二人共持っていく。
文化祭の準備で人が多く魔法も飛び交っているので一旦敷地外に出て、まずはルーフルトへ瞬間移動した。フィルゼイトから直接海へ繰り出すより、港町であるルーフルトから出発する方が近くて感覚も掴みやすいのだ。
練習の時はいくつも小島を渡ったが、今回は一気に半分の距離を渡る。杖を取って念じた次の瞬間、人気の無い無人島に降り立った。
「ふう……このままもういっぺん行けそうな気もするけど、今無理しちゃ駄目だよね。ハルヒ―、お願い」
「うん、どうぞ」
砂浜に腰を下ろしたあたしに、光の粒が降りかかる。元気がみなぎってきたのを確認して、杖をもう一振り。
次にあたし達が降り立ったのは、勿論チュンケルの森だ。
取り置きしてもらっていた規格外の果物を受け取って、アイテムポーチに詰めていく。サービスで少しだけ増量されていたので、ポーチは2つ持ってきて正解だった。
果物を詰め込んだポーチの中に向けて、冷蔵庫くらいの温度で凍らない程度に『アイシクル・ミスト』をかける。
いっそ凍らせて売っても面白いかも。でも、あたしの手しか掛かっていないものを文化祭で売るのは違うよね。もうちょっと早く思いついてたら氷魔法得意な子と協力できたかな……。
今出来ないのが残念だけど、来年の楽しみが増えた。
チュンケルの森は平日でも相変わらずの賑わいでスタッフさんも忙しそうにしていたので、長居すべきではなさそうだ。
荷造りを済ませたらさっさと退散して、先程の無人島にまた移動した。
ハルヒに回復魔法をお願いすればすぐに学園に戻れるのだが、ここまで順調に来たので静かな場所で一休みすることにした。
海岸の波がかからない位置に並んで座る。学園やチュンケルの森で聞いていた喧騒が無くなり、静かな波の音と木々が揺れる音が心地よく響いていた。
「こうやって長距離移動をしてると、おめめ君を運んでいた時のことを思い出すな」
「おめめ……ああ、ゆるキャラ学園長のことか。ハルヒが抱っこして運んでたんだよね?」
「そうそう、出動命令が出るといつも『今日こそ自分で歩くから!』って言うの。でもあの手足じゃ誰にも追いつけないし、飛行魔法もそんなに上手じゃないから風に攫われちゃって……。結局すぐに私が抱えることになるのに、どうしてあんなに意地っ張りだったんだろう?」
過保護全開のハルヒのせいだと思いますけど!
必死にプライドを守ろうとしていた学園長の気持ちを察して同情した。
「学園長が居て、あのうるさい妖精さんもいたなら、だいぶ賑やかで楽しそうな職場が想像出来るなあ。ハルヒが封印隊辞める時、二人共号泣して引き止めてそう」
「ああ、ジーグルは泣いてたなあ。揉めることは無かったけどね」
「あれ、意外。リーダーさんに根回しでもされてたの?」
「それもあるけど、私が『封印隊の守護神』なんて真似が出来なくなっちゃったから」
いつもこの手の話になると言い淀んでいたハルヒだったけど、何故か今日は話を続けてくれた。
「私の能力は、戦闘が避けられない封印隊にとって必要不可欠なものだった。でも、概念の化身自体元から頑丈で、私がなんでも治せることに慣れてきたら無暗に突っ込んで怪我をする隊員が増えてきたの。……治すのは得意でも、そんな光景を見る事に平気ではいられなかった」
ハルヒの『治癒』はあたし達が怪我をしたそばから飛んでくる。それは戦場を常に観察して、誰かが傷つく瞬間を見ているということだ。
確かに、すぐに治せるとしたって気分の良いものではない。
「ストレスが溜まってたのはリーダーが察してくれて、私が辞めたいって言いだす直前に別の仕事に変えてくれたの。丁度地球に人類が増えてきて、それと一緒に概念もどんどん増えて、管理するのに人手が足りなかった頃ね」
風が強くなってきて、遠くを見つめていたハルヒの顔を髪の毛が隠してしまった。
なるほど。封印隊時代、苦労したってレベルじゃなかった。
「ハルヒが優しい人で良かったよ」
「え? でも、結局途中で仕事を放り投げちゃったし……」
「でも、『守護神様』って言われるくらいは治してきたんでしょ? なら十分だよ。ていうか無策で突っ込む隊員が悪い。飛行試験の時のランズか」
槍の姿で吹っ飛んでいったランズを思い出す。あれ、敵に当たったとしても一撃で倒せなかったら反撃喰らうよね。
ハルヒも飛行試験のことを思い出したのか、「ああ……」と呆れた声を漏らした。
「転職して地球に来たから、あたしはハルヒに会えたんでしょ? 良かったよ、ハルヒがブラック企業で潰れちゃわなくて」
「そ、その言い方はまずいよ、今は改善されてるし! でも……」
少しだけ顔を上げたハルヒの表情はまだ見えないけど、耳はほんのり赤くなっていた。
「うん、私もむーちゃんに会えて、一緒に学生として生活を送れて、今すごく幸せ」
「えへへ、なら良かった」
「文化祭、一緒に頑張ろうね」
「もちろん」
嬉し恥ずかしいセリフを言い合ったものだから、しばらくお互いの顔を見ることができなかった。
大きな波がやってきて足元を濡らし、火照りが覚めてきてようやく自分のセリフの矛盾に気が付いた。
「……一緒に頑張れないこともあったや」
「え!? ……ああ、ステージ発表のこと?」
ハルヒは一瞬裏切られたような顔をして、すぐにあたしの言葉が足りなかった部分に気が付いた。
「リールがリコーダー吹いてるのは知ってるけど、リサとハルヒが何するのかは結局知らないままなんだよね。進捗はどうですか?」
「楽器の演奏なのはバレちゃってるんだ。リールちゃんは凄く上手になったし、リサちゃんは相変わらず完璧だよ。私もミスは無くなってきたけど、本番は緊張しそう……」
「よしきた、コールは任せといて!」
「もっと緊張しちゃうよ!?」
歌じゃないからコールのしようが無いと気が付くのは、この後しばらくあたしがハルヒの事をいじり倒してから。そのうち砂や水の掛け合いになって、気が付いたら二人ともすっかり汚れてしまった。
いよいよ文化祭本番、この調子でいっぱいたのしむぞ!
2周年にあわせて投稿しました。ここまで見て頂いて本当に感謝しています。
これからもよろしくお願いします!




