第88話 メイド天国
「中魔犬が契約を嫌がっている様子があれば、あの場で解除させてパルトに連れ出してもらおうと考えていた。……流石に心配のし過ぎだったな」
あの混乱にいち早く駆けつけた理由をゾルくんに聞くと、生徒達の安全よりも中魔犬の興奮が気がかりだったからのようだ。もふもふ大好きなゾルくんらしい。
ちなみにパルトは歩いて寮に戻っていった。
テイムしていると召喚、つまり契約者の元へ一瞬で呼び寄せるための魔力は少なくて済むが、元いた場所へ戻るのには補正がなく、基本自力で戻っていくものらしい。
教室に戻るまでの間、ゾルくんはメイド服姿を見られたくないのか必死にあたしの陰に隠れていた。
任せなさい、あたしが野蛮な眼差しから守ってあげよう。その代わり一枚、一枚だけ写真を……あ、教室に入った瞬間に着替えに行ってしまった。ショック。
教室は衣装に使う布や裁縫道具、飾りつけの小道具などが散乱している。それらを踏まないように注意して歩きながら教卓へ向かい、そこにクッキーを入れた籠を下ろした。
「クッキー焼いたから、みんな試食してー!」
声を掛けると作業に集中していたクラスメイトもこちらに気が付いて、わらわら教卓に群がり始めた。皆笑顔で食べているところを見ると、ここでも評判は良さそうだ。
その中には勿論リールの姿もある。白いフリルのカチューシャを付けて、メイド服もリールのサイズに合わせたものを着ていた。
「リールったらおめかししちゃって」
「ぼくが付けるには、ちょっとひらひらし過ぎてる気がする」
カチューシャをいじりながらリールが応える。女物の衣装を着せられているのは、ゾルくんだけではなかったらしい。
ドラゴンの体格的にスカート型もマッチするため、ゾルくんほどイメージから乖離はしていなかった。むしろ似合ってて可愛い。
「仲河さん、リールくんの衣装はこれで良いかしら?」
リールのメイド姿に見惚れていたところに声を掛けられる。
振り向くと、長い金髪を編み込んだオシャレな女性がこちらを見ていた。
「デコラ! ぼくもっとかっこいいのがいい!」
「あ、デコラさん。めっちゃ良いです、これでいこう」
正反対の意見をぶつけられ、デコラと呼ばれた女性は苦笑した。
この人が、メイド天国を作り上げた張本人だ。
「裁縫班も順調だね、流石は『装飾』さん」
「ここで頑張らなきゃ。普段の生活だと、私の力は生かせないし」
デコラは『装飾』の概念の化身だ。とはいえ、本人はゴテゴテの装飾よりも控えめなものが好みの様で、アクセサリーも一通り付けてはいるがワンポイントのものだけだ。
その知識と器用さを総動員して、文化祭用の衣装作りや飾りつけの作業を取りまとめてくれている。ゾルくんやリールに遊び心を加えながら、本来の仕事は計画より速いペースで進んでいた。
「デコラ、ぼくちゃんと働いたんだよ。『藍玉』で切りくずのおそうじ!」
「いたた、悪かったわよ。はい、こっちが本当の衣装ね」
リールに編み込みを引っ張られたデコラは降参して、タキシードタイプの服をリールに渡した。
学園で過ごした時間も長くなってきて、リールは概念の化身とも打ち解け始めていた。『藍玉』を作ることで、力を制御出来ているのを示せたのも大きいだろう。
デコラも最初は怖がってリールに近づかなかったのに、今では触れ合っても平気になっていた。
リールの友達が増えるのはあたしも嬉しい。少し前はリールが離れていると寂しかったり嫉妬したりもしたけど、気にならなくなってきたな。
あたしにも別のクラスに友達が出来たし、お互い自立したってことだろうか。
「あ、そうだ。デコラに見て欲しいものがあるんだった」
「何? これは……杖?」
あたしがデコラに差し出したものは、杖に似ているけれど魔法の補助はしてくれないし、ただ先端の石が光るだけの代物。ファイクちゃんが作ったペンライトの試作品だ。
「誰でも簡単に光の魔法が使えるなんて面白いわね! それに彫り込まれたシュニグロフの模様も素敵!」
予想通り、デコラはペンライトの造形に興味を持ってくれた。
ファイクちゃんに試作品を渡されて意見を求められていたのだが、あたしのアイデアは十分に再現されていてありきたりな感想しか浮かばなかったので、『装飾』の専門家にアドバイスを貰おうと考えたのだ。
「概念の化身だから杖は要らないのだけど、『装飾』としては人それぞれ違った意匠の杖を持つ文化に惹かれていたのよね。これなら私が持っていても不自然じゃないし、石の属性を変えれば護身用にも使えるかも? で、でも振りぬいた時にハートの石が前面に押し出されるのはちょっと恥ずかしい……それに握りの部分ばかり模様が入っていて先端付近が無骨なのも納得いかない。これじゃあ振る時には模様が見えないじゃない。こっそり形を変える? いえ、作品に勝手に手を加えるのは私のポリシーに反するわ」
「ちょ、デコラさん?」
軽い気持ちでお願いしたのだが、デコラは真剣なまなざしで長考を始めてしまった。
傍から見ると殺気立っている様にも感じられ、生徒達がじりじりと離れていく。
「これ、どこで売っているの? 制作者と色々話がしたいわ」
「そ、それなら隣のクラスのファイクって女の子だよ。アドバイス欲しいみたいだから……」
「任せて。私の概念に誓って、最高の作品に仕上げてみせる」
言うや否や、デコラは光の速さで教室を出ていってしまった。
付いて行くべきだっただろうか? でもあんなに熱心になった専門家の隣に居ても邪魔かなあ。頑張れファイクちゃん。
嵐が過ぎ去った後には、着替えが終わって周りにタキシード姿を見せつけているリールの姿があった。
「ムウもみてみて、これかっこいい! こちらがクッキーになります、はいどうぞ!」
ネクタイをきゅっと締めたリールは、教卓のクッキーを一枚あたしに差し出した。給仕の練習だろうか。
受け取ったクッキーは冷め始めていたけれど、味見した時よりおいしく感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
いくら文化祭の準備があれど、学生の本分は勉強だ。こんな時期にも容赦なくテストは行われる。
「よしよし、赤点回避も板についてきた」
商学のカマゼル先生から受け取った小テストに丸が多いことを確認し、あたしはほっと一息ついた。
目を付けられている上に今は先生の私物を借りている身、下手な真似は出来ないのだ。
「おや、そんな消極的で良いのですか?」
あたしのテスト用紙を横目に見ながら、リサは満点のテスト用紙をちらつかせてきた。
リサが成績優秀なのは分かっているし、いつもはこんなに見せびらかしたりしない。どうしたんだろう?
「この調子なら、留学の席は頂いたも同然なのです」
「留学……はて」
「これはむーちゃん忘れてるね、秋の大陸に行く話。なんでステージ発表することになったか覚えてる?」
覚えていませんでした。
あたしの物忘れが呪いである可能性、そしてそれを解決するために秋の概念の化身であるヘラビスに会いに行く。
その手段として秋の大陸への留学制度を活用する案が上がり、その選考に有利になると噂されていた文化祭のステージ発表に参加することになったのだった。
「ほら、目的を忘れるくらい没頭していたってことだから、あたしの方が凄い発表に決まってるんだよ」
「慌てて言い訳をされても説得力ないですし、敵ながら心配なのです」
サムズアップと共に誤魔化してみても、リサやハルヒにはお見通しだった。
「むーちゃんは特級だから有利、とはいっても学力だって重要視されるんだよ? 文化祭の活躍はオマケ程度だと思わなきゃ」
「いやー、でも今更だよねー。文化祭までそんなにテストもある訳じゃないし、6月になったらすぐ選考なんでしょ? もうなるようにしかならないよ」
「清々しい開き直りなのです」
と口では言ったものの、申し訳ない気持ちはあった。
せっかくリサやハルヒがあたしのために考えてくれているんだから、それに応えるように頑張らなきゃな。
デコラは22話で茂みに隠れていた概念の化身のうちの一人です。仲良くなれて良かったね。もう一人は……機会があれば。




