第87話 放課後クライシス?
授業中ですらこれだけ皆の落ち着きが無いのだから、放課後になると学園中がそれはそれは騒がしくなった。
「学園の財政がひっ迫しているというのに、先生が物を壊してどうするのって話さ」
「いつまで文句を言っているのですか。あれはムクが悪いのです」
椅子に叩きつけられた時の衝撃を思い出してお尻をさすりながらそう愚痴ると、リサがいつものように呆れた口調で返してくる。怪我はしてないけど、もう少し心配されても良くない?
あたしは口を尖らせ無言で抗議しながら、第3会議室と書かれた部屋に入った。
会議室、とは名ばかりの普段は使われていない広い部屋に、飲食店を出すクラスが集まって思い思いに料理をしている。
あたしとリサ、そしてメイン調理班に任命されたクラスメイト達でクッキーとジュースの試作をするのだ。
他のクラスの出し物も気になるけれど、まずは自分の料理に集中しないと。
計量した材料を皆に配っていき、生地をこねるように指示を出す。すると、向かいの男子が手をつけていた生地がポンと高い音を立てて破裂した。
「こんな最初で爆発する!?」
「面倒だったから、魔法で混ぜようとして……」
散らばってしまった生地を片付け、次は型抜き。ドラゴン、狐、狼の形はどれも複雑で、魔法でやろうとしてもうまくいかない子が多かった。
あたしはアニメ制作の影響で思い浮かべた形を再現することに慣れてきていたので、皆に指導してまわった。
「できない……」
「大丈夫、これだけ形になってれば分かるって」
見本通りの形にならず、泣き出しそうになっていた女の子を慰めた。
全員2級以上だからこれくらいで体力切れの心配はいらない、と思い魔法でくり抜くことにしていたが、生徒によって出来栄えのムラが激しい。ケチらずに型抜きを作った方がいいのかも。
てんやわんやしながらトッピングを乗せて、いよいよオーブンへ。
ここは向き不向きが出やすく事故にも繋がりかねないので、炎属性の魔法の種持ちに火力調整をお願いした。ゾルくんがいたら安心だったんだけど、内装班になっちゃったから頼れない。
「よし、出来た!」
それでもなんとか、クッキーを焼き上げることに成功した。割れてしまったものも多少あるが、それを間引いても十分な量が残る。
いくつもの困難を乗り越えたクラスメイト達と勝利のハイタッチを交わす。とは言え、ほとんどの子があたしより背が低いから、あたしだけロータッチだ。
最後に一番大事な味の確認。全員1枚ずつ手に取り、口の中へ放り込む。
焼きたては中がフワリと柔らかく、素朴な甘さが口いっぱいに広がった。
特別な旨みはないけど、幸せを感じる味。出来立てのお菓子はやっぱり格別だね。
泣いていた女の子も、小動物のようにクッキーをかじり「おいしい」と笑顔をこぼしていた。
残っていた生地も同じように焼き、それらは教室で作業をしているクラスメイトへのお土産に持っていくことになった。
「あわよくばこれでゾルくんの心を……このパルト型クッキーは改心の出来、いける」
そんな下心も抱えつつ、出来上がったクッキーを抱えて歩き出す。
教室へ続く長い廊下に差し掛かった時、反対側から叫び声が響いてきた。
「誰か捕まえてくれ! 秋屋敷用の魔物が逃げた!」
そう叫ぶ人影の少し手前で、中型サイズの犬が暴れていた。
ワンワンと元気よく吠えながら、追いかけていた生徒を振り切りこちらに向かって走ってくる。
うーん、見た目そんなに強くはなさそうだし、氷の一粒でも当ててやれば止まるかな?
と、あたしはのんきに考えていたのだが後ろに付いてきていたクラスメイトは大慌てになっていた。一目散に逃げだす人までいる。
「ん? そんなにやばいやつなの?」
傍までやってきた犬は速度を緩めると、代わりに大きく息を吸い込んだ。
「ウワン!!!!!」
今までの鳴き声とは比べ物にならない、立派な咆哮。壁にヒビが入り、細身の生徒は堪えきれずに転んでしまった。
合唱魚のボス、ピッチ―のバインドボイスに比べたら可愛いものだが、あんなのを喰らったことがある生徒はごく僅かだ。この咆哮だけで辺りはパニックに陥っていた。
中には犬の近くで右往左往するだけの生徒までいる。リールもいないこの混乱の中で氷を放つのはまずい。どうしよう?
「パルト、押さえつけろ!」
あたしも一緒になっておろおろし始めたその時、宙から灰色の狼が現れた。
パルトはあたしの目の前に着地すると、すぐにもうひと跳ねして犬の元へ。前足で犬の体を押さえつけ、お互いに「伏せ」の格好になった。
パルトの方が力が強いらしく、犬は抵抗を見せているものの動けずにいた。
そこへ、一人の生徒が歩み寄る。
白いワンピースに無地の黒いエプロンを被り、頭には灰色の髪に馴染む白いシュニグロフの花が飾られている。伏せているパルトに「そのまま頼むぞ」と声を掛け、腕を組んで辺りを見回した。
一瞬幻覚かと思ったが、こちらに向いた顔を見間違えるはずがない。メイド服姿のゾルくんだった。
「こいつと契約してるのは誰だ」
清楚なメイド服に似合わない鋭い口調での呼びかけに、犬を追いかけてきた生徒の内の一人がおずおずと名乗り出た。
「は、はい」
「契約の紋章を見せろ」
犬の近くまでやってきた男の子が杖を振るうと、その子の腕に可愛らしい肉球の模様が浮かび上がり、同時に犬の体にも魔法陣めいた模様が浮かび上がった。
「魔力紋の写しも問題ないな、この様子だと魔物になめられてただけか。中魔犬は躾をすれば誰でも扱える魔物だ、きちんと面倒をみるんだな」
中魔犬の興奮が収まったことを確認して、ゾルくんが右手を上げる。
その合図でパルトの拘束を解かれた中魔犬は、じっとあたしの方を見つめてきた。
「もしかして、クッキーの匂いにつられたの?」
持っていたクッキーを一枚見せると、中魔犬は弾かれた様にこちらへ走ってきて、あたしの手ごとクッキーを口に咥えた。
「おいこら、あたしまで食べないの」
傍で見ていた生徒には驚く姿もあったが、リールに噛まれたことが何度もあるあたしは動じることなく左手で口をこじあけ右手を引っこ抜いた。ちゃんとクッキーは口の中に置いてきてあげる優しさ付きだ。
中魔犬はクッキーを食べ終えると満足したのか、契約者の男の子に従って来た道を戻っていった。
そして騒ぎを聞きつけたカマゼル先生に見つかって、揃ってお叱りを受けていた。
「一件落着かな? ところでゾルくん……だよね? その恰好は」
「忘れろ。得意だろ」
食い気味にそんなセリフを吐き、立ち去ろうとするゾルくんをあたしは急いで引き止める。
忘れろと言われても、これはあたしでも難しい案件だよ!
「それって、裁縫班が作った文化祭用の衣装?」
飲食店の件と同じように、文化祭の衣装を作るのも基本的には4年生以外は禁止されている。下級生は自前の服を色だけを揃えて間に合わせたり、お店に頼んで作ってもらうことがほとんどだ。
だが、ここでも年齢層の高い概念の化身チームが活きる。何人かの知識に備わっていたのも後押しして、売り子の服としてメイド服を作って貰っていたのだ。
何はなくとも祭りにはメイド服。一度は着てみたいし皆が着るのも見てみたいものである。
「男子用は別にあるのに、なんで女子用を……あいつら……」
どうやら裁縫班に無理矢理着せられたらしい。近寄りがたそうな雰囲気を出しているゾルくんだが、意外といじられキャラになっている。
嫌がりながらもバッチリ着こなしちゃってるゾルくんも悪いんだからね!
「どんまい、これでも食べて元気出して」
そんな心の声は閉まっておいて、あたしはパルト型クッキーを差し出した。
横にお座りしているパルト本人にも渡してやる。お菓子を上げてもいいのか気になったが、ゾルくんが止めなかったので大丈夫だろう。
「良く出来てる。やるな」
「あ、ありがとう」
よおっしゃあぁぁぁ!!! 好印象!
体の後ろでこぶしを握り締めたあたしを、クッキーを咥えたパルトが不思議そうな顔で見つめていた。
中魔犬は、ユーラシアというドイツ原産の中型犬から名前をとりました。ポメラニアンの顔をした柴犬みたいな犬です。可愛いのでぜひ調べてみて下さい。
あと、 題名から読み取れる方は同士だと思われますが、某ワンダーランドなソシャゲにハマっています。個性豊か(と一言で片づけるにはぶっ飛び過ぎている)な男子高校生と闇の深いストーリー……やっぱりプロって凄い。




