第86話 文化祭準備②
ギルド経由でアポを取ってみると、2件ともすぐに対応してくれるという快い返事が貰えた。
元々文化祭準備の時期は、どんな職種でも学園からの連絡に備えているらしい。利益はそこまで出なくても、地域住民が集まるため宣伝効果があるからだ。
まずあたしが向かったのは、立派な石造りの倉庫が並ぶ場所。
小綺麗なマントに身を包み、白くなりかけている髪や髭をしっかり整えている初老のおじさんが出迎えてくれた。
「バルターさん、お久しぶりです。突然すみません」
「どうも仲河さん、いつもお世話になっております。ご相談とは文化祭のことですね」
白い手袋を付けた細い手と握手を交わす。流石ティランネ商会の責任者だ、話が早くて助かる。
まだ数回しか倉庫の冷却の仕事をしてないし、バルターさんの名前だってアポ取りの手続きで耳にしてから思い出したのでお世辞すら心が痛むのだが、それは言わぬが花だ。
「はい、実はクラスでこういうものを企画してまして……」
バルターさんに、クッキーの材料を手配してくれないか相談する。
なにせここは春の大陸一番の大商会、ティランネ商会なのだ(ユングルの受け売りでは断じてない。只の事実である。あいつは本当にここの息子なのだろうか)。ここで扱っていないものは早々無いだろう。
その期待は見事的中。全ての材料をここで買うことが出来た上に、当日の配送までやってもらうことになった。
考えてなかったけど、材料を運ぶ問題もあったな。いっぺんに解決したのは本当にありがたい。
「ティランネ商会で購入した材料を使用しています、と明記するのをお忘れなく」
とニッコリ釘を刺されたりもしたが、まずは無事に1件契約成立だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日。あたしはハルヒにお願いして、とある場所へ瞬間移動を使ってやってきた。
移動してきた直後、あたし達に襲い掛かってきたのは濃厚な甘い香り。
近くにあった出店の店員さんは突然現れた人影に驚きながらも、焼いた果物を勧めてきた。
「食べたいけど……持ち合わせないんです、ごめんなさい!」
甘い誘惑を振り切るようにダッシュし、辺りで一番大きなテントに飛び込んだ。
「すみません、先日連絡した仲河と申しますが!」
「受付は順番に……あれ、貴方は雷光熊の時の! あれから体調はいかがですか?」
ここはチュンケルの森の事務所。果物といえばここが一番、という訳で大陸を超えてはるばる来てみた。
あたしも自力で飛べないか試してみたのだが、いつもなら勝手に発動するくらいスムーズな魔力の移動が不安定になったので諦めた。まだ海を渡るレベルの長距離は無理なようだ。
対応してくれたのは、果物狩りに来た時にお世話になったスタッフさんだ。この人がマイグロの花粉に効く薬をくれたからあたしは今ここにいる。
命の恩人なのに名前を覚えてないのはどうなんだと思うけど、あの時はバタバタしてたからなあ。そもそも名乗られたっけ?
「文化祭用のフルーツジュースに使うんですよね? であれば加工用の物をご用意しますね、そちらの方がお手頃ですし」
と言って出された書類に適当に目を通し、量が十分あることを確認してサインしようとペンを取る。
その手をハルヒにやんわりと止められた。
「待ってむーちゃん。ちょっと高い、かも」
「そう? いやそうか。確かに」
記されていた値段は、市場で買うものと比べるとかなり高かった。
自分たちで支払うことはできるが、これを加工して売るとなるとお祭り価格でも通用しない値段になりそうだ。最近の報酬額が桁違いだったから、金銭感覚が麻痺していた。
そもそもチュンケルの森の果物は、夏の大陸の神殿でご馳走になるレベルの代物だ。高いに決まっていた。それを考慮すると確かにお手頃価格なのだが……。
「他の大陸に果物を運ぶとなると、輸送費もそうですが冷却魔法代も高くなりますから」
サインを渋っている理由を察してか、スタッフさんがそうこぼした。
「削りどころ発見! ハルヒが運んでくれればここが0アールだよ、これならイケる!」
節約術を発見して喜んでいると、当のハルヒは何故か困った顔をしていた。
「この量の果物を一人で? 瞬間移動だから重い訳じゃないけど、むーちゃんも手伝ってよ」
「そうしたい気持ちは山々だけど、さっきここまで来るのもハルヒに頼り切ってたんだよ?」
ムリムリ、と空いている手を振っているとハルヒがそれをもがっしり掴んできた。
あたしは両手をホールドされてしまい、間抜けな格好になってしまった。
「手伝ってくれる気持ちはあるんだね? なら私にも考えはあるよ」
大陸間に全く陸地がないわけではない。村が出来る程度の島もあるし、無人島ならもっと多く点在している。
そこを中継地点にはさみ、休憩しながら移動していけば可能ではないか、とハルヒは提案してきた。
一回の移動距離が半分以下になるのであれば、無理ではない気がする。そこで体力を使い果たしても、ハルヒの『治癒』やリサの栄養剤があればすぐに復活できる。
いきなり別大陸に飛べと言われるよりかは、練習でなんとかなる範囲でもある。
「飛行魔法が苦手だったのに出来るようになったむーちゃんだよ。得意を伸ばすなら楽勝だよ!」
「そう? 確かに鍛えておけば便利な事は間違いないし……頑張ってみますか」
なんだか乗せられた気がしなくもないが、これで問題は解決。費用も予算に収まって、今度こそ書類にサインをした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
休みが明けると、いよいよ準備も本格化してきた。
はやる気持ちを抑えきれず、授業中に内職をしていた生徒が怒られて廊下に立たされる、ならぬその場に浮かされる光景も見慣れてきた。
「まあ今年の一年生は少ない方じゃな。一つ上の学年がやんちゃばかりで、昨日は4人も同時に浮かせてのう……流石に持たなくて途中で適当に下ろしたわ」
愚痴るフェアユング先生もどこか楽しげだ。突然椅子に落とされた二年生のお尻が心配だなあ。
いつもなら規律に反する行為を咎めるランズすら、文化祭に向けての計画をノートの端にしたためている。ただそのメモはフィルゼイトの言語とは違うもので書かれているため、先生が見回りに来ても気が付かれることはなかった。
翻訳魔法全開のあたしには読めちゃうんだけどね。何々、『客引きの陣形、一瞬でも興味を持った通行人を確実に仕留めるため……』仕留めるって、何てことを書いてるんだ。
「こら、授業中にどこを向いておる」
隣の席を凝視していたのが見つかって、フェアユング先生の浮遊魔法があたしに向かって放たれた。
少しだけ体が浮いてしまうが、魔法で自分にかかる重力を強めてなんとか机にかじりついた。
学園の先生の魔法はどれも強力だ。それにあたしが抵抗する様を見て、クラス中がどよめいた。
「ぐぬぬ……よそ見してたのは謝りますけど、これ以上あたしの目線を高くしたら本当に先生が見えなくなっちゃいますよ?」
「まーだそれを言いよるか。ならば下りてきてもらおうかの、そら」
挑発に負けたフェアユング先生が魔法を解くのだと思い、「よし!」とガッツポーズを作る。
次の瞬間、あたしはそのポーズのまま椅子に叩きつけられ、座面を突き破って床に激突した。
「お主の魔法に協力してやっただけじゃ。特級様は痛くなかろう?」
「お尻は無事ですけど精神へのダメージが! めっちゃビビりましたけど!?」
「ちなみに椅子の修理代は貴様持ちじゃからな」
抗議するあたしにフェアユング先生はけらけら笑いながら手を振り、あたしにかけていた重力の魔法を解いた。




