第84話 凄いキノコ
「むーちゃん!? どうしたの、無敵モードじゃなかったの?」
「寒い! あー寒い! 火を、暖をください……」
あたしは頬や耳を真っ赤にして、ブルブル震えながらハルヒの腕の中に飛び込んだ。
あたしよりだいぶ小さいハルヒに無理矢理全身をくっつける。おお、人肌最高。
「やっぱり無敵になるのはキノコじゃなくて……」
「その話まで蒸し返さないでー。そしてキノコはよくやってくれた、枯れかけてたのに」
震えの合間を縫って、ハルヒとワキュリー先生が離脱した後の事を話し始めた。
自分たちの退路を断たれるのは想定外だったのだろう。通路を氷で塞がれ閉じ込められた幻影蛙の連携は乱れ、あたしが囮になることで一斉に部屋の中央へ集まってきた。
そこで風を起こし、極限まで冷やした空気を叩きつけて纏めて氷漬けにする。あたしは光茸の耐性付与でノーダメージ、完全勝利! ……の予定だった。
しかし、枯れかけの光茸ではあたしの放つ魔法を完全には無効化出来なかったのだ。直前に水を被っていたせいもあって、吹雪に晒された手はしもやけになり顔もヒリヒリ痛んでしまった。
直前の通路で待っていたハルヒの肌でぬくぬくすることしばらく、ようやく震えが収まった。しもやけを『治癒』してもらいながら、あたしは二人に頭を下げた。
「ろくに話し合いもせず突っ走ってこの体たらく。申し訳ないです」
「ふむ……反省すべき点は多いが、ああしなければ今でも苦戦を強いられていたはずだ。戦いを迅速に終わらせてくれたことには礼を言おう」
離脱している間にハルヒに治療してもらったらしく、ワキュリー先生はすっかり元気になっていた。
服も溶けてたはずなんだけど、そんな様子はどこにもない。細かい所まで治せるハルヒ、やっぱり凄い。
そんな先生からの怒りの雷(物理……いや魔法)を覚悟していたのだが、返ってきたのは予想と全く違う反応だった。
「野生よりも連携が取れていたのが一番の脅威だったからな、そこを崩せたというのは素晴らしい」
え、なんかめっちゃ褒められてる。照れるぜ。
「カエル達は凍らせたまま放置してますけど、全部回収しますよね?」
「無論。予定よりは随分多くなってしまったが、学園長より賜ったアイテムポーチがある」
あたしの態勢も整った所で、幻影蛙を回収しに先程の広間へ戻る。
「うわあ、天井まですっかり凍ってる」
声を上げたハルヒの眼鏡が真っ白に曇った。
『アイシクル・ハリケーン』を使ってから時間が経っているのに、辺りは完全に凍り付いていた。
雪というには少し大きい氷の粒が地面に積もり、あちらこちらに冷凍された幻影蛙が転がっていた。
「この中心にいて、凍傷すら起こしていないのか」
言われてみると、自分の魔法の威力と光茸の効力を改めて実感できる。
あたしも凄いけどキノコも凄い。枯れかけでこれだけ防げるなら、有事の為に学園で栽培しているのも頷ける。
氷がこびりついて一回り大きくなった冷凍幻影蛙を回収し、更に奥へと進む。これ以上の新手には会いたくないないが、取りこぼしていても問題になるからだ。
今度はあたしが先頭に立つ。幸い幻影蛙のような強い魔物はおらず、氷耐性もまだ残っているので「アイシクル・ハリケーン」の縮小版を適当に放っていればよかった。
「その威力で何度発動できるのだ。特級とはここまで規格外だったか」
ワキュリー先生は『雷波』を連続で打つのは2回が限度、3度目で体力切れを起こすらしい。そのこともあって後ろに下がっていてもらった。
思い描いていた無敵無双モードとは違うが、そんな感じで快走していると、再び広い空間に辿り着いた。
壁も床もかなりでこぼこしている。採掘で出たのだろう石くずが更に足場を悪くしている。
そんな殺風景の行き止まりに、存在感を放つ黄色い塊があった。
「なめこ……」
「これだけ真っ黄色だと、たもぎ茸の方がそれっぽいよ?」
「つまり味噌汁に入れると美味しいやつ」
岩の隙間からニョキニョキと生え散らかしているのは、黄色いキノコの束だった。
「いや、光茸だな」
「え? 白くないですけど」
「ここに、雷耐性を付与させるための装置がある」
キノコの群生地の中心部に、手のひらサイズの謎の装置があった。ワキュリー先生はこれも証拠だと回収していった。
「装置自体は魔法で静電気を出すだけのオモチャだが……自生していない光茸をわざわざ洞窟の奥地に植えて、幻影蛙に食べさせていたとは。ご苦労な事だ」
広間に魔物の姿は無く、光茸も他の魔物に食べられるか枯れるかしてすぐに無くなる。雷魔法を使う魔物はオヘーレ洞窟にはいないのでこれ以上生態系が乱れることもない。
ということで、探索はここで終了となった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
学校に戻ったのはちょうど授業が終わり、文化祭の準備で賑やかになってきた時間だった。
馬車から降りた瞬間、あたしに向かって飛んでくる黒い影が見えて身構えてしまったが、それはリールだった。
「ナカガワさん! 無事ですか!?」
遅れてやってきたのはファイクちゃん。その後ろにはアオーグ学園長。思いがけない出迎えを受けて、あたしの頬は緩んだ。
「平気平気、心配かけてごめんね」
「ムウ、商学の小テストが嫌で逃げちゃったのかと思った」
「あーー!! 今日って小テストの日だっけ。また補講? 嫌だあああ」
悶え苦しむあたしを見てニヤッとしたリールだったが、その尻尾はふわふわと揺れていることをあたしは見逃さなかった。これは安心している時の仕草だ。
急にあたしが居なくなって、きっと寂しい思いをしていただろう。あたしが風邪を引いた時より成長したから素直に言わないだけで。
そう思ってリールの頭を優しく撫でてやると、照れたのかあたしの腕の中で丸くなってしまった。
うん、やっぱりうちの子は可愛い。
「魔物を倒しに行ったって聞いて! ナカガワさんが強いのは知ってましたけど不安でした……」
ファイクちゃんもそんなことを言ってきたので、大丈夫だよと頭を撫でた。
無意識にリールと同じ対応をしてしまったことに後から気が付き、はっと手を上げたがファイクちゃんは嬉しそうな顔をしていた。
「感動の再開を邪魔するつもりはないんだけど、倒した魔物を見ておきたいんだ、学園長室まで来てくれるかな?」
「はい、勿論です。リール、また後でね。ファイクちゃんも今日のお世話手伝えなくてごめんね、ありがとう!」
学園長に促されて、まだ完全に依頼を達成した訳ではないことを思い出す。
すぐに学園長室へ移動して、そこで氷漬けになった幻影蛙を取り出した。
「これで全部だな」
「……こんなに沢山?」
「全部に光茸で雷耐性が施してあったぞ」
床に無造作に置かれた幻影蛙の山とワキュリー先生の補足説明に、学園長は頭を抱えた。
「ええ……ここまで規模が大きいと犯人の対象は絞り込めるから、その点は助かるけど……」
「学園ってここまで嫌がらせされるくらいの敵がいるんですか?」
「これ、大犯罪レベルだよ? 全部凍らせた君から見たら『嫌がらせ』なんだろうけど……。まあね、大人の世界はいろいろ大変だからね」
曖昧に笑う学園長。大丈夫です、そのくらいの回答で。これ以上は知りたくない。
「おめめ君が困ってるならまだ手伝うよ! 怪我したら嫌だもん、むしろ手伝わせなさい!」
「ハル姉はここでは生徒なんだから! 手伝ってくれたのは感謝するけど、後は僕がなんとか出来るから!」
あたしの憂慮をよそに、ぐいぐい首を突っ込もうとするハルヒ。
やっぱりキャラが違うけど、これが『封印隊の守護神』の本当の姿なんだろうか。おせっかいを焼きたがるハルヒの姿は、そう思ってしまうくらい生き生きしていた。
とはいえ、これ以上はやりたくない。しばらく後なら考えなくもないけど、今日はもう疲れた。
「ハルヒ、学園長がそう言ってるんだから帰るよー。あたし達には文化祭の準備があるじゃない」
「うう、それもそうだけど……いい? 危なくなったら私の事呼ぶんだよ、絶対ね?」
ハルヒの眼力に「目」の概念の化身も耐え切れず、ぶんぶんと頷くしかなかった。
「それはそうと……今回の依頼を受けてくれて本当にありがとう。ギルドの規定にそった報酬を振り込んでおくし、何らかの形で必ずお礼をさせてもらうよ」
「お金、足りないって言ってたような……貰って大丈夫なんですか?」
「そこをケチったら学園の信用が無くなっちゃうよ、遠慮なく使っておくれ。文化祭の出し物も楽しみにしているよ」
「ありがとうございます!」
ステージ発表で借りる蓄光器の代金、払えはするけど大きな出費であることに変わりはなかったので臨時収入はありがたい。学園長もそう言うなら遠慮なくもらおう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「さてと、じゃあ今後の事だけど、キミも目星はついてるよね?」
「ああ、そのつもりで対策しておこう。私にも報酬は出るのだろうな?」
「えー、講師としての給料は払ってるし、それ以外もまたしかり。君はこっちの方が得意だし、次の危険手当は減らそうかな……え、ちょっと。せめて木刀のままでギャー―――!?」
学園長室から悲鳴と雷鳴が聞こえたような気がしたけど、もう「失礼します」と退出した後だ。関係ない関係ない。




