第83話 ケロケロパニック
援軍が来たのはまだ理解できる。それにしたって数が多すぎだ。
全部に魔法陣が刻まれていたのは、選別の手間が省けたと喜ぶところ……なのだろうか。
「この数を用意できるとなればあの貴族か……私が出てくると読んでの耐性付与、なかなか頭が回るじゃないか」
「こんな数に襲い掛かられたらやばくないですかワキュリー先生!?」
なにか呟いているワキュリー先生にツッコミを入れると、「そうだな」と冷静に返された。
「雷が効けば何も苦労は無かったものだが。ここに来るために瞬間移動を使った様だし数分は猶予があるが、魔物の体制が整えば厳しいな」
幻影蛙の瞬間移動は連発できるものではないらしい。
しかしついさっき倒した数の5倍の戦力が補充されたとなれば、状況が厳しいことに変わりはなかった。
通路を塞いでいたうちの半分、前後五匹ずつの幻影蛙達がじりじりと歩み寄ってきた。残りの五匹ずつはそのまま動かない。
使役している人間は、どうしてもここからあたし達を逃がす気はないようだ。
「いいだろう、学園を敵に回したことを後悔させてやる!」
ワキュリー先生は一言吠えると、進行方向にいた5匹に向かって駆けだした。
自然と後ろの5匹はあたしとハルヒで相手することになる。
「ハルヒ、やれる?」
「ブレスが駄目なら……こ、これで!」
ハルヒがまともに戦闘するのを見るのは初めてだ。
心配で見守っていると、ハルヒは両手を大きく広げ、そこに魔力を込めた桃色の光を纏わせた。
「ハルヒ、まさか魔法少女に……ってうおい!」
いかにもそんなキラキラした可愛いエフェクトだったのに、現れたのは鋭い鉤爪。桃色の鱗で覆われた、一回り大きくなった腕。
部分竜化ってやつですか? まあうん、かっこいいので全然ありです。
ハルヒはドラゴンの腕を振り回し、幻影蛙達を牽制した。
でも、動かし方がなんだかぎこちない。さっきの失敗を引きずっているようだ。
「立派な爪なんだから、もっとガンガンいこう?」
「間違って洞窟に当たったら、多分崩れちゃうから……」
ブレスといい、オーバーパワー過ぎるのも考え物だなあ。
「じゃあハルヒは自分に向かってきた奴だけ対処して。他はあたしが!」
とにかくハルヒが負ける心配はなさそうなので、あたしは戦闘に向き直った。
幻影蛙達は時間差で攻撃を仕掛けてくる。瞬間移動がなくても、5匹にバラバラに動かれるというのはやりにくい。
それに、通路にいる幻影蛙も粘液を吐いて援護してくる。痛いのは嫌なので体当たりを回避することに専念して、甘んじてベトベトになっていた。
何か悪いものだったらハルヒに治してもらえばいいと思ってとった行動だが、意外にも粘液を浴びても何も起こらなかった。
ただ、さっき幻影蛙を切れたのはやはりまぐれだったようで、あたしの剣も全く当たらない。
「アイシクル・ミスト」で氷を張ってみても、カエルの吸盤は滑り止めになるらしく岩鼠のように足を取られることはなかった。
こちらの状況は膠着してしまった。このままワキュリー先生が来るまで持ちこたえれば良いかな?
そんな軽い気持ちでワキュリー先生の様子を伺うと、そこには思いもよらない光景が広がっていた。
ワキュリー先生の服の裾は溶けてボロボロ。ハルヒが『治癒』を飛ばしているから体に傷は見られないが、息は粗く明らかに苦しそうな表情をしていた。
「どういうこと……!?」
思わず漏らした声を聞き取って、ワキュリー先生もこちらを振り返った。
「なっ、仲河、粘液を浴びて平気なのか!?」
「ベトベトで最悪ですけど、なんともないです!」
「これが魔法の種の差か……、体当たりも私が喰らえば骨折では済まないと言うのに……」
魔法の種は無意識のうちに人間のサポートをしてくれている。戦闘において一番活躍するのがバリアを張ってくれることだが、その強度は操れる魔力の量、つまり魔法の種の等級に依存する。
ワキュリー先生の4級ではバリアの強度が足りず、あたしより大きくダメージを受けていたようだ。
え、というかその粘液、溶ける系だったの? 頭から被っちゃってたけど、特級じゃなかったらやばかったの? そういえば、ちょっと肌がピリピリするような……。
念のため、魔法で水を生み出し洗い流しておいた。ずぶ濡れになったが今更だ。
そんなことより、先生ですら魔物を倒せていないこの状況。打破するには何か作戦が必要だ。
やっぱりまとめて氷漬けにするのが楽なんだけど、動きが機敏な幻影蛙を狙って当てるのも、「アイシクル・プリズン」に閉じ込めるのも難しい。
いっそこの部屋ごと冷凍庫にすればいいか? いやいやあたしも氷漬けになっちゃうし。
得意属性に100%耐性とかついてたら良かったのになあ……
「あいてっ」
考えることに集中していたら戦闘がおろそかになっていた。頭に何か衝撃を感じたが、幻影蛙の体当たりにしては随分優しい。
あたしに当たってコロンと地面に落ちたのは、蓄光石だった。
「ごめん! 私の爪が引っかかっちゃって!」
「全然痛くないから大丈夫!」
石が当たったくらい、今更どうってことない。
蓄光石といえばファイクちゃん、あの後大丈夫だったかなあ。アインホルンも殺気立っていたし心配だ。
植物も荒らされたなら、光茸も無事か気になる……。
「……閃いたかも。ハルヒ! あたしが魔法でこの部屋を封鎖するから、ワキュリー先生と一緒に瞬間移動して逃げて!」
爪を掠めてようやく一匹を倒し、一安心していたハルヒはあたしの叫び声にビクッと肩を震わせた。
「わわっ! え、むーちゃんはどうするの!?」
「これでちょっと無敵無双チートしてみる」
あたしが取り出したものにハルヒは一瞬怪訝な顔を見せたが、すぐに頷いてワキュリー先生の元へ駆け寄った。
なんとか2匹を倒し、汗をぬぐっていた先生にハルヒが手を添えたのを見て、あたしは大きく杖を振った。
「『アイシクル・プリズン』!」
部屋の出入り口に陣取る幻影蛙達もまとめて広間に封じ込めるように氷の壁を生成。
つまり二か所に大きな氷を張っただけので「氷の牢獄」かは微妙だけど……亜種ってことで許して。
あたしが呪文を唱えた直後、ハルヒも瞬間移動で離脱した。
消える刹那、ハルヒはあたしにこう言った。
「むーちゃん、無敵になれるのはキノコじゃなくて……スターだよ!」
────そうでした。うわあ、すっかり勘違いしてた。
ゲームの知識をハルヒに訂正されるなんて悔しいっ!
「とうとう趣味まで忘れだしたかこのポンコツ頭! この怒りを込めて……ミストチャージ! 錬成っ!」
声を張り上げて、幻影蛙の注意を引き付ける。消えた二人を探して瞬間移動されたら困るからね。
そして手に持っていた、先程拾った光茸に「アイシクル・ミスト」を当てる。
普通のキノコに当てれば一瞬で冷凍されるのだが、光茸はほんのり冷えたところでその冷気を吸い込み始め、白かった傘を水色に変色させた。
より毒毒しくなったことには構わず、あたしは光茸を丸かじりした。
味はほとんど無い。枯れかけていたせいかボソボソしていて、正直あまりおいしくない。
それでも勢いのまま飲み込むと、出し続けていた冷気の冷たさを途端に感じなくなった。
「耐性状態の光茸を食べるとその恩恵にあずかれる……実際やってみると凄いなこれ。ありがとうファイクちゃん!」
飼育係の仕事で得た知識をこんなところで使えるとは!
食べたのはキノコだし氷属性限定だけれど、無敵状態には変わりない。体が光輝く例のBGMを口ずさみながら、新たな魔法をイメージしていく。
強い魔物はミスト、冷たい霧程度じゃ凍ってくれない。嫌という程経験済みだ。
ならば風の魔法を合わせて、冷気をもっと強力に叩きつけてやれば!
「氷の嵐よ吹き荒れろ! エターナルフォー……もとい! 『アイシクル・ハリケーン』!」
巻き起こった猛吹雪は、辺り一帯を等しく飲み込んだ。




