第79話 夢心、捕まる
クラスの出し物とステージ発表の大枠が決まり、あたしは順調に準備を進めていた。
いつも一緒に居たリール達とは、授業中は近くにいるものの放課後になると別の場所で発表の練習をするようになった。寂しくないといえば嘘になるけど、ファイクちゃんやシュロムと一緒にいるのも楽しい。
文化祭の準備という特別な雰囲気も合わさって、充実した日々を過ごしていた。
しかし、5月の2週目が終わろうとした頃に事件は起こった。
その日、あたしは授業に出られず、学園の一室に軟禁されていた。
「どうしてこんなことに……」
◇◇◇◇◇◇◇◇
事の始まりは、朝の魔物の世話のため、瞬間移動で魔物小屋へやってきた時だった。
小屋の奥から響いてくる魔物たちの鳴き声を聞いて、ファイクちゃんが眉をひそめた。
「なんだかいつもと鳴き方が違う……? ナカガワさん、急ぎましょう」
早足で進み始めたファイクちゃんの後を、違いが分からなかったあたしは首を捻りながらもついていく。アインホルンの小屋に来て、あたしも異常に気が付いた。
1頭が膝を折って蹲っている。他の二頭も興奮していて、部屋中が干し草でぐちゃぐちゃになっていた。
「ああ、あちこち傷だらけです。ナカガワさん! 回復魔法をお願いします」
「任せて、すぐ治すよ」
杖に込められた『治癒』の力を解放し、ぐったりしているアインホルンへ力を注いでいく。
出血はないが、打撲傷が何か所もあって痛そうだ。傷が治っていくと、アインホルンは小さな鳴き声を上げた。
そのまま治療を続けていたところへ、バタバタと足音を立てて人がやってきた。
壮年で中肉中背、どこにでもいそうな普通の男性。寮の管理人さんと似たような制服を着ているから、学校の事務員だろうか。
「トレーガー君、来ていたのか。……そうすると君がナカガワ君だね?」
「はい、そうですけど」
事務員さんは優し気な口調であたしに話しかけてきたが、目は笑っていなかった。
「小屋の魔物や植物がいくつも荒らされている。ナカガワ君は新入りだったね、それも特級魔法の種持ち。悪いけれど、少し時間を貰えるかな?」
「待ってください、わたしとナカガワさんはここへ来たばかりです! アインホルンの治療もしてくれました!」
「それでもね。学園長が来られたらすぐに解決するはずだから、一緒に来てもらいたい」
ファイクちゃんの説得もむなしく、事務員さんはあたしを容疑者扱いで拘束する気満々だ。
「全然納得はいかないし無罪放免確定ルートなんだけど……分かりました、ついていきます」
「そんな!」
「ファイクちゃん、ありがとうね。でもこういう時は素直に従った方がいいんだよ、変にぶつかったらファイクちゃんまで悪者扱いされちゃう」
悔しそうにするファイクちゃんに魔物の世話をお願いする。
あたしはそのまま事務員さんに連れられ、魔物小屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
校舎の奥へ進み、応接室に案内される。そこで事務員さんに経緯を説明された。
魔物小屋の異変を感じ取ったのは、あたし達とは別の飼育係。植えてあった植物が荒らされていることに気が付いて、責任者である事務員さんに連絡が入った。
その植物は自衛力に長けていて、それを傷つけることが出来るのは1級以上。アインホルンも同程度に強い魔物なので、魔物小屋に出入りしていてそれらと戦えるあたしが真っ先に疑われたようだ。
ここから尋問でもされるのか……と思いきや、「学園長が来るまで待っていなさい」とだけ告げて事務員さんは部屋から出ていってしまった。足音が聞こえないので部屋の前で待機しているようだが、直に見張りすらされないことに面食らった。
え、容疑者の拘束ガバガバじゃない? 瞬間移動で簡単に逃げられるじゃん。
ああそうか、普通は瞬間移動できないんだっけ。にしったって緩いよ。そこまで疑われている訳じゃない、のだろうか。
「うーん、どうしてこんなことに……」
それにしても、これでも真面目に働いていたつもりだったのに、冤罪で捕まってしまうだなんて。
やだやだ、前科付きになんてなりたくない。学園長が正しい判断をしてくれることを祈ろう。
と、初めは緊張していたのだがしばらく経っても誰も来ない。段々気持ちが緩んできた。
姿勢を崩してソファーでごろごろしていると、ようやく扉がノックされた。
飛び起きて姿勢を整えた直後、事務員さんとアオーグ学園長が部屋へ入ってきた。
「ああ、楽にしていいですよ。さっきのは楽にしすぎだけどね~」
「み、見えてましたか」
学園長はにへらと笑いながら反対側のソファーに腰掛けた。「やっぱり低いなー」という呟き通り、細長い足はソファーの座面より高い位置で窮屈そうに折れ曲がっていた。
事務員さんは横に立っていたが、学園長が手を振って「ここ座りなよ~」と促した。
「ごめんね、遅くなっちゃって。君が犯人じゃないのは分かっているよ」
「一言目で無罪放免!?」
問答以前の問題だった。じゃあなんで軟禁されていたんだ。
「事件が起きた時は、少しでも怪しい人物は調査する決まりなんだ。でも今日は、怪しい人影は特に見当たらなかったから、連絡が来るまで騒動に気が付けなかったんだ。時間だけ無駄にとってしまったこと、許して欲しい」
そうか、アオーグ学園長は『目』の概念の化身。学内の監視もしているんだっけ。あたしのアリバイを証明してくれるのにこんなに心強い人はいないね。
「まあ、話が早くて助かりましたけど」
「飼育係の仕事をちゃんとこなしているのも知ってるよ。アインホルンに蹴られながらも一生懸命頑張ってる姿とか微笑ましかったな。ああ、僕のアインホルンの怪我を防げなかった自分が情けない。そもそも今は文化祭絡みで忙しくってしょうがないのに……」
「学園長。その子が無罪なら、もう解放しても宜しいのでしょうか?」
愚痴が長くなりそうなのを読んで、事務員さんが話を促してくれた。
学園長、フェアユング先生じゃなくても似たような扱いされてるんだね。
「いやいや、むしろ逆。解決のために手を貸してくれないかな?」
「協力、出来ることならしますけど……犯人の顔とか見てないですよ?」
「そこは僕の役割さ。ああ、君はもう戻って大丈夫だよ」
おもむろに退出を促された事務員さんは戸惑う様子を見せたが、「アレをやるから」と言われると足早に部屋を出ていった。
え、何『アレ』って。あたし近くに居て大丈夫なやつなの?
「君は傍にいても平気なはずだし、慣れておくべきだと思うから。僕の力で、今朝の魔物小屋をもう一度詳しく見てみるよ」
「今朝の? 過去を見られるってことですか?」
「うん。未来は見られないし、過去だって物凄く体力を使うからあんまりやりたくないんだけど、今回は事が大きいからね。1級の魔物を害することが出来る犯人を野放しにはしておけない」
学園長は目を閉じ、手を組んで口元に当て考え込む姿勢を取った。
手の甲に押し上げられた唇から、ふう、と小さく息を吐く。
「えっ……? 痛っ」
その瞬間、部屋中からじっと見られている感覚に襲われた。部屋にはあたしと学園長だけで、学園長は目を瞑っているのに沢山の視線を感じる。
不気味な感覚に戸惑っていると、段々頭が痛くなってきた。それを治そうと杖に意識を持っていくが、ちっとも治らない。
なんで、さっきはアインホルンの怪我を治せたのに────
「終わったよ」
学園長がいつの間にか立ち上がり、あたしの肩をポンと叩いた。
はっとして顔を上げると、沢山の視線も頭痛もすっかりなくなっていた。
「い、今のは……」
「ああ疲れた。今日はもう休んじゃおう。やっぱりしんどいなーこれ」
学園長はすぐにソファーに身を投げ出し、大きなため息をついた。
「なんか視線を感じたんですけど、あれで過去が見えたんですか?」
「うん、もっと集中すればロスをなくして過去だけに『目』を向けられるんだけど、それやると本当に動けなくなるから多少漏れちゃうのはご愛嬌ってことで……怖がらせちゃってごめんね?」
「怖いとまでは感じませんでしたけど、ちょっと気持ち悪かったですね。魔法で治そうとしても治らなかったですし」
「過去を覗くなんて真似、概念の化身とはいえ僕の魔力じゃ全然足りないから。辺り一帯の魔力を根こそぎ使っちゃうんだよね。そうなると魔法の種は魔力を補給できない。よそから魔力が流れてくるまでの間、人間は魔法を使えなくなっちゃうのさ」
といってもすぐに魔力は漂ってくるらしく、今はいつもと変わらず魔力が流れているのを感じた。
「魔力が突然なくなると、等級の低い魔法の種だと気絶しちゃうね。それに引っ張られて本人も気を失う事がある。君は元々魔力の少ない地球出身だし、特級なら大丈夫だと踏んでいたんだけど、影響はあったみたいだね」
「そんなに酷い頭痛ではなかったですけど……これに慣れておけってどういうことですか?」
「特級ならいずれ、この魔力欠乏を起こしかねない魔物の討伐に携わることもあるかも、と思ってね」
そんなレベルの魔物と戦えって言われたら困るな……魔法が使えなくなるなら足手まといだし、概念の化身に任せるしかないんじゃ?
とはいえ、今すぐにそんな依頼を受けろと言われてるわけでは無いので、あたしは目の前の問題に頭を切り替えた。
「それで、真犯人は分かったんですか?」
「うん。この『目』でバッチリ見えたよ。蛙だ」




