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第73話 飼育係のお仕事

「これからアインホルンにシャワーを浴びせるところだったので、まずはこれを覚えてもらいます!」


 案内されたのは、3頭のアインホルンが繋がれた馬小屋だった。

 街で見かける個体よりも、角や蹄の羽が立派で黒い毛並みも艶がある。学園長の専用馬車を引くためのアインホルン達だ。


「角が長い個体は魔力も高いんですよ。学園長の移動のためですから、長時間の飛行にも耐えられるような強いアインホルンが選ばれているんです」


 そんな説明をしながら、ファイクちゃんは持っていた草束を部屋の隅に置いて、杖と大きなブラシに持ち替えた。


「ぬるま湯を、あまり強い勢いを付けずに優しくかけてあげます。濡らしながら、ブラシで毛並みに沿って擦ってあげてください」


 ピンと斜め上に掲げられた杖から、シャワーのように水が流れ出した。それに合わせて、左手に持った大きなブラシが撫でおろされる。

 アインホルンはなされるがまま、気持ちよさそうにブラッシングを受けていた。


「水かあ……うまく出せるかなあ」

「そんなに難しく構えないで、最初は自分の手にかけて強さや温度を確認するといいですよ」


 言われた通りに、自分の手に向かってシャワーを出してみる。

 ぬるま湯……ぬるま湯……ちょっと冷めたお風呂くらい……?


「こ、こんな感じかな」

「もう少しだけ温度を上げて、勢いは弱めでお願いします」


 1頭目のシャワーが終わりタオルをかけた後、ファイクちゃんはあたしの魔法を見てくれた。

 更にファイクちゃんのシャワーも触ってみて、感覚を掴む。


「お、これはどう?」

「これならアインホルンもびっくりしません。次の子にかけてみてください」


 合格点をもらったイメージを忘れないうちに、隣のアインホルンへシャワーを使ってみる。

 何も反応は無いが、不快でないなら大丈夫そうだ。


「これで濡らして、ブラシを……ごふっ」

「な、ナカガワさん!?」


 シャワーをかけながら、柱に立てかけてあったブラシを掴もうと左手を伸ばす。その時、突然アインホルンが暴れだした。

 目を逸らしていたあたしは、その蹴りを横っ腹に喰らってしまった。


 屈みこんで蹲まったあたしに、ファイクちゃんが駆け寄って来てくれた。


「大丈夫ですか?」

「いったあ。だ、大丈夫。なんでまたいきなり」


 杖を取り出し魔力を杖に集めると、杖に籠ったハルヒの『治癒』が働き、お腹の痛みはすぐに回復した。


 暴れたアインホルンは、「いきなり? それはこっちのセリフだ」と言うように鼻を鳴らしていた。


「どうどう。ああ、シャワーが急に冷たくなってびっくりしたんですね。温度調節は難しいですから、慣れるまでブラシと同時にやらない方が良いかもしれません」


 アインホルンはまだ息を荒げているが、ファイクちゃんが静めてくれているのでもう蹴られはしない、はず。

 恐る恐るシャワーをかけていた場所に触ってみる。確かに冷たくなっていた。


 水の魔法を使っていると、やっぱりイメージが氷に引っ張られてしまうなあ。凍らせずに済んだのは不幸中の幸いだった。そんなことをしたら、全力でタックルをされて壁まで吹っ飛んでいただろう。


 そのアインホルンはもうあたしのシャワーを嫌がってしまったので、ファイクちゃんが残りの作業を済ませてくれた。あたしは3匹目に再チャレンジだ。


 今度はシャワーに集中して、温度を下げずに体を濡らしきることが出来た。そのあと優しくブラシをかけると、フンフンと気持ち良さそうに鼻を鳴らした。

 機嫌が良いのが分かると、こっちまで嬉しくなるな。


 タオルで粗方拭いたら、3匹まとめてドライヤー、もとい暖かい風の魔法にかける。

 これは最近の練習の成果が出て、一発で合格をもらえた。


「そ、そんな広い範囲に風を起こせるなんて……」


 普段は一頭ずつドライヤーをかけているらしいファイクちゃんに驚かれたりもした。

 使える魔法が増えるのはやっぱり楽しい。サンキュー特級魔法の種ケルン


 その後は小屋自体の掃除。ブラッシングで落ちた毛や食べ残しの草を回収する。

 最後に、持ってきた草束をほどいて餌箱に乗せる。アインホルン達が食事を始めたのを見て、あたし達はその場に腰を下ろした。


「大変だね、これを毎日やってるの?」

「朝と放課後の2回ですね。1日1回とか、数日に1回の世話で大丈夫な魔物もいますけど、大体の魔物はこのサイクルです」

「これを朝も! え、早起きはあんまり得意じゃないんだけど……」

「それならわたしが起こしに行きますよ! こう見えても朝は得意なんです」


 手伝いって、そこまで本格的にやらないといけないのだろうか。

 でも既にファイクちゃんはやる気満々で、断りづらい雰囲気になってしまった。このモチベは一体どこから来るんだ。


「そ、それにしても慣れてるねー。まだ入学して数ヶ月なのに」

「魔物の、特にアインホルンの世話は家にいた頃からやってきましたから」


 ファイクちゃんの家は、運送業を営んでいるらしい。沢山の荷物を馬車に乗せて運んでいるため、会社で何十頭ものアインホルンの世話をしていた。

 その技術を生かし、更に知識を身に着けるために学園の魔物の世話をすることにしたようだ。


「家にも長距離飛行用のアインホルンがいるんです。びゅん! とひとっ飛びで遠くまで荷物を運ぶ姿は本当にたのもしくて! わたし、大きくなったら御者になって一緒に空を飛びたいんです。まだ、自分の飛行魔法すらうまく出来ないんですけど……」


 目を輝かせてそんな話をするファイクちゃん。眩しい。この子も立派な夢を持っているんだ。


「この前の試験は通ったんだし、大丈夫だよ。頑張ってね」

「は、はい」


 羨ましい、と思いながらも応援する気持ちが上回った。


「そろそろ次の場所にいきましょう! 今日はそこで最後です」



◇◇◇◇◇◇◇◇



 次にやってきたのは、明かりを落とした暗い部屋。入口にも黒い布でカーテンが掛けられ、光が入らないような造りになっている。


「こんな中でどうやって作業するの?」

「魔法で作った紫色の光なら、この子たちに影響を与えません。今灯しますね」


 ファイクちゃんが杖先に光を灯し、それを天井へ向かって解き放った。

 紫色の小さな太陽に照らされて現れたのは、真っ白なキノコ。部屋一面に敷き詰められたキノコが、まるでお星さまみたいに光っていた。


光茸リヒトピルツといいます。鬱蒼とした森の中の枯葉の下や洞窟の中、とにかく日光が当たらない場所にしか育ちません。魔法の光も、紫以外だとすぐに傷んでしまう敏感なキノコなんです」


 そんな説明をしながら、いつの間にか手に持っていたジョウロをこちらへ渡してきた。あたしの魔法で直接水やりをして温度が変わると良くないので、ここに一旦水を注いでから作業することにしたのだ。


「こんな手間をかけてまで育てているのには理由があります。ナカガワさんは聞いたことありますか?」

「ううん。多分薬草学でも習ってないよ」

光茸リヒトピルツは、喰らった魔法に完全な耐性を持つ特性があります。例えば火の玉を当てても、少し表面が焦げるだけでその後は全く燃えなくなるんです」

「は!? 何それ最強じゃん」

「耐性がつくのは数時間だけで、その後何日か魔力を蓄える必要がありますけど。魔物同士の争いの流れ弾で死なないように進化したと考えられています」


 光に弱くなった代わりに、あらゆる魔法に強くなった。なんか吸血鬼みたいなキノコだな。

 確かに森には雷光熊ブリッツベーアレとか大魔蜂メガララビーみたいなのがたむろしているから、動けない植物は魔法に強い方が生き残りやすいのだろう。


「そして、その状態の光茸リヒトピルツを食べることで、わたし達もその恩恵にあずかることができます」

「無敵キノコじゃん!」


 例のBGMが頭に流れだした。まさか体も光ったりする?


「それも数時間限定ですが……強力なことに間違いはないので、強い魔物が出る場所へ行く時の必需品です。あと、先生方には毒耐性を持たせた光茸リヒトピルツが人気です」

「毒?」

「相手を魅了したり、眠らせた隙に物を盗んだり……。神様に見つかるのを覚悟でそういう毒を盛ることは、貴族の世界ではよくあるみたいで、その対策として使われています」

「うわあ、そんなドロドロした世界知りたくないよ」


 薄暗くても分かるくらいにあたしの顔が歪んでいるのを見て、ファイクちゃんも「ですよね」と同意を示した。


 ところで、それだけ強力ならあたしの頭にも効く可能性があるんじゃないだろうか?


「これって、呪いにも効いたりする?」

「確か効果はあったはずです」

「マジで!?」

「ええと、でも、これは全般に言えることなんですが、もう罹っている呪いには効果がありません。予防にしか使えないので、早めの投与が大事です」


 うーん。そうかあ、そう上手くはいかないか。


「もしかして、誰か呪いにかけられているんですか!?」

「ち、ちょっとそういうのを調べている最中でね。変な事聞いてごめんね」


 まさか目の前の人にその疑いがかけられているとは思っていないだろう。


 そんな話をしている間に水やりは終わって、今日の作業は終了した。

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