第71話 ハチの逆襲
大魔蜂が出した小さな火花。それはハチが出す警告音と同じで、仲間を呼び出すサインでもあった。
リサの言葉にリールはすぐに反応し、狙いを羽に切り替えすぐさま大魔蜂を墜落させた。ほぼ同時にあたしの魔法で止めを刺したが、それでも遅かったようだ。
「うわあ。いっぱい羽音が聞こえてきたね」
「火花の音もするのです……」
木々の向こうから、沢山の大魔蜂が飛んできた。
羽音が工事現場みたいな騒音になっている。火花もあちらこちらでバチバチ弾けていた。
「ひいいいい! 多すぎ! 凍らせちゃう?」
「駄目なのです! こんなに早く援軍が来るということは、すぐ近くに巣があるのです。範囲魔法を使ったら黒ハチミツまで巻き込んでしまいます!」
「ちまちま倒すんじゃいくらやっても……もう来たよーーー!!」
作戦を立てる暇も無く、あたし達は大魔蜂の大軍に飲み込まれた。
いきなり毒針を向けてくる個体はいなかったものの、バスケットボールが次々ぶつかってくるようなものだ。体当たりだけで十分に痛い。
とにかく逃げて態勢を立て直さないと。リサの手を掴み、ハルヒの背中を追いかけて走り出す。それでも体当たりをしてくる個体を消して貰おうとリールに頼もうとして……そこで、リールが見当たらないことに気が付いた。
少しだけ離れた位置にいたリールは、この魔物の波で分断されてしまったようだ。
「リール! どこ!?」
探そうにも視界はハチだらけ。この場を切り抜けないとどうしようも無さそうだ。
どこかに身を隠せそうな場所は……そんな都合よくあるものじゃないか……。
閃いた。避難場所が無いなら作ればいいじゃない。
あたしは手をつないでいたリサを抱き寄せ、ハルヒにも傍にピッタリくっついてもらった。
「寒いかもだけど我慢してね! 『アイシクル・プリズン』!」
すぐ目の前に氷の壁を作り出し、ドーム状に展開して周りを囲った。
傍にいた大魔蜂は突如出現した壁に弾き飛ばされた。大軍が一瞬怯んだ隙にドームを広げ、座れる面積を確保した。
これでひとまずは攻撃される心配が無くなった。大きく息を吐いて、その場にへなへなと座りこむ。
氷のドームの中は凍える程は寒くなく、むしろ今の緊張で火照った体が冷えて気持ち良かった。
「助かったのです」
「あ、ありがとうむーちゃん」
「一時しのぎだけどね。リールも見当たらないし……大丈夫かなあ」
氷のドーム越し、大魔蜂の大軍を縫うように目を凝らしてもリールの姿は見当たらない。
それにこちらに攻撃できないと分かれば、大魔蜂のヘイトが全てリールに向いてしまう可能性があった。
その時はその時で『虚無』があるから大丈夫だろうけれど。自分で考えておいて、心配なのかそうでないのか分からなくなってきたな……。
「閉じこもったままじゃ、この群れをどうにも出来ないんだよね。リサ、何か良い案ない?」
「大魔蜂達が来た方角からは少し離れましたから、ここなら巣を巻き込む心配も無いと思います。とはいえ攻撃魔法でこの数を殲滅するとなると、森を傷つける可能性が高い。ここは用意していた新薬の出番ですね!」
長い前置きから、リサがドヤ顔で取り出したのは小さなスプレーボトルだ。
怪しげに濁った白い液体が入っている。
「主成分はクリザンテの花から抽出しました。虫の魔物に効果抜群! 草木や人には毒性が低いので、野外で使うなら安心なのです」
「ここに来て殺虫スプレー!」
何でもありの魔法の世界で、殺虫スプレーに頼ることになるとは思わなかった。
「でもこの量じゃ足りなくない?」
「そこは、先程見せて頂いた風の魔法をお借りします。ドームにこのノズルが出るだけの隙間を作って貰って、そこから噴射します。霧状になった薬を風に乗せてまき散らして欲しいのです」
「リールが吸い込むのは平気?」
スプレーを撒けばリールにもかかる危険がある。人には問題ないと言っていたけれど……。
「ドラゴンにこの程度の毒が効くはずはありません」
「リールちゃんが普通の概念の化身と違うところが心配だけど……これなら私がすぐ治せるから大丈夫」
頭脳担当の二人からのお墨付きをもらえたなら安全だろう。これ以上もたもたしている方が危険だ。
「じゃあ穴開けるよ……って、あれ?」
作戦会議を終え、氷のドームに手をかけようとしたその動きが止まる。
氷の向こうに、信じられない光景が広がっていたのだ。
数メートル先に浮かんでいるのは小さな球体。ゆらゆらと不気味にうごめくその中へ、大魔蜂達が吸い込まれていた。
近くにいる個体は勿論、離れた場所にいる個体も引き寄せられて消えていく。必死に羽ばたいて抵抗しているが、全く意味をなしていなかった。
「え、あれってまさか噂のブラックホール!?」
「あれは違うよ、真っ黒じゃなくて藍色。……リールちゃんの力だ」
「私達も吸い込まれるのではないですか!?」
「大丈夫みたい。木や草だってそのまま、魔物だけを吸い込んでる」
ハルヒの言う通り、藍色の球体は無差別にではなく、大魔蜂だけを吸い込んでいた。氷のドームも削られたりせず、微動だにしていない。
瞬きを数度するうちには、数えきれないほどいたはずの大魔蜂が、一匹残らず消え去った。
「なんだーゆめかー」
「恐ろしいほどの棒読み。むーちゃん現実を受け止めて」
「いやいや嘘でしょ!? リールにあんなことできたっけ?」
触ったものは勿論、『傘』を展開して触れる直前に消すことはしていたが、その力を遠隔で使う事は出来ていなかったはずだ。
それにしてはハルヒは確信を持っていたようだけど……。
とにかく危険は去ったので、氷のドームを全部溶かして外へ出た。
「ムウー! ハルヒ、リサー!」
「あ、リール! 良かった、無事だったんだね」
そこへ、木々の合間を縫ってリールが飛んできた。両手を広げて待っていると、ちょっと強い勢いで胸にダイブされた。やたら頭を擦り付けてくるし……泣いてる?
「もしみんなも一緒に消えちゃってたらぼく……ぼくぅ……」
「消したって、じゃあ今のはリールが?」
リールは腕の中でこくこくと頷いた。
「魔物だけ全部消えろって一生懸命念じたら、いなくなっちゃった」
「触ったものしか消せなかったはずだよね……レベルアップってやつ? それとも火事場の馬鹿力?」
「良く分かりませんが、手柄を取られてしまったのです」
疑問符を浮かべながらも再会を喜ぶあたしと、スプレーを残念そうにしまい込むリサ。
ハルヒは一歩下がった場所でその光景を眺めていた。
「ハルヒ、どうしたの?」
「今の力がリールちゃんのものだって事は分かったんだけど、何の概念が元になっているかがやっぱり分からなくて……」
少し怯えている。明確に態度には出ていないが、かすかに声が震えていた。
「……でも、リールちゃんはリールちゃんだもんね。どんな概念だってそれは変わらないよ」
そう呟くと大袈裟に頷いて、こちらへ歩み寄ってきた。
「ありがとうリールちゃん、お陰で助かったよ」
「うん。みんな無事でよかった!」
泣き止んだリールはにこっと笑った。
「いけない、正体不明だと対策できない、なんて考えちゃうのは封印隊時代の悪い癖だ」
「最近よくその癖出るね? 守護神様だから、慎重なのは当たり前だよね~」
「からかわないでよ、もう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、大魔蜂達がやって来た方角へ進むと大きな巣を発見。そこに残っていた少数の大魔蜂を討伐して、無事に依頼を達成することができた。
大きい、といっても成虫のサイズからすると随分手狭な巣だった。幼虫と蜜だけを入れる箱で、成虫はその周りで休むという習性らしい。
巣の中にはたっぷりの黒ハチミツが入っていて、リサがおっかなびっくり採取していた。
「これだけの量があれば、このまま売るだけでも凄い利益がでるのです。薬に変えれば更に作業代を上乗せして……はっ、黒ハチミツがお金に見えてきたのです」
「見えてきたっていうか、まんま金蔓として考えてたよね今」
帰りはまたトレーニングのためにマラソンをした。
へとへとになった体でギルドへ向かい清算をすると、ハフトリープさんに「ありゃ、意外と苦戦した?」と勘違いされた。
あ、でも精神疲労のほとんどは大魔蜂のせいだと思う。
「それにしても、依頼は全て達成、ムクの風魔法や飛行魔法の成果も上々。更にリールの力も増したようで、これ以上ない成果が上げられましたね!」
「そうだね! 一番調子良い火魔法が試せなかったのが残念だから、今度は水辺の依頼でも受けようかな?」
採集依頼のおこぼれでポーチをパンパンにしたリサが満足そうに頷いた。
あたしも満足はしたが、やりたいことがまだ残っていた。残りの休暇も退屈せずに過ごせそうだ。
「ぼくの力、思った通りに使えるのか確かめたいな! 間違いがあったらいやだもん」
「そうだね、もっと検証していかないと。リーダーにも報告しておかなきゃ」
対するハルヒとリールは、大魔蜂を全滅させた力について討論を始めた。夢中になっているハルヒには、昼間のような怯えは見られなかった。
「どうせリサも、これからよなべして薬作るんでしょ? あたしももうひと頑張りして、黒ハチミツのお菓子作ってきますかー」
「お菓子! ぼくも手伝う!」
「あっ、リールちゃんがいないと話が進まないよ。それに、つまみ食いしたいだけでしょう?」
「えー、なんでバレたの?」
「まあバレバレだよね。リール、待ってなさい」
「分かった……ぷうー」
残念そうに羽をたたむリールの頭を撫でて、あたしは食堂の厨房を借りるために部屋を後にした。
いよいよ冬になろうというこの時期に、ようやく夏休み編(夏の大陸+四神休暇編)が終わりました。
次の話を始めるのにもう少し時間が欲しいので、来週の投稿はお休みさせてもらいます。
12月にまたお会いしましょう。




