第70話 ハチ退治
「わー、懐かしいー!」
探索を開始してしばらくすると、視界が段々と開けていき、目の前に川が現れた。
クラスメイトが飛行の魔法に失敗して吹っ飛んでいった場所、あるいはあたしが初めて瞬間移動を成功させた(させてしまった)あの川だ。
そんな思い出にふけっていると、杖にはめていた魔法の種が光りだした。
「ストップ! 今日はちゃんと飛んで移動するんだから」
瞬間移動の魔法を準備していた魔法の種をぐりぐりと撫で、魔力を貯めるのを止めさせた。
記憶を辿る最中にそこから魔法を発動させようとするから困ったものだ。こういう時は反応が良いのもありがた迷惑である。
ウルドの森に行くと決まった時から、今度こそこの川をきちんと飛んで越えてやる、と密かにリベンジに燃えていた。あたしは杖を構え直し、改めて飛行の魔法を使った。
「高さはあたしの身長くらいで……対岸まで、さあ行くぞ!」
ビシッ! と杖を対岸に向けると、あたしの体は浮かび上がって、川の上を静かに移動。岸の近くの泥っぽい場所は避け、草がしっかりと生えている場所にふわりと着地した。
「お見事なのです。テストの時よりも動きが滑らかでしたね」
「これだって特訓したからね! もう声に出さなくてもイメージ通りに飛べるようにはなってきたんだけど、今は気合を込めるために喋っちゃった」
ちゃんと飛べるか少しだけ不安だったが、これならもう大丈夫そうだ。
全員がこちらへ渡ってきたことを確認して、あたし達は更に奥へと進んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
力持ちの小人やヒュプノに遭遇した場所も通り過ぎたが、魔物と遭遇することは一度もなく、キゴンの群生地までやってきた。一年生総出で採集してから二ヶ月しか経っていないが、実は全て生え揃っていた。春の大陸の繁殖力、おそるべし。
リサは魔法でハサミを浮かせ、手際よくキゴンを刈り取った。いよいよ残すは黒ハチミツだけだ。
「あっちの方から、ほんのり甘いにおいを感じない?」
「黒ハチミツの香りですね。巣に近づいてきた証拠なのです」
「いよいよ肉食バチとご対面かあ……緊張するなあ……」
ハチに遭遇するのは嫌だと思いながらも、甘い香りに引き寄せられるように歩みを進めていく。
パンとかホットケーキに塗るのが王道だけど、紅茶にちょっと入れすぎ? ってくらい入れて飲むのも背徳感の味がして堪らないんだよな……
「むーちゃんストップ、羽音がするよ……あれ、大魔蜂じゃない?」
黒ハチミツの使い方に気を取られてぼんやりしていたあたしは、ハルヒに袖を引っ張られるまでそれに気が付かなかった。
目をこすって視界をクリアにすると、少し先の木々の間をゆっくり飛んでいる二匹のハチが見えた。
距離があるはずなのに、既に普通のハチより大きく見える。ブンブンと羽音も聞こえてきて、少し寒気がした。
「本当に大きい……でも弱いんだよね? い、行くよリール!」
「任せて!」
及び腰のあたしを置いて、リールが先に大魔蜂に接近。リールに気が付いた大魔蜂は、威嚇のためか不規則に飛び回った。
肩乗りサイズのリールとハチがほぼ同じ大きさなのを見ていると、いよいよ遠近感が狂ってきた。
姿形はスズメバチよりミツバチっぽく、ずんぐりむっくりで産毛がふわふわ生えている。
それだけなら可愛げがあるのだが、お尻の針がなかなか凶悪だ。体のバランス的には丁度いいが、その体が大きいため針も大きい。例えるなら程よく使い込み、先を尖らせた鉛筆のようだ。
これって最早針じゃなくて、立派な刃物なのでは。
「よっ、ほっ、はい!」
リールはそんな凶器の付いた相手をものともせず、何度か尻尾で大魔蜂を叩いた。しかし、大きいとはいえハチらしい素早い動きで躱され、羽を掠める程度に留まっていた。
「向こうの動きが速くて追いついていないのです……あれ?」
攻撃が命中していないことにリサが不安を口にした次の瞬間、二匹の大魔蜂はポトリと地面に落下した。
飛んでいないならこっちのものだ。あたしはちょっと離れた場所から風の刃を飛ばし、足をばたつかせて逃げようとしていた大魔蜂を切り裂いた。
風魔法も便利だね。ユングルを思い出させてちょっと複雑な気分だけど。
「羽が消えてるのです」
倒した大魔蜂を見てリサが驚きの声を上げた。その背中は、元から羽が生えていなかったかのようにつるりとしていたのだ。風魔法で切れたのかと周囲を観察しても見当たらない。
「ありがとうリール、うまく消せるようになったね」
「えへん! ムウの氷で沢山練習したもん!」
リールは新しい魔法を習得出来ない一方で、元々あった『虚無』の力(かどうかは不明だけど今更呼び名を変えるのも面倒だった)を強化することに成功していた。
今までは触れたものを丸ごと消し去っていたが、それだとテイマーバトルの時のように相手を生かしておかなければならない、又は素材の回収のために部位を残しておかなければならない時に攻撃手段として使うことが出来なかった。
効果範囲を狭めて、一部分だけ消せるようになれば使い道がありそうだ、ということであたしが魔物を模した氷像を作り、触った部位だけを消せるように練習を積み重ねたのだ。
その間に消え去った氷像は数知れず……だけれど、あたしの体力も氷魔法ならほぼ無制限なので問題は無かった。
基本的な使い方は、相手の機動力や攻撃性の高い部分を無くすこと。ハチなら羽を消せば無力化出来るので、先陣を切ってもらったのだ。決してあたしがビビっていた訳ではありません。
本当は羽も売れるんだけど、ここを傷つけずに倒すのは難しいし、討伐証明はお尻の毒針があれば大丈夫。これでようやく、リールも討伐依頼に戦力として参加できるようになったのだ。
「まだ失敗が怖いから、倒しちゃっていい魔物にしか使いたくないけど……」
「それでいいよ、というか対人で使うのは今後もナシだよ」
思えば、リールはこの約束をずっと守っててくれていた。
やんちゃな所はあったけれど、ちゃんと分別はついていたのだ。優しい子に育ってくれて良かった。
「器用に使えるようになったのですね。それなら、胴体だけを消せば今回なら換金できる部位がかなり残せますが……」
「次やってみる!」
リサの提案に、リールが更にやる気を見せた。
成功したらかなり討伐が楽になるけど、羽と針だけが落ちてくることになるのか……シュールな絵面だなそれ。でも、いわゆるアイテムドロップってそんな感じなのかな。
雑談をしている間に、ハルヒが毒針の回収をやってくれた。
魔物の解体も、主に合唱魚を沢山捌いたことでもう慣れたが、今回は針が刺さると危険なために一任してもらっている。毒に冒されても、ハルヒならすぐに『治癒』で解毒できるし、対象が自分なら尚更早く治せるという理由からだ。
そうして最初の戦闘を終え、先へ進むとすぐに羽音が聞こえた。今度は数が増えている。
「4匹いるね。どうする?」
「ちょっと頑張ってみるけど、難しそうだったら羽取っちゃっていい?」
「オッケー、任せた!」
リールは果敢に大魔蜂の中へ飛び込んだ。だが、胴体を叩こうとすると正面から向かって行かなければならず、相手も動きが読みやすいらしい。リールの攻撃は空しく宙を切っていた。
それを見て勝機があると思ったのか、そのうち二匹の大魔蜂がリールへ突進してきた。
リールも咄嗟に回避するが尻尾を掴まれてしまい、そのまま毒針を打ち込まれる……前にバリアーによって消滅してしまった。
「あー、失敗した……」
「しょうがないよ、後2匹頑張って!」
人だって胴体を攻撃されそうになったら避けるなり手で受け止めるなりする。大事な部分の守りが固いのは当然だった。
その後もなかなか攻撃が当たらずにいた。そろそろ諦めようかと考えだした時、大魔蜂からパチパチ、と小さな火花が散った。
それを見たリサはいち早く叫んだ。
「仲間を呼ばれました! 早く倒してしまいましょう!」




