第69話 ウルドの森再び
少しだけ人気が戻ってきたギルド内にて。
掲示板を眺めていたリサは、そこからいくつもの依頼書を取ってきた。
「そんなに持ってきてどうするの?」
「どうするって、全部採集するに決まっているのです」
備え付けのテーブルに依頼書の山がバサッと広げられた。行き先は、全てウルドの森だ。
あたし達が初めて探索した場所で、課外授業でキゴンの実を探したり、ヒュプノと出会ったりした思い出深い場所だ。
「うわあ、懐かしい場所を選んだね」
「学園から近いこともあって、依頼は豊富でした。一度探索したこともありますから他の場所より安心なのです。ただ、一番欲しいものと、討伐依頼は見当たりませんでした」
「これ以上取る気なの? 討伐依頼は、確かそもそもの量が少ないんだよね」
何故かあたしはしょっちゅう受けているが、本来学園に付属しているギルドに討伐依頼はほとんど来ない。学生を無暗に危険に晒すわけにはいかないからだ。
しかし、ここにない依頼を検索する方法をあたし達は知ってしまっている。
受付に並び、営業スマイルを向けてきたハフトリープさんに質問した。
「すみません、ウルドの森での討伐依頼を探しているのですが」
「おい! またあんたらかい!」
討伐依頼と聞いた瞬間、ハフトリープさんの笑顔は一瞬で霧散した。本当にいつもすみません。
「まあ、あんた達全員経験者だもんね……ウルドの森ならいいか。はいはい、ちょっと待ってなよー」
「あと、黒ハチミツの採集依頼もお願いしたいのですが」
「黒ハチミツ? あ、それなら丁度いいのがあるよ」
パラパラと書類をめくる音の後、こちらへ一枚の依頼書が差し出された。
「大魔蜂の駆除? やばそうな名前ですけど、どんな魔物ですか?」
「そのまんまだよ、大きいハチの魔物。アタシらの顔くらいの大きさがあるけど、強さは大したことないよ。『ブラウゼン』所属なら誰でも十分倒せる」
3級以上なら子供でも大丈夫、ということらしいが……顔くらい大きいハチというだけで、十分脅威な気がするんですが。
今までに戦ってきた山みたいに大きな魚やトカゲ、それらと同じ強さのサボテンの軍隊なんかよりはマシ、かなあ。
「ウルドの森の奥地に巣があるんだけど、ちょっと増えすぎてるみたいでさ。巣を二つほど壊して、中の大魔蜂も全滅させて欲しいんだ」
「巣も破壊、ということは中身を自由にしていいんですね!」
「そういうこと。2つ分ならかなりの黒ハチミツが取れると思うよ」
「こ、これは報酬の金額以上にお得な依頼なのです。受けましょう!」
リサは誰にも取られまいと、その依頼書の上へ持っていた束を重ねて自分のものとした。
魔物の討伐はもとより、採集もそれなりの制限がされている。草木も生き物、採りすぎて絶滅なんてことになれば神様の逆鱗に触れてしまうのだ。黒ハチミツがこれだけ取れる依頼はそうそう無いらしい。
ここまで生態系を気にしているのも、四神達は先輩───ラゼリンが守ってくれたこの星を受け継いだ心境のあらわれなのだろう。
と、それとは別に気になったことをハフトリープさんに質問した。
「ほとんど無いって言っておきながら、いつも都合よく討伐依頼を用意してくれますよね。何か理由があるんですか?」
「ワキュリー先生が生徒をけしかけるあれ、月一ペースであるから用意しておかなきゃならないんだよ。勿論普通は頼まれても出さないよ? でも今回はちょうど人手が欲しくてさ。用意していた依頼の期限が迫ってて困ってたんだ」
「頻度やばくないですかそれ……。でも、ハフトリープさんが行けばすぐに済むのでは?」
受付業務をしている姿しか見たことが無いが、ハフトリープさんのランクは『満開』手前、かなりの実力者なのだ。
「四神休暇中は先生たちも帰省してるから、なるべく街から出ずに留守番しなきゃいけないんだよね。それも考えて管理してたはずなのに見落としてたらしい。そろそろ掲示板に貼り出してしまおうかと考えていたところなのさ」
そんな訳だからじゃあ頼むよ、と返された依頼書の山は、いつの間にかすべて受付処理がなされていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日、早速ウルドの森へ向けて出発した。
あたしとリールの特訓も兼ねているので、移動は負荷をかけて行うことにした。
リールは大きくなって背中にリサとハルヒ、それに三人分の荷物を乗せて低空飛行。あたしは自分の荷物を持ってマラソンだ。
「リサ、もう旅の疲れはとれたの?」
「ええ。むしろ沢山の黒ハチミツを取れると思ったら、興奮して居ても立ってもいられなかったのです」
「依頼を見た時からそんな感じだったよね。そもそも黒ハチミツって何なの、高級品?」
「強くないとはいえ、魔物からとれる物ですから、値段が高いのは当然なのです」
テイムで養蜂しようにも、飼育にかかる費用が大きすぎて商売にならないらしい。巨大なハチが街に跋扈する世界じゃなくて良かった。
普通のハチミツより黒っぽい色をしたそれは、蕩けるような甘さが特徴だ。料理に使うには少し値が張るが、それを売り文句にするために高級菓子に使われるようだ。
「薬にもなるのですよ。栄養満点ですし、頭がスッキリして作業が捗るようになるとも言われます」
「ハチミツで翼授かれるのか……安物のエナジードリンクより効果は高そうだけど。まさか、それってあたしの頭をどうにかする作戦のブツ?」
「ひとまずは対処療法ですが、無いよりマシでしょう」
「サンキュー! じゃあハチミツを手に入れたら、お菓子にして皆で食べようか」
「甘いお菓子! さんせい!」
食べ物の情報を聞きつけたリールが喜んで手を上げる。急に揺れたリールの背中では、リサとハルヒが必死にしがみついていた。
「あ、危ないよリールちゃん。急に動かないで」
「ごめんなさーい」
二人の体勢が立てなおってから、再び移動を始めた。徒歩で一時間かかる道だ、走っているとはいえまだまだ道のりは長かった。
「課外授業の時は全く見かけなかったけど、こうして移動しているとちらほら魔物を見かけるね」
このあたりは一年生が授業で使う土地なだけあり憶病な魔物ばかりだ。最近対応してきた魔物と違い、全く近づいてくる様子はない。
それでもあの時は影すら見かけなかったので、ビリス先生の魔除けは効果てきめんだったと言える。
「無暗に戦うものでもないですから、早く抜けてしまいましょう」
移動中にその魔物たちが襲ってくることもなく、40分ほどでウルドの森に到着。
息を整えるまで軽く休憩を挟んで、探索を開始した。
「この背の高い草むら、そのまんまだね。リサ、大丈夫?」
「ええ、むしろ好都合なのです」
入ってすぐの草むらは、相変わらずリサの顔程まで伸びていた。
歩きづらくないかと気にしていたら、むしろ頭を低くして、採集するものを探していた。
「背の高い方では、この中を探すのも大変でしょう。元々視界がこの中なら、逆に探しやすいのですよ。と言っている傍から早速……」
リサは草むらの中を自在に動き回り、次々と依頼物を探し当てていた。依頼を受けたものに与えられる、「二割増で採集して、自分のものとして良い権利」も存分に行使している。
その間、あたし達は護衛に当たった。三人で分担して辺りを見回しているが、やはり魔物の影は見当たらない。気楽なものだった。
「ふう、これで粗方終えました。残りはキゴンと黒ハチミツですから、奥へ行きましょう」
「あれだけの依頼をもう? 流石だね」
「伊達に薬草学を嗜んではいないのです」
ハルヒに褒められたリサは、えへんと胸をはった。残念ながら、草むらに阻まれてほとんど見えていないが。
「それにしても静かですね。やはり大魔蜂に食べられてしまったのでしょうか」
「え? 食べるって、他の魔物を? ミツバチだよね?」
「ええ、でも肉も食べます。雑食ですよ」
「肉食の巨大なハチ? それってどんなパニック映画だよ」
グロテスクな想像をしてしまい一気に帰りたくなったが、今回の主目的は黒ハチミツだ。仮にも護衛、そして大魔蜂の討伐を請けているので戦わずに引くわけにはいかない。
あたしは覚悟を決めて、森の奥へ進むのだった。
リサと大魔蜂……この名前にピンと来た人とはいい話が出来そうです




