第68話 むしとりしょうじょ
四神休暇も10日を過ぎると、ぽつぽつと寮に学生が戻ってきた。活気の戻ってきた寮内に対し、街からはお祭りの喧騒が無くなりつつあった。
「ただいまなのです」
「お帰りー」
そんなある日、リサが帰省から戻ってきた。
重そうな荷物を部屋の隅に置くと、リサはあたしのベッドに飛び込んだ。先にベッドにいたリールが、反動でぽんと跳ねた。
「疲れました……。弟のやんちゃに磨きがかかっていたのです、祭事の手伝いをしながら面倒をみるのは大変でした」
「お姉ちゃんが離れて暮らしてたのが寂しかったんじゃない? あーあ、神官見習いモードのリサ、見たかったなあ」
「ま、まだまだ見せられるようなものでは無かったのです」
いつもなら自信たっぷりに返してくるところを、リサは謙遜する素振りを見せた。
レーヴェ大神殿も超満員だったし、リサのところも大変だったんだろうなあ。
ハイスは仕事をしながらディザンマの面倒も見る余裕を見せていたけれど、あれは相当出来る部類なのだろう。
「これ、お土産なのです。母が作ったクッキー、美味しいのですよ」
リサが荷物から取り出した袋には、沢山のクッキーが入っていた。トッピングは特にない素朴なものだが、ほんのり甘い香りが食欲をそそった。
袋の口を開けた瞬間、リールがクッキーを一枚掠め取った。何という速さだ。
「すごく甘い! おいしい!」
「確かに濃厚だけど、くどさは感じないね」
「家で育てているシュティーからとった乳を使っていますから。品質には自信があるのです」
シュティーというのは牛の魔物だ。普段は温厚だが、雑食なのであまりに機嫌を害するとパクっとやられてしまうらしい。
小さな村では各家庭で育てて肉や乳を取っているが、魔法の暴発に次いで子供が怪我をする原因にもなっている。
「弟は乳しぼりが下手で、よくシュティーに蹴られていたのです」
「あの大きさの魔物に蹴られるって、笑い話では済まないのでは……?」
「蹴られ慣れたのか、受け身だけは上手になっていたのです」
「うん、笑い話だった」
そのあと暫くはリサの苦労話が続いた。弟の話が多かったのは、なんだかんだでしっかりお姉ちゃんをやれている証拠だろう。
「充実した里帰りだったんだね」
「はい。ムクは帰省しなくて良かったのですか?」
「帰ってもすることないし、こっちのこと聞かれても説明が面倒だし……あと、今地球に帰ったら死にかねないって事が判明したんだよね」
「はい?」
突然出てきた物騒な単語に、リサは理解が追い付かずに首をかしげた。
流石に突拍子も無かったかな。順番に話していかないと。
「ええと……ムク達は、夏の大陸で何をしたのですか?」
「それはもう、色々あったんだよ。まずはこれ、お土産ね」
クッキーのお返しにと、ルーフルトで買った貝殻のネックレスと、コンポートにしておいたチュンケルの森の果物を渡した。
「ネックレスはあたし達とお揃いだよ」
「ハルヒ様とお揃い! 嬉しいのです!」
「そういうところはブレないね……」
「果物は、もしかしてチュンケル産ですか? 神殿への献上品になるくらい高級だったはず……でも依頼は砂漠でしたよね」
「聞いておくれよ、あたし達の冒険譚を」
夏の大陸で経験したことをざっくりとリサに話した。移動込みで5日間ほど、期間もそこそこ長いがそれ以上に内容が濃密で、リサはずっと驚きっぱなしだった。
「四神様を育てられた『雨』の概念の化身様……私もお会いしたかったのです」
「お墓なら整備するようにディザンマに言いつけたし、今度お参りしてみる?」
「お願いするのです! でも、まずはムクの頭をどうにかしないといけませんね……」
「気持ちは分かるが御幣を生む言い方をするな」
あたしやリールに起こった現象についても、大まかにだが説明していた。
「呪いの可能性については、私も調べてみます。そして、秋の大陸に行くなら交換留学を利用することをおすすめするのです」
「交換留学?」
6月頃になると、各大陸の学園同士で生徒の交流を図るため、交換留学が行われる。
そんなに遠い日付でもないし、大陸を渡るのは半日がかりなので週末休みだけでは間に合わないと考えていた。これは確かに良い手段だ。
「私も立候補するつもりです! 枠はいつも少ないですから、譲るつもりはあまりないですが、お互い頑張りましょう」
「え、もしかして試験とかあるの?」
「学園の名前を背負うのですから、優秀な生徒が選ばれるのは当たり前なのです」
「どうしよう、面倒だなあ」
「あはは……才能の優秀さならむーちゃんはぶっちぎりなんだから、少しだけ頑張ろう?」
魔法の勉強は楽しいけれど、試験となるとやる気が出なくなるよね。
好きなことだけ好きなように学びたい。
「ムウがはずれたら、僕だけで行っちゃうよ?」
「やべー、ここにいるの勉強に関して真面目な奴ばっかりだった! ぐぬぬ、孤独な闘い……」
「何と戦っているのですか」
「分かったよー頑張りゃ良いんでしょー」
リールとリサからの真面目なツッコミに、あたしはなす術もなく崩れ落ちた。
「少し先の話ですから、これは一旦置いておきましょう。まずは今出来る事をやるのです」
リサが「前ならえ」の形にした腕を横にずらして、リールの頭の上に置いた。リールが「何置かれたの? 見えない」と不思議そうにそれを見つめている。
リサも悩む暇があったら頑張る派か、同じ考えなのは嬉しいな。
「今やれることねー。魔法の訓練はやってるんだけど、上手くいったりいかなかったりでさ」
ゾルくんとのバトルを経験してから、あたしとリールは使える魔法を増やそうと試行錯誤していた。
氷魔法の使い勝手が良すぎて忘れていたが、水以外の魔法ならあたしは普通に扱うことが出来た。炎は特に、テイマーバトルで散々苦しめられた思い出からイメージがしやすくなっていた。
でも、それをどうやって戦闘で応用していくか、という「戦術」の段階までは辿り着いていない。
リールは、中々新しい魔法を習得出来ずにいた。ハルヒが言うには、「自分の概念が分かればそれに属する魔法が得意だと結びつくけれど、それが分からないから推測もしようがない」とのこと。
辛うじて希望があるのが水魔法。リールのこめかみに血管が浮き出る程必死に念じた結果、足元を軽く濡らす程度の水を生成することに成功していた。シュロムと水鉄砲で遊んでいた成果だろうか。
「成果は出ているけれど、足踏み状態になりつつもある、と」
「何かいい方法ないかなあ」
「それなら、私に一つ考えがあります」
リサはベッドから立ち上がると、どこからともなく網と肩掛けの小さな籠を取り出した。
まるで虫取り少年の格好だ。麦わら帽子があれば完璧だ。
「森に行きましょう!」
網を斜めに構え、ビシッ! とポーズを決めるリサ。
え、どうした急に。でも既視感があるぞ、真面目な神官が奇怪な行動に走るこの展開に。
「長期休暇は採集のチャンスなのです!」
「いや……特訓の話はどこへ?」
「ギルドで依頼を受けましょう。私は採集依頼、ムク達は同じ場所の討伐依頼を受けるのです。ついでに私の護衛も頼みます」
採集をこなすだけならリサ一人で事足りるが、体力が切れやすいことを考えると護衛が必要だ。
魔物を倒すだけなら氷以外の魔法でも可能になったことだし、一度実戦投入するのはいいかも。あわよくば、リールの強化につながる経験ができると最高だ。
「お金は足りてるんだけど、依頼を受けないと魔物を倒せないか。いくらあっても困ることはないし、それでいこう」
「ディザンマ様からの報酬100万アールに、雷光熊の氷漬けが20万アールでしたっけ。私もそれくらい稼げるようになりたいのです」
雷光熊は戦闘痕のあまりない状態で丸々保存されていたのが高評価で、4級相当の魔物とは思えない報酬が支払われていた。
普通は解体して使えそうな部分だけ回収する上、倒すまでの戦闘でかなり傷つくので、この半分も貰えたら万々歳といったところだ。
「決まりですね! 早速ギルドに行きましょう!」
「帰ってきたばっかりなのに大丈夫?」
「偵察ですよ。もちろん良さげな依頼があれば受けますが、出発は明日以降にします」
そそくさと虫取りセットをしまい、部屋を出ていくリサ。人が少ないとはいえ、あの格好で構内を歩くのは憚られたのだろう。
「ハルヒとリールも、付いてきてくれるよね?」
「もちろん」
「ムウよりたくさん倒すからね!」
二人の元気な返事がとても嬉しい。リールを頭の上に乗せて、ギルドへ向かった。




