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第7話 小さな同行者

「この子は神官見習いのリズエラ・リーン。貴方たちと一緒に、来週から学園へ通います」

「……よろしくお願いします」


 リズエラと呼ばれた少女は緊張しているのか、硬い表情のまま挨拶し、軽く頭を下げた。

 トゥーリーンを小学生サイズまで縮めて、髪を肩の位置で揃えたような、可愛らしい金髪少女だ。着ている緑色のワンピースには、胸のあたりに花の刺繍がある。


「聞いてな……いよね?」

「うん、トゥーリーン様、これは一体……?」


 ハルヒも聞いていなかった同行者に、あたし達は困惑した。


「うふふ、サプライズです」


 ……この神様、見かけによらずやんちゃだぞ。


「一緒に入学するには小さいような……?」

「そのあたりの事情は後で説明するのです。トゥーリーン様の手をこれ以上煩わせるわけにはいかないのです」


 疑問を口にすると、ぶっきらぼうな返事がリズエラから帰ってきた。

 ……なんというかこれは、緊張しているというより嫌われている雰囲気だ。


「なんで神官見習いの私が、よそ者と一緒に勉強しなければいけないのですか……」


 ああ、そういうパターンか。

 確かにあたしはよそ者もいいところ、異世界からやってきているのだ。おまけに危険だと思われている『虚無』のリール付きで。

 神様だって半分が歓迎しなかったのだから、この先もこういう扱いはされるかも知れないのか。困ったなあ。


「そんなこと言わないでリズエラ。特級の魔法の種ケルンの持ち主に、概念の化身コンゼツォンが二人もいるのですよ、貴方にとってもいい刺激になるはずです」

「『治癒』のハイルン様はもちろん尊敬しているのです! でもハイルン様はむしろ、学園で学ぶことなんて無いのでは?」


 さらっとハルヒの概念が明かされてしまった。『治癒』か、優しいハルヒにはピッタリじゃないか。

 あ、逆か。『治癒』だからこそ優しい性格になったのか。


「私はなんとなく力を使ってきたし、ちゃんと学ぶ機会が得られて良かったと思ってるよ」

「おお、さすがなのです……」


 リズエラは目を輝かせた。

 なんだかあたしの時と態度が違う。トゥーリーンの知り合いだしハルヒも神様やってたから……にしたって露骨だ。


「この町から今年学園に入学するのはリズエラだけだったので、面倒を見てもらいたいのです。普通の子供よりも魔法は多く習得しているので、よき師になると思いますよ」

「トゥーリーン様に言われてしまったからしょうがないのです……夢心といいましたね、特級だろうが容赦はしないのですよ!」


 敵意むき出しの目でリズエラはこちらを睨みつけてきた。足元でリールがびくっと震えた。

 この感じ、ジーグルとそっくりである。リズエラは人間だけれど。

 嫌々ながらもリズエラは付いてくる意志があるようだし、嫌われていても子供を置いていくのは忍びないので引き受けることにした。


「分かりました、よろしくね、リズエラちゃん」

「な、馴れ馴れしくはないですか!? 様を付けるのです! そしてさっさと馬車に乗るのです!」

「さ、様はどうなの……? 教えてもらう身だから、先生でいい?」

「仕方ないですね、よしとするのです」


 仲良くなれるビジョンが浮かばない……。

 ハルヒもどうにかしようとしておろおろしている。

 トゥーリーンだけが、この光景を見て優しく微笑んでいた。いや助けてください。



 結局、微妙な空気のまま馬車に乗り込むことになった。

 ヨーロッパの貴族が乗っている、といえば思い浮かべやすいだろうか。茶色の立派な客室に、二匹の馬が繋がれている。

 しかも只の馬ではない。角が生えていて蹄に小さな羽が付いている。色こそ黒いが、ユニコーンやペガサスを思い浮かべる見た目をしていた。


「おおお、カッコいい! もしかして空を飛べたりするの?」

「確かにアインホルンは空を駆けることができますが、体力の消費が大きいので今回は陸路です。それでも今からなら日暮れに間に合いますよ」


 トゥーリーンの説明に、アインホルンと呼ばれた馬たちは「任せてくれ」と言わんばかりに鼻を震わせた。


「学園は寮生活になります。あらかじめ送られてきた荷物と、最低限必要な物やお金は部屋にあるので使ってください」

「そんなことまでわざわざ、ありがとうございます」

「それだけ貴方達の成長を楽しみにしているのですよ。たまに神殿へ足を運んで、お話を聞かせて貰えたら嬉しいですわ」

「もちろんです!」


 優しすぎないかトゥーリーン様。ハルヒが知り合いでラッキーだった。

 期待に応えられるようにちゃんと勉強しないとな。


「あと、リズエラも今は少し緊張していますが、根はいい子ですから、仲良くしてくださいね」

「ど、努力します……」


 あれは少しって範囲なのだろうか? 今も馬車の中から睨みつけてきてるし。

 リズエラの眼力に負けて、あたしは足早に馬車に乗り込んだ。


「じゃあ、いってきます!」

「行ってらっしゃい、貴方達に春風の恵みがあらんことを」


 トゥーリーンの祈りの言葉を合図に、馬車が動き始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 馬車はそれなりのスピードで動き続けている。舗装されてない道だが、揺れは激しくない。しっかりした作りなのだろう。

 そうなると余計に、この険悪な雰囲気が気になってしまう。リズエラは出発から一言も話さないし、ハルヒはずっとおろおろしている。

 あたしがなんとかしなきゃ、でもどうしよう?

 と、悩んでるところへ助け船が頭上からやってきた。


「ムウ、おなかすいたー」


 謁見が終わり、定位置に戻っていたリールだ。

 言われてみれば、あたしもお腹がすいてきた。正確な時間が分からないが、感覚的にもお昼時だろう。


「わかったよ、お弁当食べようか」


 あたしは朝作ってきたサンドイッチをカバンから取り出した。三人分と考えて、かなり多めにこしらえてきた。


「あ、むーちゃんのサンドイッチだ! 私もひとつもらっていい?」

「もちろん、そのためにたくさん作ったんだから」


 ハルヒにはたまごサンド、リールにはポテトサラダサンドを渡す。頭にくずをこぼされるのは嫌なので、リールには隣に降りてもらった。

 そんなやり取りの最中、くうと可愛らしい音が聞こえた。

 対面に座っていたリズエラからだ。


「リズエラちゃん……じゃなかった先生、あなたも食べる?」


 一人増えたのは予想外だったが、もともと多めに作ったので分けても問題ないだろう。

 この状況で仲間外れにするわけにもいかないし。


「……そのピンクの肉が挟まったものを頂きたいのです」


 こちらを睨みながらも、空腹には勝てなかったのか、リズエラはこう答えた。

 やっぱりまだ子供なんだなと思いながら、ハムサンドを手渡した。


「む。おいしいのです。よそ者のくせになかなかやるのです」


 リズエラの表情が明るくなった。素直においしいと言うあたり、根はいい子だというトゥーリーンの言葉は本当なのだろう。

 みんな空腹だったので、あっという間にお弁当は空になった。馬車に満足そうな顔が溢れて嬉しい。


「お昼をごちそうになったお礼なのです、町に着くまで、まずはこの世界の事を教えてやるのです」


 まだまだ上から目線だが、だいぶ打ち解けてくれたようだ。ご飯の力は偉大である。

 リズエラはすらすらとこの世界について語り始めた。


「先程、私の事を小さいと言いましたが、あなたは16歳ですよね?私は四神日を迎えたばかりなので11歳なのです」


 この世界では、魔物に襲われたり、使い始めの魔法が暴発して命を落とす子供が珍しくない。

 なので魔法を使えるようになる10歳の誕生日から約一年後、生まれて4444日目に神の祝福を受ける儀式を行う。その日を四神日というらしい。

 4444日って、日本人の感覚だととても不吉な並びだ。四人の神様にちなんでいることは分かるのだが、とても祝福される日には思えない。これがカルチャーショックか。


「ん? その計算だと12歳と少しじゃない?」

「暦自体、地球と少し違うんだよ。40日で一ヶ月、400日で一年。区切り良く8日で一週間。一日は大体24時間みたい。季節はあっても巡ることが無いから、便宜的に決めたってトゥーリーン様は言っていたよ」

「さすがハイルン様! その通りなのです!」


 ハルヒの説明をリズエラが褒め称えた。


「なるほど……え、じゃあリズエラ先生どころか入学者は全員年下なのか、なんだそのロリショタ空間は」


 中学校の入学式に高校二年生が混じるってどんな状況だ。神様の権力すごい。

こんな状況、その辺のジャンルが好きな人ならホイホイされてしまうだろう。というか実際なりかけていた。

 可愛い物には目がありません。


「四神日に神様から魔法の才能を認められたら、学園でより深く魔法を学べるのです。日常生活に使う分には家族から習えば十分なので、別の道を望んで学園に行かない子供もいますが、普通は認められたら喜んで学びに行きますね。魔法は便利だし稼げるのです」


 11歳の女の子から稼げるなどという言葉が出てきて驚いた。リズエラも、それを目標にしているのだろうか。

 あたしも魔法の才能があるのだから、お金持ちを目指せるのかもしれない。でも、それを夢にするのはなんだか違う気がする。


「神官見習いって言ってたけど、それも稼げる仕事なの?」

「な!? 神聖な職業をそんな目で見るとは、異世界人はヤバンなのです!」


 しまった、せっかく埋まりかけてた溝が開いてしまったようだ。

 リズエラがこちらを見下すような視線で語りかけた。


「神官は神との交信を行い、儀式のお手伝いもさせていただく、誇りある仕事なのです! もちろん手伝うためには魔法の腕が必要で、3級以上の魔法の種ケルンを持っていないと資格すら得られないのです」

「先生はそれ以上?」

「ありがたいことに、2級を賜ったのです。父親も神官ですが、3級なので私にはとても期待を寄せているのです」


 リズエラはえへんと胸を張った。

 11歳のくせにあたしより大きいな……。


「親が神官だからか……他の職業にはなろうと思わないの?」

「なぜですか? 親の仕事を継ぐのが普通なのです、才能を授かった身ならなおさらなのです」


 リズエラはまっすぐな目でそう言った。

 これも文化の差、というか昔は日本もそういう風潮だったんだっけか。いやでも、さっきは稼げる云々言っていたな。

 だとしたらリズエラ個人の考えなのだろう。

 そういう流れで決めちゃうのはどうなんだろうか。でも見習いってことはお父さんの働きぶりを見て憧れたんだろうな。

 あたしは殆ど見なかったから……。


「学園でもっと魔法を学んで、トゥーリーン様のお役に立てるようになるのです!」


 もやもやと考え込んでしまったあたしはリズエラの宣言を聞き流し、窓から外の風景をぼんやり眺めた。きれいに咲き誇る花々が皮肉らしく見えて、ため息がこぼれた。

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