第66話 忘れるのもたまには便利
「やば、止まれ、止まれ! 何でもいいから、リールを受け止めて!」
パルトが起こした爆風に、リールが吹き飛ばされた。このままリングの外へ出たら負けてしまう。
とにかく止まれと、ろくにイメージも浮かべず闇雲に放った魔法は、ふかふかの雪で出来た人形になった。人形はリングの縁ギリギリの所でリールを受け止めたが、爆発の熱ですぐに溶けて消えてしまった。
リールの鱗は煤だらけになっていたが、火傷まではしていないようだ。咳込みながらも立ち上がったリールを見て、観客が声援を送った。
爆発の中心だったパルトは無傷だ。真っ赤になっていた毛皮も、いつもの灰色に戻っていた。頭を振って、乱れた毛並みを整えている。
氷壁は蒸発してしまったのか、跡形も無く染みすら見当たらなかった。
「なんだ今の技、カッコいい……じゃなかった。あたしの氷を一瞬で溶かすなんて強すぎる」
「火炎狼に氷で挑もうなんて、浅はかだな」
「そういえば冬の大陸の出身だっけ。氷には強いはずだ」
だとすると別の氷魔法をかけても無駄になる可能性が高い。そもそもあと1発しか残っていない上に、ゾルくんはまだ3発残している。圧倒的に不利になってしまった。
「そいつのバリアーは優秀だな。パルトの火球を爆発させず飲み込む。避けたり攻撃をぶつけたりしていたら、すぐに爆発して今みたいになっていたんだぞ」
「褒められても嬉しくないよ」
リールはゾルくんの言葉に顔を顰めながらじっと構えて、相手の出方をうかがった。
「だが、もう見切った。パルト、直接いけ」
「ワウ!」
ゾルくんの指示でパルトが駆けだした。今までよりも速度が上がっている。
今までのは小手調べだった、ってやつか!
「リール、危ない避けてっ……」
と指示する頃にはパルトの体当たりがリールの右羽に決まっていた。速さが上がったのもあるが、爆風のダメージの影響でリールの動きも鈍り、避けきれなかったようだ。
ふらついたリールへ、容赦なくパルトの追撃が襲い掛かる。引っ掻いたり噛みついたりと、先程までの遠距離攻撃は一切使用せず、とにかく直接殴ってくるようになった。
リールのバリアーは触れるもの全てを消してしまう。外の魔物相手ならそれで無双できるが、これは試合だ。そもそもパルト相手に使う事は出来なかった。
それをこの短時間で見切ってしまうゾルくん。戦い慣れている雰囲気はあったけどここまでとは。
パルトの攻撃を止めさせたいが、どんな魔法を使ってもあの密着状態ではリールも巻き込んでしまう気がして、あたしは手を出せないでいた。
「リール! 何か魔法使って! あ、瞬間移動なら!」
「ううう、えいっ!」
リールは空中へ瞬間移動し、パルトの猛攻を逃れた。だがパルトは瞬時にリールの位置を特定し、飛び上がってリールの尻尾に噛みついた。
引っ張る力に抵抗出来ず、リールはあえなく地上へ落下してしまう。一瞬の余裕すら与えてくれなかった。
既に満身創痍だったリールは、そのままズルズルとパルトに引きずられ、場外へ放り出された。
「これで火炎狼の14人抜きだー!!」
会場が大きな歓声に包まれた。連戦連勝のパルトを称える人、未だに魔法を使わないゾルくんの未知の強さを早く知りたいという人。そんな中に混じって、リールについて感想を述べる人もいた。
「ドラゴンなのに大したことなかったね」
「バリアーは凄いけど……ブレスとか見たかったのに。狼の方がそれっぽかったよねえ」
悪口はどうして、ざわめく中でも鮮明に聞こえてくるんだろう。
それが耳に入ってしまったリールは、ふらふらと飛び上がり人混みの中へ消えてしまった。
「リール!」
あたしが観客を押しのけ外側へ出る頃には、その姿は消えていた。
探さなきゃ。そう思い闇雲に走り出そうとしたところに、後から人混みを抜けだしたハルヒの静止が入った。
「むーちゃん待って!」
「でもリールが」
「ゆっくり探そう。リールちゃんには落ち着く時間が必要だろうし、むーちゃんも反省しないと」
「あたしが?」
思いがけないハルヒの言葉に自然と足は止まった。
「うん。負けちゃったのは残念だったけど、今の勝負、むーちゃんにももっと出来ることがあったはずだよ」
「そんなこと……まあ確かに……」
傷口に塩を塗るようなことを言ってくるハルヒに反論しかけたが、すぐに思いとどまった。
いつもならすぐに慰めてくれるはずのハルヒが言うんだから何かあるんだ。そう考えてみると思い当たる節はいくつもあった。
もう一回魔法を使う権利が残っていたのに、あの窮地を脱する方法が思い付かなかった。炎を得意とするコンビに氷で挑んだのも間違いだったのかも。どうしても得意な魔法を無意識に使ってしまう。
飛び込み参加とはいえ、ろくに作戦も立てていなかった。今の状態でリールが負けたら、あの感想がなくても落ち込む事は分かっていたのに。
「そうか、リールが傷ついちゃったのって、あたしのせいだよね……」
「ああ、そんなに責めるつもりは無かったの、ごめんね。でね、提案なんだけど……」
耳打ちされたハルヒの作戦は、なかなか豪快なものだった。
「え、それ……今言って大丈夫なのかな」
「誤魔化しててもしょうがないよ。むしろ今だから、意見をぶつけ合えるんじゃないかな」
「スポコンか? ハルヒ意外と体育会系なの?」
理系だと思ってたのに。ていうか理系なのに。
「まーでも、封印隊の守護神様が言うなら信じるよ!」
「ちょ、うん、分かったから。余裕が出たなら大丈夫だね、探しに行こう!」
耳を真っ赤にしながら、足早にその場を立ち去るハルヒ。ゆっくり探せって言ったのはなんだったんだ。
それでも、アドバイスをくれたハルヒに心の中で感謝した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
リールを探し当てるのには時間がかかった。
学校や寮、スタープ魔法用具店……よく行く場所を一通り訪ねても見つからない。困っていたところに「もしかして……」とハルヒが思い至り、最後に向かったのは森林公園。
リサを助けた場所とは違うが、少し奥に入って丸い雑草が沢山生えている場所にリールはうずくまっていた。
「ムウ……」
リールはこちらに気が付いて少しだけ顔を上げた。逃げ出したり怒ったりしないか心配だったが、ひとまず落ち着いているようだ。
「ぼくってなんなんだろう」
恐らく一人の間に考えていたのだろう、抱えていた不安が零れだしていた。
「『虚無』らしくない。概念の化身らしくない。ドラゴンなのに狼に負けちゃう。なんにもできない……」
うつむくリールに、あたしはゆっくり近づいた。
「リールが言ったんじゃん、『僕はリールだ』って。あたしはそれだけでいいと思うけどな」
「なんにも良くないよ!」
「だって、あたしなんてそれすら忘れちゃうかも知れないんだよ!? 自分の名前を、友達の名前を、ちゃんと覚えていられるだけマシだよ!」
リールの事だって寝たら忘れる日があった。ハルヒの事も覚えるまで時間がかかった。記憶がようやく安定してきた頃、マイグロに全てを奪われかけた。
そんな思いをすることなく過ごせている、それだけであたしから見たら十分幸せなのだ。
「……でも、ムウは生き物で、人間だって知ってる。僕は何の概念の化身なのか分からなくて」
「そうね、あたしもハルヒも知らないし、リーダーに聞いてもすぐには分からないんだから、判明する保証なんて無いね」
「……ふえ?」
あたしの突き放すような言葉に、リールは目を丸くした。
「それがどうしたの。むしろ、一人で考え込んで答えが出る事なの?」
「で、出る訳ないじゃん!」
「なら、一回忘れちゃおう」
震えるリールの頭に、パチンと軽くデコピンをした。
「これは個人的な考えだから、違う意見もあるかもだけど。悩んでも解決しない……そんなことすら時間が経てば忘れちゃうんだから、あんまり気に病まなくていいんだよ」
「そんなこと言われても……」
「忘れるのもたまには便利なんだよ? 不安な気持ちはその辺に置いといて、他に頑張りたいことをやればいいの」
まあ本当に怖いことは意外と脳に焼き付いてしまって離れないので、実は全然解決方法になっていないのだがそれは秘密だ。
概念の化身と違って、すぐに解決しないことに無駄に時間をかけていられるほど、そもそも人間には暇が無いしね。
「リールが今やりたいことは何?」
「……パルトに負けて悔しかった。勝ちたい」
リールのこぶしに力が入る。
「こんなところでうずくまってたら、どんどん置いていかれるよ?」
「やだ!」
とうとうリールが立ち上がった。よっぽど嫌なのか、尻尾がビシビシと激しく地面を打ち付けている。
「じゃあ今度は、ちゃんと作戦を立てないとね! あたしも上手くフォロー出来るように頑張るよ」
「ムウ……ありがとう」
「あたしも負けて悔しいし。この気持ちを忘れる前に、リベンジしちゃおう」
熱い眼差しを互いに受けて、力強く頷く。
その横でハルヒがほっと溜息をついた。
「よ、よかった……だいぶ脚色されちゃったから、まとまるのか不安だったよ」
「あれ? ハルヒに言われたことをやったつもりだったのに……」
「今悩んでてもしょうがないっていう事実を伝えようとは言ったけど、うん、なんか、流石むーちゃん」
「あ、適当に流したな?」
「それこそ気にしても時間の無駄だよ! 二人共、作戦を立てる当てはあるの?」
───そんなものはない!
あたしとリールは心が一つになった。あんなにボコボコにされた直後に思いつくものだろうか。
「そうだと思ったの。二人が負けて悔しいと思ったのは私も同じだよ。協力させてくれないかな?」
「ハルヒの頭脳があれば百人力だよ! 教えて守護神様!」
「おねがい守護神様!」
「その呼び方はいい加減やめよう!?」
いつもの調子に戻った3人の笑い声が、森林公園に響き渡った。
傷口に塩を塗る、実際は比喩表現なんて比べ物にならない程痛いです。ソースは塩サウナに入った私




