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第64話 何者なの?

 船でルーフルトまで戻り、そこから更に馬車でシュプリアイゼンへ。学園の寮に辿り着く頃にはすっかり日も落ち、あたし達の体力も限界だった。


 初めてここへやって来た時もこんな感じだったなあ、という記憶を思い出せることを噛み締めながら、あたしはベッドに身を投げ出し眠りについた。


 翌日、依頼達成の報告をした。

 「100万アールなんて管理するアタシの身にもなってよ! いやアタシの貯金の方が多いけどね? まさか一生徒がこんなに稼ぐと思わないじゃん……」と唸るハフトリープさんを宥めるのに時間がかかったけれど、相変わらずギルドは閑散としていて、他の生徒に迷惑を掛けることはなかった。ハフトリープさんもそれが分かってて大袈裟に嘆いていた雰囲気はあった。


 そうしてあたしの部屋に三人で戻ってきたところに、ハルヒがこんな話題を切り出した。


「リールちゃんの事なんだけど、いいかな?」

「え、もうリーダーと連絡取ったの!? やだ、ハルヒったら優秀」

「うん。昨日の夜のうちに聞いてみたんだ。そうしたらこんな返事が返ってきたの」


 ハルヒが取り出したのは一冊の本。何かの文献かと思ったら、開かれたページには手書きの文字が並んでいた。走り書きで、だいぶ読みづらい。


「翻訳魔法が切れてるわけじゃないよね……うん、読めない。これってまさか、リーダーの直筆?」

「直筆じゃなくてコピーみたいなものだけどね。どれだけ世界を跨いでも、これなら簡単に連絡が取れるんだ。そう、とっても読みにくいのが難点だけど……」


 この本にメッセージを書けば、対になる本にも文字が写る。手書きのチャットツールだ。テレパシーもあるが世界を跨ぐとノイズが酷くなり使えない。この方法なら障害なく情報交換が出来るらしい。

 これにもノイズが入っていると言われた方が納得いく、と思ったのは内緒だ。


「ハルヒ、読み上げて」

「匙投げるの早くない? 気持ちは分かるけれど。結論から言うなら───」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「特級ちゃんの次は、『虚無』ちゃんか」


 概念の化身コンゼツォンのリーダー、ヴェルテは封印隊との会議を終え、部屋に一人になったところを見計らい独り言ちた。


 可愛い部下、ハイルンから久しぶりの連絡が入り、喜んだのも束の間。その内容に頭を抱えていた。

 『虚無』の概念の化身コンゼツォンリールに、そのルールに当てはまらない現象が起きている。何でもいいから手がかりになるような情報は無いか、と。


「タイミングがバッチリ過ぎて、流石はハイルンといったところね……はあ」


 今まで行っていた会議の内容が、まさにその情報とも言える内容だったのだ。


 最近、各世界で小さなブラックホールが目撃されていた。揺らめく漆黒の球体は両手に収まるほどの大きさ。不用意に近づいた同胞が一人、吸い込まれてしまった。

 それ以上の人的被害は無いが、近くの物を何でも吸い込み、しばらくするとそこから姿を消してしまう謎の存在に、不安が広がっていた。


 しかし、封印隊がわざわざリーダーを呼ぶほどの会議を設けたのにはもっと大きな理由がある。

 小さなブラックホールは、何が元となっているかは不明だが、概念の化身コンゼツォンなのだ。


 通常概念の化身コンゼツォン同士が向かい合えば、元となる概念まで判別することが出来る。しかし、ブラックホールに対峙した封印隊の誰も、はっきりとしたことが分からなかったのだ。ある報告には、「何も無いように感じるのに確かに概念の化身コンゼツォンだと感じ、とても奇妙で気味が悪かった」とある。

 似たような現象を、ヴェルテは最近別の所で経験していた。


「『虚無』ちゃん、私を見た時そんなことを言っていたわね……」


『うぇるてはなんのコンゼツォンなの?』

『あら、分からないの?』

『おっきすぎてよくわかんない』


 ヒュプノを連れていくついでに、という名目でハイルン達に会いに行ったことがあった。あの時は隣にいたハイルンの友人、その子にかけられた呪いに気を取られていて深く考えなかったが、あの会話もルールに当てはまらない現象だ。


 そもそも、感情があって、一つの生き物として生活している。そのこと自体『虚無』とはかけ離れた現象なのだ。

 小さなブラックホールの方が実体も持たず言葉も交わせず、ただ周りを消し去っていくだけ。よっぽど『虚無』らしい。


「多分、そういうことなのでしょうね」


 似た概念が同時に概念の化身コンゼツォンになるケースはいくつかある。

 フィルゼイトの四神、そのうちディザンマとディヴォンは『夏』と『冬』、それだけ見れば正反対に感じるが季節という大きな括りでは同じタイプで、ほぼ同時に誕生したので双子という扱いになっている。


 リールとあの小さなブラックホールも同時に誕生したのだろう。

 二人共『虚無』になる可能性はあったが、何らかのきっかけでリールは意思を持ち、その時点でブラックホールが『虚無』の概念の化身コンゼツォンになった。


 そしてリールは『虚無』に似ているが別の概念の化身コンゼツォンになった。ドラゴンになれるほど広く浸透している概念のはずなのに、誰もその正体を認識できない存在に。


「観測したのはジーグルだったかしら……あの子が早とちりしたのね、そして私達はそれで思い込みをしてしまったと……。後でみっちり質問攻めにしないと」


 ただ、それだけでは両者共に概念を認識できない説明が付かない。リールとブラックホールは一部まじりあっている可能性があった。

 リールが大元となっている認識できない概念がブラックホールに少しだけ混ざり込み、またブラックホール側の『虚無』もリールに混じっている──────そう仮定すれば、納得がいく。そして。


「惹かれ合う……いえ、足りない部分を埋めようと、必死に探しているのかも知れないわ」


 リールが今いる場所は比較的生き物が多い。新米概念の化身コンゼツォンの留学先としても有名な場所だ。そんなところにブラックホールを辿り着かせるわけにはいかなかった。


「早急に捕まえないとね、私も一肌脱ぎますか」


 会議によって整理された情報も含めてハイルンとの通信用の本へメッセージを書き連ねる。漏れがないか確認し、頷いてパタンと本を閉じた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「リールは『虚無』じゃないってこと?」

「そういうことになるね」


 ヴェルテからの情報は、ひとまずは納得のいくものだった。

 リールが『虚無』ではなかったという事実と、封印隊の皆すら勘違いしてしまった原因。ブラックホールが色んな世界に現れては消えているなんて話はにわかには信じられないけれど、この世界の魔法はイメージでどうにでもできるんだ。受け入れるほかなかった。


「結局、どんな概念かまでは分からずじまいかあ」

「改めてリールちゃんの事を意識してみたら、確かに『虚無』では無いってことは認識できるようになったんだけど……不思議」


 ハルヒに見つめられているリールは、少し落ち着きがなかった。もじもじと前足を動かしている。


「バワールからもそんなこと言われた……でもちょっと違う」

「ええ、バワールはこのこと知ってたの!? 前に『変貌』を受けた……リールちゃんが大きくなった時?」

「うん」


 リールはぽつぽつと、その時バワールに言われたことを語った。

 『虚無』だったのが別の概念に変わったこと、それによって不具合が生じていること、リールの物を消し去る力は、どこか遠くの別の場所に移動させているのではないかという推測。


「勝手にリールを大きくした奴の言葉なんて信じたくないけど、一理あるね」

「バワールの変化に対する好奇心は本物だからね。嘘を言って混乱させるとか、そんな可能性も捨てきれないけれど。……でもリールちゃん、どうしてこんな大事な事言わなかったの?」

「バワールに会って大きくなったって言ったらハルヒ、凄く怖い顔になっちゃったから……」


 確かにあの時のハルヒは珍しくキレていた。

 でもまさか、それだけが原因じゃないだろう。あたしとハルヒは黙って続きを待った。


「それに、僕だってみんなと何かが違うのは分かってた……でも誰も僕が何なのか知らないんだもん。怖くて言えないよ」


 リールはそのまま、羽で顔を隠しうずくまってしまった。

 いつも元気なリールの、今まで見たことの無い小さな姿に、あたしとハルヒは声をかけることが出来なかった。


 自分が何者か分からない。

 思春期にありがちな悩みにも聞こえるけれど、リールのそれはもっと根本的な問題なのだ。リーダーが調べてくれそうだが、すぐに判明する保証もない。『世界』の概念の化身コンゼツォンに分からないことなんて、思ったよりも厄介そうだ。


 結局その日、リールはほとんど口を聞いてくれなかった。

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