第63話 それぞれの不安
スタッフさんの先導で森の入り口まで戻ってきたあたし達は、そのままテント群を抜け事務所の奥へと通された。
そこにはスタッフさんと同じ制服を着た、貫禄のあるおじさんがいた。チュンケルの森の商売をまとめている協会の会長だと紹介された。
「君たちが魔物を退治してくれたのか。感謝しているよ」
「出来ることをしたまでです」
「氷漬けになった雷光熊は冒険者ギルドが引き取ってくれるそうだ。報酬に関してはそちらから連絡があるだろう。果樹も無事だし、何より客に被害が出なくて本当に良かった」
「……とんでもないです」
被害がゼロという訳ではないのだが、怪我をした人はハルヒが治したし、その場に居なかった人から見たらそうなるだろう。
あたし達が負った傷は全く別物なので、そこまで考えてくれとは言えないが、愛想よく応対する元気は全く無かった。
あたしの物忘れの正体と魔法の種の関係。リールがあまりにも『虚無』の概念の化身らしくないこと。
頭が痛くて忘れてしまいたかったが、そういう訳にはいかない。というか物忘れが進行したら死にかねない。こんなに記憶を失いたくないと思ったのは久しぶりだ。
あまりに沈んだ雰囲気のあたし達へどう接したら良いのか困りかねたようで、会長さんは恐る恐る話を続けた。
「協会としても、きちんと礼をしなくてはいけないな。チュンケルの森でとれる最高品質の果物一揃いと、その加工品を贈らせてもらおう」
それはとても嬉しい話だ。しかしうまく反応することができず、形ばかりのお礼と学園の寮へ送って欲しい事だけを伝え、その場を早々に後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
レーヴェの街まで帰る馬車が来るには時間があった。落ち込んでいてもお腹は空くので、屋台で売られていたドライフルーツを練り込んだパンを皆でかじった。
「どうしよう、どーすりゃいいんだろう」
頭の中を巡るのは、ずっとそればかり。
今までも日記を付けたりして記憶の補助はしていたけど、そういう問題では無くなってしまった。自分でどうにかできる範囲を超えていた。
「脳の病気は色々ある。でもむーちゃんは一通り検査して異常が無かったはずだし、ストレスも外傷もなく一瞬で症状が進むなんて聞いたことない」
理系、もとい『治癒』だからこそ医療の知識が豊富なハルヒもお手上げ状態だ。
「…………」
リールは眉間にしわを寄せながら、黙々とパンを咀嚼している。
この三人で活動していてこんなに暗い雰囲気になったのは初めてで、どうにも居心地が悪かった。
「まさに超常現象? なんかもう、魔法というか呪いみたいだよね」
「呪い……そうか、その可能性も考えなきゃ」
「え、可能性はあるの」
魔法があるんだから呪いも存在するのは分かる。ゲームの状態異常だと少し面倒な程度だけど、ストーリーに関わってくると結構厄介だよね。
けど、こんなにやばい呪いをかけられるような事をした覚えはない。いや、覚えてないだけの可能性は十分にあるか。
「呪いだったら、ヘラビス様が詳しかったはず。次は秋の大陸に行ってみようか」
「なんで『秋』が呪い? 秋……ハロウィン……魔女、なるほど」
「自問自答で解決しちゃったみたいだけど、その通りだよ」
ハルヒがぎこちない笑みをこぼした。それでも笑ってくれて、少し場が和んだ気がした。
「四神月の間はなかなか会えないと思うけど、なんとか時間を取って貰えるようにするよ」
「いいよ、そんなに急がなくても」
「でも!」
「探す当てが見つかっただけでも、ちょっと安心したし。幸いフィルゼイトに居れば、呪い? の進みも遅いどころか、回復したくらいなんだから平気だよ」
ハルヒへ言葉を紡ぐと同時に、自分にも言い聞かせる。
大丈夫だ、マイグロなんかに気を付けていれば今すぐ死ぬわけじゃない。むしろ解き方が無いのなら、フィルゼイトに居付く口実が増えてラッキーじゃないか。
「むしろ、リールの方が問題だよね……」
概念の化身のルールに当てはまらないリールの生態。これこそどうやって調べたら良いのか見当もつかない。
「もしかしてバワールの『変貌』を受けたせいなのかなあ。だとしたらますます許せん」
「それも含めて、リーダーに聞いてみるよ。何か手がかりがあるかも知れない」
「リーダー? ああ、その手があったか」
いつだったか突然、寮に訪問してきた概念の化身のリーダー、ヴェルテ。彼女に聞けばきっと何か分かるだろう。
なんといっても『世界』の化身だからね。逆に分からない事なんてあるんだろうか。
途方もない問題ばかりに感じていたが、解決の糸口が見えてきた。
「リールも不安だと思うけど、ちょっとの辛抱だからね」
未だに無言で考え込んでいたリールの頭を撫でる。安心させてやらないと。
「……関係ないもん」
「え?」
「僕はリールだもん! 自分の概念なんてどうでもよくなるくらい、強くなればいいんだ!」
気合の入ったセリフと共に、バシンと尻尾を椅子に打ち付けたリール。
どうやら雷光熊に勝てなかったことがよっぽど悔しかったようだ。
これから先も概念の化身の常識とは違う現象が起こるかもしれないが、元々あたしもリールも概念の化身について知っていることは少ない。
よく分からないことを気にするより、レベルを上げて物理で殴れるようにしておくのが簡単な解決策になる可能性は十分にあった。
「そうだね、あたしも強くならなきゃ」
「ムウにもハルヒにも、ディザンマにも負けないようになるんだ!」
羽を広げ尻尾を立てて、リールはいつになく大きな声でそう言った。
「……じゃなきゃ、僕は何者にもなれない」
その反動で微かに呟かれた言葉の続きは、あたしの耳には入らなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
それから二日後、春の大陸へと帰る船の中。
行きに乗った豪華客船ではなく、最低限の快適さと速さを備えた普通の連絡船だ。あたし達は船内でくつろいでいた。
天気も良く順調に進んでいたが、ある時船の動きが遅くなり、にわかに外が騒がしくなった。
到着時間にしてはまだ早すぎる。
「なんだろう、珍しい魚でも見つかったのかな?」
あたしが呟くと、思わぬ返事が館内放送で返ってきた。
『仲河夢心様、上崎遙日様、リール様。至急船尾側デッキまでお越しください。繰り返します───』
「あたし達?」
呼ばれる理由が全く思いつかず、不審にすら感じたが、取りあえず言われたままにデッキへ向かった。
そこには乗客ほぼ全員が集まっていた。それほど多くない人数とはいえ、船も小さいので重心が一方に偏り少し傾いているほどだ。
「おっ、いたいた!」
快活な男の声が響く。それに人だかりが反応し、すっと道が開けた。
あたしがやった訳じゃないけど、まるで海を割ったモーセの気分だ。
「ディザンマにトゥーリーン!? ということは後ろの二人は」
「ども! 4月4日の神様世界巡礼、番外編としてやってきたぞ!」
船の向こう、海の上に浮かんでいたのは四神様だった。
いつか見た時より花飾りの増えているトゥーリーンに、ちゃんと服を着ているディザンマ。その後ろには豪奢な着物にとんがり帽子を身につけた女と、黒いマントやマフラーですっぽりと身を隠した男がいた。
周りの客から零れた呟きで名前を思い出す。女の方が『秋』のヘラビスで、男が『冬』のディヴォンだ。
「どうしたんですか? 巡礼は神殿だけのはずじゃ」
「わざわざ来てやったのさ! 砂漠の件では世話になったしな。それに三人にペンダントの事を伝えたら、是非ともお礼が言いたいって聞かなくてな」
「そんな我儘な発言をした覚えはない……でも、感謝はしている。ありがと」
ヘラビスがゆっくりと瞬きをした。微かに首も動いていたから、お辞儀だったのだろう。
「ディヴォンも挨拶しろよー」
「それとこれとは話が別だ。俺はまだこいつらを歓迎しようとは思わない」
ディザンマが肘でつつくが、ディヴォンはこちらと目を合わせようとはしなかった。
双子のはずだが、着ぶくれているせいかディヴォンの方が大柄に見える。大男からのツンデレは守備範囲外です……。
「こんなに早く、春の大陸以外でも活躍をするなんて。想像以上の成長で驚いているわ」
トゥーリーンが満開の桜の様な笑みを浮かべる。その美しさに野次馬からため息が漏れた。
「あ、ヘラビス様! 聞きたいことが」
「済まねえ、ゆっくり話してる時間は無いんだ。また今度な。皆も! こんな時までお仕事ご苦労、来年は神殿で会おうな!」
四神様はそれぞれの個性にあった手の振り方(ディヴォンは腕を組んで動かなかった)をすると、そのまま空を飛んでいってしまった。
世界中を一日で周るのに、時間が無いのは当然だった。でも要件だけでも聞いて欲しかったなあ。
「やっぱり忙しそうだねー」
「そうだね。ちゃんと時間を取って貰えるなら、しばらく後の方が良いのかも」
「だからゆっくり作戦を……って、何ですか?」
ハルヒと会話しているのが見えているだろうに、乗客の一人が肩を叩いてきた。
「か、神様にお礼を言われるなんて、お前たち何者なんだ!?」
「えーと、神様からの依頼をこなしてきまして」
「えええ!? まだ学生、だよな? 女の子二人と小さなドラゴンだけで!?」
先程の光景がよっぽど衝撃的だったらしく、この後しばらく質問攻めにあった。挙句、特級だとばれてからは暑さ除けに氷をしこたま作る羽目になった。
思いもよらぬイベントで滅茶苦茶疲れた。けれど、落ち込んでいた気分を吹き飛ばすにはいい刺激になった。
ちゃんと服を着ている(重要)




