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第62話 思い違い

先週投稿出来ないことを告知し忘れていました。申し訳ありません。

「むーちゃん!」

「んあ……ハルヒ」


 いつの間に気を失っていたんだろう。目を覚ますと、視界一杯にハルヒの顔が映り込んだ。


「よかったー、逃げ切れたんだ」

「え? ごめんね、寝起きのところ申し訳ないんだけど、魔物退治するの手伝って!」


 あれ? 白い光から逃げるために空を飛んでたはず……。って、あれは夢だ。

 ここはフィルゼイト。地球じゃないし、ましてや通っていた高校がこんな森の中にあるはずがない。


 懐かしい夢だったなあ。ハルヒと出会ったことで、記憶と共に失われていた生きる気力がちょっぴり蘇り、巡り巡って異世界を満喫しているんだ。あの頃のあたしに言っても信じてもらえないだろう。


 意識が覚醒してくるにつれて、周りの音が頭に届くようになってきた。小さな子供の悲鳴、大勢が駆け回る足音、そして動物の唸り声。

 あれ? 思い出に浸ってる場合じゃない?


 急いで体を起こし、音の発生源を追いかけるように首を振る。そこではリールが体を人と同じくらいに大きくして熊の魔物と戦っていた。

 見た目は何の変哲もない熊だが、爪はビリビリと帯電していて、腕を振るうとそこから電撃が発生していた。果物狩りに参加していた客は感電しないように逃げ惑っている。


「あれ? 皆も魔法使えるよね、どうしてリールだけ戦ってるの?」

「今は駄目なの、マイグロの花粉で……」

「お客様用の薬は一つしか無かったので……。お願いします、助けて下さい!」


 隣にいたスタッフさんが頭を下げてきた。

 まだ状況が掴めないが、どうやら戦えるのはあたし達だけらしい。


「それならやりますかー」


 ハルヒの手を借りてよいしょと立ち上がる。このまま一緒に戦ってくれると期待していたら、すぐにハルヒはその場を離れてしまった。

 怪我人が出ているようで、ハルヒは一生懸命『治癒』を使っている。これは自分一人でやらなきゃダメか。夢見が悪かったせいか、少し気が弱っていた。


 杖を取り、どんな魔法を使うかイメージし始める。

 人が多いから『アイシクル・ミスト』は駄目だよね。この魔法、欠点が多くてこのままお蔵入りしてしまいそう。


「……あ、そうでもないかも」


 ふと思い浮かんだのは、先日の砂漠の探索で入った『雨』の墓。そこでのラゼリンとの闘い。

 氷の壁を張って二人を守ったっけ。あの時、閉じた空間で水弾を乱射されて避けるのは大変だったなあ。


「リール、ちょっと離れて!」

「ムウ、起きたんだ! 分かった!」


 熊に噛みついていたリールに指示する。リールが飛びのいた瞬間、あたしは魔法を解き放った。


「氷の牢獄に囚われろ! 『アイシクル・プリズン』!」


 木々の高さに迫るほどの氷の壁がいくつも出現し、熊の魔物を隙間なく取り囲んだ。

 熊は太い腕で氷を殴りつけるがびくともしない。ラゼリンの水弾を防げるものだ、頑丈さには自信があります。


 氷を壊すのを諦めた熊は、腕を伸ばし爪でがりがりと氷をひっかき始めた。登って脱出するつもりらしい。

 それを阻止するべく、あたしは氷の壁の上へ瞬間移動した。


「更に、『アイシクル・ミスト』!」


 極寒の冷気を熊に向かって流す。周りを囲ってあれば冷気が漏れず、味方を凍えさせる心配がなかった。

 苦し紛れの電撃が飛んできたので、もう一枚氷を作ってきっちり蓋をした。三分も待つことなく、熊の氷漬けの出来上がりだ。


「いいねこれ、カップ麺並みの手軽さ。……完成したけど、一応壁は張ったままにしておこう」


 新たな使い道を編み出したものの、何度も破られている『アイシクル・ミスト』にはどうにも信用が足りなかった。


 再び瞬間移動を使って地上へ降りると、周りから拍手が上がった。


「とんでもない魔法だな……2級か? それとも1級か?」

「すごーい!」


 なんのこれくらい、大したことはないですよ。

 魔法を使って驚かれるのにも慣れてきた。


「ムウ、なんかニヤニヤしてる?」

「あれ、顔には出してないつもりが……、気のせい気のせい。ああ、凍ってるけど近づかないようにねー」


 氷漬けにされた熊に興味を持った子供たちが触ろうとしていたのを窘めてから、ハルヒの元へ向かった。


「流石むーちゃん、もう終わったんだね」

「まあねー。でも分からないことだらけだよ、色々説明してもらわないと」

「そうだね、こっちも一段落したし、話そうか」


 『治癒』をかけ終わったハルヒがこちらへ向き直った。


「倒れた時の事、覚えてる?」

「うーんと、たしか子供たちがマイグロの花を持っていたのが見えて……」


 体の力が抜けて立てなくなり、ハルヒやリールの事も分からなくなり、気を失ってしまった。

 まるで、あの一瞬のうちに様々な記憶を失ってしまったようだった。


「やっぱり……」


 ハルヒは思い当たる節があるのか、神妙な顔つきで話を聞いていた。


「でも、マイグロって魔法の種ケルンを眠らせるんだよね? あたしまで寝ちゃったのはなんでだろ?」

「それは私から……」


 目を覚ました時隣にいたスタッフさんが、控えめに手を上げた。


「マイグロが直接作用するのは魔法の種ケルンのみです。しかし、無意識に使用している魔法があった場合は他にも症状があります」

「無意識に使ってる魔法?」

「例えば元々目の悪い人の視力を底上げしていたり、ご老人が歩く際のサポートをしていたり……等級の高い魔法の種ケルンほど、本人が気付かないうちに体の弱った部分を補助している場合があります。その状態でマイグロの花粉を吸うと、補助の魔法が途切れ、体に異常が生じることがあるのです」


 つまり、あたしはマイグロの花粉を吸ったことで急に物忘れが進行して、気を失ってしまったということか。


「でもおかしくない? 流石に気を失うっていうのは」

「私が駆け寄ったときには呼吸も怪しかったんだ……『治癒』全開でなんとか持たせて、スタッフさんに薬をお願いしたの。すぐに安定したから良かったけど、問題はむしろ深刻になっちゃった」

「いやいやいや、呼吸まで忘れることある?」


 自分で自分に呆れてしまった。 これってつまり───


魔法の種ケルンは物忘れの原因じゃなかった。むしろ生きるのに必要な事を忘れないようにサポートしてくれていた、ってこと?」

「そうみたい……私も気が付かなかったよ、ごめんね」


 ハルヒが唇を噛み、悔しそうにしていた。あたしも驚いて言葉が出なかった。


 なにせ、ここに来た理由、その大前提が間違っていたのだ。

 記憶力が悪いのは魔法の種ケルンのせいじゃない、別に原因がある。しかも放っておけば、体の動かし方や呼吸まで忘れる───死ぬかもしれない。


「魔力の多いフィルゼイトに来たおかげで症状は改善してたけど、そのせいで本当の原因を見落としちゃってたんだ」

「ハルヒがそんなに自分を責めることないよ。こっちにきて良くなったのは本当に助かってるし!」

「でも、マイグロを治療に使えると勘違いして……薬の無い所で試していたら、このまま助からなかったかも」

「それは考えてもしゃーないよ、結果オーライだよ」


 有り得た最悪の事態を想像して、ハルヒは泣き始めてしまった。

 あたしはその頭を胸に抱いて、よしよしと撫でてやる。リールもそれに倣って、羽でハルヒの背中をさすっていた。


「リール、あたしが倒れてた間、魔物と戦ってくれてありがとうね。なんで魔物なんか出てきたんだろ」

雷光熊ブリッツベーアレは魔物除けの防風林が効きにくい種類なんです。それでも普段は近寄って来ないのですが、子供の鳴き声に釣られたようで……」


 あたしが倒れた直後、マイグロの花を取ってきた子供たちはこっぴどく叱られ、盛大に泣いたらしい。それが刺激になり、魔物がやってきてしまったようだ。


 戦おうにも子供たちがマイグロの花を振り回していたせいで花粉が散らばり、全員魔法が使えなくなっていた。

 スタッフさんは自分用の薬を持っていたらしいが、魔法の種ケルンは5級で雷光熊ブリッツベーアレは4級相当。勝ち目は薄く、客の避難誘導もパニックになっていて出来なかった。


「偶然薬を使った貴方に力があって助かりました。本当にありがとうございます」


 あたしにそう告げるスタッフさんを見て、リールは羽を動かすのを止め、不満げな表情になった。


「『虚無』が使えたらあんなの一発だったのに、使えなかったんだ……だから体当たりとか噛みついたりするしか出来なかった」

「リールまで力が使えなかったのか……って、概念の化身コンゼツォンにはマイグロは効かないんじゃなかった?」

「うん。私は何ともなかったし……ある意味これが一番の謎なの」

「霊感があったり、効かないはずの毒が効いたり……リールって本当に『虚無』の概念の化身コンゼツォンなの?」

「それは……」


 分からないことが一度に増えすぎた。誰も答えられず沈黙が訪れようとした時、拡声器を通したような、大きくて雑音のある声が響いた。

 騒ぎが落ち着いたことで、ようやく全体に指示が出せる状態になったのだ。果物狩りは中止という案内が入った。


「近くに他の魔物は見当たらないけど、まあしょうがないよね」

「そうだね。とりあえず戻ろうか……」


 果物は満足に食べられなかったし、踏んだり蹴ったりだ。

 納得いかない結末を抱えて、あたし達は森を出る事になった。

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