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第61話 大事な記憶

終盤のルビ不具合、どうしても治らずそのまま投稿しています。

治し方が見つかり次第修正します……何故だ……。


追記:調べたらすぐ出ました。ggrks。

ルビを付ける文章が長すぎたようなので区切りました。一つ賢くなった。

 気が付いた時、目の前に広がっていたのは、満開の桜が舞い散る通学路だった。

 あたしは歩道の真ん中で仁王立ちをしている。学生が数人、あたしを避けるように横を通り過ぎた。

 桜の花弁が一枚風に吹かれて、あたしの頬に張り付く。あたしはそれをつまみ取り、眉をひそめてじっと見つめた。


「あれ? さっきまで夏だった気がするんだけど……まあいいか」


 現状に違和感を覚えたが、それごと花弁を放り捨てた。

 こんなことは日常茶飯事だった。どうせまた、何かを忘れているんだろう。後で日記を見返せばいい。今はこの道を真っすぐ歩けばいい、はずだ。


 この道を歩くことは体に染みついているらしい。あたしは自然に動く足に身を任せた。

 きっと、この先には大事なものが待っている。それ以外のことなら、あたしは簡単に忘れてしまうのだから。



 昔は、物事を忘れてしまうことがとても怖かった。楽しいことを覚えていられない自分が許せなかった。「昨日は楽しかったね」と言われても素直に頷けないのだ。

 だから相手を、自分を傷つけないように、距離を取って過ごしていた。それが孤独で耐えられなかった。

 そしてその恐怖すら忘れていき、いつしか完全に諦めてしまっていた。



 辿り着いたのは、年季の入った校舎だった。

 そうだ、今日は高校の入学式だ。

 あたしの前に、そわそわしながら門をくぐる生徒が一人いた。緊張しているのか、手足の動きがぎこちない。危なっかしいな……と眺めていると、案の定その生徒は躓いて転んでしまった。


「大丈夫?」


 手を貸し立ち上がるのを助ける。その生徒は一瞬こちらを向いた後すぐに俯き「ありがとうございましゅっ……」と言い残して校舎の中へ消えていった。

 あの子も新入生かな、などと他人事のように考えながら、その後を追った。


 長い長い校長先生の話を聞き終えて入学式が終わり、クラスで自己紹介をする時間になった。

 ああ、またこの時間がやってきた。名乗られたところで覚えられるはずがないあたしには苦痛の時間だ。どうして初対面で趣味とか言わなきゃならないんだろう。


「仲河夢心です。よろしく」


 名前だけ名乗って一礼し、あたしはすぐに座ろうとした。先生が慌ててそれを止める。


「出身中学くらい教えてくれないかな?」


 流石に簡潔すぎたらしい。答えようとして、息が詰まった。


「えっと……」

「あ、仲河さんは私と同じ中学です! ここに来てる人、少ないんだよね~」


 一人の生徒が代わりに答えてくれた。あたしが目線で感謝を伝えると、満足げな頷きが返ってきた。

 あたしの事情を知っている子。中学校の名前を思い出せないのを察知してくれたのだ。残念ながら、その子も名前が思い出せない程度の関係なのだけれど。


「お、おう……じゃあ次」


 本人が答えないことに疑問を抱きながらも、先生は先を促してくれた。

 よかった、あんまり追及されると面倒だから。


 どうせ覚えられないから自己紹介は全て聞き流すつもりでいたのだが、とある生徒が立ち上がった時、不思議と目線がそちらに移った。


 ───誰だっけ。見覚えはあるが、聞こえてきた名前は勿論知らないものだ。

 しばらく考え込んで、その子が校門をくぐる時に見かけた女の子だということに気が付いた。


 高校生にしてはかなり低めの身長な上、緊張しているのか猫背になっていて余計に小さく見える。

 その体型に対して存在感のある淡いピンク色のメガネをしきりに触りながら、消え入りそうな声で自己紹介をしている。

 儚い印象の中に映える綺麗な黒髪は毛先に緩くウェーブがかかっていて、窓から入り込んでくる風でふわりと揺れた。


 結局名前は忘れてしまったけれど、少しだけ彼女の事が気になった。

 そんな気持ちも、明日になったら忘れちゃうんだろうなあ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「あ、あの……仲河さん?」


 そんな風に考えていたものだから、翌日彼女の方から話しかけて来たことにとても驚いた。

 いや、直前まで彼女の事なんてすっかり忘れていたんだけれど、驚いたことでかろうじて記憶が蘇った。ただ、それは「昨日関わりを持った」という事実だけ。名前は出てこなかった。


「えっと……ごめん、名前なんだっけ」


 入学した次の日だから聞いても怪しまれないかなと思い、改めて名前を聞いた。


「あ、その……か、上崎遙日、です」


 上崎さんはオドオドしながら、昨日の自己紹介の時よりは大きな声で、そう答えた。


「昨日、転んだところを助けてくれた方ですよね」

「そうだね、多分。大丈夫だった?」

「はい! あの場で『治癒』を使う訳にもいかず、歩くのも随分久しぶりで大変でしたが……あっ、何でもないです。とにかく助かりました!」


 頭を横に振ったり縦に振ったり、忙しい動きをする上崎さん。ゆるふわウェーブが猛烈に波打った。


「あんな一瞬だったのに覚えててくれたの?」

「ええ、勿論です! 何かお礼をしたくて……」

「いいよ、お礼なんて」


 ───されてもすぐに忘れちゃうから。


 その言葉を口にしたのか、あたしは覚えていない。



◇◇◇◇◇◇◇



 上崎さんと関わることはそれで終わると思っていたが、次の日も、次の週も、上崎さんは話しかけてきた。日記を見返せばそればかりだ。

 更にその中でたった一つ、きちんと記憶に残っている会話がある。ある日あたしの席にやってきた上崎さんに、こう告げたのだ。


「あたし、滅茶苦茶忘れっぽいんだよね」


 沢山話しかけられたものだから、記憶力の無さはあっという間に露呈してしまっていた。

 隠すことはもう出来ない。ならここで終わりにしてしまおう。その方がお互いに傷つかずに済むから。


 次に来る言葉は分かっていた。「良いんだよ別に」、「しょうがないなあ」……それに適当に謝り、「関わろうとするだけ無駄だよ」と突き放す準備をして───


「ごめんなさい! それなら私って、大人しいから余計に覚えづらかったよね」

「……へ?」


 肩透かしをくらった。

 何度も嫌になるほど体験して、選択肢を覚えてしまったイベントのはずなのに。

 でも今回は、何かが違った。


「仲河さんに覚えてもらえるように、私頑張るよ」


 上崎さんは何も悪くないのに、謝ってきて、しかも何故かやる気に満ちた顔になった。

 もしかして、物忘れの程度を勘違いしていないだろうか?


「いや、そういうレベルじゃなくて」

「関係ありません!」


 やる気モードの上崎さんは立ち上がり、初めて聞くような大声であたしの言葉を遮った。

 その勢いに目を丸くしてしまったあたしを見て、上崎さんはしゅんとしてすぐに席に着いた。

 なんだこの子、可愛いな。


「あ……ごめんなさい。でも、私、仲河さんと仲良くなりたくて」

「あたし、そんなに魅力あった? 吊り橋効果じゃなくて?」


 忘れっぽいのも致命的だが、それを抜きにしたところで秀でたものは特にない。


 茶髪ポニテで最低限見た目は取り繕っているが、マンガやアニメが大好きな、只のオタクだ。そういう話だって、メインヒロインの名前すらおぼろげなあたしより楽しく語れる人は他にいるに決まっている。


「貴方がずっと気になっていたから! 仲河さんが良いんです!」


 だから、こんなに求められたことがなくて凄く戸惑ったけれど、正直嬉しかった。


「……上崎さんって、もしかしてそっちの気があるの?」

「へ!? ああ、違うんです! 何て言えばいいんだろう、ええっと……」


 上崎さんは慌てて手をぶんぶんと振った。その大袈裟な反応が面白すぎて、あたしは堪えきれず吹き出してしまった。


「友達、でしょ? こんなあたしでよければ、よろしくね」

「はい! 不束者ですが、よろしくお願いします!」

「ほ、本当にそういう系じゃないんだよね?」


 きっとこの子を拒絶するのは骨が折れる。ここまで言うのなら、友達になった方がよさそうだ。

 なんて考えながら、あたしは久しぶりに人前で笑顔になった。




 そんな、幸せな記憶の中。

 笑いあうあたし達の間に、白い光が一粒落ちた。

 そこから、じわじわと景色が消えていった。


「……っ!」


 足元が白く塗りつぶされていく。あたしは避けるように一歩後ずさった。

 これはまずい。巻き込まれたら、大事な記憶が(・・・・・・)無くなってしまう(・・・・・・・・)


「むーちゃん、こっち!」

「上崎さ……ハルヒ!」


 ハルヒも同じ感覚を抱いたようで、あたしの手を引いて白い光から逃げていく。

 教室の外へ飛び出そうとして、ギリギリのところで急停止した。廊下も、隣の教室も、跡形も無くなっていたのだ。見上げれば天井も消え失せ、空すら塗りつぶされ始めていた。


「掴まってて!」


 言われるがまま手を握り直すと、あたしの体は宙へと引っ張られた。

 ハルヒの体は一歩先を飛んでいく。その背中には、桃色の立派な翼が生えていた。柔らかな天使の翼ではなく、ドラゴンの様な大きくて力強い翼。

 状況が目まぐるしく変わる中、その変化だけは安心して受け止められた。


 あたしは、このハルヒを知っている。


 頼れる親友に身を任せ、白い光から逃げ続けた。光の軌道は不規則で、ハルヒは避けるのに苦労していた。

 今にも白い光が追い付きそうになったその時、別の光が頭上から差し込んだ。


「あれは……あたしの魔法の種ケルン?」


 太陽の代わりに空に浮かんだ水色の石。その光が応えるように広がっていき、白い光ごとあたし達を飲み込んだ。

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