第60話 チュンケルの森
帰りの船のチケットは二日後に予約することができた。前後一週間くらいは予約でいっぱいだったのに、何故かそこだけ異様に空きがあったのだ。
「4月4日に移動しなければならないなんて、お気の毒ですね」
「突然の同情! え、何かあったっけ」
「四神様が大陸中の神殿を訪れてくださる日じゃないですか! この日はどの大陸にいても四神様全員と会うことが出来る貴重な日。ですが、流石に海の上までは来てくださらないですから」
「だから船の予約がこんなにスカスカなんだ」
そんなチャンスを逃してしまったあたし達を慰めてくれる受付の人に、あたしは曖昧に笑って返した。
まさか、その内2柱とはもう何回も会っていて、今更一度くらい会うチャンスを逃してもどうということはない……なんて言ったら面倒なことになるに違いないし。
そんな一幕がありながら、あたし達はその足で馬車乗り場へ向かいチュンケルの森を目指した。
荷台でがたごと揺られること二時間。喧嘩疲れで寝ていたリールが起きた頃、ちょうどお昼時に到着した。
森の入り口には沢山のテントが張られていて、とれたての果物や、それを加工した食事を提供する店が並んでいた。
果物の香りは遠くからでも感じ取ることができる。濃厚な甘さに酔ってしまいそうなくらいだ。
「おいしそうな匂いがする。食べたい!」
「お昼ごはん食べてないもんね。果物でランチなんて贅沢だけどしちゃおうか、金ならある!」
まだ現金として受け取ってはいないけれど、100万アールの収入があったのだ。ちょっとくらい豪遊してもいいだろう。
出店を眺めていると、早速客引きにあった。
「お嬢さんたち! 焼いた果物を食べていかないかい? 普通に食べるより甘くておいしいよ!」
店員さんの言葉通り、そのテントでは鉄板の上で様々な果物が焼かれていた。皮に焼き目が付き、中から染み出た果汁が焦げて香ばしい香りが漂ってくる。
リールがそれを近くで見るために身を乗り出したが、体の支えにしたのがまさかの鉄板。「あちっ!?」と悲鳴を上げて飛び上がり、前足をひらひらと振って冷ましていた。
「そりゃ熱いよ、気を付けて」
「おいしそうだったからつい……」
ハルヒが火傷を治し、それでも焼けた感覚が残っているのか手を振り続けるリールに、あたしは魔法で氷を作ってやった。
「おや、随分魔法が上手だねえ。学校に通ってたりするのかい?」
「春の大陸の、シュプリアイゼン魔法学園だよ!」
「わざわざ春の大陸からようこそ。キミのご主人様は立派だねえ」
「僕も通ってるんだよ!」
リールが返事を返しているのに、店員さんには生徒だと認識してもらえなかった。
傍から見たら只の子ドラゴンだし、リールは魔法を使ってもらった立場だから、間違われるのも仕方ない。
「お騒がせしました。お詫びという訳でもないですが、これを3つ頂けますか?」
「焼きアペルだね、はいよ!」
ハルヒが指さしたのはこぶし大の赤紫色をした実。焼けた皮はふにゃふにゃになり、めくれた陰からはうっすら黄色い中身が覗いていた。
直接触るとリールの二の舞になるので、大きな葉っぱにくるんでもらう。皮の割れ目から二つに割ると、湯気と共に甘い香りがぶわっと広がった。
火傷しないように冷ましながら一口。柔らかい実が潰れて果汁が零れだし、葉っぱを伝って手に落ちそうになったのを慌てて吸い込んだ。かなり熱かったが、なんとか全て飲み込めた。
「あちち……でも凄く甘くておいしい! アップルパイを思い出す味だなあ」
「確かに、リンゴに似てるね。むーちゃんならこれで再現できるんじゃない?」
「そこまで料理上手じゃないけど、うん、多分出来そう。おばさん、これも果物狩りでとれるんですか?」
店員さんに尋ねると、頷いて奥の方にある大きなテントを指さした。
「ああ、ここの出店に並んでるのは全部チュンケルの森の果物だよ。果物狩りの受付は一番奥、あの大きなテントさ」
「そうと分かれば早速……行く前に、この黄色いのもください」
「バノの実ね、あいよ!」
焼きアペルのあまりの美味しさに抗えず、去り際にもう一つ、細長く黄色い果物を焼いたものも貰った。外側はほくほくしていて、中はとろけていて濃厚な味わいだった。
歩きながらそれを食べ進め、胃に収まった頃大きなテントの前に辿り着いた。
受付と書かれたテーブルには長い列が出来ており、既に受付を済ませたらしい集団が森の入り口にたむろしていた。
かなりの人だかりだ。ここの人気がうかがえる。
あたし達が受付に入る少し前に、森の前にいた集団がスタッフの先導を受けて森へ入っていくのが見えた。あたし達は次のグループだ。
「学生3人でお願いします」
「学生……3名、でよろしいですか?」
「よろしいです!」
暗に年齢を確認されたリールが元気よく返す。あたしならその外見を良いことに子供料金で潜り込もうとするのに、偉いのかプライドが高いのか。
果樹園は広大だが、整備された道は少なく一度に大勢が移動することが出来ないため、先の団体が入ってから10分程待ってから入場することになった。
受付を済ませた人数が増えてきた頃、アナウンスが入った。
「この度はチュンケル果樹園にお越し頂きありがとうございます。ご案内する区域にある果物は取り放題食べ放題ですが、いくつか注意事項がありますのでよく覚えておいてください」
注意事項は次の通り。
持ち帰り用に配られた籠が足りなくなったら追加でもらう事は可能だが、美味しく食べられる量や期限を考えると、二つ以上になる採取はおすすめできないとのこと。
採った果物はその場で食べられるけれど、食べかすや種、皮はポイ捨てせず別に配られた袋に入れること。果樹園が汚れちゃうし、当たり前だね。
それから、ディザンマも言っていた『種殺しの花』。果樹園の周りに生えている白い花には絶対に触らないこと。万が一花粉を吸ってしまったら、スタッフが薬を持っているので名乗り出る事。ただし有料らしい。
「結構厳しく注意されたね、こっそり採取するのは無理かも……。果物狩りが終わってから、採ってもいいか聞いてみようか」
「あ、そういえばマイグロも採ってくって話だったね」
そんなことはすっかり忘れて、籠にどれだけ果物を持ち帰るかを考えていた。
この前サンドイッチを作ったときに考えていた、甘いジャムを作るチャンスだ。なるべくならいっぱい採って帰りたい。ポーチの空き、どれくらいあるかぱっと見で分からないのが不便だなあ。
あ、しまった、砂漠のカニやトゲトカゲの素材を入れっぱなしだった。
それから更に数分後、ようやく出発の時がやってきた。
「それではご案内致します! 足元に気を付けて、ゆっくり付いてきてください」
◇◇◇◇◇◇◇◇
木々が鬱蒼と茂る中を、一列になって進んでいく。
道はある程度均されているが、ふわふわの土の中に石が転がっていたりして、確かに不用意に歩いていたら危ない場面もありそうだ。まあ、今までの足元事情に比べたら格段にいいけどね。
「果物が生っていない木々もただ生えている訳ではありません。防風林としての役割に加えて、この木には魔物除けの効果があります。そんな植物を植えることで果樹園を守り、皆様を安全にご案内することが出来るのです」
移動中にも、こんな風にスタッフさんのガイドがあり退屈しなかった。いくつか分かれ道を通り過ぎ、ようやくあたし達が目指す区画への道へ入った。そこからはみるみるうちに視界が開けていき───
「到着しました! 時間いっぱい、どうぞお楽しみください!」
そこは楽園だった。
色とりどりの果物が、そこかしこに生っている。今まで通ってきた道と違い、木々の幅も広くとってある。日当たりとか栄養の偏りを無くすための間引きなんだろうけれど、快適に果物狩りが出来そうだ。
屋台で感じた香りとは違う、自然のままのほんのり優しい香りが風にのって運ばれてきた。
「ムウ! いっぱいあるよ!」
「よっしゃあ、まずは食う! そして甘いジャムの材料を手に入れる!」
早速目についた、ブドウの様な小さな実が沢山生っている木へ突撃!
手の届く位置にあった実を取り、ぽいと口に入れた。
「んん! 酸っぱいやつかー」
もう二粒ほど食べてみるも、どうやら酸味の強めな果物らしかった。隣でリールが顔をしかめていた。
でも、まだ一つ目だ。次は少し離れた場所にあったオレンジ色の実をとる。先程のより少し大きいけれど、これも一口サイズだ。
「こっちの方が甘いかな? でももう一押し欲しいなあ」
「これはどう?」
「どれどれ……うん、これは候補になるな。ありがとリール」
そうやって次々と果物を貪っていくあたしとリール。ハルヒは一歩下がった位置で見守りながらゆっくり果物を食べていた。
「そんなにゆっくりじゃ勿体ないよ!」
「いいの私は、味わうのを優先したいから。むーちゃんとリールちゃんは気にしないでいっぱい食べて」
食い倒れるのが食べ放題の目的なのに。ハルヒは欲が無いなあ。
船のバイキングでは高級感と揺れの緊張でそこまで多くは食べられなかったから、ここでリベンジしないと。
そう意気込んでいる横を、子供の集団がわいわい騒ぎながら駆け抜けていった。
どこからか摘んできたのだろう白い花を揺らしながら……
「ってそれ、マイグロの花!?」
ハルヒは持っていた果物を取り落としてまで、急いで子供たちを捕まえた。
後ろからやってきた子供たちの親が必死に謝っている様子を見て、やんちゃな子がいると大変だなーなんて思っていた……のだが、そこであたしは不意に眩暈を覚えた。
「あれ?」
握っていたはずの果物が手から離れた。それを拾おうとすると体のバランス取れなくなり、あたしまで地面に倒れ込んでしまった。
どうしたんだろう、まるで体の動かし方を忘れてしまったように、手も足もうまく動かない。
誰かに呼ばれた気がして、重たい頭を無理矢理そちらへ向けると、小さなドラゴンがこちらへ迫ってきていた。
まずい、襲われる、逃げなきゃ。
それでも体は言う事を聞かず、あたしの意識は遠のいていった。




