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第59話 種殺しの花

 ディザンマはあたし達の帰りの手段を手配するつもりはあったようだが、サーフィン大会や祭りで忙しかったことですっかり忘れていたようだった。


「いやマジで面目ない」

「客人の前であれだけ言えば分かっていただけると思っていた、自分の甘さが歯がゆい」


 ディザンマは小刻みにペコペコと、ハイスは深々と頭を下げた。

 今更だけど、神様と神官の偉い人にこんなに頭を下げさせて良いんだろうか? 謝られているのに逆に不安になってきた。


「今日中の便はもう間に合わないな。明日も予約が取れるかどうか……。急ぎであれば、神殿の飛行用馬車を出そう。大神殿のアインホルンなら、大陸間もなんとか飛びきれる」

「おっ……いえいえ、そこまでしてもらうのはこっちが申し訳ないです!」


 空飛ぶ馬車、の文句に一瞬ときめいたが、無理して動かしてもらう事は無いと思い直し遠慮した。

 「なんとか飛びきれる」って言ってたし、海を越えるのは負担が大きいんだろう。


「むしろ自分たちで予約も取ります! 待ってる間に観光もできるし、問題ないです」

「そうか……ならばせめて、観光に向いた場所を紹介しよう。レーヴェ内でも、他の街でも構わない」


 観光案内とは有難い申し出だ。他にどこで聞けば良いかも分からないしね。

 あたし達は少しの間考え込んだ。どうせなら夏の大陸でしか出来ないことがやりたい。でも夏っぽいことは昨日一通りやったような気がするしなあ……。


「そういえば、この前ここで夕食を頂いたときの果物。あれ、お土産に買って帰りたいな」

「確かに、凄くおいしかった!」


 リールも尻尾をぱたぱたさせて頷いた。ハンバーガーももちろん美味しかったけど、お土産向きではないからね。


「成程、それならうってつけの場所がある」


 ハイスは神殿の本棚から地図を取り出し机に広げた。

 レーヴェから少し北に行ったところ、ぱっと見何もなさそうな場所を指さした。


「夏の大陸で果物の産地といえばここ、チュンケルの森だ。他の追随を許さない品質で生産できる代わりに値段は少々高い。しかし、四神月の間は果物狩りのイベントが盛んで、通常より安く手に入る」

「果物狩り! いいねいいね、秋のイメージだったけどここでもやってるんだ」


 制限時間内ならいくらでも取り放題、食べ放題。そこまで胃が大きい訳ではないので元を取るのは難しいが、あの瑞々しい果物に囲まれるだけで幸せになれるに違いない。

 あたしが目を輝かせていると、ハイスが「一つ注意を」と零した。


「先日の依頼をこなせた貴方達なら問題ないとは思うが、あの地域は自然に近い環境で果物を栽培している。管理されていない森との境目が殆ど分からない上、厄介な魔物が多いので注意していただきたい」

「自然に近いって物理的にですか」


 日本の山でも立ち入り禁止の看板があるだけって所が多いイメージがあるし、そんなものだと言われたら納得するしかないけれど、ちょっと怖いな。


「まあ、あそこで人間が一番気を付けなきゃいけないのは『種殺しの花』だけどな」

「種殺しの花?」

「正式名称は……そうだそうだ、マイグロって植物なんだが。白くて小さな花をつけて、それが真っ赤な実になる。実は食えるんだが、花粉がやばい。魔法の種ケルンを眠らせちまうんだ」

魔法の種ケルン……眠るの?」


 比喩表現かと思い聞き返すが、ディザンマは首を縦に振った。


魔法の種ケルンだって生き物だからな。マイグロの花粉を吸うと、魔法の種ケルンに魔力を込めようとしても反応しなくなる。しばらくの間。魔法が使えなくなっちまうんだ」


 そういえば、授業でそんなことを習ったような気がする。ミトコンドリアが云々って話……ん? 話がごちゃごちゃになってきた。


 症状は、体力切れの時とそっくりだ。動けるだけこちらの方がましだろうけど、魔法ありきで育ってきたこの世界の人にとって、魔法が使えないというのはそれだけで恐怖の対象なのだろう。


「軽く吸っただけでも半日は症状が取れなくなる。森の中でそうなれば、危険度はさらに跳ね上がる。まあ、概念の化身コンゼツォンには効かないから気を付けるのは夢心殿だけだが」

「え、それって! むーちゃんの記憶力を戻す薬にならないかな?」


 ハルヒが机に身を乗り出し、ぱあっと顔を明るくした。いつになく上機嫌だ。


「薬? さっき毒って言ってたじゃん」

「むーちゃん、薬と毒は元を辿れば同じなんだよ。量とか使い方で変わってくるの。むーちゃんの物忘れ、原因が何だったか覚えてる?」

「ええっと? 魔力の少ない地球でうちの特級ちゃんがふかしすぎた弊害だったっけ」

「ざっくりすぎるけどそうだね。そして、マイグロの花粉は魔法の種ケルンを眠らせる。魔力が無いのに頑張ろうとすることが無くなって、症状が改善されるんじゃないかな?」

「おお、一理ある」


 こんなところで物忘れの治療法が見つかるとは思わなかった。でもなあ……。


 反応が乏しいあたしの顔をハルヒは訝し気に覗き込んだ。普段意識してなかったけど、これ上目遣いだよね。可愛いじゃん。


「あれ、むーちゃんあんまり喜んでない? 根治とはいかないけど、これで良くなるかも知れないんだよ?」

「でもそれ、地球にいる時の対処法でしょ?」

「うん。え、むーちゃん帰るつもり無いの?」

「少なくとも今は全く」


 オタクの夢見る魔法が使える世界で、友達も増えてきて、今は神様と二人も顔見知りなのだ。こんな世界から離れる理由がむしろ見当たらない。

 仕事が見つかれば永住できるよね、そのためにも夢を早く見つけないとなあ。


「なんと、夢心殿は異世界出身なのか。特級魔法の種ケルンはフィルゼイトの宝、出来るならこちらにいてくれると嬉しい」

「だな! 学園卒業したらすぐ帰る、とか言われたら寂しいぜ」

「もう、ディザンマ様もハイスさんも……むーちゃんがしたいようにするのが一番だけど」


 ハルヒは困った顔をして、あたしの目を覗き込んできた。

 そんな風に見られたら、心が揺らいでしまうよ。まあ、里帰りくらいならしてもいいか。


「ハルヒが早く帰って地球の管理をしなきゃいけないっていうなら、寂しいからたまに帰るかな」

「それでもたまになんだね!? 私が連れてきておいて難だけど、フィルゼイトのこと気に入りすぎじゃない?」

「それも勿論あるけど。ハルヒしかあのきらきらした空間の移動できないじゃん」

「え、虚無太郎は覚えてないの空間転移魔法?」


 ディザンマがリールのことをあおるように見た。

 うちの子をオタクがぶち上がる曲みたいに言うのは止めてくれ。


「強いとか言っておいて、その程度だったのか~」

「なんだと! 僕だってきっとすぐ出来るようになるもん!」


 リールがそれに食ってかかり、喧嘩を始めてしまった。

 けれどそこまで真剣ではなく、じゃれている雰囲気だったので放っておく。リールに友達が増えたっていう解釈でいいよね?


「リールもあれ、出来るようになるの? それならあたしもワンチャン?」

「コツさえ掴めば多分。むーちゃんには難しいかな」

「えー残念」


 異世界転移は人の身には過ぎた力なのか……とか中二ぶっていたらそうではなく、あたしがやろうと思ったらフィルゼイトにある魔力では足りないらしい。

 ここですら使えない魔法があるのか。それを使えるドラゴン概念の化身コンゼツォンさん凄すぎない? どれだけ魔力が凝縮されてるの?


「夢心ちんがマイグロを薬替わりに使うっていうなら、定期的に取りに来る必要があるだろ? 大陸間移動のレベルになると、光の空間を飛んできた方が瞬間移動よりも安定するし早い。俺達がサポート出来れば良かったんだが、四人集まっても出来るか怪しいからなあ」

「それが一人で出来る僕の方が凄いってこと!」

「まだ出来ないんだろ? 調子に乗るんじゃねえぞ~」


 えへんと胸を張ったリールを、ディザンマが突っ込みの勢いで押し倒していた。誰得シチュエーションだ、そこを譲れ。


「何はともあれ、チュンケルの森に行くってことでいいかな?」

「うん、あたしのこと気にしてくれてありがとうねハルヒ」


 すっかり話が脱線してしまったが、観光地を探していたんだった。

 物忘れの治療を考えてくれたことに感謝すると、ハルヒは口を少し膨らませながらも頷いた。


「街の北から馬車が出ている。今からでも十分間に合うぞ。どうか気を付けて」

「はい、色々ありがとうございました」

「こちらこそ」


 ハイスと握手を交わし、リールとディザンマを引きはがしてレーヴェ大神殿を後にした。


ぱたぱた はしゃぐよ 虚無太郎(ギリギリの表現)

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