第58話 後の祭り
瞬間移動で、あたし達はレーヴェの街の入り口まで帰ってきた。
また一時間砂漠を練り歩くつもりは毛頭なかったし、馬車も行きだけだったので当たり前の行動なんだけど、ちょっとあっさり過ぎたかな。
RPGだとダンジョン踏破したら、呪文を唱えたりそらをとんだりして街まで帰ってくるのが普通だけど。
依頼達成の報告をするために神殿へ向かう最中、あたしはラゼリンの言葉を思い出していた。
───夢が叶って、繋がっていて良かった。
そう言ったラゼリンがとても嬉しそうだったのが印象的だった。
「夢、全然思いついてないなあ……」
フィルゼイトへ来た時は、ここへ来れば夢が見つかるかもと楽観的に考えていたが、今のところ何も進展はない。
リールに『いっぱいたのしむ』という目標を書いてもらってすっかり満足していた。楽しんではいるけれど、考えなさ過ぎたな。そろそろ真面目に仕事について調べるべきなのかも。
「ラゼリンとか、四神様とか、あの人たちってハルヒがやってた世界の管理っていうのを仕事にしてるんだよね?」
「どうしたのいきなり? うん、そうだね。ラゼリンさんはかなり積極的だったよ。見ていただけの私に比べたら」
「え、でもハルヒだって一緒に学校行ったじゃん。あれは?」
「あの頃はもう、管理は『神』様に任せきりだったんだよ。それより前だって……」
と言いかけて、ハルヒは口を噤んでしまった。
やだこの元神様、地雷ありすぎ。そして学校へ来てたのは調査のためとかじゃなく、普通に通ってただけなのね。
「えーっと、任期はどれくらいだったの? 何十年もやってたら飽きてこない?」
「そもそも私は暇潰しで受けてたなあ……。交代したければリーダーに相談すれば結構融通利いたはず。四神達はラゼリンさんから引き継いでからずっと、だから数千年。私はもう少し短いかも、人類は出現してた頃だから」
「ブラックすぎる!!」
休日無しでその年月、もう何処へ相談しても一発勝訴だね!
「どうなんだろ? 私達の寿命から考えたら短い方だと思うけど」
「おっと、それ聞いていいやつ? 概念の化身の寿命って」
気になっていたけれど、おいそれと聞くことが出来なかった話題にあたしは食いついた。
魔力の塊だし、人間よりは長そうなイメージがあるけど、どうなんだろう。
「私達の力の源は、自分の元となった概念を認知されること。それは覚えてる?」
「なんとなく」
「逆にその概念が世界から無くなれば、力が弱まって消えてしまう。あえて言うならそれが寿命かな」
「概念が無くなるって、物じゃあるまいし……いや、今時廃れていった物だってどこかに記録が残ってたりするし。あれ? ということは」
「うん。基本的に死なないよ。だからこそ、『雨の嘆き』がどれだけ不幸だったか……」
人間いつかは死ぬと分かっていても別れは辛いものだ。そんなことを考えもしていなかった四神様は、相当ショックを受けたんだろう。
「ムウ、いなくなっちゃうの?」
「100年が良い所かなあ。平均寿命って80歳くらいだっけ」
「嫌だ! いなくならないで」
「まだまだ先の話だよ」
涙目で甘噛みしてくるリール(スカーフを巻く必要が無くなったのでいつもの肩乗りサイズ)をぎゅっと抱きしめた。
今までは100年も無くても十分に感じていたけれど、ハルヒとリールを置いていくとなると寂しいな。
いざとなったらフェアユング先生に相談しよう。その頃にはショタババアにならずに若返る方法が完成しているだろう。
フィルゼイトの神殿に向かう時は「闇堕ち!」とかそぐわない会話をしていたけど、今度は趣旨は合っているけど随分難しい話をしてしまったなあ。
というか、なんでこんな話になったんだっけ。まあいいか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
レーヴェ神殿でも、四神月へ向けての準備が進んでいた。場所柄慌ただしい訳ではないが、神官達がそわそわと落ち着かない様子で作業をしている。
薄々予想はしていたが、ディザンマはサーフィンの練習中で不在だった。ハイスも忙しそうにしていたので、砂漠の問題が解決したとだけ伝えて詳しい話は二日後にすることになった。ペンダントもディザンマに直接渡した方がいいだろうと考え、二日後まであたし達が保管することに。
サボテンの棘で穴が空いてしまったスカーフは、ここで正直に取り出し謝った。幸いすぐに直せるようで、報酬の減額も無かった。かなりドキドキしていたが、怒られなくてホッとした。
今日は近くの宿に泊まることにした。ハイスは誘う気だったようだが食い下がることは無かった。そろそろ普通のご飯とベッドが恋しくなって来てたんだ、許してくれ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ゆっくり休んで次の日。4月1日。四神月の始まりだ。
街では至る所に夏の大陸の花であるゲラニームが飾られていた。赤色がメジャーなようだが、他にも青色や白色など、沢山の花で街がカラフルに彩られていた。
祭りの為の屋台も多く準備されているが、人はまばらだ。これはレーヴェに限らずどこも同じで、この時間ほとんどの人は神殿にいた。
レーヴェ大神殿は、四神月を迎えられたことをお祝いする礼拝のため沢山の人で溢れていた。
混雑を見越して追加されたベンチにすら座れず、立つ人も多い中ハイスが難しい言葉で賛辞を述べていた。今頃リサもこういうことをしているのかな。
一番前ではディザンマが豪奢な椅子に大人しく座っていた。神様としての正装なのだろう、小綺麗な衣装に身を包んだディザンマは、とてもあの海パン野郎と同一人物とは思えなかった。
長い話を聞き流し、周りの人たちの作法を真似て礼をして、礼拝が終了した。
次の瞬間、ディザンマは勢い良く立ち上がると乱暴に洋服を脱ぎ捨てた。
「みんな待たせたな! ビーチへ直行だ! サーフィン大会を始めるぞ!」
服の下はギラギラした模様の海パン。更にどこからともなくサーフボードを出現させた。
あっけにとられるあたし達をよそに、住民達は大盛り上がり。ディザンマより先に神殿を駆けだしていく人すらいた。
「え、これ誰も突っ込まないんですか?」
「もう何十年も恒例のこと。相手にするのも疲れた」
読み上げていた分厚い本を閉じたハイスが、本の代わりにサングラスを手に取った。
「なので、我らも楽しませて貰う!」
それを合図に、他の神官たちも次々とラフな格好へチェンジ。住民達の行進の最後尾についていく。その足取りはとても軽やかだった。
人々の大移動は嵐のように過ぎ去り、神殿に残っているのはあたし達だけになってしまった。
「えー、こ、これはカルチャーショック、なのか……?」
「夏と言えばお祭りだから。みんな騒ぐのが好きなんだろうね」
「楽しそうだよ? 付いて行かないの?」
リールの言う通り、ここで放心していたら勿体ない。屋台の営業も始まったのか、いい匂いが漂ってきた。
郷に入っては郷に従えだ! ディザンマ達を追いかけて、あたし達もビーチへ向かった。
サーフィン大会は僅差でディザンマが優勝した。
接戦を繰り広げた準優勝の選手を褒めたたえ、そのまま神の座を譲ろうとしたディザンマがハイスに蹴り上げられ、海に沈められていた。観客によると、この「相手に褒美を与えると見せかけて神の仕事を休もうとする漫才」は良く見られる光景らしい。
多分ディザンマは本気でさぼりたくてやってるよね……と呟きたくなる気持ちが込み上げてきたが、沖に流されていくディザンマを見ていたらどうでもよくなった。
そのままビーチでバーベキューが行われた。皆手慣れていて、あっという間に火が起こされ椅子や机が用意された。
参加費は神官が回収していたが、あたし達は依頼の報酬でタダ。仕事の後のタダ飯、旨くない訳がない!
「あれ、この串、あのサボテンの棘に似ているような……」
「そうだぞ、砂漠で採取してくるものだ! 燻すといい香りになるんだ。先は削って鈍くしてあるけど、口を切らないように注意しろよ!」
肉を焼いていたおっちゃんからの返答で、巨大サボテンの大軍を思い出し口に入れかけた串を戻した。
もう刺されるのはこりごりだ。横から肉をかじり、引っ張って串から外して慎重に食べた。おっちゃんには「ビビりすぎだぞ!」と笑われたけど、あれを体験してから同じことを言って欲しいね!
日が落ちるまでどんちゃん騒ぎが続き、締めにはディザンマが魔法で花火を打ち上げた。爆音に驚いたリールに「怖くないよ」と声をかけ、「怖くないもん!」という答えが返ってきた直後にまた花火の音が響き、泣きそうになっていたのを見てハルヒと笑いあった。
これぞ夏の思い出って感じ! 忘れることの無いように、しっかり心に刻み込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「これが、先輩のペンダント……」
騒ぎに騒いだ次の日、予定通りハイスとディザンマに砂漠での出来事を報告し、ラゼリンのペンダントを渡した。
「サーフィンばっかりしてないで、お墓参りくらいたまには行ってあげてください。泣いてましたよ?」
「うっ、済まねえ。そんなにボロくなってたのか、直しに行かないとなあ」
お墓が朽ちかけていたこともしっかりとお伝えしました。これでラゼリンもうかばれることだろう。
「俺達も、きっと先輩も、本当に助かった。ありがとう」
普段はあんなにはっちゃけているディザンマが、柔らかな笑顔で頭を下げた。
お互いに大切な人だったんだな、と改めて感じた。
「報酬はきっちり払わせてもらうぜ。ハイスから」
「ですよねー」
「ディザンマ様に任せるのは心配……いえ、これが私の仕事だ。ギルドに報酬を預けておいたから、後で受け取ってくれ」
さらっと言われたが、その額100万アールだ。どうしよう。無駄に装備とか買いたくなっちゃうね。
「じゃああたし達はこれで……どうやって帰ろう」
「えっ」
「……ディザンマ様?」
そういえば、行きの船は手配して貰ったけれど帰りのチケットは無かった。
自力で帰れってこと? と首を傾げていると、ハイスから厳しい視線を浴びていたディザンマは冷や汗をかき真っ青な顔になった。
「ソーリー! 失念してた!」




