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第57話 雨上がり

 リールの変身は「人間の姿になる」という点では合格とは言えなかった。


 羽や尻尾は消えているが、肌は所々鱗のままになっていて、瞳孔は縦に細長い。手の爪も随分立派に尖っている。

 「リザードマンよりは人間っぽい生物」と表現するのが簡潔だろうか。ワキュリー先生が監督していたら、素振りと走り込みからやり直しさせられてしまうだろう。


 でも、あたし的には合格! これはこれで結構好きだ。

 隠しきれぬ野生の本能みたいな感じ? 狼人間とか、そういうのにワクワクするタイプです。

 

 髪の色が藍色なので雰囲気は違うが、顔がディザンマにどことなく似ていた。昨日張り合ってたことが影響してるのだろうか。あたしとハルヒは性別が違うから、そこのところ参考に出来ないもんね。


「ディヴォン?」


 そんなリールの姿を見た女性は、どこか悲し気な笑みを浮かべた後、頭を振った。

 なんでディザンマじゃなくて『冬』の方? と一瞬疑問に思ったが、そういえば双子だったか。でも『雨の嘆き』の頃、四神達は人間の姿になれなかったって聞いた気がする。


「いや、あの子たちはまだ変身出来なかったはず。でも、この感じは……」


 やっぱり姿に反応したわけではなさそうだ。夏と冬、どっちが『虚無』を連想しやすいかと言われれば冬だから?


「これを触ってみれば、分かるかも知れません」


 ハルヒはゆっくりと女性の方へ歩み寄り、首に巻いていたスカーフを手渡した。

 女性は初め警戒していたが、何かに気が付いたように目を見開き、それを受け取った。


「これは……ディヴォン、じゃなくてディザンマの力。こんなに立派になって」


 女性はスカーフを握りしめ、涙を流した。

 今までの辛そうな涙ではない。安心して零れてしまったようだ。


「あの子たちは無事なの?」

「4人は元気にやっていますよ。貴方が、命を懸けて守ったんですから」

「そう。そうだ。私は『砂漠』と戦って……守れたんだ」


 スカーフに一瞬顔をうずめ、それからぱっと頭を上げた。

 泣き止んだ顔は、雨上がりのように晴れやかだった。


「その力、もしかして『封印隊の守護神』様では?」

「うっ。そ、そうです。先の戦いでは力になれず、申し訳ありませんでした」

「そんな、責めるつもりは全くない。私が死んでしまったのは自分の力が足りなかっただけだ」


 二人はお互いにやりきれない表情になり、ぺこぺことお辞儀をし合った。

 そっちの名前は知られてたんだね。顔広いじゃん、『封印隊の守護神』様。


「あの時は自己紹介する暇も無かったな。改めて名乗らせて貰いたい。『雨』の概念の化身コンゼツォン、ラゼリンだ」

「『治癒』の概念の化身コンゼツォン、ハイルンです。今は上崎遙日と名乗っています」


 ラゼリンがあたしの方へ目を向けてきたので、これに続いた。


「仲河夢心です! えーっと、人間です」

「『虚無』の概念の化身コンゼツォン、リール……」


 前に習うようにしながらも、リールはなんだか落ち着かない様子だった。

 変身もしてるし、ラゼリンに一度は流されたから警戒するか。


「人間!? 二人に劣らない力を感じているのに、冗談だろう?」

「まあ、特級魔法の種ケルンは持ってますけど……」

魔法の種ケルン?」


 ラゼリンに杖から外した魔法の種ケルンを見せてやると、しばらく眺めた後に納得した様子で頷いた。

 ああ、『雨の嘆き』の後に『人族の目覚め』だったね。魔法の種ケルンって名前が付いたのもその時だからラゼリンは知らないんだ。


「知らない生き物だ。私が居なくなってからもフィルゼイトは繁栄していたのだな」


 夢が叶って、繋がっていて良かった──────

 ラゼリンの呟きに、あたしは一瞬複雑な思いを抱いてしまったが、今は関係ないと押し込んだ。


「どうしてあなたはここに?」

「うむ、落ち着いたら段々思い出してきた。一週間ほど前に雨が降って、ここまで雨水が流れ込んできたのだ。それで目が覚めた」


 そう言いながらラゼリンが取り出したのは、綺麗な青い宝石のネックレス。

 お墓の近くに埋まっていたそれが、雨で露出したようだ。

 じゃあこれは、残留思念という奴なのか。幽霊だよね? 足ハッキリ見えてるけど。


「ああ、思い出してきた。守れたなんて見栄を張っていたが、怖かったんだ。気が付いたらここに居て、誰もいない暗闇の中だ。もしかしてあの戦いに負けて、フィルゼイトが壊されてしまったのかと考えると……」


 その恐怖でペンダントに残っていた力が暴走し、砂漠に雨を降らせ続けた。更に魔力を帯びた雨は、浴びた魔物の変質を起こした。お墓の前の巨大サボテンの大軍は、この雨で成長したものだったのだ。


 あたし達がここに来た理由がその調査だったと知ると、ラゼリンは突然正座をし、頭を地面に擦り付けた。


「申し訳ない! せっかく皆が支えてくれたこの地を汚すようなことを」

「土下座までしなくても! もうこんなことにはならないでしょう?」


 ハルヒが無理矢理土下座を止めさせ、渋々立ち上がったラゼリン。それは勿論、と強く頷いた。


「このペンダントに残っていた力も残り僅かだし、放っておいてもあと2、3日で消えていただろうが……もう地上の雨は止ませた。手間をかけさせて申し訳ないが、一つ頼みを聞いてくれないだろうか」


 ラゼリンはペンダントをこちらへ差し出した。言おうとしていることはなんとなく分かった。


「四神様、ひとまずはここを治めているディザンマ様に届けますね」

「ふふ。あの子たち、今はそんな風に呼ばれているのか。似合わないな」


 ハルヒはペンダントを受け取り、ポーチではなく自分の上着のポケットへしまった。

 魔物の素材と一緒にするのは憚られるもんね。


「ところで、この場所は何なのだ?」

「「え?」」


 あたしとハルヒは揃って間抜けな声を上げた。

 いやいやいや、混乱して周りが見えてなかった、ってレベルじゃないよ! 一週間何してたの!?


「墓、ですよ、貴方の。それ、墓石です」

「なんと!? もたれかかるのに丁度いいとは思っていたが、そうか人工物か……」


 ラゼリンは顔を赤らめながら、墓石へ向き直った。

 そこにはこんな言葉が刻まれていた。



 ───優しくて勇敢な、私達の先輩 ここに眠る

    貴方が守ってくれたこの世界、今度は私達が守っていきます

    トゥーリーン ディザンマ ヘラビス ディヴォン



「良い後輩ですね」

「見ていた頃は危なっかしくて頼りなかったのに、大きくなって」


 愛おしげに墓石の文字をなぞるラゼリンの手が、淡い光を放ち始めた。

 うっすら向こうが透けて見える。


「どうやら別れの時間が来た様だな。4人によろしく伝えておいてくれ」

「はい。どうか安らかに」


 ハルヒの別れの言葉に笑顔を返し、あたし達にも一礼したラゼリンは、そのまま水色の光を放ち消えてしまって──────


「違うよ! 上だよ!」


 突然リールが叫んだ。

 その視線は段々上へと登っていき、不意にこちらへ戻ってきた。


「何、ラゼリンが天国へ行く道でも間違えてたの?」

「きらきらした方へ行けばいいのに、迷ってたから教えたの!」


 この子、一体どこまで霊感が強いんだ。

 と思いながらも、褒めるようにリールを撫でた。あ、この髪の毛、見た目は良いけどゴワゴワだ。


「それにしてもこの格好! まだまだドラゴンぽい部分が残ってるけど良いね、リール凄いよ!」

「人間の姿って、羽が無いし足も細いしバランス悪い。ハルヒみたいにずっと変身するのは嫌だなあ」


 言うが早くもリールは変身を解いてしまった。戻ってきた羽を動かして、ホッとした表情を浮かべている。


「ええ、もうちょっと拝みたかったのにー。分かった、練習に付き合うよ」

「そんなに迫られると怖いよムウ……」

「はいはい、人様のお墓でイチャイチャしないの。外に出ようか」


 ハルヒの号令で地上へと向かう。通路の水はすっかり引いていた。

 入り口のスロープからは、地上の明かりが差し込んでいた。……明るいということは。


「「暑い……」」


 あの分厚い雲は何処へやら、外はすっかり晴れていた。砂漠の日差しは凄まじく、スカーフが温度調節を行う一瞬ですらめまいがした。

 その熱気に負けたのか、あれだけ激しく襲い掛かってきたサボテンはしなしなに萎れて力なく地面に埋まっていた。あたし達が傍を通ってもピクリとも動かない。


「随分静かになったねー。これならまた暴れる事はなさそうだし、無理に討伐する必要はないかな?」

「そうだね、帰ろうか」


 依頼が終わった解放感で大きく伸びをする。

 すると、視界の中に七色の光が飛び込んできた。


「なにあれ!?」


 それを初めて見たリールが吠えた。

 雨の上がった青空に、淡く輝く大きな虹がかかっていた。


ハルヒみたいにずっと変身するのは嫌だなあ(作者の心の声)

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