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第56話 『雨』の墓

 水滴が水たまりに跳ねる音が聞こえる。手を動かすと、冷たい石の感触が伝わってきた。


 どうやら坂を転がり落ちて、気を失っていたらしい。体を起こしてみるとあちこち泥だらけだった。まだまだ湿っぽいので、そんなに長い時間は経っていないようだ。

 バリアーを張る前に受けたのだろう、サボテンの棘が刺さって出来た傷も見受けられた。それは魔法のスカーフも例外ではなく────


「やばい、破けてる……」


 スカーフには小さな穴が空いてしまっていた。温度調節はちゃんと機能しているようだが、弁償の二文字が脳裏にちらつき血の気が引いた。


「ううん……むーちゃん?」

「あ、お、おはよう!?」


 ハルヒが目を覚ます直前にスカーフの痛んだ部分を隠し、気付かれないように笑顔で出迎えた。

 帰ったらバレちゃうんだけど、今すぐ言う事もない……よね?


「サボテンたちは追いかけてこないみたいだね」

「確かに、寝てる間に襲われなくて良かったあ」


 なぜ追いかけてこなかったのかは分からないが、ダイブした甲斐はあった。

 一番の功労者を労おうとしたが、リールの姿は見あたらなかった。


「あれ? リールがいない……はぐれた!?」

「一緒に入り口に飛び込んできたから、外に置いてきたことは無いだろうけど……先に目を覚まして奥へ行ったのかな」


 先程からぼんやりしていてよく分からないことも口走っていたし、心配だ。

 早速捜索を開始。といっても一本道なのでひたすら奥へ進むだけだ。


 そういえば、暗闇に落ちたはずなのにハルヒの姿が見えている。

 入り口からは灯りが見えなかったが、淡い水色の光が水たまりから放たれ、辺りを照らしていた。

 水たまりは奥へ進むほど増え、気が付くと一面水浸しになっていた。その分明るさも増し、地下とは思えない程はっきり見えるようになった。


 壁は真っ平とまではいかないが、それなりに均されていている。所々に花や葉っぱ、雪の結晶の模様が彫られている。季節のモチーフ、ということだろう。

 天井も普通の家と同じくらいには高く、窮屈さは感じなかった。幅はハルヒと並ぶとあまり余裕はないが、移動に支障が出る程ではない。

 外から見た印象より、だいぶ頑丈で整然とした造りになっていた。


「こんなに中が整ってるなら、外身も良くすればいいのにね」

「多分、作ってから相当放置してたんだと思うよ。今回の洪水もあったし」

「お墓とはいえ何千年も放置は駄目でしょう! 帰ったら一言説教するか」


 いくらトラウマがあるとしても、何千年もお参りにこないのは神様としてどうなんだ。

 先輩寂しくて泣いちゃうでしょう。今回の長雨、それが理由だったりして。


 と、『雨』に同情していると、遠くから波がやってきた。

 地下でそんなことが起こるかと言いたいが、それ以外に表現しようがない。ディザンマがサーフインで乗りこなしていたのとは違い、そこまで勢いのない静かな波だ。

 しかも、それに乗ってリールが流されてきた。


 ざざーん……。という効果音が似合いそうな速度で、ゆっくりとあたし達の足元まで流れてきた。


「ひどい目にあった」

「リール、探してたんだよ……」


 登場がシュールすぎて、あたしは若干放心しながら心配していたことを伝えた。


「泣いてる声が聞こえたから、慰めようと思って近づいたんだ。そしたらめちゃくちゃに暴れられて、流されちゃった」

「泣いてる? 誰が?」

「女の人、多分『雨』の概念の化身コンゼツォン?」

「「え?」」


 リールが冗談を言っているようには見えなかった。

 でも『雨』は随分昔に亡くなっているはずだ。


「場所が場所だし。まさか幽霊……?」

「いやいやそんなはずは、あるのかな……」


 ハルヒは手を頬に当てて考え込んでしまった。

 そこは言い切って欲しかったな! 概念の化身コンゼツォンなんだからあり得る、とかそれでもあり得ない、とか。正体不明が一番怖いよ!


「ほら、また泣いてる。どうしてあげたらいいんだろう?」


 リールは心配そうな表情で流されてきた方角を見つめた。

 遠くに通路の切れ目があり、奥は広い空間になっているように見える。そこに祀られているんだろう。しかし、特に音は聞こえない。


 相変わらずリールの言っていることは分からない、と思っていたら、部屋が近づいてくると確かに女性のすすり泣く声が聞こえてきた。

 お墓に入る前に言っていた「青い光」も、ここの明かりの事を言っていたのだろう。感覚が鋭いと言うか、今の状況を考えると霊感が強いと言った方がしっくりくる。

 ハルヒは感じていなかった様だから、リール特有の力なんだろう。だけど、『虚無』なのに霊感があっていいんだろうか。


 部屋の入口の手前まで辿り着き、そっと中の様子を確認した。


 寂しげな空間だった。広い部屋の真ん中にお墓らしい大きめの石板が一つ、その周りに小さな石板がいくつか並べられているだけ。

 その大きな石板の横で、一人の女性がうずくまっていた。


「泣いてるっぽいね。あれが『雨』さん?」

「多分……戦っている所を見ただけだし確証はないけれど、概念の化身コンゼツォンであることは間違いないよ」

「それだと、向こうはハルヒの事知らない可能性があるのか」


 知り合いが話しかければ落ち着くかもと考えたが、そうはいかなくなった。


「そこにいるのは誰?」


 そもそも何て声を掛けたらいいんだ……と考える間もなく、部屋の中の女性がこちらに気が付いた。

 隠れる訳にもいかず、あたしは一歩部屋へ入り自己紹介をした。


「あ、怪しいものではありません! あたしは夢心、こっちはハル……ハイルンです!」

「……」


 一縷の望みをかけてハルヒの本名を出してみたが、女性は訝しげにこちらを見つめるばかり。やっぱり知らないようだ。


「で、こっちのドラゴンがリールです。怖くないですよ、優しい子です」


 先程追い返されたのをカバーするべく、リールの無害さを全力でアピールしてみた。

 リールは警戒しているのかあたしの後ろにいる。しかし大きい体は隠しきれず、翼や尻尾がちらりと覗いた。

 それを見た女性は、直前まで泣いていたのが嘘のように殺気だつ表情に変わった。


「ドラゴンッ! まだ生きていたのね!」


 鋭い目つきでリールを睨み、腕を前に突き出して構えた。


「もうあの子たちを傷つけさせない……覚悟しなさい、『砂漠』!」


 床を覆う水が震えだした。女性の激昂に反応して次々と水の玉が浮き上がり、リール目掛けて打ち出された。

 近くにいたあたし達にも当たる軌道だ。リールの『虚無』バリアーに急いで入り込み、なんとか被害を免れた。

 逸れた水弾が壁に当たり、大きなひびが入った。スライムの水鉄砲の比ではない、恐ろしい威力だ。


「いや、スライムの水鉄砲も本当は怖い攻撃だったっけ……ってそうじゃなかった。リール、あの人に何か意地悪したの?」

「してないよ! 本当だよ」

「だよね、そこまでやんちゃじゃないし。リールの事を敵と勘違いしてるみたいだね」

「『砂漠』も色は違うけどドラゴンの姿を取っていたから、混乱してるのかな」


 混乱している、という表現は的確だろう。攻撃の狙いはかなり雑で、半分以上外れている。このまま暴れられて、壁や天井が崩れたら生き埋めになってしまう。

 何か止める方法は……見た目に惑わされてるなら、リールがドラゴンじゃなくなればいいかな?


「リール、成長したんだから変身も出来るようになったんじゃない? 他の概念の化身コンゼツォンみたいに人間っぽくなれない?」


 手っ取り早く止めるなら倒す気でかかるのもありだが、それは策が尽きてからだ。

 幽霊だかなんだか知らないが、元は四神達の先輩だ。あまり傷つけたくはない。


「出来るかな? やったことないから、バリアーと同時は難しいな」

「少しなら大丈夫、むしろタゲは取っておくから。ハルヒ、リールの事頼むね」

「むーちゃ……分かったよ、気を付けて!」


 一瞬引き止めようとしたハルヒだったが、背中を押してくれた。さっきの戦闘で信頼度が上がったかな。


 バリアーを切り集中し始めたリールの代わりに、氷の壁を二人の前に張った。かなり分厚くしたから、しばらくは攻撃を受け止められるだろう。


「リールに手を出すのは許さないよ!」


 女性の気を引くように声を張り上げて、壁伝いに部屋の奥へ走り出した。間合いを取りたいところだが、女性が部屋の中央にいるせいでこれ以上は離れられない。


「『砂漠』の味方をするなら、容赦しない!」


 水弾のほとんどがあたしの方へ向いた。釣れるか心配だったが、変な思い込みをしてくれてここは助かった。

 さて、ここからどうしよう? 取りあえずは二人に張ったのと同じような氷の壁で凌いでいるが、他に方法はないだろうか。


 飛んでくる水を凍らせたら……むしろ殺傷力が増す。

 合わせて火の玉を飛ばせば相殺できる? ゾルくんなら出来るだろうけど、慣れない魔法を使うよりは氷の壁を張り直す方が楽だ。


「あ、さっきの氷の剣、使えるかな?」


 トゲトカゲを切り伏せた、抜群の切れ味を持った氷の剣を再び作り出した。

 ちょうど向かってきた水弾に合わせて振り下ろす。すると水弾は真っ二つに割れ、すぐ横を通り過ぎてぱしゃんと地面に落ちた。

 これなら逃げる手間がかからなくて楽ちんだ。


 ばっさばっさと水弾を切り落としても、向こうの攻撃方法は変わらない。これだけで簡単に時間を稼ぐことができた。


 そうしている間に、リールの準備が整った。藍色の光で体が覆われ、それが段々と人の形になっていく。

 眩い光に気を取られた女性は、その光が止み現れたリールの姿を見て攻撃の手を止めた。


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