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1年記念SS 保健室の癒し狐

一年記念として番外編を書きました。

本編の時系列から少しはずれます。ある日の授業中に夢心が保健室に行きました。ずる休みではありません。

 ある日の授業中。体調を悪くしたあたしは保健室にやってきた。


「失礼します……あれ、先生いないのか」


 ノックをしても返事が無かったのでゆっくり扉を開くと、すぐ近くにある机には誰もおらず、ベッドもすべて空いていた。

 だが、部屋に誰もいないわけではない。窓辺でうとうとしていたヒュプノが目を覚まし、こちらへとことこ歩いてきた。


「夢心。ドウシタ?」

「それが……うえ、先に寝かせて……」


 喋ろうとした瞬間収まりかけていた吐き気が再発し、あたしは倒れ込むようにベッドへ寝ころんだ。


「吐キ気有リ、デモ顔色ハ普通、熱モ無イ。他ニ調子ノ悪イ所ハ?」

「あ、ヒュプノ診察できるんだ。でも大丈夫、原因は分かってるんだ」


 さっと駆け寄ってきて所見をとるヒュプノが微笑ましい。狐の様なふわふわの尻尾が腕に当たって、それだけで癒された。


「薬草学でね、毒のある植物の実物を見せてもらったんだ。その中に、とんでもない臭いがするものがあって……モロに吸い込んじゃって」


 気持ち悪いのをこらえてゆっくりと、ヒュプノ先生に状況を説明した。


 その植物は箱の中に収められていて、蓋を少しだけずらして臭いを嗅ぐという体験をしていた。

 自分の番では何事も起こらなかった。いや、納豆のにおいを更に酸っぱくしたような十分に酷い臭いを嗅いだのだが、それはまだ良かった。


 次に触ったリールが、間違って蓋を落としてしまったのだ。

 一番近くにいたあたしが咄嗟に蓋を閉めなおしたが、それでも臭いはかなり漏れてしまった。息を止め切れず吸い込んでしまった悪臭は、鼻の神経を引き裂いて脳味噌を揺らすような、強烈という言葉すら生ぬるいものだった。


 咄嗟にハルヒが治癒魔法をかけてくれたが、気絶を免れた分その衝撃が記憶に残ってしまい、なかなか気分が良くならず休むことになったのだ。


「頭もずっとガンガンするし、やばいよあれ。敵のアジトに一枚放り込めばそれだけで制圧できちゃうね」

「敵……ヒュプノハモウ敵ジャナイヨ」

「そんなこと分かってるよー、例え話だよ」


 あたしの症状を見て震えるヒュプノの頬を撫でてやる。

 頭はヘルメットを被っているから撫でづらいんだよね。耳を不用意に触ると怒るし、あのあたりは不可侵領域なのだ。


 代わりと言わんばかりに、手を下へ滑らせて喉を鳴らしてやる。ヒュプノは目じりを下げて気持ちよさそうにしている。

 空いている方の手で背中もなでなで。ふわふわ。ああ、ここは極楽か。リールでは決して得られないもふもふの感触、たまらないね。


「嫌ナ記憶ナラ、『催眠』デ封ジル?」

「おお、その手があったか! お願いします」


 ふわもこで癒されたところへ、ヒュプノは更に抗いがたい提案をしてきた。


 ヒュプノは『催眠』の概念の化身コンゼツォン。人の記憶を呼び起こしたり、逆に封じ込めたりすることができる。今は学園の保健室で、その力を使って心のケアを担当していた。

 先程の記憶を封じて、あの植物のにおいを嗅いではいけないということだけ覚えていられたらとても都合がいい。このままだとトラウマになりかねないし。


「ジャア早速、コレヲ見テイテ」


 ヒュプノは被っていたヘルメットの中から小さな振り子を取り出した。そしてそれを一昔前の催眠術よろしく、左右に振り始めた。

 一生懸命に振り子を揺らす姿もまた癒しだ。揺れに合わせて尻尾もゆらゆらと動いている。


 揺れる振り子をぼんやりと見ていると、段々眠くなってきた。あなたは段々眠くな……


「ヒャッ!?」


 あたしが眠りかけたその直前、バシン! と弾ける音と共に、閃光が保健室を満たした。

 あたしとヒュプノの間にある光の中心。そこには澄んだ水色の宝石、あたしの魔法の種ケルンが浮かび上がっていた。


「なんで急に魔法の種ケルンが……」


 光はすぐに収まったが、魔法の種ケルンはヒュプノにゆっくりと近づき、まわりをぐるぐると回りだした。

 まるでヒュプノを威嚇しているような動きだ。


「ちょっと! ヒュプノはもう悪い事しないよ」


 手を伸ばし、魔法の種ケルンを掴む。魔法の種ケルンはそこから抜け出そうとしばらくもがいたが、ぎゅっと握りしめていると落ち着きを取り戻した。


「もしかして……せっかく物忘れが治ったのに、記憶がいじられるのを察知して守りに来てくれた?」


 魔法の種ケルンはちかちかと点滅した。肯定の信号、だろうか。

 たまにこうして反応してくれるのだが、如何せん石なので気持ちはイマイチ通じ合わなかった。


「昔から嫌な事の方が忘れにくくて困ってたんだけど……それはそれとして、気を遣ってくれてありがとうね」


 それで納得したらしい魔法の種ケルンは、あたしの手の中からゆっくりと飛び立つと、ヒュプノへ近づいて何回か瞬いてから、あたしの中へと戻っていった。


「ごめんね、びっくりさせちゃって。魔法の種ケルンも多分謝ってたから、許してあげて」

「ウン……」


 ヒュプノは驚きから立ち直っていないのか、放心しながら返事をした。


「やっぱり『催眠』は遠慮しとくね、まあしばらくたてば忘れるだろうし! あれ? 忘れにくくなったんだっけ。どちらにせよ、また魔法の種ケルンが暴れだしたら困るもんね」


 突然の出来事に驚いた影響か吐き気は収まっていたが、軽く眠気が襲ってきた。このまま眠って忘れてしまおう。

 あたしは布団に潜り込み、ほどなくして眠りについた。



◇◇◇◇◇◇◇



「……トイウ事ガアッタ」

「ふーん、魔法の種ケルンが勝手に動いたのか。なんだか歴史の出来事みたいだね!」


 その夜、ヒュプノはいつもの通りシュロムに体を洗ってもらっていた。

 シュロムは冒険者ギルドの依頼で定期的に魔物貸しの店を手伝い、そこで魔物の世話の仕方を学んでいた。その度にめきめきと技術が上達し、その恩恵をヒュプノは存分に受けていた。


 厳密には魔物と概念の化身コンゼツォンは違う生き物なのだが、それは中身の話。見た目が同じなら、体のケアの仕方も大体同じだ。

 石鹸で泡だらけにされながらマッサージを受け、ヒュプノは気持ちよさのあまり完全に脱力していた。


「歴史?」

「うん。人が初めて手にした魔法の種ケルンは、勝手に動いたり、光ったりしていたんだって。代を重ねるごとにどんどん動きはなくなって、今ではほとんど聞かなくなったって話をビリス先生はしてたけど。ムクさんのは特級だから、そういうこともあるのかな。いいなあ特級、凄いなあ」


 シュロムの話を聞いていたヒュプノは、顔をしかめた。

 「ごめん、目に入った!?」と慌ててシャワーをかけてくれるシュロムに有難みを感じながらも、思考は別の方向を向いていた。


 あれは勝手に動いた、どころではなかった。夢心の魔法の種ケルンにははっきりとした意思があった。

 「お前が犯人か」という殺気めいた思念を纏わせて近づいてきたし、夢心に言われて引くときにも「呪いをかけた奴は許さない」と念を押すように語り掛けてきた。


(呪イ……? アレハ呪イダッタノカ……?)


 夢心に『催眠』をかけた時に感じた、奇妙な感覚を思い出した。

 初めて会った時には混乱していて気にも留めなかったが、夢心の記憶はあまりにも欠けていた。ただの物忘れ、では説明が付かないくらいに。


 トラウマの元となる記憶を封じ込める為に記憶を覗いた、ほんの一瞬の間にも記憶が消えようとしていた程だ。

 そしてそれを、魔法の種ケルンが魔力を使って阻止していた。


(アレハ夢心ノ指示? イヤ、何故記憶ガ脆イノカ、此処へ来テ忘レニククナッタノカ、夢心ハ理解シテイナイ様ダッタ)


 独りでに動き、魔法まで行使する魔法の種ケルンと、「呪い」と呼ばれた不可思議な現象。ヒュプノが一人で抱えるには大きすぎる問題だった。

 かといって誰に相談するべきかも分からず、その場で考え込んでしまうヒュプノ。それを機嫌が悪いと勘違いしたシュロムは、いつもより優しくヒュプノを湯船に入れた。


「ごめんってばー。機嫌直してよ、ほら!」


 と言いながら、シュロムは魔法で水鉄砲を放った。乾き始めていたヒュプノの毛はずぶ濡れに逆戻り。

 見た目によらずいたずら好きのシュロムは、杖が無くてもこうした魔法は上手に扱えるのだ。


「サッキマデ優シカッタノニ……! 喰ラエ!」


 シュロムのちょっかいに応えるように、ヒュプノは前足で水を巻き上げ浴びせ返した。

 シュロムとじゃれ合う時間は、生まれた直後森の中で一人ぼっちだったヒュプノにとって、とても楽しく幸せな時間だ。

 難しいことはまた後で考えよう、と思考を一旦棚上げし、しばらく水の掛け合いを楽しむヒュプノだった。


番外編のはずが、なんだか重要っぽい話になってしまった……。

活動報告も書くので、暇でしたら覗いてください。

次回は来週の水曜日に投稿する予定です。

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