第54話 トゲトカゲ
杖を向けられたトゲトカゲは、その場で震えだした。
何事かと警戒していると、振動に合わせてトゲトカゲの顔に新しい棘が生えてきた。
「おお、やる気満々じゃん」
あたしはそれに応えるように杖を振り、上空に無数の氷の礫を作り出した。
真上から落とせば奇襲になるが、お互いの視界に写るようにあえて間に出現させた。どちらの飛び道具が優秀か、力比べだ。
戦いが始まる空気を感じて、あたしは不安を隠すようににやりと笑った。
「氷の雨よ、降り注げ! 『アイシクル・レイン』!」
気合を込めて杖を振りおろす。上空で漂っていた氷がトゲトカゲへ襲い掛かった。
と同時にトゲトカゲも新たな棘を打ち出す。激しくぶつかり合った氷と棘が砕け散り、互いの間をすり抜けたものが敵へと向かっていく。
トゲトカゲは身を強張らせ、自慢の棘と硬い皮膚で身を守った。
あたしは横に飛んで棘を回避したが、着地の際に水たまりに足を取られて態勢を崩した。
それを見逃さなかったトゲトカゲは、見た目に反した素早い動きでこちらへ突進。
なんとか転ぶのをこらえた所へ、勢いに乗ったトゲトカゲがジャンプして圧し掛かってきた。
「ムウ!」
トゲトカゲが着地した衝撃で地面は大きく凹み、辺り一面に泥が飛び散った。
『傘』で自分とハルヒを囲ってそれを防いだリールが悲鳴を上げる。
その様子を、あたしは空から見ていた。
「ひゃー、あれくらったらペシャンコだね。怖っ」
踏みつけられる直前、あたしはとにかく逃げようとトゲトカゲの後ろ、空中へ瞬間移動したのだ。
手ごたえを感じなかったらしいトゲトカゲは、足を上げたり下ろしたりしながら困惑の表情を浮かべていた。
見つかる前に、手早く決めてしまおう。
『アイシクル・ミスト』を一気に流し、周りの濡れた地面ごとトゲトカゲを凍り付かせた。
「良かった……ハルヒも起きて! ふんっ!」
あたしが無事なのを知って安心したリールは、未だ呆然としているハルヒの頭へ向かって魔法で軽い衝撃波を放った。
シュロムの得意な魔法と、ヒュプノの知識の合わせ技。こうしてツボを叩くと、恐怖の感情が薄れてパニックから立ち直らせることができるのだ。
二人と仲の良いリールだからこそ習得できた技である。
「……はっ!」
「ハルヒおはよう、なんかあった?」
「ごめんね、それが……むーちゃん、後ろ!」
正気に戻ったハルヒに事情を聞こうとしたら、直ぐにまた恐怖に染まった表情で叫んだ。
リールのツボ叩きが失敗したのか、という思考は後ろから響いたガラスの割れるような音にかき消された。
振り返ってみれば、氷の山には大きなヒビが入り、トゲトカゲが再び動き出している光景が目に入った。
その足元を見ると、砕けた氷と同じくらい棘の破片が散らばっていた。
氷の隙間から覗くトゲトカゲの体はボロボロになっていたが、暇を与えれば棘はまた生えてきてしまうのだろう。
「嘘!? 今回はうまくいったと思ったのに!」
「凍らせるのを表面だけにしていたから、後から生えてくる棘には効果を為さなかった、のかな」
「え、それだとポーチの中のカニも下手したら……」
ポーチの中が泡だらけになるのは嫌だ。事が落ち着いたら、きっちり中まで再冷凍しておこう。
「どうする? 僕が消しちゃう?」
「いや、まだ試せることはある。もうちょっとやらせて」
リールの問いに、あたしは首を振る。
いざとなればリールの『虚無』の力を全開にしてぶつかれば、このくらいの大きさの魔物なら簡単に消滅させられる。
でもそれでは名実共に得られるものが無い。万策尽きて本当に危なくなるまでは、戦ってみたい。
「もう一回凍らせるの?」
「うーん、それはちょっと自信ないから別の方法で」
強化して臨んだはずの方法が破られたことで、『アイシクル・ミスト』を使う自信は無くなっていた。こんな状態では失敗の繰り返しになってしまうだけだ。
代わりに選んだ方法として、杖を横に一振り。軌跡にあわせて氷の剣を作り出した。
刃はとにかく鋭く、折れないように硬度も高めておく。柄の部分は粗く削って滑らないようにした。
「礫は防がれちゃったのに、剣が通るかな?」
「このまま切りにいくのは無理だろうね。あたし、木剣の素振りしかしたことないんだよ」
「え、それならどうやって?」
「あたしの一番得意なアレを使うんだよ!」
氷から完全に脱出してこちらを向いたトゲトカゲへ向かって、挑発するように氷の剣を振る。
その動きにトゲトカゲの注目を奪わせたところで、瞬間移動を使った。
あたしが移動したのはトゲトカゲのすぐ隣。
横に構えていた氷の剣は、まるでそこから生えてきたかのようにトゲトカゲの尻尾の根元に突き刺さっていた。
「ちょっとずれた! 仕方ない、えいやー!」
気合を込めて剣を振りぬくと、殆ど抵抗を感じさせずに尻尾が切断された。
血が飛び散るのは嫌なので、切った瞬間に傷口を凍らせるおまけつきだ。
「ギャアアアアァァァァァ!?」
トゲトカゲが叫んだのは、尻尾を切られたことによる痛みか断面を凍らされたことによる凍傷の痛みか。
動きの止まった瞬間を逃さず、もう一度瞬間移動。今度は首に剣を突き立て、下向きに振り下ろす。
それが止めになり、トゲトカゲの体から力が抜けて地面に倒れ伏した。
「本当は最初から首を狙ってたんだけど、ちょっとビビったら逸れちゃった」
どんなイメージでも忠実に叶える、特級魔法の種の気が利かないところである。
真正面ではないが、怒った魔物の傍に立つのは誰でも恐怖を感じるものだ。どうにかそれを誤魔化すことが出来れば一発でうまくいきそうなのだが……リールのツボ叩きを事前に喰らっておけばいけるかな?
「凄い、ムウ強い!」
「むーちゃんありがとう。ごめんね、役に立てなくて」
「じゃあ足に回復かけておくれ、よろけた時に軽く捻ったみたいでさ」
ハルヒの言葉を否定しても聞かないのが分かっていたので、あえてお願い事をしてみた。
捻ったとはいえ痛みは感じていなかったが、ハルヒの魔法で少し軽くなった気がした。何より「ありがとう」というお礼の言葉にハルヒが安心した顔を見せたのが一番の収穫だ。
「剣ごと瞬間移動して、体の中に差し込む。あれなら外が頑丈でも倒せるんだ」
「鱗を切る瞬間も抵抗が増えた感触がなかったから、この切れ味でそうする意味はなかったかもだけど……」
リールが納得して頷く横で、あたしは苦笑した。
ユングルの風魔法で切れなかったピッチ―も、この氷の剣なら三枚おろしに出来そうだ。
合唱魚はだいぶ討伐しちゃったし、ピッチ―には何故か愛着すら沸いているからやろうとは思わないけどね。
「で、どうしてハルヒがパニクったかというと、トゲトカゲが『砂漠』に似てたから?」
「……むーちゃんの想像力にはお手上げだよ」
トゲトカゲを解体してポーチに素材を押し込みながら、確認するように聞いた。
簡単なことだ、それくらいしか怖がる理由がなさそうだから。
そういえば、砂漠に住むドラゴンって杖の材料にあったような。
ハルヒの敵に似ているなら合わなくて当然だったな。
「ドラゴンになれる程の力を持った概念の化身とはいえ、『羽無し』……自由に空を飛べるタイプでは無かったの。そう、このトゲトカゲにそっくりで。それなのに『雨』と相打ちになるほどの力と凶暴さ……もう何千年も前の事なのに、駄目だなあ」
「怖いものはしょうがないさ。気になるなら今度、ヒュプノに一発キメてもらおう」
「きめるの意味がちょっと物騒じゃなかった!?」
「空を飛べるドラゴンのハルヒやリールはやっぱり凄いんだなあ」
今はバラバラに攻撃したり援護したりすることが常だけど、しっかり連携出来るようになればもっと強くなれるんじゃないだろうか。
こうして戦うことが増えるなら、考える必要がある。決して、今のバトルが充実していてもっと突き詰めたいと思ったとかそういうのではない。
……あたしもとうとうサイコパスの仲間入りをしてしまったのか。
「魔物倒したのに、雨止まないね」
リールに言われて空を見上げる。分厚い雲は晴れる兆しを見せず、砂漠に暗い影を落とし続けていた。
「原因は別にあるみたいだね。まだ帰れないね」
「手がかりとしては……やっぱり『雨の嘆き』の現場かなあ。ハルヒ、場所分かる?」
「うん、ここからそんなに遠くないよ。ちょうど魔物の目撃情報があった場所も通るし、順番に調べてみよう」
調子を取り戻したハルヒを先頭にして、探索を再開した。




