第53話 砂漠の魔物たち
魔物の目撃現場まで、厳密に言えば件の魔物に遭遇するまで何事もなく進めるかと期待していたのだが、そんなに現実は甘くなかった。
雨が降っているとはいえ、ここは厳しい砂漠なのだ。
「へぶっ!?」
突然リールが奇声を上げ、ぐらりと体が傾いた。そのままふらふらと飛行が安定しなくなり、地面に足をついてしまった。
「どうしたの?」
「何か顔に飛んできた」
リールの顔を覗き込むと、おでこの辺りに泥がついていた。「ざらざらする……」と言いながらリールは『虚無』の力を使って泥を消していた。
力の使い方も随分器用になったものだ。
「二人共、気を付けて! 小さいけれど魔物がいる!」
ハルヒの言葉に応えて、あたしは杖を取り出し身構えた。
飛んできたのが針ではないから目的の魔物とは違うけれど、モーア湿原とは違いここの魔物はどれも好戦的だ。
ちなみに「先に仕掛けられたら、目的の魔物でなくとも倒してしまって良い」という許可はディザンマから貰っている。これが無かったら撃退で済ませなきゃならないっていうのは少し面倒だな。
「どこだ……?」
「砂の中に隠れちゃった。このまま居なくなってくれたら楽だけど……」
ぐるりと辺りを見回すと、後ろの地面が小さく波打っていたのが目に入った。
そこから魔物が飛び出してくる!
「なんの!」
リール目掛けて体当たりしてきた魔物に合わせるように氷の礫を飛ばす。お互いの勢いが合わさってかなりの衝撃になり、ガツンと鈍い音が響き渡った。
魔物はぽとりと落下して、そのまま動かなくなった。
「これは……カニ?」
撃ち落とした魔物はあたしの顔くらいの大きさで、体に対して大きめの鋏が付いたカニっぽい生き物だった。硬い甲羅は礫の当たった部分が砕けてしまっている。
「あ、もう一匹いる!」
「任せて、ちょっと試してみたいことがある」
魔物が飛び出してきた辺りに、もう一匹同じカニの魔物が隠れていた。
あたしはそこへ向かって『アイシクル・ミスト』を発動。ピッチ―戦の反省を生かして、今度は自信たっぷりに、極寒の冷気をイメージして放った。
魔物ごと、辺り一帯の砂がどんどん凍りついていく。完全に凍ったのを確認して、リールから降りて魔物を地面から掘り起こした。素手では勿論無理なので、「でてこーい」と念じたら砂の部分を器用に除けて魔物だけが浮かび上がってきた。便利だね。
「できた! カニの冷凍保存!」
「え、まさか食べるの?」
「色は微妙だけど、物は試し? 帰ったら確認しようっと」
くすんだ藍色だから見た目からは食欲がわかないし、もしかしたら毒を持っているかもしれない。でも、美味しかったら儲けもの。食べられなくても素材が高く売れるかも。出汁とか取れたら最高だよね、魚介ダシ。
そう思い、カチカチに凍ったカニをアイテムポーチに押し込んだ。ギルド活動でたまったお金で買った、自分専用のポーチだ。
「じゃあ僕が味見してみるよ!」
リールは撃ち落とした方のカニに手を伸ばし、あっという間に噛み砕いてしまった。
既に甲羅は砕かれているとはいえ、凄い力だ。
「え、毒の確認もしないで! そもそも、洗ってないものを食べるのは駄目だよ!」
「うーん、まあまあ……足は美味しいけど胴体はちょっと苦い」
「話を聞きなさい~」
首を捻るリールの頬をぐりぐりと押さえつけてみるが、リールは食レポすることしか頭にないようでスルーされてしまった。
魔力の塊である概念の化身に普通の毒は効かないだろうが、やっぱり心配になる。
「毒はなさそうだから大丈夫だよ。でもリールちゃん、呪いをかけてくる魔物には気を付けてね。概念の化身にも呪いは効くから」
「そうは言ってもだよハルヒ、拾い食いは駄目でしょう」
「……私もちょっと気になってたから」
そういえば、この子も中身はドラゴンだった……。
「『治癒』なんて力があるお陰で、何でも食べちゃう時期があったし。人の事は言えないかな」
「で、でもハルヒはこうして更生している。リールにもきちんと言いつけよう」
親友の思わぬ一面を見つけてしまった。ドラゴンって意外と食いしん坊なんだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
砂漠の奥へ進むにつれて、雨脚は段々強くなり水たまりも大きく深くなってきた。
その中に、一匹の蛇を発見した。必死に体をくねらせて前へ進んでいるが、なかなか陸に上がれずにいる。
「あれ、溺れかけてるよね? 助けてあげた方がいいかな」
「そうだね。噛まれるといけないから飛行魔法で……ってリールちゃん!?」
あたしとハルヒが相談している間に、リールは蛇に近づき首根っこをつまみ上げた。
リールの背中にいたあたしは、蛇から距離を取るように後ろに下がった。
「リール、度胸があるのはいいことだけど、あたしが背中にいるの忘れないでね?」
「怖くないよ。ほら、ありがとうって言ってるし」
リールがひょいと蛇を向けてきたので「うわっ」と思わず声が上がってしまった。ビビりながら観察すると、確かに舌をちろちろと動かしながら頭を下げているようにも見える。
リールはパルトとも話せることだし、蛇と話せても不思議ではないか。
「良かった、もう溺れないでね」
「それにしても、魔物と話せるのにさっきのカニには無慈悲だったね。殻からバリバリいってたし」
「蛇は鱗とか、僕にそっくりだし。カニは泥飛ばしてきたんだもん」
爬虫類、そもそもドラゴンはその括りで良いのかも分からないが、そんな大雑把な基準で分けられてしまった哀れなカニに少しだけ同情した。
まあ先に攻撃してきたのはあちらだけど。
「ここで下ろしても水たまりだらけだよね。しばらく一緒に運んであげよう! ムウ持ってて!」
「え、そこはリールが持っててあげなよ……ひゃあ!?」
相席を遠慮する暇もなく、リールがこちらへ蛇を投げてきたので反射的にキャッチした。
別に蛇が苦手って訳じゃないけど、いきなりご対面するのはやっぱり怖い。急に動き出して噛んできたりしないかなあ……。
蛇の方も驚いたようで、シューっと舌を鳴らしながらあたしの手から離れ、リールの首に巻き付いた。似たような色をしているし皮膚が鱗だから、ぱっと見では区別が出来ないくらい溶け込んでいた。こうして見てみると、似ているのかも。
「ほら、蛇さんもびっくりしてるよ。投げたりしないの」
「そうだね、もう少し緊張感持って。こんな時に依頼の魔物に遭ったら大変だよ」
「なんだかさっきから怒られてばっかり。つまんないの」
リールはばつが悪そうな顔になり、しっぽを不機嫌そうに揺らした。
益々やんちゃに拍車がかかっている。どうやって言い聞かせたらいいものか……。
それとハルヒ、今のは旗めいたものが建設されるセリフではないだろうね。
「ぎゃ!? あれ、蛇さんどこ行っちゃうの?」
突然蛇は地面へ身を投げ、一目散に走り去ってしまった。
首から降りる時に締め付けられてしまったのか、リールは軽く咳込んでいた。
「あれ? もっと一緒にいたかったのに」
「リールが乱暴にするから。また水たまりに落ちるようなことが無いと良いけど」
器用に水たまりの間を縫っていく蛇を見送る。と、その水たまりが不自然に揺れていることに気が付いた。
「これ、また地中から大物登場パターン?」
「ご、ごめんね。私が変な事言ったせいで」
フラグ発言の自覚はあったのね!
蛇はこの気配に気が付いて逃げたんだ。
「向こうからなんか来る!」
そうリールが言うのと同時に、遠くから咆哮が聞こえてきた。
どうやら堂々と、正面から来てくれるようだ。
「……っ、あれは」
魔物が近づいてくるにつれて、地面を揺らすほどの魔物の歩みが音にも聞こえるようになってきた。
ズシンズシンと重々しく、それでいてテンポの速い足音を鳴らしながらやってきたのは棘の山を背負った大きなトカゲ。体長は2メートルくらい。砂漠の色と保護色になっているはずの体は、曇り空と湿った砂のせいで丸見えだ。
「とげとげの大きな魔物……こいつが討伐対象ってことか」
仮の名称として、トゲトカゲと呼ぶことにしよう。トゲトカゲはこちらを見やると、やる気満々といった表情で大きな声を上げた。
しかし、ピッチ―のバインドボイスと比べたら可愛いものだ。むしろやる気が出てきた。
「よーしやるぞー……ハルヒ?」
「だ、大丈夫。少し驚いただけ」
そうは言うもののハルヒの顔は真っ青で、震えながら身構えようとしている動きがとてもぎこちなかった。
湿地の討伐依頼に参加していない影響で大きな魔物に驚いた、だけとは思えない。それなら元の姿のハルヒの方がよっぽど大きいし。
こんな風に怯えるハルヒ、なんだかどこかで見たような……?
記憶に引っかかるという現象が新鮮だったのもあり、魔物の前で不用意に考え込んでしまったのはミスだった。
「隙あり!」とでもいう様にトゲトカゲが吠えると、顔の周りに生えていた棘がこちらに向かって射出された。
リールがそれを避けるように動いたのに合わせられず、背中から振り落とされてしまった。
「ムウ!?」
「げほ、あたしはいいからハルヒを守って!」
水たまりに落ちてしまったのは自分の不注意だ、流石にここでリールを責めたりしない。
動けなさそうなハルヒをリールに任せ、トゲトカゲに立ち向かうべくあたしは杖を抜いた。




