第52話 フォイカイト砂漠へ
昨日一昨日と家を空けていて更新出来ませんでした。
というのが先週から分かっていたのに書き忘れてました。すみません。
馬車が進むにつれて、周りの景色からはどんどん緑が消えていった。代わりに増えてくるのは茶色い砂や岩。砂漠が近づいている証拠だ。
雨の勢いは強まりも弱まりもせず、しとしとと馬車の窓を濡らしていた。
そのまま進むことしばらく、目の前から草木が全く見えなくなった地点で馬車から降ろされた。
岩もまばらで、見渡す限り砂ばかり。ここから先が、フォイカイト砂漠だ。
「うわあ……めっちゃ蒸し暑い。これだけで十分災害レベルだよ」
空調の効いた馬車の中にいたせいで、余計に暑さを感じる。
晴れていれば乾燥する代わりにもっと気温が高くなり、それはそれで辛かっただろうが、しばらく春の大陸に居て適温で過ごしてきた体にはどちらもキツかった。
「そこで役立つのがこちら! ジャジャーン!」
湿り気に負けないようにわざと声を出しながら取り出したのは、神殿から借りたスカーフだ。
もちろん只のスカーフではない。首に巻いて魔力を通すと、体の周りが適温になるように調節してくれて、寒暖が激しい場所でも活動しやすくなる優れものである。
実際に使ってみると、あっという間に体が冷えていき、最初は少し寒いくらいだったがすぐに慣れて快適になった。
そこへリールの『傘』を展開すれば、雨の降る砂漠へ挑む準備は万端だ。
「おお、さっきまでの不快感は何処へやらだね」
「むーちゃん、あんまりはしゃがないでね。そのスカーフ、破いたら弁償なんだよ」
かなり高性能なだけあって、一枚で何十万とするこのスカーフ。一枚駄目にするだけで報酬が消えてしまう可能性もあるので、心配性のハルヒはそわそわしていた。
「リールちゃんも爪引っ掛けちゃダメ!」
「そんなに怒らないでよ、大丈夫だよ」
リールはスカーフを巻くのが初めてで、気になったのか爪でツンツンといじっていた。
サイズが人間用しかなかったため、今は体長を1メートルくらいまで大きくしている。
ドラゴンの爪なんて何でも引き裂けそうなイメージがあるから、あたしも心配していた。リールの口ぶりから加減はしているんだろうけれど、「あっ」ってことにならないか心配だ。
「雨避けのお守りが長続きすれば良かったんだけどね」
ルーフルトで買ったネックレスを手に取ったハルヒが、残念そうに呟いた。
このスカーフの様に魔力を流せば誰でも使える物とは違い、ネックレスは空っぽの容器に完成した魔法を込めていたらしく、あたし達の力では再現できなかったのだ。
一種のバリアみたいなものだと思う、ってハルヒは言っていたけれど全然イメージが湧かなかった。
今は傘を買った方が早い、もとい『傘』を張った方が早いという結論に達した。
あの店員さん、魔法のセンスがあるみたいだ。帰りに教えてもらえないかな?
「さあ、出発だよ!」
リールが一足先に砂漠へ飛び出した。あたしとハルヒはそれを追いかけるように砂漠へ足を踏み入れた。
そのまま数歩歩いてみて、重大な問題に気が付いてしまった。
「足が埋まる……!?」
サラサラの砂漠の砂は、雨で濡れても固まることが無く、地面を踏みしめようとした足を飲み込んでしまった。
ぐっと踏み込めばある程度固まったモーア湿原の泥よりたちが悪い。なんであたし達、足場の悪い所ばかり冒険しているんだ。
「これ歩くのはきつすぎる! でも飛行の魔法はまだうまくできないし、どうしよ?」
「ムウ、それなら僕に任せて!」
リールはあたしの傍に戻ってくると、羽を平行に広げて背中を見せた。
「乗って!」
「リールに乗れるの!? やった!」
あたしは目を輝かせながら、リールの背中に飛び乗った。
いつか見た、リールの背中に乗るという夢。こんな所で叶うとは思わなかった。
大きくなった直後は、その衝撃で忘れていたんだもの。
「これはまさか、あたし、ドラゴンライダーになっちゃった!?」
ドラゴンライダーって響きだけで格好いいよね。見ている人もリールとハルヒしかいないので、調子に乗って杖を掲げてポーズなんか決めてみた。シャキーン。
「しまったー、こんなことなら槍を用意しておくべきだった。剣でもいいけど、ドラゴンライダーと言ったらランスを構えてるイメージが強いんだよな」
「え、あのそっくりぼっこを?」
「いや、ランズじゃなくて。いやあいつ『槍』だから合ってるのか?」
いくらカッコいい槍に変形出来るとしても、ランズを使うのはなんか違うなあ。それはリサのゴーレムに一任しよう。
「ハルヒも乗る?」
「リールちゃんの負担になるし、いざというときバラバラに動ける方がいいから私は自分で飛ぶよ」
ハルヒからのツッコミをちょっと待っていたのだが、総スルーされた。
ハルヒはごく自然な動きで、飛んでいるリールの横に並んだ。
ううん、こういう風に飛行魔法を使える日はいつ来るんだろう。
「フィルゼイトへ来た時はハルヒに乗ったんだよね。あ、そういえば歯の調子は?」
「だいぶ生えてきたよ。まだ完全じゃないけれど、もう大丈夫」
そう言って笑うハルヒは人間態だから、口元から覗く歯は綺麗に揃っている。ドラゴン態の方はここまで綺麗にはなってないんだろうけれど、治って良かった。
両手に抱えるくらいの歯が2、3か月で生えてくるのか。物凄い生命力だ。
こうして雑談しながら、歩みを進めた。魔物が目撃されたのは、オアシスではないもののいくつか太い木が生えている場所。下ろされた場所から東に一時間ほど歩いた地点で、まずはそこを目指している。
砂漠に目印になるものは殆ど無いので、方角が頼りだ。
「静かだね、砂漠で雨の音を聞けるなんて」
「洪水で生き物が減っているせいだよね。そうだ、『雨の嘆き』について知ってること教えてくれない? 思い出したくないようなことなんだろうけど、ヒントになるかも知れないし……」
ハルヒが依頼の手紙を見た時に考え込んでいたのも、これが原因なのだろう。
魔物はともかく、長雨の調査なんてどうすればいいのか分からなかったから、情報が欲しい。
「そうだよね、ここまで来てるんだもん。簡単にで良ければ話すよ」
あたしが頷くと、ハルヒは少しだけ俯いて話し始めた。
「大昔……四神達がまだ人の姿を取れないくらい弱い概念の化身だった頃。この星は、別の概念の化身が治めていたの」
四神達が慕い敬っていた先輩、『雨』の概念の化身はその力でフィルゼイトをどんどん緑豊かにしていった。今のフィルゼイトに勝るとも劣らない程に命に溢れていた。ここフォイカイト砂漠も、元は大きな草原だった。
しかしある時、『砂漠』の概念の化身がフィルゼイトにやって来た。『砂漠』は横暴で、対になる力を持った『雨』を敵視し、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。
『雨』は強く、しばらくは『砂漠』を退ける事に成功した。しかし真っ向から仕掛けても敵わないと悟った『砂漠』は、四神達を人質にとり、罠にはめて優位に立とうとした。
これに憤慨した『雨』は死に物狂いで『砂漠』と戦い、なんとか四神達を助け出したものの、『砂漠』と相打ちになり消滅。戦いの余波でこの一帯は砂漠になってしまい、その上『雨』の力が暴走して洪水が起きた。
「その時私が所属していた封印隊が応援に行ったんだ。来た時にはもう戦いは終盤だったけれど、『砂漠』の恐ろしさは伝わってきたよ……。その後処理をしているうちに四神達と顔見知りになったの」
「それが『雨の嘆き』……」
「そんな場所だから、誰が統治するかで揉めたみたい。先輩の面影が残る場所だから残しておきたい、けれど近づくのは嫌だって……。ディザンマはあれでもお兄さんだから、ここを引き受けたんだろうね」
「ディザンマが一番上なのか……」
あの人はお兄ちゃんという柄じゃなさそう、というのは置いといて、ディザンマが行きたがらない理由がはっきりした。慕っていた先輩の眠っている事件現場なんて、いくら月日が経っても行きたいとは思いにくいだろう。
歴史の教科書に名前だけ載っていながら詳細が省かれていたのも、『忘れたくないが思い出したくもない』という四神達の心の現れかもしれない。
「それに、ハルヒが指名された理由も分かったかも」
「え?」
「事件が起こった場所知ってるんでしょ? そこに何かあるかもって考えて、でも自分は行けないから、丁度良く近くにいたハルヒにお願いしたというわけ」
「ああ、そういえばむーちゃんとリールちゃんは元から目を付けられてたけど、それなら私まで呼ぶ理由ないもんね」
「ていうのも大きな理由だとは思うけど、ハルヒだって信頼されてるんだよ。事件の後に、困ってるのを助けてあげたんでしょ?」
「私に出来たのは怪我の治療くらいだし……」
「いや十分ありがたいと思うけどなあ」
人の事は言えないが、ハルヒの自己肯定感の低さには驚かされる。あっという間に傷を癒せる力を持ちながら「それくらい」って、出来ない人たちはなんだっていうんだ。
そういう風に考えてないのは分かってるけれど、どうにか励ませないかなあ。
「治せるハルヒは凄いんだよ! なんで困った顔になるの?」
「リールちゃん……凄いのかな」
「うん! あ、僕だって凄いんだから! 魔物が来たって瞬殺だよ、えいえい!」
リールもハルヒの励ましに加勢してくれた。でも殺すなんて使っちゃダメよ! どこでそんな言葉覚えたの!
「そうそう、ハルヒもリールも凄くって、あたしの大切な友達。あたしだって二人の事信頼してるよ」
「て、照れるよむーちゃん」
「あれ、ハルヒの顔が赤くなってる。スカーフ巻いてるのに? 大丈夫?」
リールがそんな事をわざわざ口にするものだから、ハルヒの体温が調節されるにはしばらく時間が必要だった。




