第51話 レーヴェ大神殿
日も落ちて涼しくなってきた頃、レーヴェ大神殿に招かれたあたし達は夕食をいただくことになった。
本当はもっと大きな部屋で豪勢な食事を出される予定だったらしいが、こちらから丁重にお断りした。大貴族の食事風景に出てくるような長いテーブルだと落ち着かないし話もしづらい。豪華客船でそういうのはお腹いっぱいです。
代わりに案内された部屋は、シュプリアイゼン大神殿でトゥーリーンと話をした時にいた部屋より一回り広めで、窓が大きく開放的な空間だった。
料理を運んできてくれた神官も、ハイスと同じような半袖の白いワンピースを着ていた。私服だと思っていたのだが、どうやらここに務める人たちの制服のようだ。
「春の大陸で神官が着るような、厚く丈の長い服装では暑いですから。窓も日差しが入りにくい向きで風通しが良いように付けられている」
「なるほどー」
大きな窓を不思議そうに見ていたのがばれていたらしく、ハイスが説明してくれた。
照れ隠しに相打ちをうち、テーブルに置かれた料理に目を移すと、そちらにも丁寧に解説が入った。
「ハンバーガーというものです。香辛料が多めに使われてありますので、刺激がありますよ」
「お、名前が同じもの第二弾だ」
地球と同じ名前の食べ物との遭遇はネギ以来だったはず。
見た目もほとんど同じだ。表面はしっかり焼かれて中はふわふわのパンに、平べったく成型された肉と野菜がたくさん挟まっている。
材料はおそらく豚や牛なんかじゃなく魔物の肉だろうし、野菜もレタスとは少し雰囲気が違うけれど、久しぶりのハンバーガーにあたしはときめいた。
「ディザンマ様の大好物でもあります」
「俺は『インビーズ』の味付けが好きなんだよね」
「あれは少々味が濃いです。概念の化身とはいえ不摂生はよくありません。文句をおっしゃるなら片付けてしまいますよ」
「いや、食うよ!? 飯抜きは困る、それこそ不摂生じゃんか」
ハイスの言葉を聞き、慌ててハンバーガーにかぶりつくディザンマ。その姿は反抗期で食べ盛りの中学生を連想させた。
神様の威厳はどこへやった……。
「いただきます……辛い!」
それに続いてハンバーガーにかぶりついたリールは、香辛料の刺激に驚いていた。尻尾が真横にピンと伸びている。
そんなにか。あたしもかぶりつきたかったけど、一口目は控えめにしよう。
食べてみると確かに辛い。記憶にあるものよりだいぶコショウが強く、唐辛子系の香辛料も使われているのか舌がピリピリした。かけられているソースも粘り気が強く濃いめだ。
これより不摂生な味のする『インビーズ』のハンバーガーが逆に気になった。
「ピリッとしますけど、あたしは好きです。おいしい」
辛さに目を奪われがちだが、ついつい食べたくなる味だ。
素直な感想を伝えると、ハイスはフッと笑い、背筋を正して頭を下げてきた。
「此度はこちらの都合で、四神月にもかかわらず呼び出してしまったことを申し訳なく思う。そして引き受けてくれたことに感謝する」
「急に改まらなくても。あたし達はこの世界に来たばかりで、何か仕事が当たっていたわけでも無いですから」
「その打算があったのが事実だからだ。こちらの腕利き達も何かと忙しく、街から遠く生活に直結するような資源も無い砂漠の問題に当たるのが難しかった。その上目撃された魔物は手強い。これらを全て解決してくれそうな、暇で強い冒険者、ということで白羽の矢がたったのだから」
「……俺、ハイスに何も言ってなかったはずなんだけど、どうしてそこまで」
「神官達の間でも一度は話題に上がり、その上で却下された案ですからね。やはり会議の資料に目は通していなかったのですね」
悪さの計画を言い当てられて戸惑う少年の様な態度のディザンマ。
神様もあんまり勝手なことをしたら怒られるんだな。絶対王政でなくてなによりだ。
「しかも大陸を超えての依頼なのに移動手段を用意しないなんて、不親切にも程があります」
「え、ハイルン様ならここまで瞬間移動なり、二人を背中に乗せて飛んでくるなり出来るよね?」
「そうかも知れませんが、既知の仲とはいえ礼儀は弁えなければ。もう少し神としての自覚を持ってください」
「そういうの難しいからハイスに任せてるんだよー」
「……コホン。話が逸れましたね」
埒が明かないと思ったのか、ハイスはとうとうディザンマを無視して話を進め始めた。
あの豪華客船、この人が用意してくれたんだね。それなら納得。ディザンマのセンスでは選ばなさそうだから。
「フォイカイト砂漠に雨が降り始めたのは1週間前。砂漠と言えど年に一度は雨が降るので初めは誰も気にしていなかった。しかし、大雨が二日続いて洪水が起き、元々水が少なくて済むように適応した草木や魔物たちがまとめて流されてしまった。更にその洪水を耐えた魔物が進化して暴れていて、環境は悪化する一方となっている」
洪水は収まったが雨は止まず、砂漠に全く日が差さない状態らしい。
とはいえ魔物が街まで出てくるといった兆候は今のところないため、解決が後回しになっているようだ。
「ディザンマ様が行けばすぐに解決するでしょう。なのにこのサーフィン馬鹿は、大会が終わるまで待てと言って動こうとしない。『命は平等に』というルールを作ったのに、砂漠の生き物はどうでもいいというのですか」
「いや、それ言われるとキッツいんだけどね。ほら、ハイルン様なら分かってくれるっしょ?」
「そうだね……」
苦し紛れにディザンマから助けを求められたハルヒは、意外にも同意を示した。
「生き物には何よりも守りたいものがあるのは当たり前。たとえそれが『サーフィン大会の前の自分の体』だとしても」
「ハイルン様? それって俺の事貶してない?」
味方を得られると思っていたディザンマは項垂れ、甘やかされなかったと分かったハイスはホッとした笑顔を浮かべた。
「四神月がフィルゼイトにとって大事な期間だということは分かっています。私達で解決出来るかは分かりませんが、協力させて貰います」
「そうそう! そのために来たんだもんね」
「済まない、そう言ってもらえると本当に助かる」
あたし達が頷くと、ハイスと目線で指示されたディザンマも頭を下げた。
「長雨の原因究明、暴れている魔物の討伐、達成すれば別々に50万アールずつ用意させてもらう。もちろんディザンマ様が提案した『夏祭りを無料で楽しむ権利』は成果がなくとも進呈するつもりだ」
「ご、50万!?」
「交戦して撤退した冒険者は2級魔法の種のグループ。それ以上の強さの魔物を相手にするのだから、これくらいが相場のはずだが……足りなかったか」
「いやいやいや、学園では基本的に討伐依頼を受けられないので……凄い金額でびっくりしました」
しかもそれって結構強いよね? 具体的には想像出来ないけれど。
子どもでも特級だから安心して任せられるってことなのかなあ。凄いなあ、と他人事みたいに思ってしまった。
「むしろこのような報酬で来てもらえたのが奇跡なくらいだ。ディザンマ様は、もう少し基本的なことを学んでから依頼を出してください」
ハイスの睨みに、最早ディザンマは無言で頷くことしか出来ていなかった。
「暴れている魔物は人より大きく、身にまとった針を武器にして突進してきたり、その針を飛ばしたりしてきたらしい。僅かな情報しか用意できず申し訳ないですが、参考になれば」
砂漠で針か……サボテンかな? とりあえずメモメモ。
その後もいくつか情報を聞きながら、南国野菜のスープや果物を頂いた。こちらは見た目の色が濃かったが、味は優しくするりと食べられた。
「今日はこちらでお休みになるといい。明日、砂漠の近くまで馬車を出しますので」
という言葉をありがたく受け取って、あたし達は神殿で一泊することになった。
豪華客船に負けず劣らず立派な部屋を与えられ、微妙に気持ちが休まらなかったのは言うまでもない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、3月40日。天気は快晴。
次の日から四神月ということで、街は慌ただしく準備に追われて、熱気と日差しの相乗効果で蒸すような暑さになっていた。
その中を、あたし達を乗せた馬車が横切っていく。馬車の中は魔法で空調が効いていて快適だ。
神殿の馬車は装飾が豪華で人々の目を引き、視線を感じて落ち着かなかった。
しかし街を出ると途端に無人になり、それはそれでギャップに驚いた。
「本当に街の外は誰もいないんだね、あ、馬車はすれ違うけど」
「物流とか人の移動はあるけれど、普通は4月1日に備えて町から離れないの。よっぽどの理由が無い限り、遠出はしないで過ごすんだって。お正月みたいなイメージだね」
それが本当なら、砂漠には全く人がいないことになる。
有事の事態になっても助けが来るまで時間がかかる。まして悪天候に加え強力な魔物が居る事が分かっている場所だ。そう考えると浮かれていた気が引き締まった。
「今更だけどシビアな条件だね。ディザンマがサーフィンにうつつを抜かさなければ解決したんだろうに」
「多分、というか十中八九、砂漠に行きたくない理由は別にあるよ」
「え? そうなの?」
ハルヒは一瞬躊躇したが、ゆっくりとその理由を告げた。
「フォイカイト砂漠は、『雨の嘆き』の始まりの場所だから」
「え、何そのやばそうなフラグ」
「ムウ、雨が降ってきたよ」
リールの言葉通り、草木の減ってきた荒れた道に雨が弾かれる音が聞こえた。
窓の外を眺めながら、あたしは途方に暮れてしまった。
歴史に残るくらいの洪水が起こった場所で似たような状況になってて?
それが実は神様のトラウマになるくらいの出来事で?
そこで環境の変化に耐えた強い魔物が暴れてる?
うーん、死なないように頑張りますか……。




