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第44話 大冒険の果てに

 無理矢理眠ってテスト勉強から逃げようとしたものの、日中沢山寝たためにすぐに目を覚ましてしまった。

 それを分かっていたらしく部屋で待機していたハルヒに捕まって、あたしはテスト前の追い込みを始めていた。


「4つの大陸を大洪水が襲った『雨の嘆き』と、この地に住む人が魔法の種ケルンを手に入れた『人族の目覚め』、あと『四神即位』……増やしすぎたら面倒だね、この3つを時系列順に並び替えると?」

「えーっと、雨、即位、目覚め。かな?」

「正解! 歴史学は大丈夫そうだね。そろそろ薬草学いく?」

「ええ、やだよ……もっと歴史と戯れていたい」


 病み上がりにもなっていない、まだ体がだるいというのに苦手な科目なんてやりたくなかった。やらないと落ちそうなのは分かっているのだけれど、手が伸びないよね。


「神様が来る前の天変地異、しかも地震とか隕石じゃなくて洪水が歴史に刻まれてるのって不思議だなあ。そんなに凄い洪水だったのかな」

「違う……あっ、何でもない」

「ハルヒ、何か知ってるの?」

「そんなキラキラした目で見ないで……うん、この事件の前から四神はフィルゼイトにいたんだよ。この後に一人が一つずつ大陸を治めることが決まって、それが『四神即位』って名付けられたの」

「へえー。……事件?」

「あ。これ以上はプライバシーの問題に関わるので拒否します」

「随分詳しいみたいだね……まさか見てきた、なんてことないよね何千年前の話」

「…………」

「マジかよ」


 どうやらハルヒはフィルゼイトの歴史に関わっているらしい。そりゃあトゥーリーンとも仲が良いわけだ。前から気になってたんだけど何歳なんだ……。


 確かあたしに会う前は地球の管理をしていて、封印隊の仕事もしていたんだっけ。その仕事に関係しているなら、悪い概念の化身コンゼツォンがここへやってきて暴れたから洪水になったとか?

 教科書には『大陸が沈みかねない程の洪水で多くの生き物が命を落とした。残った生き物を守り導くため、四神様がこの世界の統治を始めた』としか書かれていないんだよなあ。


 ハルヒは言いたくなさそうだし、今これ以上考えてもしょうがない。


「リール、遅いなあ……やっぱり迷子になったりしてるんじゃ!?」

「ん? そういえば遅いね。直接リサちゃんのところに行ったのかな?」


 露骨な話の逸らし方だったが、有難いことにハルヒは乗ってくれた。

 でも正直なところ、とても気になっている。今からでも学園長の監視、もとい見守りをお願いするべきだろうか?


「た、大変なのです!」


 そこへちょうどいいタイミングでリサが部屋にやって来た。

 ノックもせずに勢いよくドアを開けたかと思うと、目線をきょろきょろさせて落ち着かない様子を見せた。


「どうしたの、そんなに慌てて」

「リールが……」

「リールに何かあったの!?」

「あったというか、これは何と言うべきなのか……」


 歯切れの悪い言い方にますます不安感が募る。リサはちらちらと廊下を見ているので、そこにリールがいるのだろう。まさか怪我をして倒れてたりするんじゃないか!?


 重怠い体をなんとか動かして、壁を伝う様にしてドアへ向かう。少しふらつきながら、その向こうを覗いてみると。


「ただいまムウ! 今から薬用意するから待っててね!」


 廊下を塞いでしまうくらい大きな藍色のドラゴンが、こちらを見て満面の笑みを浮かべていた。


「…………リール!?!?!?」


 この大きなドラゴンがリールであることは、ずっと見てきたあたしだから分かる。でも理解が追い付かない。

 子供は親の知らない間に成長するとは聞いたことがあるが、あまりにも急成長すぎた。


 体調の悪さと情報量の多さで頭が参ってしまったのか、そこであたしの意識は途切れてしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 次に目を覚ました時、既に日は沈みかけていて、枕の傍にはいつものサイズのリールがいた。


「さっきのは夢だったのか」

「夢じゃないよ! あの大きさだと部屋に入れなかったんだもん。ムウ、大丈夫?」


 リールはあたしの目を覗き込んできた。穏やかなその瞳と、急に活舌の良くなったセリフを聞いて、あの巨大リールが夢ではないことを悟った。


「リールが大人になってるー。概念の化身コンゼツォンってみんな突然大きくなるの?」


 すり寄ってきたリールを撫でまわしながらハルヒに質問すると、何故だか強い口調で返事が返ってきた。


「違うよ。そもそもリールちゃんが成熟していなのがおかしかったんだけどね。あの変わり者は、どうしてこう危ない変化を勝手にもたらすんだ……」

「ハルヒ?」

「ああごめん、先にリールちゃんから話を聞いたんだ。むーちゃんにも話すね」


 概念の化身コンゼツォンは生じた時点でその概念が世界にある程度浸透している、ということから人格は成熟して生まれてくるものらしい。

 しかしリールは『虚無』なのに形を持って生まれたことからか、子供のような発達段階で止まってしまっていた。


 それが今回のお使いの途中で『変貌』の概念の化身コンゼツォンと出会い、無理矢理成長させられた結果、体が大きくなり言葉遣いもきちんと出来るようになったようだ。


 上手く成長してくれたから良かったものの、急激な変化に耐えられず存在が壊れてしまう可能性もあったらしい。それでハルヒは怒っていたのだ。


「リールに悪い事があったらただじゃ置かないね! 早く封印してしまえ!」


 もちろんあたしも滅茶苦茶怒りました。


「『変貌』の概念の化身コンゼツォン、バワールは絶賛指名手配中なの。こうやって勝手に生き物を変化させて、実際に生態系を壊してしまったこともあってね。その名の通り何にでも変化するし、魔力紋すら偽装できるから中々捕まってないの。偽名を使わないことだけが救いで、情報は集まりやすいんだけど」

「え、偽名使わなかったら変装の意味がないのでは?」

「姿を頻繁に変えるから、自分を見失わないように名前だけはいじらないようにしてるんだって。それなら他人もいじるなよって思わない?」

「変なプライドだね。理屈は分からなくもないけど。リール、知らない人には付いて行かないで、知ってる人でも怪しいと思ったら名前を確認してね。バワールならそれで対処できるから」

「うん、思い返せば怪しさ満点だったからなあ。気を付ける!」


 素直に頷くリールに安心するも、あのたどたどしく愛らしい喋り方がもう聞けないのかと思うと残念な気持ちも募る。

 危ない上に余計なことをしてくれたな、バワールとやら!


「でも、成長できて僕は嬉しいよ。力も強くなったし、これでムウを守れるようになったから!」

「こんな小さい子に守ってもらうなんて! リールはあたしが守ってあげる」

「小さいのは縮んでるからだよ! 本当は立派なドラゴンなんだよ!」

「分かってるよ、じゃあ期待してるね」


 でもこうやって大人びたことを言ってくれるようになったのは嬉しいかも。あたし、ちょろいな。


「リールが最後に聞いたっていう、『フィルゼイトに大きな変化の予兆を捉えた』ってのは本当なのかな?」

「バワールを信用している訳じゃないけど、変化に関することなら人一倍敏感なはずだから、注意しておくべきかな。でも何かあればトゥーリーン様も教えてくれると思うから、気にしすぎることは無いと思う。要するにいつも通り、学園生活を送るべきだね」

「うわあ、テストはやだよおおお」


 教科書の山に目を向けたハルヒから距離を取るように、あたしは部屋の隅に縮こまった。


「薬が出来たのですよ! 何故ムクはそんな場所にいるのですか」


 その時、リサが赤い液体の入った小瓶を持って現れた。


「今日はタイミングがいいね! ……でも、その真っ赤なやつが薬? なんかグロい」

「キャリーユの葉の成分でどうしても赤くなってしまうのです。ドラゴンの涙と栄養補給にイーフも混ぜたものです。さあどうぞ」


 ぐいっと押し付けられた小瓶をまじまじと眺め、覚悟を決めて一気に飲み干した。

 ちょっと苦めの栄養ドリンクの味がした。薬としては飲みやすい方だ。


「はー。ごちそうさま」

「良い飲みっぷりでしたね。これで明日は体調万全なのです!」

「リサが作ったんだもん、間違いないよね。ありがとう。あとこの材料、葉っぱはリールが取ってきたって聞いたけど、もしかして『ドラゴンの涙』も……?」

「ムクのことを心配して、食堂で泣いていたのですよ」

「は、恥ずかしい事言わないで!? ああ、パルトってこんな気持ちだったのか」


 リールはベッドに伏せて、羽や尻尾を震わせていた。恥じらうドラゴン、死ぬほど可愛いな。


「嬉しいよ、あたしを思って泣いてくれるなんて。ありがとうね、リール」

「ムウが心配だったんだもん……」

「あれ、そういえばあたしのことはまだ『ムウ』なんだ?」

「言えるようになったよ、『夢心』って。でもやっぱりムウはムウなんだもん」

「可愛いなあ、やっぱりリールはリールだね!」


 大きくなってもリールは変わらなかった。そのことに安心したあたしは、先程より少しだけ気合を入れて、薬草学の教科書を開いた。


令和最初の更新です。リール、大きくなっちゃった……(自分で書いて悲しむ阿呆)

素直で真面目な事に変わりはありません。力が強くなり、言葉遣いがちょっと大人になって、漢字が使えるようになったくらいです。成長したリールを、どうかこれからも見守ってやってください。


次の更新は、いつもどおり来週の水曜日を予定しています。

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