第40話 テスト前あるある
3月、来る春へ大陸中が備え始める季節。
春の大陸はいつでも春の気候なのだが、時期によってわずかに変動がある。一年の中で一番過ごしやすい気候になり花も一層咲き乱れる4月を、大陸中の生き物が待ち望んでいた。
更に4月は「四神月」と言い、新年以上に各地でお祝いの行事が開かれる。シュプリアイゼンの街もその準備に向けて活気づいていた。
そんな事情があって、フィルゼイトの学校では4月は丸々お休み。40日間もの長期休みに学生はより一層浮足立つ……かと言われれば、そうではなかった。
何故なら長期の休みが来るという事は、それまでの成果をまとめなければならないから。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「再試が本試だと思うんだよね」
「何を言っているのか分からないのです」
授業を終え、夕飯まで済ませたあたし達は、部屋に集まって勉強会を開いていた。
これからしばらくはテスト期間。寮中にペンを走らせる音が響いていた。
期末テストは授業によって実施日が違う。一番近いのは2日後に控えている薬草学と歴史学だ。
歴史学は好きな科目なので予習復習もしていて蓄えがあったのだが、薬草学に関してはこれから詰め込み始めるところである。二ヶ月分の内容……しかしこちらの二ヶ月は80日なので量が多い。
「高校の時の勉強量と比べたら少ないでしょう? 11歳向けなんだから」
「ハルヒもリサも勉強できるから良いよね、あたしなんて記憶力、回復したとはいえまだまだポンコツなんですよー」
「好きな科目はやっていると言っていたじゃないですか。そんな言い訳は通用しないのです」
厳しい言葉を返してくるリサ先生は歴史学の暗記中。今回の範囲は大昔の出来事なので、詳しい年代まで覚える必要は無くすらすらとこなしているようだ。
勿論薬草学は復習なんて必要ない。フェアユング先生を唸らせた彼女にとっては出来レースだ。免除の申請をせずにきちんとテストを受けるあたり真面目である。
「薬草学っていったら、しっかり記憶にあるのは課外授業のことだけだなあ」
「そこからテストに出るとしたら、キゴンの問題が一問出るだけですよ……5点貰えたら良い方なのです」
「えーとキゴン、あれね、香ばしくて美味しかったやつ。湿地を好む……」
「先日の討伐依頼の記憶と混ざっているのです! キゴンは湿気を嫌う植物なのです」
いけないいけない、間違って記憶していたようだ。パラパラとノートを見直して、改めて暗記する。
「でも、やっぱり記憶力戻ってきたんだね。高校でテスト勉強してた時は、単語を覚えるだけで相当苦労してたよね」
「だねえ。あの頃は本当に勉強辛かった。ハルヒがいなかったら何度諦めていたことか」
あの頃、といってもまだ三ヶ月ほどしか経っていないが。
テスト前はいつもハルヒに面倒を見てもらったものだ。次の日には殆ど記憶が抜け落ちる頭を相手に、よく付き合ってくれたと思う。
忘れることを抜きにしても、あの頃の勉強は義務感に駆られてやっていただけで、なんだかつまらなかった気がする。やっぱりこっちに来て良かったな。
「私としては機械? や科学? が発達した世界というのも見てみたいですが、フィルゼイトの事をひととおり学び終わってから、ですね。積み残したままというのは性に合わないのです」
「世界の事を一通りって、うん、リサならやりかねないね」
途方もないことをさらっと言われてしまったが、この勤勉さんならあらゆることを学びつくす気がした。
「さて、そろそろ消灯時間ですね。私はおいとまするのです」
「ええ、もうそんな時間!? 大して進んでないや……おやすみなさい」
「明日ちゃんと真面目にやれば間に合いますよ。おやすみなさい」
「じゃあ私も帰るね、おやすみ」
各々の部屋へ帰っていくリサとハルヒを見送って、あたしもそそくさと机の上を片付けた。時間割を確認して、必要な教科書を揃えておく。
それから日記帳を取り出して、さらさらと出来事を書きつけた。
フィルゼイトに来てからの日記も随分増えた。それに読んだらきちんと思い出せるから、思い入れも強い。これからも、楽しい出来事を沢山書いていきたい。
「リール、寝る準備しようか」
「はーい」
日記帳をしまい、パジャマに着替えて、歯磨きを済ませ、ベッドに潜り込む。硬い感触にももう慣れたものだ。
リールもするりとあたしの隣に入ってきた。寝床用の籠は結局ほとんど使われず、あたしの荷物置き場になっていた。
リールの体温がなんだかいつもより心地よい。動くゆたんぽをぎゅっと抱きしめた。
「ううん、疲れたのかな、体が怠いや……リール、おやすみ……」
「おやすみ!」
寝る時まで元気なリールを撫で、急に疲れの押し寄せた体に違和感を覚えながらも眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ハル! たすけてハル! ムウが起きないの!」
「寝起きが悪い……って訳じゃ無さそうだね。大丈夫?」
「ううん、これはまずいかも……」
次の日。目覚まし魔法の振動で目を覚ますも、あまりの気怠さにあたしは体を起こすことが出来なかった。
リールに助けを呼びに行ってもらい、ハルヒから体温計を借りて絶賛計測中だ。
地球製の電子タイプだ。しばらく待つと、ピピっと懐かしい電子音が鳴った。
「イエーイ、38.6℃、これは知恵熱……ぱたり」
「結構高い熱だね、明日はテストだし今日の授業は休みな?」
「でも今日の授業もテスト範囲じゃん、そもそも勉強が間に合ってない……うおお最悪のタイミング、げほげほ」
長くしゃべると口の中が乾いて咳が出る。
心配そうな顔で駆け寄ってきたリールを撫でると、鱗が冷たくて気持ちよかった。
「ハル、ムウなおして! げんきじゃないのやだ!」
リールが泣きそうな声を出して尻尾で布団をバシバシ叩いた。そうだ、その手があるじゃない。
「ハルヒ、治癒頼みますう……」
「うーん、風邪の症状を無くすことは出来ても、すぐぶり返しちゃうと思うよ? 免疫力まで治そうとすると魔力を使いきって私が動けなくなっちゃうし……ごめんね、力不足で」
「分かった……じゃあ眠る……」
いつもならもう少し雑談を続けるところだが、今のあたしにはその体力も無かった。
ハルヒが倒れるまで力を使ってもらうのは申し訳ない。それなら寝てしまおう。
名残惜しそうに体を押し付けてくるリールに「いっといで」と言い、ようやく離れて部屋を出たのを確認すると、あっという間に意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「むーちゃん、入るよ」
「……ハルヒ。あれ、もう授業終わったの?」
「ずっと寝てたんだね。うん、今は放課後だよ」
さっき寝付いたばかりだと感じていたのに、ずいぶん時間が過ぎていた。
ハルヒはスープを持ってきてくれたらしい。器ごと渡してくるが、受け取ろうとはせずにじっと視線を送ってみる。
「分かったよ。はい、あーん」
「わーい、あーん」
仕方ないといった表情で、ハルヒはスープを食べさせてくれた。
スプーンいっぱいにすくわれた卵が美味しい。ほんのり感じる塩味はいつもなら物足りないのに満足する。改めて体調の悪さを実感した。
「あとこれ、リサちゃんがノートの写しをくれたよ」
「助かる……ん? 写し? コピー機なんて無いよね」
「うん、休み時間に全部書き写してた。風邪がうつると良くないからってここには呼んでないの」
魔法で文字を書き写す事はできるようで、ハルヒが手伝おうとしたのだが、「ノートを書き写すのも復習になるから大丈夫なのです」と言ってリサは手書きで写してくれたらしい。
貰った紙束には、あたしのノートに比べると膨大な量の書き込みがされていた。これをこの短時間で書き写したのか。ちゃんとお礼しないとな。
「ん、リサがいないのは分かったけどリールは? シュロムの所?」
いつもならすぐに気が付くのに、ここまできてようやくリールの不在を認識した。
やばいな、頭がぼんやりしすぎている。
するとハルヒは、少し悩む素振りを見せてからこう言った。
「リールちゃんは、初めてのおつかいにいったよ」
「なにそれ!? 見たい! ていうかそれ指示するのってあたしの役目では!? どういうことゲホゲホ」
「反応するとは思ってたけどそこまでとは……説明するから落ち着いて」
そりゃ驚くよ! あのリールがとうとうお使い出来るようになったのか、でも滅茶苦茶心配だからカメラ持って監視に行きたい、ああ体調の悪さが恨めしい!
ハルヒからの突然の精神攻撃に動揺したあたしは猛烈に咳込んでしまった。
背中をさすってもらい、収まってきたところでハルヒは事の経緯を語り始めた。
新作の投稿を始めています。『コンゼツォン』よりダークな雰囲気です。よろしくお願いします。
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